私は貴方を許さない

白湯子

文字の大きさ
202 / 237
第10章「奈落の告白」

195話

しおりを挟む
エリザベータside


「ーーーってなわけで、カール達は大丈夫よ。」


ビアンカからデューデン国からの援軍の話を聞き、私は安堵の息をこぼした。


「まったく…大変だったわぁ~。ミルクちゃんの言われるまま健気な私はデューデン国まで走って、その足でここまで来たのよ?こーんな可愛い顔して人使いが荒いんだからっ。でもそんな扱いにゾクゾクしちゃうっ!!」


話しながら興奮し始めたビアンカは、ひしっと自身の逞しい身体を抱きしめる。
そんなビアンカの姿を見て少し脱力していると、すっとユリウスが一歩前に出た。


「ベック卿、大役を果たして下さってありがとうございます。貴方が居てくれて、本当に良かった。」
「は…は…は……はあああああああんっっ♡♡♡!!」


愛嬌たっぷりな笑みを添えたユリウスのお礼に、感極まったビアンカは野太い声を奈落に響き渡らせながら膝から崩れ落ちた。


「…人たらし。」


思わず口から零れ落ちた嫌悪感を滲ました呟きに、ピクリと反応したユリウスは、無表情な顔をこちらに向けた。
まさか聞こえているとは思わなかった私は、びくりと肩を肩を震わし身構える。
…なに?怒ったの?
私は腕を組み、ユリウスを睨みつけた。だがそんな威嚇も虚しく、彼は私の前までよどみない足取りで来てしまった。
無表情なユリウスに妙な威圧感を覚えた私の気弱な足は後退りしようとしていたが、それをグッと堪える。


「…何かしら。」


恐れを悟られないよう、あえて冷たい声を放つ。
すると、ユリウスはパチリと瞬きをしたのち、私に向かって静かに指差した。


「痛みますか?」


一体何のことだろうか。
一瞬そう思ったが、彼の視線を追いかけて「あぁ。」と思い出す。


「大したことはないわ。」


私の右手の甲には、ユリウスに万年筆を突き立てられて出来た小さな傷が残っていた。
多少痛みはあるものの、血はすっかり乾いており、手指も問題なく滑らかに可動する。
彼に言われるまで、この傷の存在さえ忘れていたほどだ。全く問題がない。
だが彼は不満げな表情を崩さずに、じっと私の甲に視線を注いでいた。

そんなに見つめられたら穴が開いちゃうわ。

なんて呆れたのも束の間。
ユリウスの瞳に不穏な光が帯び始めた。


「駄目よ。」


私の言葉に、ユリウスの白い手がピクリと動く。
私は甲の傷を隠すように胸の前で握りしめ、薄暗い奈落の底でも星空のように煌めいているサファイアの瞳を真っ直ぐに見据えた。


「取らないで。」
「…。」


私とユリウス。両者しばらく黙って睨み合っていたが、やがてユリウスの瞳がインクを垂らしたようにシトリンの瞳へ戻った。
それを見て、僅かに肩の力が抜ける。
だがこれで終わりではない。

終わりにしてはいけない。


「あなた今、私の傷を自分に移そうとしたでしょ。」
「…。」


私の問いにユリウスは何も答えない。だがきっと、その沈黙は肯定を示しているのだろう。
今まで感じていた些細な違和感が、ここにきてようやく確信に変わる。
今回だけじゃない。
彼は今までも、きっと出会った当初から自身に移していたのだ。
私の身に起きた怪我や病気、更には些細なストレスまでも。

魔法で治してあげますからねと優しく微笑みながら。


「一体どういうつもりなの?」
「…。」


ユリウスは長い睫毛を伏せ、無言を貫く。その頑なな姿に沸々と憤りが胸に湧く。

何を考えているのか分からない。
過去を知っても理解できないことがもどかしくて苛立たしくて。
彼と話がしたくてここまで来たのに、彼を前にすると感情的になる自分にも苛立って。

だが一番は。

目の前に居るのに、私を見ない彼に酷く苛立って。

300年経った今でも、彼は居もしない”エリザ”を見続けているのだろうか。


「ー僕には、」


唐突に。


「あるべきものがありません。」


ユリウスの無機質な声が重い沈黙に落とされた。


「空っぽなんです。」


半ば彼からの返答を諦めていた私は目を瞠る。だが”空っぽ”とは一体どういう意味なのだろうか。
ユリウスは自身の胸に手を当てながら、まるで他人事のように淡々と言葉を続けた。


「喜び、怒り、悲しみ、嫌悪、痛み、愛しさ。僕にとって、それらの感情は全て人間の真似事です。どう足掻いても貴女と同じ存在にはなれません。それなのに、求めてしまった。分不相応と分かっていたのに。空っぽの中身が全て埋まれば、きっと……はは、」


自嘲気味に笑って口を閉じてしまったユリウスは、くしゃりと自身の前髪を掴む。
そして、次に口を開いたときには、彼の口調はやや冷ややかなものになっていた。


「でも駄目でした。僕が求めたものは全て指の隙間から零れ落ちてしまった。」


前髪を掴んでいた手の平にジッと視線を落としたのち、ユリウスは私に流し目で微笑んだ。


「結局、僕はまで空っぽのままでした。」


そう言う彼の微笑みは、作り物のように綺麗で妙に清々しくて。
けれど、このまま暗闇に溶けてしまいそうなほど儚くて、痛々しくて。

まるで、全てを諦めているようだった。


「……誰なの?」
「はい?」
「誰が言ったの?貴方に心がないだなんて。」
「…。」


私の唐突な言葉に、ユリウスのシトリンの瞳が僅かに揺れる。
この反応を見る限り、私の憶測は大きくは外れていないのだろう。
まるで自尊心の塊のようだった彼が、自ら卑下するようになるなんて腑に落ちない。

妙に引っ掛かる違和感を手繰りよせていると、ふと脳裏に知らない景色が浮かんできた。
何処までも続く底なし沼のような星空の下、果ての見えない泉に聳え立つ一本の大樹。
その大樹の太い枝には、一人の男が寛ぐようにして腰かけている。まるで悠々と靡く金色のマントのような長い髪を無造作に垂らしている男は赤い果実を頬張りながら、ぼんやりと遠くを眺めている。
男の表情はわからない。

けれど、泉に繋がれた彼は、いつも泣いていた。


「どうやらおしゃべりはここまでのようよ。」


ビアンカの声にハッと我に返る。
先程まで地面に膝をついて悶えていたはずのビアンカは、姿勢を低くして構えながら上空を鋭く見据えていた。

私も上空を見上げ、そこでようやく気付く。
何かが、物凄い速度で、奈落に落ちてくる。
あれは…


「さぁて、やってくるのは味方と敵…どちらかしら?」


そう言って腰の鞘に手をかけたビアンカは、好戦的な笑みを浮かべた。



しおりを挟む
感想 473

あなたにおすすめの小説

愛される日は来ないので

豆狸
恋愛
だけど体調を崩して寝込んだ途端、女主人の部屋から物置部屋へ移され、満足に食事ももらえずに死んでいったとき、私は悟ったのです。 ──なにをどんなに頑張ろうと、私がラミレス様に愛される日は来ないのだと。

前世と今世の幸せ

夕香里
恋愛
【商業化予定のため、時期未定ですが引き下げ予定があります。詳しくは近況ボードをご確認ください】 幼い頃から皇帝アルバートの「皇后」になるために妃教育を受けてきたリーティア。 しかし聖女が発見されたことでリーティアは皇后ではなく、皇妃として皇帝に嫁ぐ。 皇帝は皇妃を冷遇し、皇后を愛した。 そのうちにリーティアは病でこの世を去ってしまう。 この世を去った後に訳あってもう一度同じ人生を繰り返すことになった彼女は思う。 「今世は幸せになりたい」と ※小説家になろう様にも投稿しています

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

番を辞めますさようなら

京佳
恋愛
番である婚約者に冷遇され続けた私は彼の裏切りを目撃した。心が壊れた私は彼の番で居続ける事を放棄した。私ではなく別の人と幸せになって下さい。さようなら… 愛されなかった番。後悔ざまぁ。すれ違いエンド。ゆるゆる設定。 ※沢山のお気に入り&いいねをありがとうございます。感謝感謝♡

(本編完結)無表情の美形王子に婚約解消され、自由の身になりました! なのに、なんで、近づいてくるんですか?

水無月あん
恋愛
本編は完結してます。8/6より、番外編はじめました。よろしくお願いいたします。 私は、公爵令嬢のアリス。ピンク頭の女性を腕にぶら下げたルイス殿下に、婚約解消を告げられました。美形だけれど、無表情の婚約者が苦手だったので、婚約解消はありがたい! はれて自由の身になれて、うれしい! なのに、なぜ、近づいてくるんですか? 私に興味なかったですよね? 無表情すぎる、美形王子の本心は? こじらせ、ヤンデレ、執着っぽいものをつめた、ゆるゆるっとした設定です。お気軽に楽しんでいただければ、嬉しいです。

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

最初からここに私の居場所はなかった

kana
恋愛
死なないために媚びても駄目だった。 死なないために努力しても認められなかった。 死なないためにどんなに辛くても笑顔でいても無駄だった。 死なないために何をされても怒らなかったのに⋯⋯ だったら⋯⋯もう誰にも媚びる必要も、気を使う必要もないでしょう? だから虚しい希望は捨てて生きるための準備を始めた。 二度目は、自分らしく生きると決めた。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ いつも稚拙な小説を読んでいただきありがとうございます。 私ごとですが、この度レジーナブックス様より『後悔している言われても⋯⋯ねえ?今さらですよ?』が1月31日頃に書籍化されることになりました~ これも読んでくださった皆様のおかげです。m(_ _)m これからも皆様に楽しんでいただける作品をお届けできるように頑張ってまいりますので、よろしくお願いいたします(>人<;)

処理中です...