私は貴方を許さない

白湯子

文字の大きさ
64 / 237
第4章「好奇心は猫をも殺す」

62話

しおりを挟む



「―っ!」


私は声にならない叫び声を上げながら、ベッドから飛び起きた。


「あ、あ…あ…し、足…」


震える手でシーツを捲りあげ、自身の両足がどちらも繋がっていることに、泣きたくなるほど安堵した。

だが、恐ろしい凶夢のなごりは、ドッドッド…と激しく脈打つ心臓に残っている。


―どうして、あの人の夢なんか…。最近見てなかったのに…。


それほどまでに彼の存在が私の中で大きくなっているということなのだろう。
死んでもなお、彼の存在は私をじわじわと苦しめる。まるで呪いのようだ。


「うぅぅぅ…。」


恐怖で震える自身の身体を抱き締める。
真冬だというのに、私の身体は汗でぐっしょりと濡れていた。寝巻きが肌に張り付き、気持ちが悪い。このままでは風邪をひいてしまう。

私は震える足でバスルームに入り、汗を洗い流す。
何もかも忘れたくて、何度も何度も肌を擦るが、足に残る生々しい感触だけは消えなかった。

湯汲みを終え、自室へと戻る。
身体は温まったのに、震えが止まらない。汗は洗い流せても、アルベルト様に対する恐怖心までは、洗い流せなかった。


「…ユーリ、ユーリ…、」


義弟の愛称を呟きながら、部屋を出た私はフラフラと義弟の部屋に近づき、扉をノックする。すると直ぐに中から「はい。」と返事をする義弟の声が聞こえてきた。その声に、早く義弟の顔が見たくて堪らなくなった私は、入室の許可を得る前に、扉を開けた。

部屋の中では、ベッドの上で身体を起こす義弟が驚いた表情でこちらを見ていた。


「姉上?」


義弟の手元には本が広げてあった。読書中だったのだろう。


「…怖い夢でも見ましたか?」


黙り込む私に義弟は優しい声で私に問いかける。
どうして分かったのだろうか、私は驚き目を見開いた。


「長い付き合いですからね。姉上のことなら何でもわかりますよ。どうぞ、中に入ってきて下さい。」


義弟は優しく私を誘う。それが目的で来たというのに、何故か私の足は動かない。どうやら、頭の片隅にある理性が働いているようだ。いくら義弟とはいえ、夜中に男性の部屋を訪れるだなんて、淑女としてどうなのだろうか。

だが、そんなちっぽけな理性も義弟が扉まで迎えに来てくれたことにより、消え去った。
いつものように義弟は私の手をとり、ベッドまで導く。そして、ベッドの端に優しく座らせてくれた。


「よく眠れるように、カモミールティーでもいれますか?」


私は首を横に振る。


「ねぇ、今日だけ一緒に寝ていい?」


眠れば、またアルベルト様の夢を見てしまうのではないかと…怖くて1人では眠れないのだ。


「…貴女がそう望むなら、僕は構いませんよ。」


優しく微笑んだ義弟は、さっきまで読んでいたのであろう本を鍵付きの引き出しにしまった。わざわざ鍵付きの引き出しに仕舞うなんて、よっぽど大切なものなのだろうか。
ちらりと見えた背表紙に既視感を感じた。


―…あの本、どこかで見たような…。


奥にしまい込んでしまった、記憶を掘り起こす。確かあれは…


「さ、姉上。もう夜も遅いですし、眠りましょう。」


私と義弟はベッドの上で一緒に横たわった。


「ごめんなさい…。もう子供じゃないのに。」
「良いんですよ。僕は貴女に頼られて、とても嬉しいです。」


義弟の優しい言葉に胸が締め付けられる。どうしてこの子はこんなにも私に優しいのだろう。出来損ないの私は彼に何もしてあげられていないというのに。


「ふふ」
「どうしたの?」
「いえ、少し昔を思い出しまして…」
「昔?」
「えぇ。昔は怖い夢を見る度によく一緒に寝ていたな、と。なんだか、ひどく懐かしくて…。」
「そうね。」


義弟の言う通り、幼い頃、私は怖い夢を見る度に義弟の部屋に行って、一緒に寝てもらっていたのだ。

昔の私は一体どんな夢を見ていたのだろう。今は思い出せないが、不思議なことに義弟と一緒に眠るとその悪夢を見なかったということだけは覚えている。


「…ねぇ、もっと傍に行ってもいい?」
「良いですよ、おいで。」


許可を得た私は、義弟の身体に擦り寄った。肌から伝わる義弟の温もりが伝わってきて、その居心地の良さに目を閉じる。
…穏やかに眠れそうだ。


「おやすみなさい、ユーリ。」
「おやすみなさい、姉上。」


完全に安心しきった私の意識は、すぐに微睡みの中に堕ちていった。


しおりを挟む
感想 473

あなたにおすすめの小説

愛される日は来ないので

豆狸
恋愛
だけど体調を崩して寝込んだ途端、女主人の部屋から物置部屋へ移され、満足に食事ももらえずに死んでいったとき、私は悟ったのです。 ──なにをどんなに頑張ろうと、私がラミレス様に愛される日は来ないのだと。

前世と今世の幸せ

夕香里
恋愛
【商業化予定のため、時期未定ですが引き下げ予定があります。詳しくは近況ボードをご確認ください】 幼い頃から皇帝アルバートの「皇后」になるために妃教育を受けてきたリーティア。 しかし聖女が発見されたことでリーティアは皇后ではなく、皇妃として皇帝に嫁ぐ。 皇帝は皇妃を冷遇し、皇后を愛した。 そのうちにリーティアは病でこの世を去ってしまう。 この世を去った後に訳あってもう一度同じ人生を繰り返すことになった彼女は思う。 「今世は幸せになりたい」と ※小説家になろう様にも投稿しています

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

番を辞めますさようなら

京佳
恋愛
番である婚約者に冷遇され続けた私は彼の裏切りを目撃した。心が壊れた私は彼の番で居続ける事を放棄した。私ではなく別の人と幸せになって下さい。さようなら… 愛されなかった番。後悔ざまぁ。すれ違いエンド。ゆるゆる設定。 ※沢山のお気に入り&いいねをありがとうございます。感謝感謝♡

(本編完結)無表情の美形王子に婚約解消され、自由の身になりました! なのに、なんで、近づいてくるんですか?

水無月あん
恋愛
本編は完結してます。8/6より、番外編はじめました。よろしくお願いいたします。 私は、公爵令嬢のアリス。ピンク頭の女性を腕にぶら下げたルイス殿下に、婚約解消を告げられました。美形だけれど、無表情の婚約者が苦手だったので、婚約解消はありがたい! はれて自由の身になれて、うれしい! なのに、なぜ、近づいてくるんですか? 私に興味なかったですよね? 無表情すぎる、美形王子の本心は? こじらせ、ヤンデレ、執着っぽいものをつめた、ゆるゆるっとした設定です。お気軽に楽しんでいただければ、嬉しいです。

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

最初からここに私の居場所はなかった

kana
恋愛
死なないために媚びても駄目だった。 死なないために努力しても認められなかった。 死なないためにどんなに辛くても笑顔でいても無駄だった。 死なないために何をされても怒らなかったのに⋯⋯ だったら⋯⋯もう誰にも媚びる必要も、気を使う必要もないでしょう? だから虚しい希望は捨てて生きるための準備を始めた。 二度目は、自分らしく生きると決めた。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ いつも稚拙な小説を読んでいただきありがとうございます。 私ごとですが、この度レジーナブックス様より『後悔している言われても⋯⋯ねえ?今さらですよ?』が1月31日頃に書籍化されることになりました~ これも読んでくださった皆様のおかげです。m(_ _)m これからも皆様に楽しんでいただける作品をお届けできるように頑張ってまいりますので、よろしくお願いいたします(>人<;)

処理中です...