私は貴方を許さない

白湯子

文字の大きさ
73 / 236
第4章「好奇心は猫をも殺す」

70話

しおりを挟む


〝鉄〟

その匂いから連想させるものに、心臓がドクリと脈打つ。

突如、冷たい牢屋と、そこに漂う鉄の臭いが私の脳裏にフラッシュバックした。


「…っ、」


口元に運んでいたティーカップをテーブルの上に置く。カタカタと震える手のせいで、カモミールティーの水面が揺れていた。


「姉上?」


義弟と聖女は不思議そうに首を傾げている。そんな姿すらそっくりだ。
私は何とか彼らに笑顔をみせる。


「お昼までに提出しないといけない課題があったのを思い出したわ。せっかく入れてくれたのに、ごめんなさい。早く行かないと。」


勿論、嘘だ。そんな課題存在しない。
早口で嘘を吐きながら、私は椅子から立ち上がった。


「ですが、姉上。まだ時間はありますし、飲んでから行っても…」
「ごめんなさい、ユーリ。先生が待っているから早く提出したいの。」
「そう、ですか…。」


寂しそうに視線を落とす義弟をなるべく視界に入れないように、私は肩にかけている聖女の膝掛けを丁寧に畳む。


「聖女様、ブランケットありがとうございました。」
「い、いえ。あの、エリザベータ様が持っていて下さい。今日は特に寒いですし…」
「お気遣いありがとうございます。ですが、私は大丈夫です。冬の寒さには慣れていますから。」


椅子に座る聖女にブランケットを差し出せば、彼女は反射的に受け取った。


「それでは、そろそろ失礼します。」
「あっ、待ってください!」


足早に立ち去ろうとした私を、聖女は引き止めた。思わず顔が歪みそうになったが、何と耐える。
聖女は椅子から立ち上がり、私に駆け寄ってきた。


「…どうかされましたか?」
「あの良かったら、これ持っていってください。」


そう言って聖女が差し出してきたのは、可愛らしくラッピングされたカップケーキだった。


「食後に出そうと思っていたデザートです。エリザベータ様の好きなチョコレートを入れてみました。」


不思議なことに聖女は私の食の好みを完璧に把握している。…大方、義弟にでも聞いたのだろう。


「…聖女様が作ってくださったのですか?」
「はい!…ユリウス様に教わりながらですけど…。」
「…そう、ですか。」


今まで、義弟と一緒に料理をしたことなんて一度もない。そもそも、彼が料理が出来るだなんて知らなかった。
私の知らない義弟を、聖女が知っているという事実に心が軋む。


「焼き上がるのが待てなくて、何度もオーブンの蓋を開けてしまいましたが、美味しくできたと思います。エリザベータ様に食べてもらいたくて、頑張りました。」


頬を朱色に染め、私にカップケーキを差し出す姿は、まるでラブレターを差し出しながら告白してくる乙女のようだった。

想い人の姉に普通、こんな態度をとるだろうか。
以前、私を慕う理由を聞くと聖女は、殿下から庇ってくれたから、と答えた。果たして、それだけなのだろうか。
彼女が私に対する態度は、純粋な敬愛にしては度が過ぎている。何か別の思惑があるのでは無いかと勘ぐってしまう。

…だが、そう思ってしまうのは、私の心が歪んでいるからかもしれない。

平然を保ちつつ、聖女からカップケーキを受け取る。そんな瞳で見つめられたら断れないのだ。今まで、聖女を拒めなかったのは、聖女の瞳が義弟と似ているからなのだろうか。


―――いや、それだけではないはず。


確証はない。だが、そう思ってしまうは、彼女に何故か懐かしさを感じているから。


「まぁ、ありがとうございます。とても美味しそうですね。後で味わって食べさせて頂きます。」


にこりと笑って見せれば、聖女もにこりと微笑み返してきた。
…正直、上手く笑えている自信は無い。

早くここから立ち去ろう。
これ以上、ここに居たら自分を保てなくなる。

聖女に軽く挨拶し、植物園の入口へと向かう。だが、入口は生徒たちが塞いでいた。「ちょっと、道を開けてくださる?」と言おうと人だかりに近づくと、私が言う前に彼らは波が引くように、さっと道を開けた。そして、私を睨みつける彼らの視線が、早くここから出ていけと物語っている。

彼らの異様な雰囲気に恐怖を感じた私は、その道を通るのを躊躇する。だが、後ろに戻っても、あの2人が居るだけだ。前に進むしかない。
姿勢を正した私は早歩きで、彼らが作った道を通り抜けた。





彼らを見ないようにしていた私は、その人だかりの中に、最近姿を見せていなかったトミー=キッシンジャーとカトリナ=クライネルトが居るのに気付かなかった。










しおりを挟む
感想 472

あなたにおすすめの小説

ご安心を、2度とその手を求める事はありません

ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・ それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望

あの子を好きな旦那様

はるきりょう
恋愛
「クレアが好きなんだ」  目の前の男がそう言うのをただ、黙って聞いていた。目の奥に、熱い何かがあるようで、真剣な想いであることはすぐにわかった。きっと、嬉しかったはずだ。その名前が、自分の名前だったら。そう思いながらローラ・グレイは小さく頷く。 ※小説家になろうサイト様に掲載してあります。

【完結】どうか私を思い出さないで

miniko
恋愛
コーデリアとアルバートは相思相愛の婚約者同士だった。 一年後には学園を卒業し、正式に婚姻を結ぶはずだったのだが……。 ある事件が原因で、二人を取り巻く状況が大きく変化してしまう。 コーデリアはアルバートの足手まといになりたくなくて、身を切る思いで別れを決意した。 「貴方に触れるのは、きっとこれが最後になるのね」 それなのに、運命は二人を再び引き寄せる。 「たとえ記憶を失ったとしても、きっと僕は、何度でも君に恋をする」

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

【完結】あなたを忘れたい

やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。 そんな時、不幸が訪れる。 ■□■ 【毎日更新】毎日8時と18時更新です。 【完結保証】最終話まで書き終えています。 最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

処理中です...