年下幼馴染皇太子が溺愛してくる

由香

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第2話 変わってしまった距離

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 静かな書庫に、わずかな紙の匂いが漂っていた。
 扉が閉じられると、外界と隔てられたように思える。
 アリアは落ち着かない心を必死に押し沈めながら、レオンの視線を避けるように棚の背表紙を見つめた。

「……殿下。こんな場所に私を連れてきて、何をお話しするつもりなんですか?」

 問いかけは精いっぱい平静を装ったものだった。
 だがレオンはゆっくりとアリアの前に立ち、少しだけ目線を落とした。
 彼はアリアより背が高くなっていた――それが、なぜか胸をざわつかせる。

「アリア。そんなに身構えないで。俺はただ……君と二人になりたかった。それだけだよ」

「“それだけ”は充分すぎます。殿下は皇太子なのに、こんな――」

「皇太子じゃなかった頃の俺が、誰に一番会いたがってたか……覚えてない?」

 穏やかだが、逃がす気のない声。
 アリアは一瞬だけ言葉を失い、視線が揺れた。

「昔の話です。今は立場だって違って――」

「アリアは変わってない。俺にとっては、ずっと」

 真っ直ぐに見つめてくる瞳から逃げられず、心臓が強く脈打つ。
 そのとき、レオンが小さく息をついた。

「……ねえ、アリア。今夜の晩餐に来てほしい」

「え?」

「理由は、会いたいから。以上」

 あまりにも直球すぎて、アリアは返す言葉を失った。
 幼い頃、泣きながら“アリアのとなりがいい”と言っていたレオンとは違う。
 今の彼は――静かな強さを持っている。

 アリアは握りしめた両手を胸の前でぎゅっと引き寄せた。

「でも……皆が見ています。私が殿下の晩餐に同席なんて、平民上がりの私には――」

「アリアが来ないほうが問題だよ」

 その言葉に、アリアは目を瞬かせた。

「問題……?」

「うん。君が来ないと、俺の機嫌が悪くなる」

 さらりと言いつつ、どこか本気の声音。
 アリアは頬が熱くなるのを感じ、思わず口元を手で押さえた。

「そ、そんな理由で……!」

「“そんな理由”で動くのが王族なんだよ。特に、俺は」

 遠慮なく微笑む少年――いや、“男”。
 そのままレオンはアリアの肩に手を置いた。

「アリア。拒否権はあるよ。でも俺は諦めない」

 淡く笑っているのに、言っている内容は逃がす気ゼロだ。
 アリアは根負けするように小さく肩を落とした。

「……わかりました。少しだけ、時間をいただけるなら」

「もちろん。じゃあ一度部屋に戻って着替えるといい。迎えに行くから」

「えっ、迎えに!?殿下ご自身が?」

「当たり前だよ。三か月……いや、九十四日ぶりのアリアなんだから」

 またその数字。
 本当に数えていたのだと気づき、アリアの鼓動は嫌でも速くなる。

 レオンは書庫の扉を開け、護衛へ短く指示を出すと、再びアリアを振り返った。

「晩餐で会おう、アリア。今日は、君をひとりにするつもりはない」

 それは“宣言”のように聞こえた。
 幼馴染という言葉ではもう片づけられない響きを持っていた。


 晩餐の時刻。
 アリアが控え室で緊張しながら待っていると、扉が軽く叩かれた。

「アリア。入ってもいい?」

 たった一言で心臓が跳ねた。
 許可するとレオンが入ってくる。
 先ほどより礼装に近い衣をまとい、王族の威厳が色濃く漂っていた。

「似合ってる。すごく」

「そ、そんな……!」

「嘘じゃないよ。誰よりも綺麗だ」

 あまりに自然に褒められて、アリアは耳まで熱くなった。
 レオンは軽く手を差し出す。

「行こう。アリアを皆に紹介したい」

「し、紹介……?」

「うん。大切な人として」

 心臓が止まるかと思った。

 しかしレオンは、アリアの手を包むと、抵抗を許さぬように指を絡めてくる。
 その熱に、アリアの呼吸が乱れた。

 巨大な扉が開き、華やかな晩餐の場へ。
 煌びやかなシャンデリア、貴族たちのざわめき……
 その中心で、レオンはアリアの手を離さなかった。

「殿下、その方は……?」

「俺が“連れてきたかった”人だ」

 周囲の視線が一斉にアリアに注がれる。
 気まずさに肩をすくめたアリアの耳元で、レオンが低く囁く。

「大丈夫。アリア。俺がそばにいる」

 声も、指の力も、逃げ道を与えてくれない。
 ただひとつ確実なのは――レオンの心は、幼馴染ではなく“特別な誰か”として、アリアを見ているということ。

 それを痛いほど感じながら、アリアは彼に導かれて晩餐の中央へと進んでいった。




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