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第6章「不完全な羽化」
103話
しおりを挟む嫌な予感しかしないデートを丁重にお断りしようとしたが、その巨体に似合わぬ敏捷な動きなを見せたビアンカは、自身の筋骨隆々な両腕で私の腕をガッチリと拘束してしまった。
「さ、行くわよ!」
「え、え、ちょっ、」
有無を言わせぬ勢いに圧倒された私は、反論という反論を言えぬまま、妙に上機嫌なビアンカに引きずられるようにして、館をあとにした。
*****
「やぁだぁ~!何コレー!ちょー可愛いー!!」
「流石ビアンカ様!お目が高い!このスカートは先日入荷したばかりでして…」
「ビアンカ様ー!こちらも見て下さぁい!冬の新作が入ったんですよー!」
「あらやだ!こっちも素敵じゃなぁ~い♡」
荷馬車に乗せられ、売られていく仔牛宜しくで連行された先は、ビアンカお気に入りのブティック店だった。
ビアンカは、先程から可愛らしい店員達とキャッキャウフフとお洋服と戯れている。私は私で、初めて来た店内を物珍しげに見回っていた。こじんまりとした店内である為、ビアンカ達の会話は、綺麗に私の耳まで届いてくる。
「…あら?この布は…」
「あぁ、それはデューデンから輸入したものです。」
「へぇ、綺麗ね。でも、大丈夫だった?あっちの業者に、やけに高い金額とか要求されなかった?」
「ふふ、いつも取り引きしているホワイト業者だったので大丈夫でしたよ。」
「それなら良かったわ。もし、怪しい金額を出してくる業者が居たら、すぐにアタシに知らせるのよ。」
「はい!いつも心配して下さって、ありがとうございます!」
―へぇ…。
ビアンカは、ただショッピングを楽しむだけでなく、領主代理人として領民のことも気にかけているようだ。会話の端々からも、店員達がビアンカのことを、心の底から慕っている様子も窺える。
ビアンカは、派手な見た目と言動に反し、とても真面目で誠実な人だ。きっと、父もそんなビアンカのことを信用して、領土を任せているのだろう。
改めてビアンカに対して尊敬の念を抱いていると、視界の端に壁に飾られている深緑色のワンピースが映った。デコルテが綺麗に映えるであろうAラインのワンピースである。それはどことなく皇宮で着せてもらった青色のドレスと形が似ていた。確か、デコルテを見せるのが今の流行りなのだと、皇宮の侍女たちが言っていた。流行りであるならば、似たようなものが多く出回っていても不思議ではない。
私は何気なく、そのワンピースに手を伸ばそうとすると、不意に首筋がズキンと大きく疼いた。思わず、伸ばしかけた手で首筋を押さえる。ちょうど、そこはユリウスに噛まれた所だ。厄介なことに、こうして時折思い出したかのように痛みを訴えることがあるのだ。噛み跡は、背中の打撲痕と同じように綺麗さっぱりと無くなっているというのに…。
そう。首筋の噛み跡は、いつの間にか消えていたのだ。
父が噛み跡に触れてこなかったことから、父が皇宮に来た時点では、既に噛み跡は消えていたと推測が出来る。何故なら、過保護な父が、娘の首筋にある噛み跡を黙って見過ごす訳がないからだ。
「………。」
私は、深緑色のワンピースに背を向け、背後にあったブティックハンガーに視線を向けた。そこには、いつも着ているようなワンピースが何着か掛かっていた。その襟ぐりは、首まできっちりとレースで飾られているものだ。
変に冒険するよりも、普段着ているものを選んだ方が無難だろう。それに今は冬だ。デザインよりも、防寒性を重視すべきだと考えながら、私は新しいワンピースを手に取った。
「━━なぁに、その化石ワンピース。」
「ひぃっ。」
突然背後から声をかけられ、私は心臓が飛び出そうなほど驚いた。 ばくばくと暴れる心臓をワンピースごと抑えながら振り向くと、そこには頬に手を当て不満顔を晒すビアンカがいた。
「お、驚かせないで。」
「あら、ごめんなさい。気配を消して背後に立つクセが付いちゃっているのよぉ。」
どんなクセだ、と思ったが、ビアンカが騎士見習い達の教官も兼任していることを思い出した。
「それよりも、そのワンピースよ。修道女じゃあるまいし、そんな隙のない古代ワンピースなんて駄目よ。」
「ゔ…。」
彼女の化石や古代人という単語が、私の心にグサッと突き刺さった。ちなみに、私のファッションセンスは、300年前で止まっている。なので、流行に敏感であろうビアンカにそう指摘されてしまうのは仕方がないのだが…。一応、年頃の娘としては、少々落ち込む。
がっくりと肩を落とす私に、ビアンカはビシッと葉巻のように太い人差し指を突き出してきた。
「いいこと、蛙ちゃん。巨乳は武器よ。出し惜しみしないで、アタシのようにガンガン出していきなさい。男はね、単純だからその隙に食いついてくるの。例えるなら…そうね。男は魚。女は釣り人。うまぁ~くテリトリーに誘い込んで、食われたフリをして逆にソテーにして美味しく頂くの!わぁかったかしらぁ!?」
ビアンカのように胸も足も出してたら、いつか公然わいせつ罪で捕まってしまう…!!と思いつつ、鬼気迫る勢いで語るビアンカに、私はコクコクと壊れた人形のように頷いて見せた。ここで余計なことを言えば、ビアンカは鬼と化すだろう。
必死に頷く私を見たビアンカは、満足気に微笑んだ。
「分かってくれて嬉しいわ。…そうだわ!せっかくだし、アタシが蛙ちゃんに似合う服を選んであげる♡こんなサービス滅多に無いんだからね!」
そう言うなり、ビアンカは鼻歌交じりでワンピースを選び始めた。私はその様子をハラハラしながら見守る。
果たして、奇抜なファッションを身を包んでいるビアンカが、どんなものを選ぶのか……。
「あぁ~らぁ!これとか、いいんじゃなぁい?」
そう言ってビアンカが私に見せてきたものは、意外にも落ち着いた印象のワンピースだった。私は、密かに安堵の息をもらす。
その布地は温かみのある若草色で、スカート裾に小さく描かれた薔薇の模様が上品さを演出している。その上品且つ可愛らしいワンピースに頬を弛めたが、首元のデザインを見て、顔を強ばらせた。
「あら、好みじゃない?」
「違うわ。とっても素敵よ。」
「じゃあなんで、そんなおブスな顔になってんの。」
「…。」
ビアンカの探るような視線から逃げるようにして目を伏せた私は、ポツリと呟いた。
「…襟元が開きすぎているから、下品よ。」
「そう?これぐらい普通じゃないかしら?」
「…。」
ビアンカが選んでくれたワンピースの首元は、やや深めのスクエアネックで、デコルテを強調するようなデザインだ。角度によっては、胸が見えてしまうかもしれない。
―こんなのを着たら、また……
「もしかして、誰かに下品だって言われたの?」
「えっ。」
その言葉に驚いて顔を上げれば、ビアンカは「あぁ、やっぱりね。」と言って、呆れたかのように溜息をついた。
「それって男でしょ。」
「!…どうしてわかったの?」
「カマをかけたのよ。」
「なっ、」
「本当に男だとは思わなかったわ。」
「……。」
「カマをかけられた。オカマだけに。」なんて言ったら、間違いなく平手打ちが飛んで来そうだ。
まんまとビアンカの罠にハマった私は、言葉を詰まらせる。
「そいつ、ろくでもない男ね。」
「えっ」
「だって、そうでしょう?可愛い服に、いちゃもんつけるんだから、ろくでもないわよ。…人間にはね、服を自由に選ぶ権利があるの。誰かに制限させるものじゃないわ。」
「…。」
ビアンカの言葉には、思わず黙ってしまうような強烈な説得力があった。
今でこそ、自由にファッションを楽しんでいるビアンカだが、その裏には想像を絶するような苦労があったに違いない。ノルデン帝国には、男は男らしく、女は女らしくという考えが今でも根強く残っている。それらを乗り越えて、ここに立っているビアンカが、とても輝いて見えた。
「…ビアンカは、かっこいいわね。」
その眩しさに目を細めながら言うと、ビアンカは誇らしげに笑った。
「あら、今更気づいたの?でも、駄目ね。アタシを褒めるなら、美の女神ビアンカ様が正解よ。」
「ビノメガミ、ビアンカサマ。」
「なんでそこで感情が死ぬのよっ!!もうっ!ほら、こっちにいらっしゃいなっ!」
プリプリと怒りをあらわにするビアンカに引きずられるようにして、連れて行かれたのは鏡の前だった。ビアンカは先程の若草色のワンピースを私の身体にあてる。
「ほら、良い感じでしょ?」
鏡の中のビアンカが私に、そう尋ねる。…言われてみると、似合わないこともない………のか?
イマイチピンと来ていない私に、ビアンカは焦れたような声を上げた。
「んもー!!何よ、そのビミョーな反応は!こうなったら試着しちゃった方が早いわ!ココちゃーん、試着室使っても大丈夫かしらーー!?」
〝ココちゃん〟と言われた店員は、遠くの方から「じゃんじゃん使っちゃって大丈夫ですよー!!」と、承諾の声を上げた。
「ココちゃん、ありがとー♡さぁーて、蛙ちゃん。着替えてらっしゃい。」
「ちょっ、」
ビアンカはワンピースを私に押付け、強引に試着室に押し込んだ。文句を言おうと後ろを振り向くが、既にカーテンは閉まっており、遠くの方からビアンカと店員の世間話が聞こえてきた。
「…もう。」
ビアンカの強引さに溜息をつく。だが、不思議と悪い気はしない。彼女の憎めない人柄のせいだろう。
―まるで、台風みたいな人ね。
苦笑いを零した私は、大人しくワンピースに袖を通した。
*****
「あら、似合うじゃない。」
若草色のワンピースを着て試着室から出てきた私を見るなり、ビアンカはにっこり笑ってからそう言った。
「…本当?」
「本当よ。アタシが、そんなつまらない嘘をつくはずがないでしょ。」
確かにビアンカなら似合わない時点で「おブス!!!」とバッサリと切ってくるだろう。
「自信持ちなさいよ。蛙ちゃんは、アタシの次の次の次ぐらいに綺麗なんだから。」
果たしてそれは世間一般から見て〝綺麗〟なのだろうか。だが、そのビアンカらしい褒め言葉(?)が、ここ最近で1番嬉しくて、面白くて……私は久々に声を出して笑った。
「今度それ着て、アンタに下品だって言ってきた男に迫ってやればいいわ。」
「ビアンカ…」
「それでもまた下品だって言ってきたら、アタシに言いなさい。帝都まで、掘りに行ってあげる。」
「掘り…?」
意味が分からず首を傾げた私に、ビアンカは不敵な笑みを浮かべた。
《おまけ》
・前回の続きです。
・4人がコタツでミカンを食べながら、わちゃわちゃします。
ユーリ「姉上。ベティ嬢のデートプランもオススメできません。今の季節は真冬です。雪道を歩くだなんて、大変ですよ。」
聖女様「ここに季節感を持ってくるのは反則ですよ!!」
テオ様「俺も聖女プランにはんたーい。ってか、そもそもお前のプランおかしいだろ。デートっつーか、それはただの女子同士の休日だ。」
聖女様「女の子同士のデートでもいいじゃないですか!それにお題には異性とのデートとは書いてませんし。ね、エリザベータ様!」
エリザ「確かに書いていませんね。」
聖女様「ほらぁー!」
テオ様「そのクソムカつくドヤ顔やめろ。……まぁ、色々百歩譲ったとして、お揃いのドレスを着るのはやめた方がいいぜ。」
聖女様「…どうしてですか。」
テオ様「そりゃー、エリザと比べて自分が惨めな気持ちになるだけじゃん?俺はな、お前の為に言っているんだぞ。(憐れむように聖女の胸を見る)」
聖女様「……………今、神様の声が聞こえました。直ちに殿下の息の根を止めろ、と。」
―――ドタタタタッ(数名の男子生徒乱入)
テオ様「うっわ!どっから湧いてきやがった!この信者共がァ!!おい!何処を触って……って、俺をコタツから出すなっ!え、ちょ、なになに。俺そんな趣味ねーぞ、え、なに、コイツら、目がマジなんだけど。え、待て。早まるな、話を―――ひっ、ひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ━━!!!ひー!い、息ができねーひゃひゃひゃひゃひゃ!!」
エリザ「あぁ!殿下がくすぐりの刑に…!助けないと!」
ユーリ「その必要はありません。日頃の行いが悪い殿下には良い薬です。……さて、姉上。最後に残った僕の案が1番ってことで良いですかね?」
エリザ「この状況でまだ続けるの…!?」
次回に続く…。
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