5 / 39
一章 勘付かれたラビの『秘密の見えない親友』
しおりを挟む
ルーファスに問われて、しばらくの間、誰も反応を返せないでいた。
嘘なんて吐き慣れていないから、この場合の誤魔化し方が分からない。ラビがそうぐるぐると考えている中、先に硬直状態が解けたノエルが、そろりと腰を上げて苦々しく顔を歪めた。
『――だからこいつは苦手なんだよなぁ……人間の癖に隙がないうえ、予想が付かねぇ』
ラビとしても、どうしてルーファスが、そんな事を口にしたのか分からなかった。思わず、先日の事件が終わった後に打ち明けていたセドリットとユリシスに目を向けると、彼らは全く予想外だと言わんばかりの、引き攣りそうな笑顔で固まっていた。
どうやら、ノエルの件は口外していないらしい。もしかしたら、第三騎士団内の判断で、彼らの間だけの秘密として報告はしなかったのかもしれない。
氷狼の暴走についても、そこに『姿の見えない不思議な小さな害獣』や、魔法のアイテムのような【月の石】、巨大化した黒大狼が関わった事は伏せている可能性がある。
言ったところで信じてもらえない内容ではあるけれど、セドリック達の顔色を見る限り、改ざんした報告を行ったのは、それなりにリスクのあるまずい事なのだろう。思えば、ルーファスは彼らにとって組織のトップにあたる人間だ。
もしかしてオレを巻き込まないために、そうしてくれたの……?
そのせいで、彼らに何かしらの罰則が与えられたりしたらどうしよう、とラビは途端に心配になった。セドリックとユリシスの横顔を見つめていると、こちらを楽しそうに見つめてルーファスが、無駄な沈黙を終わらせるように話しを再開した。
「先日の氷狼の件があったラオルテの町に調査員をやったら、小さな獣師には『相棒の大きな黒い狼』がいると報告も受けてね。母上にそれとなく手紙を出したら、黒い大きな犬がそばにいた、と」
語る彼の意図が読めず、ラビは息を呑んだ。こちらを見据える瞳には、深い慈愛の他は感じられない。
すると、ルーファスが困ったような微笑を浮かべた。その笑顔は、まだ村で暮らしていた頃にもよく見ていたもので、そういう表情をするとセドリックと雰囲気がよく似ていて……
「私は何も責めていないよ。ただ、それに似た可能性については、昔からずっと考えていた――と言えば、君に伝わるだろうか?」
そう言って、宥めるように弱々しく微笑えむ。
幼かった少年時代を彷彿とさせるその笑みを見て、ラビは彼が本当に、責めるような感情の一つもなく、この質問をしたのだと気付いた。どうしてか、優位に立っているはずのルーファスから、申し訳なさと少しの切なさを覚えた。
「そもそも、ラビは家を出る際に言ったじゃないか」
「オレが言った事……?」
「そうだよ。一人暮らしをする事を止めた私に、『一人じゃないから』とだけ答えた。君は嘘をつけないからね。だから私は、両親の家に戻る君の意思を、妨げない事を決めたんだ」
まるで信じているからこそ、たったそれだけの言葉を正面から受け止めて、見えない友達の存在をどこかで考えていた、というようなニュアンスだった。
気難しい言い回しをする兄の台詞を聞いたセドリックが、ようやくといった様子で察したように「とんでもない人ですね」と前髪をかき上げた。
「つまり貴方は、たったそれだけの情報から疑問を抱き、ラビの様子を見ていたというんですか?」
普通なら、その可能性について考える発想すらないだろう。王宮騎士団の最強総隊長という一面を知るセドリックやユリシスからすると、まさか当時のルーファスがそのように解釈し、察知し、今でもずっとそれを疑わず念頭に置き続けていたという時点で驚きを隠せない。
ラビも、当時を思い返して戸惑ってしまった。話したら消えてしまいそうな『他の誰にも見えない秘密の友達』とはいえ、ノエルの存在を自分から否定するような言葉を発するのも怖くて、一度だけ、そうルーファスに答えた覚えはある。とはいえ、まさか、それを信じて身を引いたなんて思ってもいなかった。
そんな一同の視線を受け止めたルーファスが、ふっと微笑を解いて、質問を投げてきた弟に目を向けた。
「ラビの『独り言』にも、何かしら理由があるのだろうと思った。ようやく今になってヒントがいくつか出てきて、私の方でも可能性を絞り込んで念入りに調べた。――それだけだよ、セドリック」
少し考えれば不自然さは色々と出てくる、と彼は言いながら、書斎机の上にあった資料の束を拾い上げた。上司らしい冷やかで鋭い眼差しをセドリックに戻すと、手に持ったそれを軽く振って見せる。
「恐らく第三騎士団の中で、秘密にするとでもいう結論をしたのだろうね。けれど覚えておくといい、セドリック。緘口令を強いて隠し事をするのなら、徹底的にやるべきだ。おかげで、私の方で根回しに人員を裂く事になった」
不思議な出来事だったのではないか、とする人々に、実はなんでもないものだったのだと情報をすり替え、植え付けるのも必要である。複数の仕掛け人をおけば噂は勝手に広がって事実となる。そこに証拠が何もなくとも、だ。
普段の総隊長の顔で、そうつらつらと語るルーファスを見て、ユリシスが口角を引き攣らせ「さすが総隊長ですね……」と言った。セドリックは、これを直接ウチの隊長に言ってないといいんだけど、と胃腸がかなり弱い直属の上司を心配して口の中で呟く。
プライベートでは見る事がなかった毅然とした雰囲気に、若干緊張を覚えたラビに気付いて、ルーファスは表情を和らげた。
「話しにくい内容であるだろうし、先に私が持っている手の内の情報を開示しよう。この件に関して、私がある程度の推測を立てられた理由について、まずは話すよ。それが合っているのか、正しいのか正確なところは分からないけれどね」
今回の氷狼の事件には、関連性があると直感的に思ったのだと続けて、ルーファスは手に持っていた資料を書斎机の上戻した。なんでもない話を語るように、長椅子の背にもたれてのんびりとした様子で宙を見やる。
「今回の件を聞いた時に、私は総隊長となってから、古代博物館を視察する機会があった事を思い出してね。それは閲覧規制されている古い文献で『妖獣』という記述がされていて、魔術やら呪いやらがあった時代であった、と書かれていた」
古(いにしえ)の滅び去った時代の存在については、技術の発展していなかった時代背景もあって、土地の風習で行われていた儀式的な物という見解もある。一種のお伽噺や、古代に残された神話なのではないか、ともされて歴史学的には価値を置かれていない。
当時の人々にとって火や水は特に貴重だったから、それを発生させる害獣を『不思議な生物』として、そう呼んでいたのではないか……というのが現在の多くの学者達の見解だ。
けれど博物館でチラリと説明を受けた時、妙に引っ掛かったのだとルーファスは語った。
「少し記憶を辿って、全く別系統の古書で同じキーワードを見掛けていた事に気付いた。大昔の人間が残した農業録だったはずで、だからこそ、それはそれで『おかしいな』と」
まるで生活に根付いていたと思わせるくらいあっさりと、見逃してしまうほど自然に『妖獣』という単語が一つ書かれていたのを覚えていたらしい。もしお伽噺の中で語られるような創作単語だとしたら、それは矛盾が生じるものである。
昔から記憶力は凄まじいものがあったが、たった一冊の本の文章中にあった、一単語を忘れずに覚え続けているというのも驚異的である。一体彼の頭の中には、どれほどの情報が記憶されているのだろうか?
揃って大人しくなってしまったラビ達の前で、ルーファスは説明を続けた。
「調べてみると、『妖獣』というのは動物に近い形をしたモノ達だった、とされている。彼らは地上の生物ではなく、神の言葉や人の言葉も介する事が出来る知能を持ち、唐突にその姿を現した不思議な存在であった、と」
つまり、とルーファスは一度言葉を区切り、ラビ達へ視線を戻してから学識を説くように先を続けた。
「そのいくつかの記述から、妖獣という存在の姿は、普段は一部の人間の目にしか映らないモノだったと私は推測した。そこで、ラオルテの氷狼の襲撃の際に、ラビの相棒であったらしいという目撃情報が上がった『突然現れた大型の黒い狼』も、それと同じではないのかと思った訳だよ。そうであれば辻褄は合う」
「…………」
やばい、オレよりも理解している感がすごい。
ラビは切れ者の幼馴染を前に、右にも左にも動けずにいた。ノエルが言っていた『妖獣』が当たり前のように生活の中に存在していた時代が、まさか文献にも少し残っているとは思ってもいなかったのだ。
すると、セドリックが「兄さん」と慎重に口を開いた。
「それでは、あなたはラオルテの町で起こった事についても――」
「今のところ事実と結果のみだ。一般人は襲撃現場から避難していたから、『一際大きな獣の咆哮』の他、お前たちの戦いをハッキリ記録した者もいない」
ルーファスは、弟からの問い掛けをスッパリと切り捨てた。ぐるぐると考えているラビに視線を向けると、その眼差しから威圧感を解いて、気遣い宥めるような微笑を浮かべる。
「だから存在しているのであれば、母上に見せた時と同じように、私の目の前にも姿を現して欲しいと思っているんだよ。君の『相棒』は、今もここにいるんだろう?」
そう言って、彼がラビの周りへそっと目をやる。
ユリシスが何か言いたそうな顔で、直属の上司であるセドリックに目配せした。セドリックとしても、彼女を傷つけて困らせる事だけはしたくないという想いから、事件の真相を知らない兄にどう説明したらいいものか判断が付かず、心配そうにラビの方を見下ろした。
ラビは一生懸命考えていた。ルーファスの口調から察するに、今すぐに正体を現せと強く要求しているわけではない。
とはいえ、したくても出来ないのが事実なのだ。先日の事件では【月の石】という存在があって、その過剰摂取により数日の間、ノエルの姿が全ての人間の目に映るようになっていたにすぎない。
どうしよう。
無理だって事を、どうやって説明したらいいの?
ラビは困りはててしまい、素の表情で隣の幼馴染をチラリと見上げた。彼女の大きな金色の瞳とパチリと合ったセドリックが、「うッ」と弱い所を突かれたかのような顔で硬直する。
それを見たユリシスが、首を伸ばしてラビを小さく睨み付け、小声でこう言った。
「あまり副隊長を困らせないで頂きたいですね」
「うるっさいな。オレだって一生懸命考えてるのッ、どうやって簡単に話したらいいのか分かんないんだけどこの眼鏡野郎ッ」
「君は、パニックになると本音と暴言が独特に混ざりますね」
仕方ない、ここは自分が総隊長に、あの事件についてどうにか説明報告をするしかありませんね――とユリシスが呟いて、小さく息を吐いた時、
『ったく面倒臭ぇ野郎だなぁ』
どこかラビの荒々しい口調を思わせるような、野太い声が室内に響き渡った。
嘘なんて吐き慣れていないから、この場合の誤魔化し方が分からない。ラビがそうぐるぐると考えている中、先に硬直状態が解けたノエルが、そろりと腰を上げて苦々しく顔を歪めた。
『――だからこいつは苦手なんだよなぁ……人間の癖に隙がないうえ、予想が付かねぇ』
ラビとしても、どうしてルーファスが、そんな事を口にしたのか分からなかった。思わず、先日の事件が終わった後に打ち明けていたセドリットとユリシスに目を向けると、彼らは全く予想外だと言わんばかりの、引き攣りそうな笑顔で固まっていた。
どうやら、ノエルの件は口外していないらしい。もしかしたら、第三騎士団内の判断で、彼らの間だけの秘密として報告はしなかったのかもしれない。
氷狼の暴走についても、そこに『姿の見えない不思議な小さな害獣』や、魔法のアイテムのような【月の石】、巨大化した黒大狼が関わった事は伏せている可能性がある。
言ったところで信じてもらえない内容ではあるけれど、セドリック達の顔色を見る限り、改ざんした報告を行ったのは、それなりにリスクのあるまずい事なのだろう。思えば、ルーファスは彼らにとって組織のトップにあたる人間だ。
もしかしてオレを巻き込まないために、そうしてくれたの……?
そのせいで、彼らに何かしらの罰則が与えられたりしたらどうしよう、とラビは途端に心配になった。セドリックとユリシスの横顔を見つめていると、こちらを楽しそうに見つめてルーファスが、無駄な沈黙を終わらせるように話しを再開した。
「先日の氷狼の件があったラオルテの町に調査員をやったら、小さな獣師には『相棒の大きな黒い狼』がいると報告も受けてね。母上にそれとなく手紙を出したら、黒い大きな犬がそばにいた、と」
語る彼の意図が読めず、ラビは息を呑んだ。こちらを見据える瞳には、深い慈愛の他は感じられない。
すると、ルーファスが困ったような微笑を浮かべた。その笑顔は、まだ村で暮らしていた頃にもよく見ていたもので、そういう表情をするとセドリックと雰囲気がよく似ていて……
「私は何も責めていないよ。ただ、それに似た可能性については、昔からずっと考えていた――と言えば、君に伝わるだろうか?」
そう言って、宥めるように弱々しく微笑えむ。
幼かった少年時代を彷彿とさせるその笑みを見て、ラビは彼が本当に、責めるような感情の一つもなく、この質問をしたのだと気付いた。どうしてか、優位に立っているはずのルーファスから、申し訳なさと少しの切なさを覚えた。
「そもそも、ラビは家を出る際に言ったじゃないか」
「オレが言った事……?」
「そうだよ。一人暮らしをする事を止めた私に、『一人じゃないから』とだけ答えた。君は嘘をつけないからね。だから私は、両親の家に戻る君の意思を、妨げない事を決めたんだ」
まるで信じているからこそ、たったそれだけの言葉を正面から受け止めて、見えない友達の存在をどこかで考えていた、というようなニュアンスだった。
気難しい言い回しをする兄の台詞を聞いたセドリックが、ようやくといった様子で察したように「とんでもない人ですね」と前髪をかき上げた。
「つまり貴方は、たったそれだけの情報から疑問を抱き、ラビの様子を見ていたというんですか?」
普通なら、その可能性について考える発想すらないだろう。王宮騎士団の最強総隊長という一面を知るセドリックやユリシスからすると、まさか当時のルーファスがそのように解釈し、察知し、今でもずっとそれを疑わず念頭に置き続けていたという時点で驚きを隠せない。
ラビも、当時を思い返して戸惑ってしまった。話したら消えてしまいそうな『他の誰にも見えない秘密の友達』とはいえ、ノエルの存在を自分から否定するような言葉を発するのも怖くて、一度だけ、そうルーファスに答えた覚えはある。とはいえ、まさか、それを信じて身を引いたなんて思ってもいなかった。
そんな一同の視線を受け止めたルーファスが、ふっと微笑を解いて、質問を投げてきた弟に目を向けた。
「ラビの『独り言』にも、何かしら理由があるのだろうと思った。ようやく今になってヒントがいくつか出てきて、私の方でも可能性を絞り込んで念入りに調べた。――それだけだよ、セドリック」
少し考えれば不自然さは色々と出てくる、と彼は言いながら、書斎机の上にあった資料の束を拾い上げた。上司らしい冷やかで鋭い眼差しをセドリックに戻すと、手に持ったそれを軽く振って見せる。
「恐らく第三騎士団の中で、秘密にするとでもいう結論をしたのだろうね。けれど覚えておくといい、セドリック。緘口令を強いて隠し事をするのなら、徹底的にやるべきだ。おかげで、私の方で根回しに人員を裂く事になった」
不思議な出来事だったのではないか、とする人々に、実はなんでもないものだったのだと情報をすり替え、植え付けるのも必要である。複数の仕掛け人をおけば噂は勝手に広がって事実となる。そこに証拠が何もなくとも、だ。
普段の総隊長の顔で、そうつらつらと語るルーファスを見て、ユリシスが口角を引き攣らせ「さすが総隊長ですね……」と言った。セドリックは、これを直接ウチの隊長に言ってないといいんだけど、と胃腸がかなり弱い直属の上司を心配して口の中で呟く。
プライベートでは見る事がなかった毅然とした雰囲気に、若干緊張を覚えたラビに気付いて、ルーファスは表情を和らげた。
「話しにくい内容であるだろうし、先に私が持っている手の内の情報を開示しよう。この件に関して、私がある程度の推測を立てられた理由について、まずは話すよ。それが合っているのか、正しいのか正確なところは分からないけれどね」
今回の氷狼の事件には、関連性があると直感的に思ったのだと続けて、ルーファスは手に持っていた資料を書斎机の上戻した。なんでもない話を語るように、長椅子の背にもたれてのんびりとした様子で宙を見やる。
「今回の件を聞いた時に、私は総隊長となってから、古代博物館を視察する機会があった事を思い出してね。それは閲覧規制されている古い文献で『妖獣』という記述がされていて、魔術やら呪いやらがあった時代であった、と書かれていた」
古(いにしえ)の滅び去った時代の存在については、技術の発展していなかった時代背景もあって、土地の風習で行われていた儀式的な物という見解もある。一種のお伽噺や、古代に残された神話なのではないか、ともされて歴史学的には価値を置かれていない。
当時の人々にとって火や水は特に貴重だったから、それを発生させる害獣を『不思議な生物』として、そう呼んでいたのではないか……というのが現在の多くの学者達の見解だ。
けれど博物館でチラリと説明を受けた時、妙に引っ掛かったのだとルーファスは語った。
「少し記憶を辿って、全く別系統の古書で同じキーワードを見掛けていた事に気付いた。大昔の人間が残した農業録だったはずで、だからこそ、それはそれで『おかしいな』と」
まるで生活に根付いていたと思わせるくらいあっさりと、見逃してしまうほど自然に『妖獣』という単語が一つ書かれていたのを覚えていたらしい。もしお伽噺の中で語られるような創作単語だとしたら、それは矛盾が生じるものである。
昔から記憶力は凄まじいものがあったが、たった一冊の本の文章中にあった、一単語を忘れずに覚え続けているというのも驚異的である。一体彼の頭の中には、どれほどの情報が記憶されているのだろうか?
揃って大人しくなってしまったラビ達の前で、ルーファスは説明を続けた。
「調べてみると、『妖獣』というのは動物に近い形をしたモノ達だった、とされている。彼らは地上の生物ではなく、神の言葉や人の言葉も介する事が出来る知能を持ち、唐突にその姿を現した不思議な存在であった、と」
つまり、とルーファスは一度言葉を区切り、ラビ達へ視線を戻してから学識を説くように先を続けた。
「そのいくつかの記述から、妖獣という存在の姿は、普段は一部の人間の目にしか映らないモノだったと私は推測した。そこで、ラオルテの氷狼の襲撃の際に、ラビの相棒であったらしいという目撃情報が上がった『突然現れた大型の黒い狼』も、それと同じではないのかと思った訳だよ。そうであれば辻褄は合う」
「…………」
やばい、オレよりも理解している感がすごい。
ラビは切れ者の幼馴染を前に、右にも左にも動けずにいた。ノエルが言っていた『妖獣』が当たり前のように生活の中に存在していた時代が、まさか文献にも少し残っているとは思ってもいなかったのだ。
すると、セドリックが「兄さん」と慎重に口を開いた。
「それでは、あなたはラオルテの町で起こった事についても――」
「今のところ事実と結果のみだ。一般人は襲撃現場から避難していたから、『一際大きな獣の咆哮』の他、お前たちの戦いをハッキリ記録した者もいない」
ルーファスは、弟からの問い掛けをスッパリと切り捨てた。ぐるぐると考えているラビに視線を向けると、その眼差しから威圧感を解いて、気遣い宥めるような微笑を浮かべる。
「だから存在しているのであれば、母上に見せた時と同じように、私の目の前にも姿を現して欲しいと思っているんだよ。君の『相棒』は、今もここにいるんだろう?」
そう言って、彼がラビの周りへそっと目をやる。
ユリシスが何か言いたそうな顔で、直属の上司であるセドリックに目配せした。セドリックとしても、彼女を傷つけて困らせる事だけはしたくないという想いから、事件の真相を知らない兄にどう説明したらいいものか判断が付かず、心配そうにラビの方を見下ろした。
ラビは一生懸命考えていた。ルーファスの口調から察するに、今すぐに正体を現せと強く要求しているわけではない。
とはいえ、したくても出来ないのが事実なのだ。先日の事件では【月の石】という存在があって、その過剰摂取により数日の間、ノエルの姿が全ての人間の目に映るようになっていたにすぎない。
どうしよう。
無理だって事を、どうやって説明したらいいの?
ラビは困りはててしまい、素の表情で隣の幼馴染をチラリと見上げた。彼女の大きな金色の瞳とパチリと合ったセドリックが、「うッ」と弱い所を突かれたかのような顔で硬直する。
それを見たユリシスが、首を伸ばしてラビを小さく睨み付け、小声でこう言った。
「あまり副隊長を困らせないで頂きたいですね」
「うるっさいな。オレだって一生懸命考えてるのッ、どうやって簡単に話したらいいのか分かんないんだけどこの眼鏡野郎ッ」
「君は、パニックになると本音と暴言が独特に混ざりますね」
仕方ない、ここは自分が総隊長に、あの事件についてどうにか説明報告をするしかありませんね――とユリシスが呟いて、小さく息を吐いた時、
『ったく面倒臭ぇ野郎だなぁ』
どこかラビの荒々しい口調を思わせるような、野太い声が室内に響き渡った。
44
あなたにおすすめの小説
待ち伏せされた悪役令嬢、幼馴染み騎士団長と初恋をやり直す。
待鳥園子
恋愛
悪役令嬢クラウディア・エズモンドとして転生し、前世の記憶が婚約破棄の夜会数日前に戻った。
もう婚約破棄されることは避けられない。覚悟を決めて夜会が開催される大広間に向かう途中、騎士団長であるオルランド・フィンリーに呼び止められ……。
【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました
ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。
名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。
ええ。私は今非常に困惑しております。
私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。
...あの腹黒が現れるまでは。
『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。
個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。
【完結】きみは、俺のただひとり ~神様からのギフト~
Mimi
恋愛
若様がお戻りになる……
イングラム伯爵領に住む私設騎士団御抱え治療士デイヴの娘リデルがそれを知ったのは、王都を揺るがす第2王子魅了事件解決から半年経った頃だ。
王位継承権2位を失った第2王子殿下のご友人の栄誉に預かっていた若様のジェレマイアも後継者から外されて、領地に戻されることになったのだ。
リデルとジェレマイアは、幼い頃は交流があったが、彼が王都の貴族学院の入学前に婚約者を得たことで、それは途絶えていた。
次期領主の少年と平民の少女とでは身分が違う。
婚約も破棄となり、約束されていた輝かしい未来も失って。
再び、リデルの前に現れたジェレマイアは……
* 番外編の『最愛から2番目の恋』完結致しました
そちらの方にも、お立ち寄りいただけましたら、幸いです
永遠の十七歳なんて、呪いに決まってる
鷹 綾
恋愛
永遠の十七歳――
それは祝福ではなく、三百年続く“呪い”だった。
公には「名門イソファガス家の孫娘」として知られる少女キクコ。
だがその正体は、歴史の裏側で幾度も国を救ってきた不老の元聖女であり、
王家すら真実を知らぬ“生きた時代遺産”。
政治も権力も、面倒ごとは大嫌い。
紅茶と読書に囲まれた静かな余生(?)を望んでいたキクコだったが――
魔王討伐後、王位継承問題に巻き込まれたことをきっかけに、
まさかの王位継承権十七位という事実が発覚する。
「……私が女王? 冗談じゃないわ」
回避策として動いたはずが、
誕生した新国王アルフェリットから、なぜか突然の求婚。
しかも彼は、
幼少期に命を救われた“恩人”がキクコであることを覚えていた――
年を取らぬ姿のままで。
永遠に老いない少女と、
彼女の真実を問わず選んだ自分ファーストな若き王。
王妃になどなる気はない。
けれど、逃げ続けることももうできない。
これは、
歴史の影に生きてきた少女が、
はじめて「誰かの隣」を選ぶかもしれない物語。
ざまぁも陰謀も押し付けない。
それでも――
この国で一番、誰よりも“強い”のは彼女だった。
身代わり令嬢、恋した公爵に真実を伝えて去ろうとしたら、絡めとられる(ごめんなさぁぁぁぁい!あなたの本当の婚約者は、私の姉です)
柳葉うら
恋愛
(ごめんなさぁぁぁぁい!)
辺境伯令嬢のウィルマは心の中で土下座した。
結婚が嫌で家出した姉の身代わりをして、誰もが羨むような素敵な公爵様の婚約者として会ったのだが、公爵あまりにも良い人すぎて、申し訳なくて仕方がないのだ。
正直者で面食いな身代わり令嬢と、そんな令嬢のことが実は昔から好きだった策士なヒーローがドタバタとするお話です。
さくっと読んでいただけるかと思います。
【完結】お察し令嬢は今日も婚約者の心を勝手にお察しする
キムラましゅろう
恋愛
ロッテンフィールド公爵令嬢オフィーリアは幼い頃に祖母に教えられた“察する”という処世術を忠実に守ってきた。
そんなオフィーリアの婚約者はこの国の王太子、エルリック。
オフィーリアはずっと、エルリックの心を慮り察することで彼の婚約者として研鑽してきた。
そんなある日、オフィーリアは王宮の庭園でエルリックと伯爵令嬢バネッサの仲睦まじい姿を目の当たりにしてしまう。
そこでオフィーリアは察したのだった。エルリックが真に妃として望むのはバネッサなのだと。
それを察したオフィーリアはエルリックのために婚約解消を決意するが……?
mixi2異世界恋愛作家部、氷雨そら先生主催の『愛が重いヒーロー企画』参加作品です。
完全ご都合主義。誤字脱字、ごめんあそばせ。
\_(・ω・`)ココ重要!テストデルヨ!
華麗なる表紙は、
作家のあさぎかな先生のコラージュ作品です✨
❤︎.*(ノ ˘͈ 。˘͈)ノᵕᵕ)╮アリガタヤー✨
好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が
和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」
エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。
けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。
「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」
「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」
──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。
絶対、離婚してみせます!! 皇子に利用される日々は終わりなんですからね
迷い人
恋愛
命を助けてもらう事と引き換えに、皇家に嫁ぐ事を約束されたラシーヌ公爵令嬢ラケシスは、10歳を迎えた年に5歳年上の第五皇子サリオンに嫁いだ。
愛されていると疑う事無く8年が過ぎた頃、夫の本心を知ることとなったが、ラケシスから離縁を申し出る事が出来ないのが現実。 悩むラケシスを横目に、サリオンは愛妾を向かえる準備をしていた。
「ダグラス兄様、助けて、助けて助けて助けて」
兄妹のように育った幼馴染であり、命の恩人である第四皇子にラケシスは助けを求めれば、ようやく愛しい子が自分の手の中に戻ってくるのだと、ダグラスは動き出す。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる