王国最強の天才魔導士は、追放された悪役令嬢の息子でした

由香

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第7話 最後の切り札 公開の場で断罪されるのは

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 王国は、舞台を整えた。

 王都中央広場。
 聖堂と王宮の双方に面した、最も人が集まる場所。

 名目は――
 「新進気鋭の魔導士・リオンの功績披露」

 だが、その実態を、セレスティアは一目で理解した。

(……公開裁定)

 称賛と名誉を餌に、王国の“正義”に組み込むための儀式。

 そして同時に――
 彼女自身を、再び“悪役”に仕立て上げる場。



「母さん……人、多いね」

 リオンは落ち着かない様子で、広場を見渡した。

「ええ」

 セレスティアは、彼の背にそっと手を添える。

「だからこそ、よく聞いて、よく考えて」

「うん」

 彼は、真剣な顔で頷いた。

 王国は、すでに退路を用意していない。
 ここで従えば、二度と自由はない。



 高台の演壇に立ったのは、元王太子だった。

「本日は集まってくれて感謝する」

 澄ました声が、広場に響く。

「王国は、新たな希望を得た。若き魔導士、リオン・アルヴェインだ」

 拍手が起こる。
 歓声すら混じる。

 リオンは、困惑したように小さく頭を下げた。

「そして――」

 元王太子の視線が、セレスティアへ移る。

「彼を育てた母。かつての王国貴族、セレスティア・フォン・アルヴェイン」

 ざわり、と空気が揺れた。

 ――悪役令嬢。

 ――追放者。

 囁きが、確実に広がっていく。



「王国は、過去を再検証した」

 元王太子は、堂々と続ける。

「当時の裁定に、問題はなかったと判断している」

 セレスティアは、微動だにしない。

「だが――」

 彼は声を強めた。

「母が、息子の力を隠し、王国の管理を拒んできた事実は、看過できない」

 それが、切り札だった。

 ――“危険な母”。

「王国としては、リオンを正式に保護・管理下に置く」

 同時に、母子の分離を、暗に示す言葉。



「……え?」

 リオンが、小さく声を漏らした。

「管理、って……?」

 彼の困惑を、元王太子は“同意”と誤認した。

「安心しなさい。君は、王国の宝だ」

 その瞬間。

「――質問を」

 静かな声が、広場を切り裂いた。

 セレスティアだった。

「王国は、いつから“保護”と“支配”を同義にしたのですか?」

 ざわめき。

 元王太子は、表情を強張らせる。

「言葉遊びだな」

「いいえ。事実確認です」

 セレスティアは、一歩前に出た。

「私の息子は、自ら志願して王国に仕えたことはありません」

 彼女は、群衆を見渡す。

「試験も、結界修復も、依頼されたから“協力した”だけ」

 冷静な声。
 だが、逃げ道を塞ぐ言葉。



「さらに言えば」

 セレスティアは続ける。

「王都外縁の結界異常は、自然発生ではありませんでした」

 空気が、凍りつく。

「人為的操作の痕跡を、複数の独立魔導士が確認しています」

 ざわめきが、怒号に変わり始める。

「……それは!」

 元王太子が遮ろうとする。

「もし否定なさるなら」

 セレスティアは、静かに微笑んだ。

 ――悪役令嬢として。

「ここに、当時の記録と、現在の改竄箇所を示しましょうか?」

 その瞬間、広場の空に、魔法映像が展開された。

 王国文書。
 結界改修履歴。
 不自然な“欠落”。

 すべて、客観的な証拠。

 人々は、気づき始めていた。

 ――どちらが“危険”なのかを。

「母さん……」

 リオンが、セレスティアの袖を引く。

「僕、わかったんだ」

 彼は、一歩前へ出た。

「王国は、僕を必要としてるんじゃない」

 静かな声。

「僕の力を、必要としてるだけだ」

 その言葉が、最も重い断罪となった。



 元王太子は、言葉を失っていた。

 彼は、ようやく理解したのだ。

 ――この場で、裁かれているのは。

 少年でも、母でもない。

 王国そのものだということを。

 セレスティアは、息子の肩に手を置く。

「よく言えたわ」

 そして、群衆へ向けて告げる。

「この子は、誰かの道具になるために生まれてきたのではありません」

 夕暮れの光が、二人を包む。

 王国の“切り札”は、完全に、裏目に出ていた。




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