106 / 237
第6章「不完全な羽化」
102話
しおりを挟むテオドールside
公爵領へと向かっているエリザベータの元から自室に戻った俺は、ガジガジと乱暴に頭をかいた。
「…だっせぇ。」
溜息混じりに、そう呟きながら、どっかりとソファに座り込む。
まさか、あそこで勘ぐられるとは思わなかった。さすがは、元皇太子の婚約者様といったところか。300年前に、お后教育を受けた女の観察力は中々侮れない。それとも、俺の方が顔に出やすいタイプだったのか。…まぁ、何にせよ、エリザベータは思っていた以上に、俺を見ているようだ。
…これじゃあ、かえって不安を煽ってきただけじゃないか。本当は、ただ謝りたかっただけなのに。
絶対に守ってやるって言ったくせに、守れなくてごめん。こんなことになってしまって、ごめんって……。
謝罪の一つもろくに吐けずに、しっぽを巻いて逃げてきてしまった俺は、この上なく情けない。
「…クソが。」
だが、こうして、うだうだと反省会を続けていても仕方がない。
俺は気合いを入れるため、パチンと自身の両頬を強めに叩く。
「…よっし。」
謝罪は全て終わってからだ。どうせ、これから謝罪の内容は増えていくことだし。
…はたして、知らずのうちに全てが終わっていたら、アイツはどんな顔をするだろうか。
―…きっと、怒るだろうな。
苦笑いをひとつ零した俺は、机の上にある〝フェルシュング伯爵家〟の書類に手を伸ばす。
「さてと…有意義な謹慎処分生活を満喫しますかっと。」
*****
エリザベータside
今、私が滞在している所は、領主の館である。この館は元々、ノルデン帝国の第3代皇帝が国内の反乱やデューデン国からの侵略に備える為に、仕えていた騎士に命じて造らせた城塞らしい。
厳重に造られた石の城壁を、川から引き入れてた水で四方囲まれている為、まるで湖に古城が浮いているように見える。
馬車から降り立ち、この、のどかな街並みの中に佇む優美な古城が目に飛び込んできた瞬間、馬車を半日走らせるだけで、こんなにも世界が変わるのかと、とても驚いた。
ここでなら、嫌なことを忘れて、穏やかに過ごせるかもしれない……。しかし、そんな淡い期待は、いい意味で裏切られた。私達を迎え入れてくれた、領主代理人によって。
彼?彼女?は、私にこう言った。
「アタシ、アンタのことお嬢様扱いしないから。」
この宣言通り、彼?彼女?は私を特別扱いすることはなかった。
南の公爵領には、騎士の訓練所が配置されおり、多くの騎士の卵達が日々修行に励んでいる。領主代理人は訓練所の教官も受け持っているらしく、使用人達と同様に、騎士の卵達の食事や洗濯、訓練所の掃除などの仕事を私に与えてきたのだ。
ベル達は「お嬢様になんて無礼な…!」と不満を露わにしていたが、私は正直、この待遇がとても有難かった。慣れない仕事は思っていた以上に体力が奪っていったが、そのお陰で余計なことを考えている暇はなかったのだ。
それに、大変なことばかりではない。ベル達とお揃いのワンピースを着てワイワイ仕事をするのは想像以上に楽しかったし、最初は気難しい人なのかなと思っていた領主代理人は話せば話すほど、面倒みがよく裏表のない素敵な人だということがわかってきた。
最初こそは、いつ義弟達が私を殺しにくるのかとビクビクして過ごしていたが、それは杞憂で終わった。きっと、年末の行事が忙しく私に構っている暇などないのだろう。いっその事、このまま私の存在など忘れて欲しい。
慌ただしくも平和な時間は瞬く間に過ぎていき、気付けば公爵領に来てから1週間が過ぎようとしていた。
*****
「ねぇ、ビアンカ。何か仕事はないかしら?」
「あのねぇ、蛙ちゃん。今日はアンタ達にお休みをあげたの。だから、仕事なんてモノはないのよ。」
「…。」
執務机に座っているビアンカは、哀れむような視線を私に投げかける。その視線を受けた私は思わず俯いてしまった。
彼女?は、ビアンカ=ベック。本名はビアンコで、生物学的には『男性』である。だが、彼女は最初に「アタシのことはビアンカって呼んで頂戴。」と強要…いや、お願いしてきたので、素直にビアンカと呼んでいる。
彼女を初めて見た時の衝撃は、今後忘れることは出来ないだろう。
父からは、公爵領には領主代理人が居るから、その人に世話になりなさいと言われていた。てっきり初老の男性かと思っていたら、美しい古城から現れたのは、奇抜な騎士服を身にまとった筋肉の塊のような金髪の男性だった。
太い首に、逞しい腕と脚。身長は見上げるほどに高く、立派な胸筋を惜しげも無く晒している。
まさにその姿は…
『んぎゃーーーーー!!!金髪ゴリラが服着てるーーーーー!!!!!』
『はぁぁあん???だぁーれがゴリラですってぇぇええええ!!!こんのぺちゃぱい小娘がぁ!!!』
『きゃぁぁぁ!!お、お嬢様!!このゴリラ、喋ってます!!化け物です!!!』
『なんて失礼な小娘なのかしら!?これだから帝都の女は嫌なのよ!!とっとと帰りなさい!!!これ以上、まな板は必要ないわっ!!』
『誰がまな板ですか!誰が!!!』
『ベ、ベル、落ち着いて…!』
『離してください!お嬢様ぁ!このゴリラだけは…ゴリラだけは…!!』
『アタシは人間よーっ!!』
最悪の初対面を思い出し、思わず苦笑いが零れる。あの日から、ベルとビアンカは毎日のように喧嘩をしているが、何だかんだで楽しそうだ。そのベルはビアンカからお休みを頂いたので、侍女たちと買い物に出掛けている。
「蛙ちゃんも、まな板三人娘達と一緒に買い物に行けばよかったじゃない。」
ビアンカはボキボキと逞しい首や肩を鳴らしながら、そう言ってきた。
ビアンカは何故か私のことを〝蛙ちゃん〟と呼ぶ。正直、不快極まりないのだが、何度訂正しても無駄だった為、今は諦めている。
「私がくっついて行ったら、気を使って、お休みにならないでしょ。」
「あら、ちゃんと立場を弁えているのね。」
いつものように、ビアンカは意地悪な笑みを浮かべている。だが、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。
「だから、お仕事が欲しいの。」
「何がだから、よ。アタシがお休みって言ったら、お休みなの。いい加減、諦めなさいな。」
「ビアンカ…。」
「そんな顔をしてもダメ。ってか、何なの。アンタのその社畜根性は。人間でも機械でも、ずっと働き続けるのは不可能よ。今は良くても、そのうちガタが来るわ。それとも何、蛙ちゃんは苦行が美徳とか思っているの?マゾなの?自分を虐めて喜んじゃうような変態さんなの?」
「そういう訳じゃないけど…」
何かしていないと、義弟達のことを考えてしまうのだ。だからこそ、今の私にとって、この休暇は苦行以外の何物でもない。
余計なことを考えている暇が無いほどに仕事をしていた方が、ずっと気が楽なのだ。
だが、それをどうビアンカに説明すれば良いのか……。
俯き言い淀む私に、ビアンカは怪訝な表情を浮かべたが、何か閃いたかのように両手を叩いた。
何事かと顔を上げれば、つぶらな琥珀の瞳と目が合う。グローブのように分厚い両手で頬杖をつき、何かを企んでいるような不敵な笑みに嫌な予感した。
「蛙ちゃん。アタシとデートしましょ♡」
《おまけ》
*前回の続きです。
*コタツでみかん食べながら、わちゃわちゃするだけです。
聖女様「はい!殿下の案はボツで!!」
ユーリ「右に同じく。」
テオ様「はぁ!?んでだよ!」
聖女様「最後にS(自主規制)って、完全に体目当てじゃないですか!最低!不潔!女の敵!!チョコレートになっちゃえ!!!」
テオ様「最後のが意味わからん。…てか、デートの目的なんて最終的にそれだろ。」
聖女様「クズ!!!!!エリザベータ様!そんな食べてばっかりのデートだと太ってしまいますよ!!」
エリザ「―!!!!」雷に打たれ、ミカンを落とす。
テオ様「まだ若いんだし、そう簡単にはふとんねぇよ。ま、エリザは食べた分だけ、胸にいくだろーけど。」
聖女様「そんなファンタジー要素、この世界には存在しないんですよぉぉぉぉぉぉおおお!!!!!(血の涙)」
次回に続く…
40
あなたにおすすめの小説
愛される日は来ないので
豆狸
恋愛
だけど体調を崩して寝込んだ途端、女主人の部屋から物置部屋へ移され、満足に食事ももらえずに死んでいったとき、私は悟ったのです。
──なにをどんなに頑張ろうと、私がラミレス様に愛される日は来ないのだと。
前世と今世の幸せ
夕香里
恋愛
【商業化予定のため、時期未定ですが引き下げ予定があります。詳しくは近況ボードをご確認ください】
幼い頃から皇帝アルバートの「皇后」になるために妃教育を受けてきたリーティア。
しかし聖女が発見されたことでリーティアは皇后ではなく、皇妃として皇帝に嫁ぐ。
皇帝は皇妃を冷遇し、皇后を愛した。
そのうちにリーティアは病でこの世を去ってしまう。
この世を去った後に訳あってもう一度同じ人生を繰り返すことになった彼女は思う。
「今世は幸せになりたい」と
※小説家になろう様にも投稿しています
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。
その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。
そこで待っていたのは、最悪の出来事――
けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。
夫は愛人と共に好きに生きればいい。
今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。
でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。
妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。
過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――
番を辞めますさようなら
京佳
恋愛
番である婚約者に冷遇され続けた私は彼の裏切りを目撃した。心が壊れた私は彼の番で居続ける事を放棄した。私ではなく別の人と幸せになって下さい。さようなら…
愛されなかった番。後悔ざまぁ。すれ違いエンド。ゆるゆる設定。
※沢山のお気に入り&いいねをありがとうございます。感謝感謝♡
(本編完結)無表情の美形王子に婚約解消され、自由の身になりました! なのに、なんで、近づいてくるんですか?
水無月あん
恋愛
本編は完結してます。8/6より、番外編はじめました。よろしくお願いいたします。
私は、公爵令嬢のアリス。ピンク頭の女性を腕にぶら下げたルイス殿下に、婚約解消を告げられました。美形だけれど、無表情の婚約者が苦手だったので、婚約解消はありがたい! はれて自由の身になれて、うれしい! なのに、なぜ、近づいてくるんですか? 私に興味なかったですよね? 無表情すぎる、美形王子の本心は? こじらせ、ヤンデレ、執着っぽいものをつめた、ゆるゆるっとした設定です。お気軽に楽しんでいただければ、嬉しいです。
わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑
岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。
もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。
本編終了しました。
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
最初からここに私の居場所はなかった
kana
恋愛
死なないために媚びても駄目だった。
死なないために努力しても認められなかった。
死なないためにどんなに辛くても笑顔でいても無駄だった。
死なないために何をされても怒らなかったのに⋯⋯
だったら⋯⋯もう誰にも媚びる必要も、気を使う必要もないでしょう?
だから虚しい希望は捨てて生きるための準備を始めた。
二度目は、自分らしく生きると決めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
いつも稚拙な小説を読んでいただきありがとうございます。
私ごとですが、この度レジーナブックス様より『後悔している言われても⋯⋯ねえ?今さらですよ?』が1月31日頃に書籍化されることになりました~
これも読んでくださった皆様のおかげです。m(_ _)m
これからも皆様に楽しんでいただける作品をお届けできるように頑張ってまいりますので、よろしくお願いいたします(>人<;)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる