8 / 8
第8話(最終話) 悪役令嬢は、最後に微笑む
しおりを挟む王都中央広場は、ざわめきの中にあった。
人々の視線は、もはや演壇ではなく――
宙に浮かぶ記録魔法に注がれている。
改竄された文書。
不自然に欠けた署名。
そして、当時の裁定記録と一致しない証言。
どれもが、静かに、しかし確実に、王国の「正しさ」を削り取っていった。
*
「……これは、どういうことだ」
元王太子の声は、もはや威厳を保っていなかった。
彼は、側近たちを見回す。
だが、誰一人として、即座に答えられる者はいない。
――答えられないのだ。
証拠が、揃いすぎている。
「再調査の必要が……」
誰かが、弱々しく口にした。
だが、その言葉は遅すぎた。
「再調査?」
群衆の中から、怒声が上がる。
「今さらか!」
「追放された貴族は、人生を壊されたんだぞ!」
「都合が悪くなったら調べ直すのか!」
正義は、王宮の中だけにあるものではない。
それを、王国は忘れていた。
*
「……マリエル」
元王太子は、最後の縋るように、元聖女の名を呼んだ。
だが、彼女は――
一歩、後ずさった。
「……私は」
マリエルの声は、震えていた。
「私は、知らなかった……」
その言葉に、セレスティアは、初めて彼女を見た。
――哀れだ、とは思わない。
――怒りも、もうない。
ただ、理解した。
(この人は……最初から“光”ではなかった)
信じたかっただけ。
選ばれた存在でありたかっただけ。
だから、他者を踏み台にした。
それだけの話だ。
*
「王国は」
セレスティアは、静かに口を開いた。
広場は、自然と静まり返る。
「この件について、私や息子に“許し”を求める資格はありません」
彼女は、断罪を求めない。
謝罪も、いらない。
「裁くべきは、あなた方自身です」
その言葉は、刃よりも重かった。
*
元王太子は、膝が震えるのを感じていた。
(……私は、何をした?)
国のため?
秩序のため?
違う。
(自分の立場を、守っただけだ)
そして、理解する。
――もう、この親子には、二度と手が届かない。
*
「母さん」
リオンが、小さく声をかけた。
「もう、いい?」
それは、復讐を続けるか、という問いではない。
ここを去っていいかという、合図だった。
セレスティアは、息子を見下ろす。
穏やかで、強くて、優しい顔。
彼女は、微笑んだ。
「ええ。十分よ」
*
その時だった。
セレスティアは、ほんの一瞬だけ、悪役令嬢として微笑んだ。
誰にも媚びず。
誰も責めず。
ただ、「格の違い」を理解させる微笑。
それは、王国に向けた最後の別れだった。
*
数日後。
王国は、公式に発表した。
・過去の裁定における重大な瑕疵
・記録改竄の事実
・元王太子の政治的失脚
・元聖女マリエルの称号剥奪
だが、セレスティアとリオンは、そのどれにも立ち会っていない。
*
彼らは、王都を離れていた。
辺境よりも、少しだけ人の多い、だが、王国の影響が及ばない土地へ。
「ここ、いいね」
リオンは、柔らかな草の上に腰を下ろし、空を見上げた。
「うるさくないし、魔力も落ち着いてる」
「そうね」
セレスティアは、隣に座る。
「あなたが、安心して魔法を使える場所よ」
彼女は、もう隠さない。
息子の才能を、恐れない。
ただ――縛らせない。
*
「母さん」
「なあに?」
「僕……王国に行って、よかった」
セレスティアは、少し驚いた。
「どうして?」
「だって」
リオンは、照れくさそうに笑う。
「母さんが、どれだけすごい人か、ちゃんと分かったから」
胸の奥が、静かに熱くなる。
「……ありがとう」
それだけで、十分だった。
*
かつて、悪役令嬢と呼ばれた女は、王国を壊さなかった。
奪い返すこともしなかった。
ただ――
母として、守り切った。
そして、無自覚天才の息子は、誰にも縛られず、誰にも奪われず、自分の人生を歩いていく。
それが、何よりも完璧な“ざまぁ”だった。
12
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
幼い頃、義母に酸で顔を焼かれた公爵令嬢は、それでも愛してくれた王太子が冤罪で追放されたので、ついていくことにしました。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
設定はゆるくなっています、気になる方は最初から読まないでください。
ウィンターレン公爵家令嬢ジェミーは、幼い頃に義母のアイラに酸で顔を焼かれてしまった。何とか命は助かったものの、とても社交界にデビューできるような顔ではなかった。だが不屈の精神力と仮面をつける事で、社交界にデビューを果たした。そんなジェミーを、心優しく人の本質を見抜ける王太子レオナルドが見初めた。王太子はジェミーを婚約者に選び、幸せな家庭を築くかに思われたが、王位を狙う邪悪な弟に冤罪を着せられ追放刑にされてしまった。
悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。
三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。
何度も断罪を回避しようとしたのに!
では、こんな国など出ていきます!
弟が悪役令嬢に怪我をさせられたのに、こっちが罰金を払うだなんて、そんなおかしな話があるの? このまま泣き寝入りなんてしないから……!
冬吹せいら
恋愛
キリア・モルバレスが、令嬢のセレノー・ブレッザに、顔面をナイフで切り付けられ、傷を負った。
しかし、セレノーは謝るどころか、自分も怪我をしたので、モルバレス家に罰金を科すと言い始める。
話を聞いた、キリアの姉のスズカは、この件を、親友のネイトルに相談した。
スズカとネイトルは、お互いの身分を知らず、会話する仲だったが、この件を聞いたネイトルが、ついに自分の身分を明かすことに。
そこから、話しは急展開を迎える……。
悪役令嬢の慟哭
浜柔
ファンタジー
前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。
だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。
※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。
※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。
「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。
「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。
「お前みたいな卑しい闇属性の魔女など側室でもごめんだ」と言われましたが、私も殿下に嫁ぐ気はありません!
野生のイエネコ
恋愛
闇の精霊の加護を受けている私は、闇属性を差別する国で迫害されていた。いつか私を受け入れてくれる人を探そうと夢に見ていたデビュタントの舞踏会で、闇属性を差別する王太子に罵倒されて心が折れてしまう。
私が国を出奔すると、闇精霊の森という場所に住まう、不思議な男性と出会った。なぜかその男性が私の事情を聞くと、国に与えられた闇精霊の加護が消滅して、国は大混乱に。
そんな中、闇精霊の森での生活は穏やかに進んでいく。
出て行けと言われた私が、本当に出ていくなんて思ってもいなかったでしょう??
睡蓮
恋愛
グローとエミリアは婚約関係にあったものの、グローはエミリアに対して最初から冷遇的な態度をとり続けていた。ある日の事、グローは自身の機嫌を損ねたからか、エミリアに対していなくなっても困らないといった言葉を発する。…それをきっかけにしてエミリアはグローの前から失踪してしまうこととなるのだが、グローはその事をあまり気にしてはいなかった。しかし後に貴族会はエミリアの味方をすると表明、じわじわとグローの立場は苦しいものとなっていくこととなり…。
「可愛げがない」と婚約破棄された公爵令嬢ですが、領地経営をしていたのは私です
希羽
恋愛
「お前のような可愛げのない女との婚約は破棄する!」
卒業パーティの会場で、婚約者である第二王子デリックはそう宣言し、私の義妹ミナを抱き寄せました。 誰もが私が泣き崩れると思いましたが――正直、せいせいしました。 だって、王子の領地経営、借金返済、結界維持、それら全ての激務を一人でこなしていたのは「可愛げのない」私だったのですから。
「承知しました。では、あとはミナと二人で頑張ってください」
私は手切れ金代わりに面倒な仕事を全て置いて国を出ました。 すると、国境で待っていたのは、隣国ガルガディア帝国の冷徹皇太子ことクライド様。なぜか彼は私を溺愛し、帝国で最高の地位と環境を与えてくれて……。
10日後に婚約破棄される公爵令嬢
雨野六月(旧アカウント)
恋愛
公爵令嬢ミシェル・ローレンは、婚約者である第三王子が「卒業パーティでミシェルとの婚約を破棄するつもりだ」と話しているのを聞いてしまう。
「そんな目に遭わされてたまるもんですか。なんとかパーティまでに手を打って、婚約破棄を阻止してみせるわ!」「まあ頑張れよ。それはそれとして、課題はちゃんとやってきたんだろうな? ミシェル・ローレン」「先生ったら、今それどころじゃないって分からないの? どうしても提出してほしいなら先生も協力してちょうだい」
これは公爵令嬢ミシェル・ローレンが婚約破棄を阻止するために(なぜか学院教師エドガーを巻き込みながら)奮闘した10日間の備忘録である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる