私は貴方を許さない

白湯子

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第5章「正義の履き違え」

77話

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「コイツに触んな。」


低い声が聞こえてきた瞬間、背後から伸びてきたギラリと光るナイフが義弟の手のひらに突き刺さった。
その衝撃で義弟の手から鮮血が舞い、私の頬を濡らす。


「ひっ、」


血塗られた刃先が手のひらから抜けると、そこから暗褐色の液体がボタボタと零れ落ち、シーツを赤く染め上げる。


「ぐっ、」


義弟は負傷した手を押え、苦痛の表情を浮かべた。


「痛いか?ははっ、いい気味。」


くつくつと笑う殿下は、ナイフの汚れを払うように床めがけて一振する。その反動でナイフに付着していた血液が床に飛び散った。


「あ…あぁ…、なんてことを…」


殿下は1度だけでなく、2度も義弟を刺したのだ。それも虫を殺すかのように、なんの躊躇もなく、淡々と。
目の前で起こったことが信じられない。
カタカタと震える私の肩を、殿下がそっと抱き、血塗られたナイフを持つ手で、義弟向かって指を刺した。


「ほら、エリザ。アイツの手をよく見てみろ。」


殿下の言葉に従い、恐る恐る義弟の手に視線を向ける。すると、先程と同様に流れ出た血液は義弟の手のひらにズルズルと這い上がり、あっという間に傷口が塞がってしまった。
そこにあるのは、シミ一つない、しなやかな義弟の手。


「どうして…」
「〝青の魔力〟を持っている奴は、そう簡単に死なないように出来てんだよ。どんな傷だろうが、みるみるうちにに治っちまう。…そうだろ、アルベルト。」


殿下からアルベルトと呼ばれた義弟は、目を伏せた。


「血は魔力、魔力は血。殿下の仰る通り、に流れている〝青の魔力〟は主を守ろうとする治癒力が非常に高いです。心臓さえ無事なら、死ぬことはないでしょう。」
「…認めんのか?」
「えぇ、ここまできたら隠せません。僕の身体には間違いなく〝青の魔力〟が流れています。ですが、」


義弟は視線を上げ、私の瞳に見つめた。視線が絡まり、呼吸が止まる。


「僕はアルベルトではありませんよ。」


アルベルトサマジャナイ?

ヒュッと肺に酸素が入り込む。
果たしてそれが、嘘なのか、本当なのか。その言葉の真偽を確かめるようと義弟のサファイアの瞳をじっと見つめたが、彼はただ穏やかなに微笑んでいるだけだった。


「〝青の魔力〟を持っているからといって、僕がアルベルトだと決めつけるのは少々短絡的ではないでしょうか。」


私の肩を掴む殿下の手に力が入る。


「ほぉ?じゃあ何で、皇族じゃないお前がその魔力を持ってんのか、ちゃーんと説明できるんだよなぁ?」
「勿論。殿下の事ですから既にご存知だとは思われますが、僕は母の不貞によって生まれてきた子供です。単純な話し、その母のお相手が皇族だったのでしょう。」


義弟の告白に、私と殿下は息を呑む。

皇族は民衆にとって、帝国の象徴的存在だ。特に青の魔力を持って産まれてくる皇族は神に近しい存在であると言われている。そんな厳格な皇族が不貞を働いたのならば、帝国を揺るがす程の大問題だ。帝国内で暴動が起こる可能性だって十分に考えられる。


「そんな僕は、皇族からみたら汚点でしかありません。もし、この事が皇族に知られてしまったら、僕の存在は消されてしまうかもしれない。そう幼心に思った僕は身を守る為に瞳の色を変えていました。」


義弟の話しが事実であるなら、皇族にとっては義弟は危険な存在だ。帝国の崩壊の要因となる危険因子を排除したいと思うのは不思議な話しではない。

今思えば、義弟は魔法を使う時、私に目を閉じさせていた。それが、それが瞳の色を隠すためだとは思いもしなかった。
私にも隠していたという事実に、場違いにも心が傷んだ。


「…証拠は?」


殿下が唸るような声で訊ねれば、義弟は小さく笑った。


「母に証言させるのが1番手っ取り早いのですが、残念なことに母は牢獄の中で精神を病んでしまったそうです。お相手の皇族の方は、きっと死んでも口を割らないでしょうし……強いて言うなら、僕がサファイアの瞳を持っていることが、なによりの証拠かもしれませんね。」
「……一応、筋は通ってんな。」
「筋もなにも事実ですから。僕がアルベルトである話しよりも、よっぽど信憑性を帯びています。…姉上。」


突然呼ばれて、ビクリと肩が震える。
義弟はニッコリと微笑み、私に向かって両手を広げてきた。


「僕がアルベルトではないことが、わかりましたよね?もう、怖くないでしょう?ほら、こっちにおいで。」
「ふざけてんじゃねーよ。」


忌々しげに舌打ちした殿下は私のお腹に片腕を回しベッドから引きずり下ろした。一瞬の浮遊感に思わず殿下の腕に縋り付く。そして、彼はやや乱暴に自身の背中に私を隠した。混乱で膝が笑っているが、殿下の服の袖を掴み、何とか立位を保つ。

彼の背中から義弟の様子を窺うと、義弟は珍しく表情を失くした。その何の感情も読み取れない能面のような顔に背筋が凍る。


「…殿下、貴方はどれだけ罪を重ねていくつもりですか?不法侵入罪、名誉毀損、傷害罪…。帝国の皇太子といえど、民はそこまで寛容ではありません。良くて謹慎処分、皇帝権の剥奪。最悪、国外追放…。貴方はそれだけのリスクを犯しているという自覚がおありで?」
「ははっ、自分の姉貴を絞め殺そうとした奴に言われたくないねーなぁ。」


首に不穏な熱が帯びる。
先程、義弟に首を絞められたことを思い出し、身体を強ばらせた。


「僕が大切な姉上を傷付けるはずがないでしょう。」
「大切な姉上…ねぇ?やっすい言葉だな。口先だけなら何とでも言える。」
「貴方こそ、先程から根拠の無いことばかり並べて話になりません。姉上の不安を煽るような真似はおやめ下さい。」
「…根拠ならあるぜ。」


殿下の含みのある言葉に、義弟は微かに瞳を眇めた。









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