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第5話 再会 そして、決して届かない場所
しおりを挟む王宮の謁見室は、静まり返っていた。
高い天井に描かれた王家の紋章。
磨き上げられた床に反射する魔法灯の光。
かつて、セレスティアが幾度となく立った場所。
(……懐かしいわね)
だが、胸に去来するのは郷愁ではなかった。
ただ、冷静な距離感だけ。
「――入室を許可する」
低く響いた声に、扉が開かれる。
セレスティアは一礼し、リオンの肩にそっと手を置いたまま、前へ進んだ。
玉座の前に立つ男――
元王太子は、二人を真っ直ぐに見据えていた。
その視線が、まず息子に向けられる。
「……君が、リオンか」
「はい」
リオンは礼儀正しく頭を下げた。
「本日はお招きいただき、ありがとうございます」
その受け答えに、元王太子は一瞬だけ眉をひそめた。
想像していた“天才”の態度とは、あまりにも違う。
(……無邪気、なのか?)
次に、その視線がセレスティアへ移る。
「久しいな、セレスティア」
「ええ。お久しぶりです」
淡々とした返答。
そこに、怨嗟も懇願もなかった。
その事実が、彼の胸をざわつかせる。
*
「聞いているだろう」
元王太子は、言葉を選ぶように続けた。
「君の息子は、王国にとって……極めて重要な存在だ」
「そうですか」
セレスティアは、微笑みすら浮かべずに答えた。
「王国魔導院では、前例のない評価を受けている」
「存じております」
元王太子は、思わず声を荒げた。
「ならば、理解しているはずだ!この国に留まる意味を!」
その瞬間。
「えっと……」
間に入ったのは、リオンだった。
「僕、そんなにすごいこと、しましたか?」
沈黙。
元王太子は、言葉を失った。
「試験も、言われた通りやっただけですし……」
彼は困ったように続ける。
「壊さないように、気をつけましたし」
セレスティアは、そっと息子の肩を軽く叩いた。
「リオン。今は、大人の話よ」
「あ、はい。ごめんなさい」
素直に引き下がるその姿が、かえって元王太子の神経を逆撫でした。
(……この態度で、王国を揺るがしたというのか)
*
「セレスティア」
元王太子は、声を低くする。
「過去のことは……水に流そう」
その言葉に、空気が凍った。
セレスティアは、ゆっくりと彼を見返す。
「“水に流す”とおっしゃるのは」
静かな声。
「私が、すべてを失ったことを、無かったことにできる立場にある方だけです」
元王太子は、言葉に詰まった。
「……だが」
「ですが?」
彼女は一歩も退かない。
「婚約破棄、断罪、追放。どれ一つ、正式な謝罪も、再調査もありませんでした」
淡々と事実を並べるだけ。
それが、何より重い。
「それでも私は、王国に戻ってきました」
彼女は、リオンの肩に置いた手に、わずかに力を込めた。
「この子の未来のために」
元王太子は、初めて気づいた。
(……彼女は、私を見ていない)
見ているのは、息子だけ。
自分は、背景に過ぎない。
*
「条件を提示しよう」
彼は、話題を変えるように言った。
「王国は、リオンを全面的に保護する。地位、資金、研究環境――すべて用意する」
「引き換えに?」
セレスティアの問いに、元王太子は目を伏せる。
「……王国の管理下に置く」
その瞬間。
空気が、微かに揺れた。
誰よりも早く、それを察したのはセレスティアだった。
「リオン」
「はい」
「深呼吸して」
「え?う、うん」
彼が息を整えると、揺れは収まる。
元王太子は、愕然とした。
(今のは……この少年の感情?)
「答えは、否です」
セレスティアは、きっぱりと言い切った。
「この子は、誰かの“管理対象”ではありません」
「だが――!」
「もし、どうしても必要だと言うのなら」
彼女は、ほんの一瞬だけ、微笑んだ。
かつて“悪役令嬢”と呼ばれた、その微笑を。
「王国そのものが、この子を受け止められるだけの器を持ちなさい」
沈黙。
元王太子は、理解した。
――自分は、もうこの女に、届かない。
*
謁見室を後にした廊下。
「母さん……」
リオンは、小さく呟いた。
「僕、王国にいちゃ、だめ?」
セレスティアは、足を止め、息子と目線を合わせる。
「いいえ。“あなたが選ぶ”なら、どこにいてもいい」
彼女は、優しく微笑む。
「でも、誰かに決められる必要はないわ」
リオンは、しばらく考え、頷いた。
「……うん。僕、自分で決める」
その言葉に、セレスティアは胸の奥で確信した。
――もう、この子は。
守られるだけの存在ではない。
だが、それでも。
(母であることは、変わらない)
王宮の窓から差し込む光の中、二人は静かに歩き去っていった。
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