王国最強の天才魔導士は、追放された悪役令嬢の息子でした

由香

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第5話 再会 そして、決して届かない場所

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 王宮の謁見室は、静まり返っていた。

 高い天井に描かれた王家の紋章。
 磨き上げられた床に反射する魔法灯の光。
 かつて、セレスティアが幾度となく立った場所。

(……懐かしいわね)

 だが、胸に去来するのは郷愁ではなかった。
 ただ、冷静な距離感だけ。

「――入室を許可する」

 低く響いた声に、扉が開かれる。

 セレスティアは一礼し、リオンの肩にそっと手を置いたまま、前へ進んだ。

 玉座の前に立つ男――
 元王太子は、二人を真っ直ぐに見据えていた。

 その視線が、まず息子に向けられる。

「……君が、リオンか」

「はい」

 リオンは礼儀正しく頭を下げた。

「本日はお招きいただき、ありがとうございます」

 その受け答えに、元王太子は一瞬だけ眉をひそめた。
 想像していた“天才”の態度とは、あまりにも違う。

(……無邪気、なのか?)

 次に、その視線がセレスティアへ移る。

「久しいな、セレスティア」

「ええ。お久しぶりです」

 淡々とした返答。
 そこに、怨嗟も懇願もなかった。

 その事実が、彼の胸をざわつかせる。



「聞いているだろう」

 元王太子は、言葉を選ぶように続けた。

「君の息子は、王国にとって……極めて重要な存在だ」

「そうですか」

 セレスティアは、微笑みすら浮かべずに答えた。

「王国魔導院では、前例のない評価を受けている」

「存じております」

 元王太子は、思わず声を荒げた。

「ならば、理解しているはずだ!この国に留まる意味を!」

 その瞬間。

「えっと……」

 間に入ったのは、リオンだった。

「僕、そんなにすごいこと、しましたか?」

 沈黙。

 元王太子は、言葉を失った。

「試験も、言われた通りやっただけですし……」

 彼は困ったように続ける。

「壊さないように、気をつけましたし」

 セレスティアは、そっと息子の肩を軽く叩いた。

「リオン。今は、大人の話よ」

「あ、はい。ごめんなさい」

 素直に引き下がるその姿が、かえって元王太子の神経を逆撫でした。

(……この態度で、王国を揺るがしたというのか)



「セレスティア」

 元王太子は、声を低くする。

「過去のことは……水に流そう」

 その言葉に、空気が凍った。

 セレスティアは、ゆっくりと彼を見返す。

「“水に流す”とおっしゃるのは」

 静かな声。

「私が、すべてを失ったことを、無かったことにできる立場にある方だけです」

 元王太子は、言葉に詰まった。

「……だが」

「ですが?」

 彼女は一歩も退かない。

「婚約破棄、断罪、追放。どれ一つ、正式な謝罪も、再調査もありませんでした」

 淡々と事実を並べるだけ。
 それが、何より重い。

「それでも私は、王国に戻ってきました」

 彼女は、リオンの肩に置いた手に、わずかに力を込めた。

「この子の未来のために」

 元王太子は、初めて気づいた。

(……彼女は、私を見ていない)

 見ているのは、息子だけ。
 自分は、背景に過ぎない。



「条件を提示しよう」

 彼は、話題を変えるように言った。

「王国は、リオンを全面的に保護する。地位、資金、研究環境――すべて用意する」

「引き換えに?」

 セレスティアの問いに、元王太子は目を伏せる。

「……王国の管理下に置く」

 その瞬間。

 空気が、微かに揺れた。

 誰よりも早く、それを察したのはセレスティアだった。

「リオン」

「はい」

「深呼吸して」

「え?う、うん」

 彼が息を整えると、揺れは収まる。

 元王太子は、愕然とした。

(今のは……この少年の感情?)

「答えは、否です」

 セレスティアは、きっぱりと言い切った。

「この子は、誰かの“管理対象”ではありません」

「だが――!」

「もし、どうしても必要だと言うのなら」

 彼女は、ほんの一瞬だけ、微笑んだ。

 かつて“悪役令嬢”と呼ばれた、その微笑を。

「王国そのものが、この子を受け止められるだけの器を持ちなさい」

 沈黙。

 元王太子は、理解した。

 ――自分は、もうこの女に、届かない。



 謁見室を後にした廊下。

「母さん……」

 リオンは、小さく呟いた。

「僕、王国にいちゃ、だめ?」

 セレスティアは、足を止め、息子と目線を合わせる。

「いいえ。“あなたが選ぶ”なら、どこにいてもいい」

 彼女は、優しく微笑む。

「でも、誰かに決められる必要はないわ」

 リオンは、しばらく考え、頷いた。

「……うん。僕、自分で決める」

 その言葉に、セレスティアは胸の奥で確信した。

 ――もう、この子は。

 守られるだけの存在ではない。

 だが、それでも。

(母であることは、変わらない)

 王宮の窓から差し込む光の中、二人は静かに歩き去っていった。




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