男装獣師と妖獣ノエル 2~このたび第三騎士団の専属獣師になりました~

百門一新

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一章 ノエルの告白

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 ラビの隣に腰を下ろしていたノエルは、漆黒の優雅な尻尾を揺らし、彼女の幼馴染であり、セドリックの兄であるルーファスを気だるげに見据えた。

『伯爵家の長男坊――いや、ここはちゃんとルーファスと呼ぶべきか。俺はノエル、お察しの通り【妖獣】だ。俺らは普通の人間の目には映らない。この前のはちょっとしたアクシデントみてぇなもので、残念だが、今の状況で姿を見せるようにはしてやれねぇ』

 どこからか聞こえる声の方向に、セドリックとユリシスがハッとして顔を向けた。

 その様子から、彼らにもノエルの声が聞こえているのだと遅れて気付き、ラビは小さく飛び上がった。思わず、じっとルーファスを見据えるノエルの横顔を、素早く確認してしまう。

「ちょ、ノエルッ、なんか皆に声が聞こえてるみたいなんだけど!?」
「その声は、先日に聞いたふてぶてしい犬のものですね。一体どういう仕組みなんですか?」
『おい眼鏡野郎、一瞬動揺したと思ったら、すぐ冷静に返って苛立ちをぶつけてくんのをやめろ。今すぐぶっ飛ばされてぇのか。それに俺は犬じゃねぇ、狼だッ』
「あなた、声を聞こえるようにする事が出来たんですか?」
『てめぇも手を伸ばしてくんな伯爵家の次男坊!』

 ノエルが叱りつけるように言い、近くまで伸ばされた手を尻尾で払いのけた。途端にセドリックが「痛いっ」と驚きの声を上げる。

 ルーファスは眉一つ動かさず、どこか関心したように首を小さく傾けた。

「ほぉ。セドリックが触れたという事は――姿は映らなくとも、実体はあるのか」
『実体はあっても、人間界に適した【実体化】っつうのをやらないと、俺らの姿はこっちの世界の人間の目には映らねぇ。動物とは五感の境目が少ないから、奴らとは普通に交流も取れるんだけどな』

 ノエルは、セドリックが静かになったのをきちんと確認してから、絨毯の敷かれた床に腰を落とした。

『今の俺が出来る事は、こうして【声】を聞こえるようにしてやれるくらいだ』
「その理由を聞いてもいいかい? 私は弟や、弟の補佐官よりも事情を知らないでいる」

 そう尋ね返してきたルーファスを見て、ノエルが面倒そうに首を傾けた。ラビ達が話し合いを見守る姿勢でいるのを見て、仕方ないとばかりにルーファスへ言葉を続ける。

『そうだな……簡単に言っちまうと、ラオルテの時は【月の石】と呼ばれる、俺ら自身で【実体化】出来るようなアイテムがあった。あれは本来、大昔に掘り起こす事も使う事も禁じられた物だ。ラオルテに出た分を俺がうっかり全部使っちまって、しばらく実体化したままだったって訳さ』

 ざっくりとした説明だったものの、それを聞いたルーファスは、詳細説明を求める事もせず「なるほど『アイテム』ね」とどこか含むような満足げな笑みを浮かべた。普段の彼を知るセドリックとユリシスは、珍しいな、と訝しげに眉を寄せる。

『実体化にはエネルギーが要る。術者の魔力――まぁ分かり易く言えば人間でいうところの体力みてぇなもんか? 俺の場合は、姿が見えているラビから『体力』をもらえば実体化も可能だが、負担になる』
「だからこそ、君は姿を見せないままなんだね?」

 そこでようやく、ルーファスが美麗な笑顔で確認するようにそう言った。

 その親愛さを感じさせる表情を胡散臭そうに見つめながら、ノエルは『おぅ』とぶっきらぼうに即答した。

『調べたってんなら、俺みたいな存在のやつらが溢れていた時代があって、獣師みてぇな連中が術を使っていたってのも分かってんだろ? 俺は、ラビを無理やり【使い手】にして、負担を掛けるつもりはねぇって事だ』
「そういえば文献にも【使い手】という言葉があったな。――もし、ラビがそうなった場合のリスクは?」
『ラビには魔力――っと、そう言っても伝わらねぇか。術を使うためのエネルギーがほとんどない』

 ノエルは言葉を言い直して、説明を続けた。

『そうすると、ラビの場合は、ごっそり体力の方を奪われる事になる。量を調整して加減すれば少しくらいはいけるかもしれねぇが、俺は他の妖獣に比べて少し消費効率の悪ぃ身体をしてんだ。だから、今すぐ俺の姿が見たいと人間の王に要求されようが、俺はしねぇ』
「――なるほど。よく分かったよ、ありがとう」

 声の方向へ顔を向けて、ルーファスがにっこりとした。その視線をピンポイントで向けられたノエルは、まるで姿を見られているような居心地の悪さを覚えて、『やっぱりこいつは苦手だ……』と口を引き攣らせた。

 彼らの話しが一通り落ち着いたところで、ラビは「ねぇノエル」とこっそり訊いてみた。

「姿を見せる方法があるの? 【月の石】だけじゃなくて?」
『あ~、まぁそれなりにな……』

 答えながらノエルは顔をそらし、『だからこっちの知識をあまり入れたくないたんだよなぁ』と小さく本音をこぼしてから、ラビへと視線を戻した。

『いいか、ラビ。無茶をしそうだから先に言っとくが、どんな理由にせよ【使い手】の手段を取るのは無しだからなッ』
「でもノエル、オレ、出来る事があるのなら何かしてやりたいんだよ」
『だから、さっきも言ったけどお前には魔力が――』
「だってノエル、すごく楽しそうだったもの」

 唐突に話の先が見えなくなり、ノエルは『はぁ?』と呆気にとられた声を出した。自分の声が人間に聞こえているままだという事も忘れて、『ちょっと待て』と言って、きょとんとしたラビの様子を窺う。

『俺が楽しそうだったって、一体なんのこと言って――』
「この前、ラオルテの町でみんなに姿が見えていた時に、騎士団とお喋りをしていたノエル、すごく楽しそうだったよ。なんだかノエルに友達が出来たみたいで、オレは嬉しかったな。だから、姿が見えるようになる方法があるのなら、今度はオレがノエルの手助けをしたいんだ」
『…………あのな、ラビ? 別に俺は』

 そう言い掛けて、ノエルは諦めたように耳を左右に垂れさせた。深い溜息を吐きながら、前足で顔を伏せて『……俺は多くを望まねぇ。ただ、【小さいラビィ】がいればそれでいいんだ』と口の中で呟く。

 ラビは幼い頃、彼が自分をよくそう呼んでいたのを思い出した。大きくなった今でも、たまに口をついて出る事があるのも知っている。

 長く生きているノエルにとっては、出会ってから流れた十数年という時間は、きっとあっという間で、だから時々その呼び名が出てくのだろう。そう察していたから、ラビは彼の【小さいラビィ】呼びに関しては何も言わなかった。


――ラビィ。小さいラビィ、こっちにおいで。お前の足じゃそっちの川はまだ無理だ。もっと浅瀬に行こう。小さな川魚が沢山いて、キラキラしていて綺麗だぞ。


 その時、場を見守っていたルーファスが、タイミングが良いとばかりに手を打った。

「ラビもそう言っている。それに、姿をいつでも自由に見せられるようにしておいても、損はないと思うがね?」
『おい、伯爵家の長男坊。いや、ルーファス。こん時ばかりって感じで便乗してくんのをやめろ。お前さっき納得しただろ? 俺は、ラビに負担を掛けるつもりはな――』
「他に方法があるとしたら?」

 そう言って、ルーファスがニヤリとして一束の資料を掲げて見せた。

「私がなんの準備もなく、君たちを揃えてここまで呼ぶわけがないだろう? 実は君(ノエル)に事実と可能性を確認したうえで、初となる第三騎士団と専属獣師合同の調査任務を依頼したいと思ってね。これはセドリックの判断ではなく、ノエル、君に決めてもらいたい案件だ」

 それで構わないか、と素早く視線で一方的に問われたセドリックとユリシスは、総隊長として何かしら考えがあるらしいと察して、了承を伝えるように小さく頷き返した。

 ルーファスは、そこで改めて、彼にとって【声】だけの存在であるノエルの方へ顔を戻し、にっこりとした。

「ラビは第三騎士団の専属獣師となった。その肩書きだけでも一般の獣師より立場は強くなるが、私としてはそこに『黒大狼の相棒』という存在が加わる事で、ラビを知らない人間への牽制や抑止力にもなると考えている。ランクが高い獣師が、仕事の相棒に獣を連れているのは珍しくないからね。それに、姿が見えている状態であれば、君も堂々とラビを守れる」

 どうだい、とルーファスは考える時間を与えるように言葉を切った。

 ノエルは少し思案すると、『――なるほど、特に最後のは悪くねぇな』と呟いた。

『ランクの低い獣師ほど、戦闘値の高い獣を従える事はまずないだろうっていう先入観は、今の時代も変わらないらしいな。つまり俺を連れている事で、ラビは害獣を扱えるくらいの獣師だっていう印象を周りに与えられるわけか』
「その通りだよ。獣師は本来、動物医、または飼育といった専門家のようなものだからね。中型クラス以上の肉食獣を連れている獣師は、対害獣任務をこなす度胸ある者だけだというイメージが根強い」

 そのルーファスの返答を聞いて、ノエルは確認するようにこう尋ねた。

『王都やその近辺だと、出自や経歴や身分や功績といった何かがない新参者でも、そういった獣師であればある程度認められている感じでもある、って解釈で間違いないか?』
「まさにその通りだよ、君は人間の世界をよく知っているようだね。そして妖獣である君なら、姿を見せる方法が先に口にしていた【月の石】の他にもあると、知っているはずだろう?」

 話を聞くのかも君の自由だ。そう笑顔で爽やかに挑発するルーファスに対して、ノエルは『面白くなってきたな』と牙を覗かせてニヤリとした。

 ラビは、もし彼の意思で自由に『実体化』というものが出来る方法があるのなら、知りたかった。ラオルテの町で騎士団がノエルと交流していた時のような、誰もノエルを『いないモノ』として無視しない素敵な光景があればいい。


 幼い頃、両親に親友を紹介したら「私達には見えないよ」「ごめんね」と謝られた。その時、ノエルが少し寂しそうに笑って『だから言ったろ? 俺は見えない人間にとって、いないも同然なんだよ』と言った事を覚えている。

 寂しくないのと尋ねたら、ノエルは、寂しいなんてないよと答えた。

 けれど金髪金目というだけで存在を無視されてきたから、ラビはその辛さを知っていた。だから、動物以外の誰にも見えないという状況を悲しいと感じた。


 だって、彼は生きてそこに居るんだもの。
 お願いだから、オレみたいに無視して存在を拒んでしまわないで、と思った。


 自分以外の人に彼の姿が見えるようになったら、ノエルが人語を離せる事は隠しつつも、外を堂々と一緒に歩いて、何かを共に分け合って食べたる事も堂々と出来て、そして触れ合えたりもするのだろう。

 もしかしたら、伯爵夫人のように「大きなワンちゃんね」と笑いかける人や、騎士団の男たちのように友好的に受け入れて接してくれる人もいるかもしれない。そう考えるとわくわくして、ラビは思わず、親友であるノエルの背を小さく叩いて合図を送っていた。

 ラビから好奇心たっぷりの気配を感じ取っていたノエルは、『分かってる』と柔かい声で答えた。それから顔をくいっと上げると、ルーファスに挑発するような笑みを向けてこう言った。

『いいぜ、話とやらを聞かせろよ。俺としても、ラビが好き勝手にバカにされるのを見て我慢出来るか分からねぇし、そん時は相手のクソ人間に『番犬』らしく威嚇してやるのも面白そうだ。内容次第によっては、試してみる価値があるかもしれねぇ』

 だからまずは、依頼内容を聞く。

 そんなノエルの返答と、ラビやセドリックやユリシスも注目して話を待っている様子を見やり、ルーファスは、予定に狂いはないと言うような含んだ微笑を深めた。

「よろしい。それでは今回の『本題の話』をしようか」

 長椅子をギィッと鳴らしたルーファスが、椅子に浅く座り直して、書斎机の上で手を組んだ。
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