52 / 237
第3章「後退」
51話
しおりを挟むモニカside
男たちの話を聞いた私は、町外れにある森を散策するという男の班に紛れ込んだ。私のような侍女も数名見られるので、とくに違和感なく入り込めた。
どうやら、捜索には騎士だけでなく、侍女や皇族も駆り出されているようだ。なるほど、皇宮に人間の気配が感じられなかったのは、皆がアルベルトの捜索にあたっていたからか。
森に近づく度、夕闇はどんどん夜の暗さに変わっていき、森に辿り着いた頃には辺りはすっかり深い闇に包まれていた。唯一の光である月が完全に厚い雲に隠れているため、いつもの夜よりも闇の密度が濃く感じられる。
昼間とは違う夜の森の薄気味悪さに、思わず後ずさりをした。そんな自分にハッとし、心の中で舌打ちをする。
―怖がっている場合じゃないでしょ、モニカ。
誰よりも早くアイツを見つけて、必ず殺す。
私は前を睨み付けながら、もう二度と入ることは出来ないであろうと思っていた森に足を踏み入れた。
※※※※※
最初は木の根に躓くなど暗闇に悪戦苦闘していたが、段々と夜目に慣れてきた。だがその頃には私の焦りはピークに達していた。
―居ない、居ない、居ない、居ないっ!アイツは何処だっ!!
血眼になってアルベルトを探すが、奴は一向に姿を表さない。
だいぶ時間が経っているというのに、手がかりの1つも見つからないことに私は焦りと苛立ちを覚えていた。
こんなに必死で捜しても見つからないということは、アイツはもうこの国には居ないのでは…?誰も知らない遠くの国へと逃げたんじゃ…
私は両手で口を覆い、その場に膝をついた。どんどん嫌な方へと考えてしまう。
もし、アイツが遠くの国に逃げてしまったら、魔力のない私ではどうすることも出来ない。
絶望で身体が震え出す。
嘘だ。そんなの嘘だ。
私しか居ないのだ。私しか、お嬢様の無念を晴らせないのに。私しか…。
その時、脳の芯がズキンと痛んだ。
「…うっ。」
思わず頭に手をやる。
頭が、痛い。頭が、熱い。
まるで誰かの手によって、脳を掻き回させているようだ。その手は勝手に私の脳を動き回り、ひとつのピースを摘み出す。そして、何かの記憶がすっと消えた。
あぁ、私の中から××が消えていく。
いやだ、やめろ。勝手に消さないでくれ。あぁ、嘘でしょ、あの人のことも忘れていくの?あの人の声は?顔は?仕草は?そもそも、あの人って?あぁ、いやだ、嫌だイヤだやめてやめてやめてください。あの人の事だけは、消さないで。
その記憶が無くなってしまったら、私は…
“青の魔力”を前に、自分はこんなにも無力なのかと思い知らされた私は、もう這い上がれないほど、深く、深く、底の見えない絶望に堕ちてしまった―――
―――その時。
絶望に沈む私の鼻先を、懐かしい香りが掠めた。
甘くて、スッキリとした…まるで林檎のような香り。
私は顔を上げる。気付けば頭の痛みは消えていた。
―…これは、あの人の香りだ。
顔も声も仕草も名前も忘れてしまったけれど、香りだけは記憶に残っていた。
―貴女に会いたい。
何も覚えていないけれど、その気持ちだけが私を突き動かした。ふらりと、その香りがする方への足を進める。
森の奥へ奥へと入っていくと、微かだった香りがどんどん濃厚なものへと変わっていった。きっと、この先にあの人がいるんだ。
どこにそんな力が残っていたのか、私は森を駆け出した。身体はとっくに限界を超えている。色んなところから血が滲んでいたが、それに構っている余裕なんて無かった。
その甘い香りに誘われたのか、私以外の人間も同じ方向へと走っている。
私を含め、皆、無我夢中で森の奥へと進んでいった。
※※※※※
―ここだ。
しばらくして、広く拓けた場所に辿り着いていた。しかし、辺りは濃い闇に包まれており、よく見えない。
あの人の香りだけを頼りに足を踏み入れた瞬間、辺りが一気に月明かりに照らされた。月を覆っていた厚い雲が何処かに流れていったのだ。まるで待っていたと言わんばかりに。
夜目に慣れていた私には、それが余りにも眩しくて咄嗟に目をつぶった。周りに居る人間も同様な反応を見せている。
月明かりはこんなにも眩しかっただろうか?不思議に思いつつ、私は恐る恐る目を開けた。
「…っ!?」
目の前に広がる光景に息を呑む。
そこには真っ白な花畑が広がっていた。
月明かりに照らされた花々はより一層輝きを放っており、深い夜の闇を眩しいくらいに白く照らしている。
月に向かって咲く、白い花。
そうだ、これはカモミールだ。ノルデン帝国では割とポピュラーな花で、よく町とかでも咲いているのを見かける。
だが、何故こんなところに咲いている?今は冬だ。カモミールが咲いているだなんて、ありえない。だが、ここに咲くカモミールは全盛期のように美しく咲き誇っている。
ふと、花畑の中心部に違和感を感じた。
何故かあそこだけ、花が咲いていない。ぽっかりと空間が空いているのだ。周りの人間も同じく不思議に思ったのだろう、恐る恐る足を中心部に進めている。私も、彼らの後に続いた。
中心部に辿り着いて、何故そこだけポッカリと空間が出来ていたのか納得した。
―あぁ、なるほど。花が咲いてなかったんじゃなくて、花が潰れていたから見えなかったんだ。
そう、潰れていた。
―――2人の、人間だったものによって。
86
あなたにおすすめの小説
愛される日は来ないので
豆狸
恋愛
だけど体調を崩して寝込んだ途端、女主人の部屋から物置部屋へ移され、満足に食事ももらえずに死んでいったとき、私は悟ったのです。
──なにをどんなに頑張ろうと、私がラミレス様に愛される日は来ないのだと。
前世と今世の幸せ
夕香里
恋愛
【商業化予定のため、時期未定ですが引き下げ予定があります。詳しくは近況ボードをご確認ください】
幼い頃から皇帝アルバートの「皇后」になるために妃教育を受けてきたリーティア。
しかし聖女が発見されたことでリーティアは皇后ではなく、皇妃として皇帝に嫁ぐ。
皇帝は皇妃を冷遇し、皇后を愛した。
そのうちにリーティアは病でこの世を去ってしまう。
この世を去った後に訳あってもう一度同じ人生を繰り返すことになった彼女は思う。
「今世は幸せになりたい」と
※小説家になろう様にも投稿しています
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。
その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。
そこで待っていたのは、最悪の出来事――
けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。
夫は愛人と共に好きに生きればいい。
今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。
でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。
妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。
過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――
番を辞めますさようなら
京佳
恋愛
番である婚約者に冷遇され続けた私は彼の裏切りを目撃した。心が壊れた私は彼の番で居続ける事を放棄した。私ではなく別の人と幸せになって下さい。さようなら…
愛されなかった番。後悔ざまぁ。すれ違いエンド。ゆるゆる設定。
※沢山のお気に入り&いいねをありがとうございます。感謝感謝♡
(本編完結)無表情の美形王子に婚約解消され、自由の身になりました! なのに、なんで、近づいてくるんですか?
水無月あん
恋愛
本編は完結してます。8/6より、番外編はじめました。よろしくお願いいたします。
私は、公爵令嬢のアリス。ピンク頭の女性を腕にぶら下げたルイス殿下に、婚約解消を告げられました。美形だけれど、無表情の婚約者が苦手だったので、婚約解消はありがたい! はれて自由の身になれて、うれしい! なのに、なぜ、近づいてくるんですか? 私に興味なかったですよね? 無表情すぎる、美形王子の本心は? こじらせ、ヤンデレ、執着っぽいものをつめた、ゆるゆるっとした設定です。お気軽に楽しんでいただければ、嬉しいです。
わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑
岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。
もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。
本編終了しました。
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
最初からここに私の居場所はなかった
kana
恋愛
死なないために媚びても駄目だった。
死なないために努力しても認められなかった。
死なないためにどんなに辛くても笑顔でいても無駄だった。
死なないために何をされても怒らなかったのに⋯⋯
だったら⋯⋯もう誰にも媚びる必要も、気を使う必要もないでしょう?
だから虚しい希望は捨てて生きるための準備を始めた。
二度目は、自分らしく生きると決めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
いつも稚拙な小説を読んでいただきありがとうございます。
私ごとですが、この度レジーナブックス様より『後悔している言われても⋯⋯ねえ?今さらですよ?』が1月31日頃に書籍化されることになりました~
これも読んでくださった皆様のおかげです。m(_ _)m
これからも皆様に楽しんでいただける作品をお届けできるように頑張ってまいりますので、よろしくお願いいたします(>人<;)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる