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第4章「好奇心は猫をも殺す」
62話
しおりを挟む「―っ!」
私は声にならない叫び声を上げながら、ベッドから飛び起きた。
「あ、あ…あ…し、足…」
震える手でシーツを捲りあげ、自身の両足がどちらも繋がっていることに、泣きたくなるほど安堵した。
だが、恐ろしい凶夢のなごりは、ドッドッド…と激しく脈打つ心臓に残っている。
―どうして、あの人の夢なんか…。最近見てなかったのに…。
それほどまでに彼の存在が私の中で大きくなっているということなのだろう。
死んでもなお、彼の存在は私をじわじわと苦しめる。まるで呪いのようだ。
「うぅぅぅ…。」
恐怖で震える自身の身体を抱き締める。
真冬だというのに、私の身体は汗でぐっしょりと濡れていた。寝巻きが肌に張り付き、気持ちが悪い。このままでは風邪をひいてしまう。
私は震える足でバスルームに入り、汗を洗い流す。
何もかも忘れたくて、何度も何度も肌を擦るが、足に残る生々しい感触だけは消えなかった。
湯汲みを終え、自室へと戻る。
身体は温まったのに、震えが止まらない。汗は洗い流せても、アルベルト様に対する恐怖心までは、洗い流せなかった。
「…ユーリ、ユーリ…、」
義弟の愛称を呟きながら、部屋を出た私はフラフラと義弟の部屋に近づき、扉をノックする。すると直ぐに中から「はい。」と返事をする義弟の声が聞こえてきた。その声に、早く義弟の顔が見たくて堪らなくなった私は、入室の許可を得る前に、扉を開けた。
部屋の中では、ベッドの上で身体を起こす義弟が驚いた表情でこちらを見ていた。
「姉上?」
義弟の手元には本が広げてあった。読書中だったのだろう。
「…怖い夢でも見ましたか?」
黙り込む私に義弟は優しい声で私に問いかける。
どうして分かったのだろうか、私は驚き目を見開いた。
「長い付き合いですからね。姉上のことなら何でもわかりますよ。どうぞ、中に入ってきて下さい。」
義弟は優しく私を誘う。それが目的で来たというのに、何故か私の足は動かない。どうやら、頭の片隅にある理性が働いているようだ。いくら義弟とはいえ、夜中に男性の部屋を訪れるだなんて、淑女としてどうなのだろうか。
だが、そんなちっぽけな理性も義弟が扉まで迎えに来てくれたことにより、消え去った。
いつものように義弟は私の手をとり、ベッドまで導く。そして、ベッドの端に優しく座らせてくれた。
「よく眠れるように、カモミールティーでもいれますか?」
私は首を横に振る。
「ねぇ、今日だけ一緒に寝ていい?」
眠れば、またアルベルト様の夢を見てしまうのではないかと…怖くて1人では眠れないのだ。
「…貴女がそう望むなら、僕は構いませんよ。」
優しく微笑んだ義弟は、さっきまで読んでいたのであろう本を鍵付きの引き出しにしまった。わざわざ鍵付きの引き出しに仕舞うなんて、よっぽど大切なものなのだろうか。
ちらりと見えた背表紙に既視感を感じた。
―…あの本、どこかで見たような…。
奥にしまい込んでしまった、記憶を掘り起こす。確かあれは…
「さ、姉上。もう夜も遅いですし、眠りましょう。」
私と義弟はベッドの上で一緒に横たわった。
「ごめんなさい…。もう子供じゃないのに。」
「良いんですよ。僕は貴女に頼られて、とても嬉しいです。」
義弟の優しい言葉に胸が締め付けられる。どうしてこの子はこんなにも私に優しいのだろう。出来損ないの私は彼に何もしてあげられていないというのに。
「ふふ」
「どうしたの?」
「いえ、少し昔を思い出しまして…」
「昔?」
「えぇ。昔は怖い夢を見る度によく一緒に寝ていたな、と。なんだか、ひどく懐かしくて…。」
「そうね。」
義弟の言う通り、幼い頃、私は怖い夢を見る度に義弟の部屋に行って、一緒に寝てもらっていたのだ。
昔の私は一体どんな夢を見ていたのだろう。今は思い出せないが、不思議なことに義弟と一緒に眠るとその悪夢を見なかったということだけは覚えている。
「…ねぇ、もっと傍に行ってもいい?」
「良いですよ、おいで。」
許可を得た私は、義弟の身体に擦り寄った。肌から伝わる義弟の温もりが伝わってきて、その居心地の良さに目を閉じる。
…穏やかに眠れそうだ。
「おやすみなさい、ユーリ。」
「おやすみなさい、姉上。」
完全に安心しきった私の意識は、すぐに微睡みの中に堕ちていった。
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