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第3章「後退」
54話
しおりを挟む無言のまま、殿下と一緒に邸へと続く煉瓦の道を横に並んで歩く。
その煉瓦の道に薄ら雪が積もった頃、殿下は久々に口を開いた。
「しけた面、してんなよ。」
「…すみません。」
自覚があった私は素直に謝る。
「聞いたこと、後悔してんのか?」
その言葉に首を振る。
「いえ、先程も言ったように知れてよかったと思っています。」
「ふぅん。じゃあ、気持ちの整理がつかないとか?」
「それもありますが…」
1番は殿下に対する申し訳なさだ。
自分のことしか考えていなかった私は、彼を無意識に傷付けた。
あの時、殿下の気持ちも汲み取っていたら、と今更ながら後悔する。そして私自身が、殿下いわく“しけた面”しているのはお門違いだってこともわかっている。
だが、それを本人に馬鹿正直に言うのもどうかと思った私は語尾を濁らせた。
「なんだよ。」
案の定、彼は怪訝そうな顔でこちらを見てくる。
一瞬、誤魔化そうとしたが、それでは今までと何も変わらないと思い、私は足を止めた。殿下も私に合わせて足を止める。
「…すみません。身勝手なことばかり言った上に、辛いモニカの記憶を思い出させてしまって…貴方を傷付けてしまいました。」
自身の無神経さを謝罪だけで許されるとは思っていない。だが、彼は優しいからきっと私を許すだろう。
「傷付けたって……。そんなこと考えてたんかよ。」
私は俯き、彼の言葉に頷く。すると頭上から大きなため息が降ってきた。
「ばっかだなァ。俺はあんなんで傷付くような男じゃねーよ。…だから気にすんな。」
ぶっきらぼうながらも優しい声に顔を上げる。そこには呆れたような笑みをこぼす殿下がいた。
ほら、彼は私に甘い。その甘さにまた泣きそうになった。
「モニカの記憶のことは、とっくの昔に過去のもんだって割り切ってるし。…お前も俺を見習ってさ、過去に囚われ続けるなよ。」
殿下は私の頭を軽く叩いてから歩き出す。その背中を見て私は思った。「あぁ、この人は強いな。」と。
少し小走りをして、殿下の横に並ぶ。
「少し時間はかかると思いますが、自分なりに過去を清算していきたいと思います。」
「お。エリザのくせに、珍しく前向きじゃん。」
「……。」
「怒んなって。シワ増えんぞ。」
ゲラゲラと笑う殿下にため息をつく。だが、いつもの様に話せている事にホッとしていた。
気付けば、シューンベルグ邸の門が見えてきた。そして、その門の前で佇む1人の人影に気付く。
あれは…。
「ユーリ?」
私が声を掛ければ、義弟のユリウスは弾かれたかのように顔を上げ、その瞳に私を写した。
「…姉上。やっと帰ってきた。」
酷く安堵した表情を見せる義弟。その顔があまりにも幼く見えたので、私は思わず駆け寄った。
「貴方、どうしてここに…。あぁ、こんなに冷たくして…」
鼻先を赤く染める義弟の頬に両手を添える。そのひんやりとした冷たさが私の手のひらに伝わった。一体どれぐらいの時間をここで過ごしていたのだろうか。
義弟は私の手の甲に自身の手を重ね、すりついてくる猫のように目を細めた。
「姉上は手は温かいですね。」
「貴方の手が冷たすぎるのよ。」
「殿下に何か酷いこととか、されませんでしたか?」
「されてないわ。それよりも…」
義弟の手は頬よりも冷たく、私の手も冷えきってしまいそうだった。
「ユーリ、手も氷のように冷たいわ。早く邸の中に入りましょう?風邪を引いてしまうわ。」
義弟は身体が弱い。その上、デューデン国から帰ってきたばかりなのだ。こんな所にいつまでも居たら体調を崩してしまう。
「えぇ。ですが、その前に…」
義弟はそう呟くと、まっすぐ前を見据えた。私も義弟から手を離し、その視線を追う。
「殿下。女性をこんな時間まで連れ回すだなんて、感心しませんね。」
その冷たく硬い声に思わず身体が強ばる。それに気付いた義弟は安心させるかのように私の肩を抱いてきた。
「こんな時間って、まだ日も暮れてないだろ。…まぁ、お前こそ、お迎えご苦労さん。まるで主人を待つ捨て犬みたいだな。」
「殿下、ユーリになんてことを…」
義弟を嘲笑うような殿下の口調に思わず眉を顰める。その義弟を愚弄する発言を咎めようと口を挟もうとすると、義弟は肩を抱く手に力を入れてきた。
「…殿下。誰が聞いているか分からない場所でそういった不用意な発言はお控え下さい。」
「わりーな。正直者なもんで。」
「貴方は将来、このノルデン帝国を導いていく尊き方です。そのように、思ったことを何でも口にするような皇帝では、民は貴方についていきません。」
「ははっ、腹ん中で何考えてんのか分からない皇帝より、よっぽどいいだろ。」
「…誰のことを言っているのです?」
「さぁな。」
不穏な空気が私たちを包む。
義弟と殿下は静かにお互いに見つめ合う中、私はどうすれば良いのかわからず困惑していた。だが、この場を鎮められるのは私しかいない。
この場に怯んでしまっている自身を奮い立たせ、口を開こうとするが、それは穏やかな声によって遮られた。
「なんの騒ぎかな?」
義弟と殿下の一触即発の睨み合いのところを割って入ったのは、意外にも父だった。
突然現れた父に、私たちは目を見開く。
「…父上、何故ここに?」
最初に口を開いたのは義弟だ。父は義弟の疑問に対し、穏やかに笑ってみせた。
「仕事中にね、外から子犬のいがみ合いが聞こえてきたから、つい様子を見に来たんだよ。野良犬達に邸の大切な花を踏み荒らされたら大変だからね。」
父の言葉に私は顔を引きつらせた。父が何を比喩しているのかが分かったからだ。
義弟と殿下も父の言わんとすることに気付いたようで、お互いバツが悪そうに視線を逸らした。
「さ、可愛い子供たち。風邪をひいてしまうよ。早く邸の中に入りなさい。」
父は義弟と私の肩を抱き、門の中へと誘導する。すると父は「おや?」と首を傾げた。
「エリィ。随分と男臭いコートを着ているんだね。」
「…あ。」
殿下にコートを借りたままだったことに言われて気付いた私は、コートを脱ぎ殿下に駆け寄った。
「コート、ありがとうございました。」
「男臭くて悪かったな。」
「…聞こえてたんですね。」
「むしろ聞こえるように言ってただろ。」
しかめっ面をしている殿下に、私は苦笑いをし小さく謝った。
そして殿下は「いい性格してるぜ。」と呟きながらコートを受け取る。
「久々にお会い出来たのに、生憎の雪で残念ですな。ですので今度、ゆっくりとお話しましょう。色々と、じっくりと、ね。」
にっこりと笑う父に殿下は顔を顰めた。
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