5 / 8
第5話 再会 そして、決して届かない場所
しおりを挟む王宮の謁見室は、静まり返っていた。
高い天井に描かれた王家の紋章。
磨き上げられた床に反射する魔法灯の光。
かつて、セレスティアが幾度となく立った場所。
(……懐かしいわね)
だが、胸に去来するのは郷愁ではなかった。
ただ、冷静な距離感だけ。
「――入室を許可する」
低く響いた声に、扉が開かれる。
セレスティアは一礼し、リオンの肩にそっと手を置いたまま、前へ進んだ。
玉座の前に立つ男――
元王太子は、二人を真っ直ぐに見据えていた。
その視線が、まず息子に向けられる。
「……君が、リオンか」
「はい」
リオンは礼儀正しく頭を下げた。
「本日はお招きいただき、ありがとうございます」
その受け答えに、元王太子は一瞬だけ眉をひそめた。
想像していた“天才”の態度とは、あまりにも違う。
(……無邪気、なのか?)
次に、その視線がセレスティアへ移る。
「久しいな、セレスティア」
「ええ。お久しぶりです」
淡々とした返答。
そこに、怨嗟も懇願もなかった。
その事実が、彼の胸をざわつかせる。
*
「聞いているだろう」
元王太子は、言葉を選ぶように続けた。
「君の息子は、王国にとって……極めて重要な存在だ」
「そうですか」
セレスティアは、微笑みすら浮かべずに答えた。
「王国魔導院では、前例のない評価を受けている」
「存じております」
元王太子は、思わず声を荒げた。
「ならば、理解しているはずだ!この国に留まる意味を!」
その瞬間。
「えっと……」
間に入ったのは、リオンだった。
「僕、そんなにすごいこと、しましたか?」
沈黙。
元王太子は、言葉を失った。
「試験も、言われた通りやっただけですし……」
彼は困ったように続ける。
「壊さないように、気をつけましたし」
セレスティアは、そっと息子の肩を軽く叩いた。
「リオン。今は、大人の話よ」
「あ、はい。ごめんなさい」
素直に引き下がるその姿が、かえって元王太子の神経を逆撫でした。
(……この態度で、王国を揺るがしたというのか)
*
「セレスティア」
元王太子は、声を低くする。
「過去のことは……水に流そう」
その言葉に、空気が凍った。
セレスティアは、ゆっくりと彼を見返す。
「“水に流す”とおっしゃるのは」
静かな声。
「私が、すべてを失ったことを、無かったことにできる立場にある方だけです」
元王太子は、言葉に詰まった。
「……だが」
「ですが?」
彼女は一歩も退かない。
「婚約破棄、断罪、追放。どれ一つ、正式な謝罪も、再調査もありませんでした」
淡々と事実を並べるだけ。
それが、何より重い。
「それでも私は、王国に戻ってきました」
彼女は、リオンの肩に置いた手に、わずかに力を込めた。
「この子の未来のために」
元王太子は、初めて気づいた。
(……彼女は、私を見ていない)
見ているのは、息子だけ。
自分は、背景に過ぎない。
*
「条件を提示しよう」
彼は、話題を変えるように言った。
「王国は、リオンを全面的に保護する。地位、資金、研究環境――すべて用意する」
「引き換えに?」
セレスティアの問いに、元王太子は目を伏せる。
「……王国の管理下に置く」
その瞬間。
空気が、微かに揺れた。
誰よりも早く、それを察したのはセレスティアだった。
「リオン」
「はい」
「深呼吸して」
「え?う、うん」
彼が息を整えると、揺れは収まる。
元王太子は、愕然とした。
(今のは……この少年の感情?)
「答えは、否です」
セレスティアは、きっぱりと言い切った。
「この子は、誰かの“管理対象”ではありません」
「だが――!」
「もし、どうしても必要だと言うのなら」
彼女は、ほんの一瞬だけ、微笑んだ。
かつて“悪役令嬢”と呼ばれた、その微笑を。
「王国そのものが、この子を受け止められるだけの器を持ちなさい」
沈黙。
元王太子は、理解した。
――自分は、もうこの女に、届かない。
*
謁見室を後にした廊下。
「母さん……」
リオンは、小さく呟いた。
「僕、王国にいちゃ、だめ?」
セレスティアは、足を止め、息子と目線を合わせる。
「いいえ。“あなたが選ぶ”なら、どこにいてもいい」
彼女は、優しく微笑む。
「でも、誰かに決められる必要はないわ」
リオンは、しばらく考え、頷いた。
「……うん。僕、自分で決める」
その言葉に、セレスティアは胸の奥で確信した。
――もう、この子は。
守られるだけの存在ではない。
だが、それでも。
(母であることは、変わらない)
王宮の窓から差し込む光の中、二人は静かに歩き去っていった。
196
あなたにおすすめの小説
無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……
タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。
追放即死と思ったら転生して最強薬師、元家族に天罰を
タマ マコト
ファンタジー
名門薬師一族に生まれたエリシアは、才能なしと蔑まれ、家名を守るために追放される。
だがそれは建前で、彼女の異質な才能を恐れた家族による処刑だった。
雨の夜、毒を盛られ十七歳で命を落とした彼女は、同じ世界の片隅で赤子として転生する。
血の繋がらない治療師たちに拾われ、前世の記憶と復讐心を胸に抱いたまま、
“最強薬師”としての二度目の人生が静かに始まる。
追放された私の代わりに入った女、三日で国を滅ぼしたらしいですよ?
タマ マコト
ファンタジー
王国直属の宮廷魔導師・セレス・アルトレイン。
白銀の髪に琥珀の瞳を持つ、稀代の天才。
しかし、その才能はあまりに“美しすぎた”。
王妃リディアの嫉妬。
王太子レオンの盲信。
そして、セレスを庇うはずだった上官の沈黙。
「あなたの魔法は冷たい。心がこもっていないわ」
そう言われ、セレスは**『無能』の烙印**を押され、王国から追放される。
彼女はただ一言だけ残した。
「――この国の炎は、三日で尽きるでしょう。」
誰もそれを脅しとは受け取らなかった。
だがそれは、彼女が未来を見通す“預言魔法”の言葉だったのだ。
【完結】で、お前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか?
Debby
恋愛
ヴェルトが友人からの手紙を手に辺境伯令嬢であるレィディアンスの元を訪れたのは、その手紙に「詳細は彼女に聞け」と書いてあったからだ。
簡単にいうと、手紙の内容は「学園で問題を起こした平民──エボニーを妻として引き取ってくれ」というものだった。
一方その話を聞いてしまった伯爵令嬢のオリーブは動揺していた。
ヴェルトとは静かに愛を育んできた。そんな自分を差し置いて、言われるがまま平民を妻に迎えてしまうのだろうか。
そんなオリーブの気持ちを知るはずもないエボニーは、辺境伯邸で行儀見習いをすることになる。
オリーブは何とかしてヴェルトを取り戻そうと画策し、そのことを咎められてしまう。もう後は無い。
オリーブが最後の望みをかけてヴェルトに自分を選んで欲しいと懇願する中、レィディアンスが静かに口を開いた。
「で、そろそろお前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか」
「はい?」
ヴェルトは自分が何を言われたのか全く理解が出来なかった。
*--*--*
覗いてくださりありがとうございます。(* ᴗ ᴗ)⁾⁾
★全31話7時19時更新で、全話予約投稿済みです。
★★「このお話だけ読んでいただいてもOKです!」という前提のもと↓↓↓
このお話は独立した一つのお話ですが、「で。」シリーズのサイドストーリーでもあり、第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」の「エボニーその後」でもあります(あるいは「最終話」のその後)。
第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」
第二弾「で、あなたが私に嫌がらせをする理由を伺っても?」
第三弾「で、あなたが彼に嫌がらせをする理由をお話しいただいても?」
どれも女性向けHOTランキングに入り、特に第二弾はHOT一位になることが出来ました!(*´▽`人)アリガトウ
もしよかったら宜しくお願いしますね!
追放先の辺境で前世の農業知識を思い出した悪役令嬢、奇跡の果実で大逆転。いつの間にか世界経済の中心になっていました。
緋村ルナ
ファンタジー
「お前のような女は王妃にふさわしくない!」――才色兼備でありながら“冷酷な野心家”のレッテルを貼られ、無能な王太子から婚約破棄されたアメリア。国外追放の末にたどり着いたのは、痩せた土地が広がる辺境の村だった。しかし、そこで彼女が見つけた一つの奇妙な種が、運命を、そして世界を根底から覆す。
前世である農業研究員の知識を武器に、新種の果物「ヴェリーナ」を誕生させたアメリア。それは甘美な味だけでなく、世界経済を揺るがすほどの価値を秘めていた。
これは、一人の追放された令嬢が、たった一つの果実で自らの運命を切り開き、かつて自分を捨てた者たちに痛快なリベンジを果たし、やがて世界の覇権を握るまでの物語。「食」と「経済」で世界を変える、壮大な逆転ファンタジー、開幕!
婚約破棄のその場で転生前の記憶が戻り、悪役令嬢として反撃開始いたします
タマ マコト
ファンタジー
革命前夜の王国で、公爵令嬢レティシアは盛大な舞踏会の場で王太子アルマンから一方的に婚約を破棄され、社交界の嘲笑の的になる。その瞬間、彼女は“日本の歴史オタク女子大生”だった前世の記憶を思い出し、この国が数年後に血塗れの革命で滅びる未来を知ってしまう。
悪役令嬢として嫌われ、切り捨てられた自分の立場と、公爵家の権力・財力を「運命改変の武器」にすると決めたレティシアは、貧民街への支援や貴族の不正調査をひそかに始める。その過程で、冷静で改革派の第二王子シャルルと出会い、互いに利害と興味を抱きながら、“歴史に逆らう悪役令嬢”として静かな反撃をスタートさせていく。
辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~
香木陽灯
恋愛
「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」
実の父と義妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。
「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」
「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」
二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。
※ふんわり設定です。
※他サイトにも掲載中です。
「不吉な黒」と捨てられた令嬢、漆黒の竜を「痛いの飛んでいけー!」で完治させてしまう
ムラサメ
恋愛
漆黒の髪と瞳。ただそれだけの理由で「不吉なゴミ」と虐げられてきた公爵令嬢ミア。
死の森に捨てられた彼女が出会ったのは、呪いに侵され、最期を待つ最強の黒竜と、その相棒である隣国の竜騎士ゼノだった。
しかし、ミアが無邪気に放った「おまじない」は、伝説の浄化魔法となって世界を塗り替える。
向こう見ずな天才騎士に拾われたミアは、隣国で「女神」として崇められ、徹底的に甘やかされることに。
一方、浄化の源を失った王国は、みるみるうちに泥沼へと沈んでいき……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる