46 / 76
四十五、白い結婚二
しおりを挟む
シルクでできたガウンに身をつつみ、侍女達を従えて閨房へ進む。
「まるで今から戦に行くようね」
隣にいるグラスにソッと笑いかける。
そうでもしないと、緊張で心臓が破裂しそうなのだ。
「シッ。ローズ様。
これも神聖な儀式なのですよ」
グラスは自分の唇に人差し指をたてる。
「王妃様。ここでございます」
一番年かさだろうか。
白髪の目立つ侍女長が、王家の紋章が刻まれた扉の前で足を止めた。
王と王妃の初夜は、必ずこの扉の先にある部屋で迎える。
ストーン国のしきたりだった。
そして、扉の外では重臣、上位貴族が夫婦のことがおわるまで控えているという。
その為に扉の回りには、つくりのいい椅子がいくつも並べられている。
「あら。誰もいらっしゃらないわ。
さすがに、皆さん辞退されたのね」
ヘレン侍女長にたずねた。
「いえ、そうではありません。
王妃様が入室されると、席につく手はずなのです」
ぶっきら棒な返事に肩を落とす。
こんなプライバシーを無視したしきたりは、ポプリ国になかった。
今すぐにでも、とりやめて欲しいわ。
とため息をついた時、侍女長の手によって扉が重々しく開かれた。
「それではごゆるりと」
ヘレン侍女長は低く頭を下げると、丁寧に扉を閉じる。
「まあ」
すでに天蓋付きのベッドに腰をかけているレオ王を見て、思わず声をあげた。
少しはだけたガウンから、かいま見えるたくましそうな胸板、艶やかに光る髪、うるんだ瞳は、まるで彫刻のように美しかったからだ。
「なんだか照れるわね」
モゾモゾと言いながら、レオ王の隣に腰をおろす。
とたんに両手で抱きしめられた。
「今夜のローズはまるで砂糖菓子のようだな。
はやく食べてしまいたい」
レオ王の胸に顔をうずめるような形になって、ドキマギしていると甘い声が落ちてくる。
オニキス女官がいながら、何を言っているの。
ううん。王にとってこれは子孫を残す義務なのよ。
なら、私も王妃として義務をはたさないと。
覚悟はできたわ。
ギュッと目を閉じた時だった。
「ハハハ。
またいやらしい事を考えているようだな」
レオ王が手をゆるめて身体を離す。
「こんな時にからかうなんて、ひどすぎるわ」
恥ずかしいやら、悔しいやらで思わず涙があふれてくる。
「すまん。悪かった。
だが、私は今夜あなたを愛せないんだ」
そう言いながら、レオ王は頬につたう私の涙を指でぬぐう。
「運命の人。
オニキス女官がいるものね」
「ああ。
けどその運命を変えてみせる。
私を信じて、しばらく待っていてくれないか」
レオ王は真剣な眼差しをむける。
「それってどういう意味なのかしら。
オニキス女官を愛しているんでしょ」
泣きはらした目のまま小首を傾げた。
「それは。実は」
珍しくレオ王が言いよどんでいると、扉がバタンと開く。
大きな音に驚いてふり向いた先には、オニキス女官が佇んでいた。
「オニキス女官。
どうしたんだ。こんな所にまでやって来るなんて。
失礼にもほどがあるぞ」
レオ王が怒りをおさえたような声をあげる。
「いえね。
王様があたいとの約束をやぶりそうだったから、忠告にきたんだよ」
オニキス女官がジロリとこちらをにらむ。
「『あたい』って、いつものオニキス女官じゃないわね。
おかしいわよ」
そう言ったとき胸に激痛が走る。
「息が。息が苦しいわ」
胸をおさえて背中を丸くした。
「やめるんだ。オニキス女官。
私はもうこれで退出する。
王妃とは二度と寝床を共にしない」
「わかればいいんだ」
短いやりとりをおえて、二人が部屋から消えてゆく。
すると先ほどの胸痛は嘘のようになくなってしまう。
こうして初夜がおわる。
白い結婚生活が幕を切ったのだ。
「まるで今から戦に行くようね」
隣にいるグラスにソッと笑いかける。
そうでもしないと、緊張で心臓が破裂しそうなのだ。
「シッ。ローズ様。
これも神聖な儀式なのですよ」
グラスは自分の唇に人差し指をたてる。
「王妃様。ここでございます」
一番年かさだろうか。
白髪の目立つ侍女長が、王家の紋章が刻まれた扉の前で足を止めた。
王と王妃の初夜は、必ずこの扉の先にある部屋で迎える。
ストーン国のしきたりだった。
そして、扉の外では重臣、上位貴族が夫婦のことがおわるまで控えているという。
その為に扉の回りには、つくりのいい椅子がいくつも並べられている。
「あら。誰もいらっしゃらないわ。
さすがに、皆さん辞退されたのね」
ヘレン侍女長にたずねた。
「いえ、そうではありません。
王妃様が入室されると、席につく手はずなのです」
ぶっきら棒な返事に肩を落とす。
こんなプライバシーを無視したしきたりは、ポプリ国になかった。
今すぐにでも、とりやめて欲しいわ。
とため息をついた時、侍女長の手によって扉が重々しく開かれた。
「それではごゆるりと」
ヘレン侍女長は低く頭を下げると、丁寧に扉を閉じる。
「まあ」
すでに天蓋付きのベッドに腰をかけているレオ王を見て、思わず声をあげた。
少しはだけたガウンから、かいま見えるたくましそうな胸板、艶やかに光る髪、うるんだ瞳は、まるで彫刻のように美しかったからだ。
「なんだか照れるわね」
モゾモゾと言いながら、レオ王の隣に腰をおろす。
とたんに両手で抱きしめられた。
「今夜のローズはまるで砂糖菓子のようだな。
はやく食べてしまいたい」
レオ王の胸に顔をうずめるような形になって、ドキマギしていると甘い声が落ちてくる。
オニキス女官がいながら、何を言っているの。
ううん。王にとってこれは子孫を残す義務なのよ。
なら、私も王妃として義務をはたさないと。
覚悟はできたわ。
ギュッと目を閉じた時だった。
「ハハハ。
またいやらしい事を考えているようだな」
レオ王が手をゆるめて身体を離す。
「こんな時にからかうなんて、ひどすぎるわ」
恥ずかしいやら、悔しいやらで思わず涙があふれてくる。
「すまん。悪かった。
だが、私は今夜あなたを愛せないんだ」
そう言いながら、レオ王は頬につたう私の涙を指でぬぐう。
「運命の人。
オニキス女官がいるものね」
「ああ。
けどその運命を変えてみせる。
私を信じて、しばらく待っていてくれないか」
レオ王は真剣な眼差しをむける。
「それってどういう意味なのかしら。
オニキス女官を愛しているんでしょ」
泣きはらした目のまま小首を傾げた。
「それは。実は」
珍しくレオ王が言いよどんでいると、扉がバタンと開く。
大きな音に驚いてふり向いた先には、オニキス女官が佇んでいた。
「オニキス女官。
どうしたんだ。こんな所にまでやって来るなんて。
失礼にもほどがあるぞ」
レオ王が怒りをおさえたような声をあげる。
「いえね。
王様があたいとの約束をやぶりそうだったから、忠告にきたんだよ」
オニキス女官がジロリとこちらをにらむ。
「『あたい』って、いつものオニキス女官じゃないわね。
おかしいわよ」
そう言ったとき胸に激痛が走る。
「息が。息が苦しいわ」
胸をおさえて背中を丸くした。
「やめるんだ。オニキス女官。
私はもうこれで退出する。
王妃とは二度と寝床を共にしない」
「わかればいいんだ」
短いやりとりをおえて、二人が部屋から消えてゆく。
すると先ほどの胸痛は嘘のようになくなってしまう。
こうして初夜がおわる。
白い結婚生活が幕を切ったのだ。
1
あなたにおすすめの小説
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。
蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。
これで、貴方も私も自由です。
……だから、もういいですよね?
私も、自由にして……。
5年後。
私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、
親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、
今日も幸せに子育てをしています。
だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。
私のことは忘れて……。
これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。
はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
[完結中編]蔑ろにされた王妃様〜25歳の王妃は王と決別し、幸せになる〜
コマメコノカ@女性向け・児童文学・絵本
恋愛
王妃として国のトップに君臨している元侯爵令嬢であるユーミア王妃(25)は夫で王であるバルコニー王(25)が、愛人のミセス(21)に入り浸り、王としての仕事を放置し遊んでいることに辟易していた。
そして、ある日ユーミアは、彼と決別することを決意する。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる