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第1話 再会は唐突に
しおりを挟む宮廷薬局の朝は静かだ。薬草を煎じるかすかな香りと、瓶が触れ合う音だけが響く。
アリアは棚に並ぶ薬瓶を一つひとつ確認しながら、小さく息をついた。
(今日も、無事に終わりますように)
平民から宮廷で働けるようになったのは幸運だったが、ここは“皇太子の住まう城”でもある。
だからこそ――彼と距離を置かなければならなかった。
幼馴染だった、あの日までは。
薬草の束を抱えて歩いていると、入口で警備が慌ただしくする気配がした。滅多にないことだ。
アリアが首を傾げた瞬間――
「アリア!」
凜とした声が薬局に響く。
振り返ると、護衛騎士を従えた少年……いや、もう“少年”というにはあまりにも整った顔立ちをした若き男が立っていた。
皇太子レオン。
幼い頃、一緒に木の実を拾って遊んだ、あの泣き虫で甘えん坊のレオンが――
今は、女性騎士たちでさえ視線を落とすほど、王の風格をまとっていた。
「……れ、レオン殿下?」
驚きのあまり、声が震えた。
彼は迷いなくアリアに歩み寄ってくる。
その歩幅は大きく、気づけばすぐ目の前だった。
「久しぶりだね。三か月ぶり……いや、九十四日ぶりかな」
「そ、そんな細かく……」
「数えないわけないだろ。アリアと会えなかった日数を」
――どくん、と胸が跳ねた。
幼馴染の言う台詞ではなかった。
けれどレオンは淡々とした表情のまま、手を伸ばす。
「今日は少し時間をもらえる?薬局長には俺から話す。アリアを借りたい」
「殿下、私はまだ仕事が――」
「大丈夫。アリアがいなくても、この薬局は回るよ」
さらりと、しかし有無を言わせぬ口調。
幼い頃とは真逆の“強引さ”に、アリアは戸惑うしかなかった。
「どうして、私なんか……」
「“なんか”じゃない」
ぴたり、とレオンの瞳が細くなる。
その視線は、幼馴染を見るものではなかった。
まるで――恋人を見つめるような、熱と独占欲を含んだ眼差し。
「アリアは、俺が会いたい人だから。理由なんてそれで十分だよね?」
胸の奥がざわつく。
けれど、何より怖かったのは――
自分の心が、その言葉で少しだけ揺れたこと。
レオンは護衛に目配せして、薬局長へ告げると、アリアの手首を軽く取った。
「少し歩こう。……いや、できれば二人きりになれる場所まで」
「殿下、とても目立ちます!それに私は――」
「大丈夫。誰もアリアに触れさせない」
さらりと告げられた台詞に、どこか冷たいほどの決意が滲んでいた。
引かれるまま、アリアは城内の奥へ連れていかれる。
辿り着いたのは、レオンの私的な書庫だった。
扉が閉まり、静寂が満ちる。
「……逃げないんだね」
「に、逃げる必要なんてありません。私はただ――」
「あるよ」
レオンがアリアの前に立ち、ふっと微笑む。
それは幼い頃と変わらない、優しくて甘い笑みのはずなのに――今は違う意味を宿していた。
「アリア。俺はもう、子どもの頃の俺じゃないよ」
近い。
自然と後ずさるアリアの腰を、書架が受け止めた。
「ずっと会いたかった。ずっと、ずっと……」
低く囁かれた声が耳を撫でる。
まるで胸の奥に落ちていくような感覚。
「今日やっと、アリアをこの場所に連れてこれた」
「……どうして、そんなに?」
震える問いに、レオンは答える。
しかしそれは、幼馴染としての答えではなかった。
「“理由を知りたいなら、もう少し俺のそばにいてくれる?”」
甘く、優しく、少しだけ歪んだ声。
その瞳には――逃がす気が微塵もなかった。
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