王国最強の天才魔導士は、追放された悪役令嬢の息子でした

由香

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第4話 聖女は“光”に、恐怖する

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 その日、祈りの最中だったはずの手が、わずかに震えた。

「……?」

 白亜の礼拝堂。
 柔らかな光がステンドグラスを透過し、床に虹色の影を落としている。

 元聖女――マリエルは、胸元に手を当て、ゆっくりと息を整えた。

(今のは……何?)

 聖女としての地位を失って久しいが、それでも彼女の「感覚」は、まだ完全には鈍っていない。

 祈りの最中、王都の中心――魔導院の方角から、“歪み”を感じた。

 いや、歪みではない。
 もっと正確に言えば――

(……整いすぎている)

 魔力とは、本来、揺らぎを持つものだ。
 人の感情、自然の流れ、土地の性質。
 それらに影響され、常に微細な不均衡を内包している。

 だが今、感じ取ったそれは。

 完璧すぎた。

「……そんな、はず……」

 マリエルは小さく首を振る。

 王国魔導院に、そんな存在がいるはずがない。
 いるとすれば、それは――

(――聖女、以上)

 その思考に辿り着いた瞬間、背筋に冷たいものが走った。



「マリエル様」

 礼拝堂の扉が開き、侍女が頭を下げる。

「本日、魔導院よりご報告が」

 マリエルは一瞬だけ躊躇い、それから頷いた。

「……聞かせて」

 侍女が差し出した書簡に、彼女は目を落とす。

 そこに記されていたのは、簡潔な報告だった。

王国魔導院にて、規格外の才能を持つ若年魔導士が確認されました。

 心臓が、どくりと脈打つ。

「名前は?」

「リオン、とのことです。……そして、その母親が」

 侍女は一瞬、言葉を選ぶように口を閉ざし、それから告げた。

「セレスティア・フォン・アルヴェイン」

 ――世界が、音を失った。

「……誰?」

 声が、かすれる。

 侍女は困惑したように首を傾げた。

「……かつて、王太子殿下の婚約者だった女性です。マリエル様が聖女として立たれた、その……」

 それ以上は言わせなかった。

「知ってるわ」

 マリエルは、即座に言い切った。

 忘れるはずがない。

 あの日。
 自分が涙を流し、王太子が激昂し、彼女――セレスティアが、すべてを失った日を。

(……なぜ、今さら)



 マリエルは、夜の自室で一人、窓辺に立っていた。

 遠くに見える魔導院の灯りが、やけに明るく感じられる。

(セレスティア……)

 あの女は、確かに優秀だった。
 頭が切れて、冷静で、誰よりも“正しかった”。

 だからこそ、怖かった。

(でも……私は、聖女だった)

 そう。
 自分は“選ばれた存在”だったのだ。

 彼女が婚約者の座にいた頃から、マリエルは、ずっと比べられてきた。

 知性のセレスティア。
 信仰のマリエル。

 ――どちらが王妃にふさわしいか。

(……私は、間違っていない)

 彼女は、そう言い聞かせる。

 自分は国のために祈り、人々の希望となり、光として在り続けた。

 たとえ、その裏で――
 誰かが犠牲になっていたとしても。

(……だって)

 マリエルは、ぎゅっと手を握る。

(私は、聖女だったんだから)



 翌日。
 マリエルは、王宮の一室で、元王太子と向き合っていた。

「聞いたか」

 彼は、苛立ちを隠そうともせずに言った。

「セレスティアが戻ってきた。しかも……とんでもない才能を持つ息子を連れてな」

 マリエルは、静かに頷いた。

「……ええ」

 言葉少なに返す彼女を、元王太子はじっと見つめる。

「お前、何か知っているのか?」

「いいえ」

 即答だった。

 嘘ではない。
 だが、真実でもない。

(知っているのは……“感覚”だけ)

 あの歪み。
 整いすぎた魔力。

 それは、聖女の奇跡に似ていた。
 だが――決定的に違う。

(……私の“祈り”は、借り物だった)

 神から与えられた力。
 選ばれたからこそ、使えた力。

 だが、リオンという存在は。

(――自分自身が、理そのもの)

 その事実に気づいた瞬間、マリエルは、はっきりと理解した。

 ――勝てない。



 夜更け。
 マリエルは、再び祈りを捧げていた。

 だが、以前のような確信はない。

(神様……)

 答えは、返ってこない。

 ただ、あの“光”の感触だけが、脳裏に焼き付いて離れなかった。

(……もし、あの子が)

 もし、リオンが王国に受け入れられれば。
 もし、民が彼を“救い”として仰げば。

(私は……何になる?)

 聖女ではない。
 王太子の隣にもいない。

 残るのは――

「……何も、ない」

 その呟きは、祈りではなく、恐怖だった。

 マリエルは、初めて知ったのだ。

 本物の光を前にした時、偽物は、ただ怯えるしかないのだと。




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