聖女が落ちてきたので、私は王太子妃を辞退いたしますね?

gacchi(がっち)

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7.言質をとる

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「結論は出ましたか?」

「……」

「王宮の外のことは想像できないと思いますが、
 先ほどから食べているそのチョコレートは平民が一生食べられない値段です」

「え?」

「そのお茶一杯のお金で平民は一か月生活できるそうですわ」

「……うそ」

歴代の聖女様から聞いた話を記したものを読んだけれど、
異世界というところはとても暮らしやすい世界のようだ。

「クルマというものも、コンビニというものも存在しません。
 平民で女性が働けるとしたら、市場の売り子か洗濯女。
 あとは娼婦になるしかありません。
 市場の売り子はこの国の物価を知らなければできませんし、
 洗濯女もギルドに登録していないと扱いは娼婦と変わりません」

「無理……そんなところ住めない」

聖女様が想像した以上に平民の暮らしはひどいものだろうけど、
実際に暮らしたことがないのは私も同じ。

「この王宮で保護されていれば、食事と着るものは保障されます。
 ただし、こちらの指示には従ってもらいます。
 聖女様は保護される場合、王太子妃になることが決まっています」

「……おうたいしひって何?」

「王太子はわかりますか?簡単に言えば次に国王になる王子です」

「王子様……」

「その妃、奥様になるということです」

「なんで!?」

意識が戻るのが遅かったからか、まだマルセル様とはお会いしていないらしい。
何よりもマルセル様の妃になることを認めてもらわないと、
王宮内で保護することはできなくなる。

「聖女様が落ちてきた時、一番近くにいた王族が娶ると決まっているのです。
 王族以外では聖女様を保護できません。
 あかり様が落ちてきて、助けたのは王太子殿下ですのよ?
 助けてくださった方の妻になるのは嫌ですか?」

「……助けてくれたのかもしれないけれど」

「あのまま意識のないまま、池に沈んでたほうが良かったですか?」

「それは!嫌だけど……」

「あれもこれも嫌では困ります。
 聖女様を保護するのであれば、王宮でその費用を支払うのですよ。
 何のお役目もない少女にお金をかけると思いますか?」

「……そうかもしれないけど」

「納得いかないのであれば、明日の朝に出て行ってください」

「え?明日?そんな、早くない?」

「王宮に平民がいること自体おかしなことなのです。
 ここには関係者以外に知られたらもう外に出せない機密もあります。
 外に出る前に何か知ってしまった場合は、地下牢に移動ですけど。
 それでもよろしいのですか?」

「………わかった。保護してもらう。
 でも、すぐに結婚するのは無理!」

ようやくあきらめたのか保護されることを承諾した。
その顔には不満だと書いてあるけれど、今はこれでいいことにしよう。

「あかり様は何歳ですか?」

「十六歳になったばっかり」

「では、王太子妃になるのは早くても二年後です。
 とりあえずは王太子の婚約者となっていただきます」

「二年後……婚約者……うん、それならいい」

色々とあきらめたのか聖女様は急におとなしくなった。
考えるのを放棄したような顔をしているけれど、それもそうか。

異世界は自由で裕福で、少女であっても権利を有すると聞く。
この世界を本当に理解することはないかもしれない。

だけど、言質は取った。

「では、明日から王太子の婚約者としての教育となります。
 教えるのは私が担当します。
 日中は忙しいので、夕方のお茶の時間になったら来ます。
 その他の時間は女官と過ごしていてください。それでは」

疲れた顔の聖女様ににっこり笑って部屋から出る。
扉の近くに女官が数人いたので、話は聞こえていただろう。
女官に目で会話すると、しっかりと頷かれた。

これですぐに陛下に知らせが行って、お父様が書類を用意するはずだ。
一刻も早く王太子の婚約者の立場にしておかないと、聖女の身が危うい。

聖女様が落ちてきたことは内密にしているが、いつ知られるかわからない。
王太子以外の王族や他国の王族に知られると争いが起きる可能性もある。

何の役目もない少女だが、異世界から来たというだけで価値はある。
奴隷として買いたいものはいくらでもいるのだ。

無事に説得出来てほっとしたが、やけに疲れた。
ため息を一つついたところで、隣に誰か立ったのに気がついた。

「ルカス。やっぱり聖女様の護衛になったのね」

「ええ。と言っても、正式な配属は聖女様が婚約者になってからです。
 今はまだセレスティナ様の護衛ですから、馬車まで送ります」

「そう。ありがとう」

礼を言って歩き始めると、ルカスも私の速度に合わせてゆっくりと歩く。
聖女様の存在を内密にしているために使用人の数が少ない王太子宮の廊下。
そこから馬車が待機している場所までの十数分。
何か話したわけではないけれど、心の重みが半分になった気がした。





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