王国最強の天才魔導士は、追放された悪役令嬢の息子でした

由香

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第8話(最終話) 悪役令嬢は、最後に微笑む

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 王都中央広場は、ざわめきの中にあった。

 人々の視線は、もはや演壇ではなく――
 宙に浮かぶ記録魔法に注がれている。

 改竄された文書。
 不自然に欠けた署名。
 そして、当時の裁定記録と一致しない証言。

 どれもが、静かに、しかし確実に、王国の「正しさ」を削り取っていった。



「……これは、どういうことだ」

 元王太子の声は、もはや威厳を保っていなかった。

 彼は、側近たちを見回す。
 だが、誰一人として、即座に答えられる者はいない。

 ――答えられないのだ。

 証拠が、揃いすぎている。

「再調査の必要が……」

 誰かが、弱々しく口にした。

 だが、その言葉は遅すぎた。

「再調査?」

 群衆の中から、怒声が上がる。

「今さらか!」

「追放された貴族は、人生を壊されたんだぞ!」

「都合が悪くなったら調べ直すのか!」

 正義は、王宮の中だけにあるものではない。
 それを、王国は忘れていた。



「……マリエル」

 元王太子は、最後の縋るように、元聖女の名を呼んだ。

 だが、彼女は――

 一歩、後ずさった。

「……私は」

 マリエルの声は、震えていた。

「私は、知らなかった……」

 その言葉に、セレスティアは、初めて彼女を見た。

 ――哀れだ、とは思わない。

 ――怒りも、もうない。

 ただ、理解した。

(この人は……最初から“光”ではなかった)

 信じたかっただけ。
 選ばれた存在でありたかっただけ。

 だから、他者を踏み台にした。

 それだけの話だ。



「王国は」

 セレスティアは、静かに口を開いた。

 広場は、自然と静まり返る。

「この件について、私や息子に“許し”を求める資格はありません」

 彼女は、断罪を求めない。
 謝罪も、いらない。

「裁くべきは、あなた方自身です」

 その言葉は、刃よりも重かった。



 元王太子は、膝が震えるのを感じていた。

(……私は、何をした?)

 国のため?
 秩序のため?

 違う。

(自分の立場を、守っただけだ)

 そして、理解する。

 ――もう、この親子には、二度と手が届かない。



「母さん」

 リオンが、小さく声をかけた。

「もう、いい?」

 それは、復讐を続けるか、という問いではない。
 ここを去っていいかという、合図だった。

 セレスティアは、息子を見下ろす。

 穏やかで、強くて、優しい顔。

 彼女は、微笑んだ。

「ええ。十分よ」



 その時だった。

 セレスティアは、ほんの一瞬だけ、悪役令嬢として微笑んだ。

 誰にも媚びず。
 誰も責めず。
 ただ、「格の違い」を理解させる微笑。

 それは、王国に向けた最後の別れだった。



 数日後。

 王国は、公式に発表した。

・過去の裁定における重大な瑕疵
・記録改竄の事実
・元王太子の政治的失脚
・元聖女マリエルの称号剥奪

 だが、セレスティアとリオンは、そのどれにも立ち会っていない。



 彼らは、王都を離れていた。

 辺境よりも、少しだけ人の多い、だが、王国の影響が及ばない土地へ。

「ここ、いいね」

 リオンは、柔らかな草の上に腰を下ろし、空を見上げた。

「うるさくないし、魔力も落ち着いてる」

「そうね」

 セレスティアは、隣に座る。

「あなたが、安心して魔法を使える場所よ」

 彼女は、もう隠さない。
 息子の才能を、恐れない。

 ただ――縛らせない。



「母さん」

「なあに?」

「僕……王国に行って、よかった」

 セレスティアは、少し驚いた。

「どうして?」

「だって」

 リオンは、照れくさそうに笑う。

「母さんが、どれだけすごい人か、ちゃんと分かったから」

 胸の奥が、静かに熱くなる。

「……ありがとう」

 それだけで、十分だった。



 かつて、悪役令嬢と呼ばれた女は、王国を壊さなかった。

 奪い返すこともしなかった。

 ただ――
 母として、守り切った。

 そして、無自覚天才の息子は、誰にも縛られず、誰にも奪われず、自分の人生を歩いていく。

 それが、何よりも完璧な“ざまぁ”だった。




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