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エピローグ ラビ達の帰還(中)
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長期任務後は、休暇が与えられる決まりであるらしい。明日はゆっくり休むといいよ、と最後に幼馴染としてそう言われた後、ラビはセドリック達と共にルーファスの執務室を出た。
王都には国家獣師の本部もあり、害獣専門の獣師も集まっているから、相棒である獣を連れている光景も珍しくないのだという。
王宮の通路を歩きながらそう教えられて、王都入りの初日に回れなかったところを、ノエルとゆっくり散策してみてもいいかもしれないと思った。
「通常出勤の際には、まずは第三騎士団の支部に足を運んで頂きます。そこで仕事内容を確認して、その日の分として与えられたスケジュールに従って、業務をこなしていく形です」
ラビは、王宮を出たところで、セドリックから騎士団の専属獣師としての流れをざっと教えられた。
「ですが、ウチに専属獣師が就任するのは、初めての事です。隊長も確認しておくと言っていましたので、軍人としての巡回仕事にも付くのかどうか、といった内容については、後日に改めて決まる事になると思います」
場所が分からないだろうから、初出勤となる明後日の朝は、手が空いている人間で迎えに来させるつもりであるという。出来ればユリシスには来て欲しくないな、と思っていたら、声に出していないのに、何故か本人に睨まれてしまった。
王宮前を歩く人々が、きちんと大人しく座っているノエルを、遠巻きにチラチラと見つつ通り過ぎている。そんな中、ユリシスがラビを見下ろして、神経質そうに細い銀縁眼鏡を押し上げて口を開いた。
「生憎、私は副隊長の副官としてある身ですから、そんな暇はありません」
「なぁんだ、良かった。眼鏡野郎は来ないんだ」
「露骨に安心するのはおやめなさい、普通なら嫌味だと気付くべきです。それから、よくも私本人を前にして『眼鏡野郎』と平気で言えたものですね」
険悪さを増したユリシスから、怒涛のような説教が起こると察知したサーバルとジンが「隊長も支部で待ってますからッ」と声を掛けて、用意が整った騎士団の大型馬車への乗車を促した。副官の説教も勘弁だ、と口にしたヴァンが「行くぞ」とテトを呼んで後に続く。
ラビは、彼らが馬車に乗るのを見届けて、その様子を肩越しに振り返って見ていたセドリックに声を掛けた。
「これから皆で、今度はグリセンに報告するの?」
「彼はいちおう、第三騎士団の隊長なのですが……」
出会い頭から早々に呼び捨てにしていたと思い出して、セドリックが困ったように視線を戻した。
少し小首を傾げた彼の、蒼灰色の癖のない髪がさらりと揺れて、その濃い藍色の瞳が遠慮がちに細められる。それを見つめながら、ラビはこう言った。
「オレ、こっちに来てから、まだ会えていないからさ。明後日には、ちゃんと挨拶しにいくって、そう伝えておいてもらってもいい?」
第三騎士団の隊長は、グリセン・ハイマーズという細身の男だった。体調がすぐに悪くなったみたいによく顔色を青くして、頻繁に胃痛も起こして腹を抱えたりしている。ひどい時には、気絶してしまう事もあった。
なんだか軍人っぽくない、とても気が弱そうな雰囲気をした男なのだ。口調にも厳しさはなく、目元も優しい。
それでも、氷狼の件では頑張っていた。その姿は見て知っていたから、皆の事を考えて行動する人なんだろうな、と隊長として偉い人である事は分かっている。だからラビとしても、自分なりに一目は置いているつもりだった。
自分は今、第三騎士団の専属獣師だ。だから、これから世話になる、と挨拶したいとも考えていた。それに、一緒に過ごした中で親しさを覚えた彼が、よく胃の辺りを押さえている事を心配してもいたから、元気だろうかと気になってもいる。
すると、どうしてかセドリックが、表情そのままに小さな笑みをこぼした。
「ラビは、そういうところは、きちんとしていますよね」
「おいコラ、それどういう意味?」
「ああ、怒らないでください。ちゃんと伝えておきますよ。ノエル、あなたの事も知らせておきますから」
続いて、セドリックがそう言って、ノエルに声を掛けた。
姿が見えるせいで【声】が聞こえるようになってしまっているため、口を開かず静かにしていた彼が、チラリと視線を返して、狼らしかぬ豊かな表情でニヤリとする。
「……ノエル、頼みますから、隊長を驚かしたりしないようにお願いします」
心配しきった口調で確認されたノエルが、俺は何も言っていないだろ、と伝えるかのように機嫌良く尻尾で応えた。
ラビは、セドリックが当たり前のように、親友と接する様子を見つめていた。ふと、初めて王都入りをした先日に、幼馴染である彼の実家のヒューガノーズ伯爵邸を訪問した事が脳裏を過ぎって、「あ」と声を上げた。
彼の父親であるヒューガノーズ伯爵は、抱き締め癖でもあるみたいに毎回、失神しそうなくらいぎゅっとしてくるし、やたら膝の上に乗せて座らせたがった。
もう子供じゃないのに、そうしたがるのはおかしいよ、とラビは何度も指摘していた。しかし、そのたび『息子のセドリックも自分と同意見であるはずだから、訊いてみるといいよ』と、彼は自信たっぷりに答えてきて、やめていなかった。
だから、その件に関しては、いつか本人に確認してみようと思っていたのだ。それを調査任務に出掛ける前に思い出していたはずなのに、その際もヒューガノーズ伯爵に抱き潰されそうになって、うっかり頭から抜けてしまっていたのである。
既に他の騎士達は、馬車に乗り込んでいて、御者の支度も終わりそうだった。そろそろ出発してしまうだろうから、彼が別れの言葉を告げて馬車に向かってしまう前に、さくっと確認しておかないと、また忘れてしまうかもしれない。
「ねぇ。セドはオレの事、抱っこしたり膝の上に乗せたいと思う?」
ラビは、思い付いてすぐ、セドリックに尋ねた。幼い頃から続いている、ヒューガノーズ伯爵の過剰なスキンシップについて思い返していたから、口に馴染んでいる愛称の方で呼んでしまっていた。
その瞬間、ノエルに向かって少し背を屈めていた彼が、その姿勢のままピキリと硬直した。数秒ほど、ピクリとも動かなくなる。
ようやくセドリックが、その姿勢のまま、ぎこちない動きでラビに顔を向けた。
「…………あの、ラビ? その質問は、一体どこからきたんですか……?」
「ほら、伯爵って、今でもオレを『子供扱い』しているでしょう? もう子供じゃないのにって教えたら、まだやめる気は全然ないみたいに『セドも自分と同じ意見のはずだから、本人に確認してごらんよ』って、変な主張をしてくるんだもん」
もしかしたら、セドリックも説得に参加してくれるかもしれないと考えて、ラビはそう教えた。
多分、ヒューガノーズ伯爵は、優しい次男は自身の味方だと思って、そう言っているのだろうとは推測している。だって、十七歳になった今でも『子供扱い』で抱き上げるのは、おかしいと思うのだ。いつももみくちゃにされるから、そろそろあの過剰なスキンシップは卒業させるべきじゃないのかな、とも思うのである。
場を見守っていたノエルが、気遣うようにチラリと彼を見やる。
セドリックは、どうにかゆっくり背を起こしたものの、様々な思考と感情でいっぱいになって目を落とした。茫然とした表情のまま、「……『抱っこしたり』『膝の上に座らせたり』……」と、問い掛けられた言葉を口の中で反芻していた。
しばし落ち着けるための時間を置いてから、セドリックは、答えを待っているラビの大きな金色の瞳に視線を戻した。
「……多分、ラビが小さいから、父にはまだ子供に見えている、とか……。えぇと、そういう事じゃないですかね」
言いながら、ぎこちない動きで視線を逃がされた。人と話す時は、目を見て話しなさい、というのが彼の口癖だったから、ラビは不思議に思って見つめていた。
自身の父親について思い返しているのか、顔をそらしたセドリックが「いや、これは二度と来ないチャンスなのでは……」と口にして、何やら一人でぶつぶつ口の中で言い始める。耳を傾けてみるけれど、よく聞こえなかった。
ラビは、一体何を思案しているのか分からなくて、「どうしたの?」と尋ねてみた。けれど返事がなくて、首を傾げてしまう。
「…………なら俺が、試してみてもいいですか?」
すると、唐突に彼がこちらを見て、そう言った。
「試すって、何を?」
「抱き上げてみれば、分かるのではないかと思いまして」
「えぇぇ……。それって、実際に抱っこしてみないと、分からないものなの?」
ラビは、相手が気心知れた幼馴染だった事もあって、恥ずかしさはなかった。もう十七歳なのに、子供みたいに抱っこされるのは嫌だな、と表情に出して続ける。
「だって普通、大人になったらやらないものでしょう?」
「だからこそですよ。ラビの言う『子供扱い』が、もし今のあなたに不必要なものなら、ここにいる大人達のほとんどが指摘してくれます」
抵抗感はないと見て取ったセドリックは、真面目な様子で周囲を手で示した。
先日も実家の飼い猫に邪魔され、その後に出迎えた際にも、優秀な副官がついてきて邪魔された。限界に近かった彼の覚悟を決めた勇士のさまを、ノエルが『そこまでして、お前……』と、憐れみと同情の目で見守っていた。
王都には国家獣師の本部もあり、害獣専門の獣師も集まっているから、相棒である獣を連れている光景も珍しくないのだという。
王宮の通路を歩きながらそう教えられて、王都入りの初日に回れなかったところを、ノエルとゆっくり散策してみてもいいかもしれないと思った。
「通常出勤の際には、まずは第三騎士団の支部に足を運んで頂きます。そこで仕事内容を確認して、その日の分として与えられたスケジュールに従って、業務をこなしていく形です」
ラビは、王宮を出たところで、セドリックから騎士団の専属獣師としての流れをざっと教えられた。
「ですが、ウチに専属獣師が就任するのは、初めての事です。隊長も確認しておくと言っていましたので、軍人としての巡回仕事にも付くのかどうか、といった内容については、後日に改めて決まる事になると思います」
場所が分からないだろうから、初出勤となる明後日の朝は、手が空いている人間で迎えに来させるつもりであるという。出来ればユリシスには来て欲しくないな、と思っていたら、声に出していないのに、何故か本人に睨まれてしまった。
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「生憎、私は副隊長の副官としてある身ですから、そんな暇はありません」
「なぁんだ、良かった。眼鏡野郎は来ないんだ」
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険悪さを増したユリシスから、怒涛のような説教が起こると察知したサーバルとジンが「隊長も支部で待ってますからッ」と声を掛けて、用意が整った騎士団の大型馬車への乗車を促した。副官の説教も勘弁だ、と口にしたヴァンが「行くぞ」とテトを呼んで後に続く。
ラビは、彼らが馬車に乗るのを見届けて、その様子を肩越しに振り返って見ていたセドリックに声を掛けた。
「これから皆で、今度はグリセンに報告するの?」
「彼はいちおう、第三騎士団の隊長なのですが……」
出会い頭から早々に呼び捨てにしていたと思い出して、セドリックが困ったように視線を戻した。
少し小首を傾げた彼の、蒼灰色の癖のない髪がさらりと揺れて、その濃い藍色の瞳が遠慮がちに細められる。それを見つめながら、ラビはこう言った。
「オレ、こっちに来てから、まだ会えていないからさ。明後日には、ちゃんと挨拶しにいくって、そう伝えておいてもらってもいい?」
第三騎士団の隊長は、グリセン・ハイマーズという細身の男だった。体調がすぐに悪くなったみたいによく顔色を青くして、頻繁に胃痛も起こして腹を抱えたりしている。ひどい時には、気絶してしまう事もあった。
なんだか軍人っぽくない、とても気が弱そうな雰囲気をした男なのだ。口調にも厳しさはなく、目元も優しい。
それでも、氷狼の件では頑張っていた。その姿は見て知っていたから、皆の事を考えて行動する人なんだろうな、と隊長として偉い人である事は分かっている。だからラビとしても、自分なりに一目は置いているつもりだった。
自分は今、第三騎士団の専属獣師だ。だから、これから世話になる、と挨拶したいとも考えていた。それに、一緒に過ごした中で親しさを覚えた彼が、よく胃の辺りを押さえている事を心配してもいたから、元気だろうかと気になってもいる。
すると、どうしてかセドリックが、表情そのままに小さな笑みをこぼした。
「ラビは、そういうところは、きちんとしていますよね」
「おいコラ、それどういう意味?」
「ああ、怒らないでください。ちゃんと伝えておきますよ。ノエル、あなたの事も知らせておきますから」
続いて、セドリックがそう言って、ノエルに声を掛けた。
姿が見えるせいで【声】が聞こえるようになってしまっているため、口を開かず静かにしていた彼が、チラリと視線を返して、狼らしかぬ豊かな表情でニヤリとする。
「……ノエル、頼みますから、隊長を驚かしたりしないようにお願いします」
心配しきった口調で確認されたノエルが、俺は何も言っていないだろ、と伝えるかのように機嫌良く尻尾で応えた。
ラビは、セドリックが当たり前のように、親友と接する様子を見つめていた。ふと、初めて王都入りをした先日に、幼馴染である彼の実家のヒューガノーズ伯爵邸を訪問した事が脳裏を過ぎって、「あ」と声を上げた。
彼の父親であるヒューガノーズ伯爵は、抱き締め癖でもあるみたいに毎回、失神しそうなくらいぎゅっとしてくるし、やたら膝の上に乗せて座らせたがった。
もう子供じゃないのに、そうしたがるのはおかしいよ、とラビは何度も指摘していた。しかし、そのたび『息子のセドリックも自分と同意見であるはずだから、訊いてみるといいよ』と、彼は自信たっぷりに答えてきて、やめていなかった。
だから、その件に関しては、いつか本人に確認してみようと思っていたのだ。それを調査任務に出掛ける前に思い出していたはずなのに、その際もヒューガノーズ伯爵に抱き潰されそうになって、うっかり頭から抜けてしまっていたのである。
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「ねぇ。セドはオレの事、抱っこしたり膝の上に乗せたいと思う?」
ラビは、思い付いてすぐ、セドリックに尋ねた。幼い頃から続いている、ヒューガノーズ伯爵の過剰なスキンシップについて思い返していたから、口に馴染んでいる愛称の方で呼んでしまっていた。
その瞬間、ノエルに向かって少し背を屈めていた彼が、その姿勢のままピキリと硬直した。数秒ほど、ピクリとも動かなくなる。
ようやくセドリックが、その姿勢のまま、ぎこちない動きでラビに顔を向けた。
「…………あの、ラビ? その質問は、一体どこからきたんですか……?」
「ほら、伯爵って、今でもオレを『子供扱い』しているでしょう? もう子供じゃないのにって教えたら、まだやめる気は全然ないみたいに『セドも自分と同じ意見のはずだから、本人に確認してごらんよ』って、変な主張をしてくるんだもん」
もしかしたら、セドリックも説得に参加してくれるかもしれないと考えて、ラビはそう教えた。
多分、ヒューガノーズ伯爵は、優しい次男は自身の味方だと思って、そう言っているのだろうとは推測している。だって、十七歳になった今でも『子供扱い』で抱き上げるのは、おかしいと思うのだ。いつももみくちゃにされるから、そろそろあの過剰なスキンシップは卒業させるべきじゃないのかな、とも思うのである。
場を見守っていたノエルが、気遣うようにチラリと彼を見やる。
セドリックは、どうにかゆっくり背を起こしたものの、様々な思考と感情でいっぱいになって目を落とした。茫然とした表情のまま、「……『抱っこしたり』『膝の上に座らせたり』……」と、問い掛けられた言葉を口の中で反芻していた。
しばし落ち着けるための時間を置いてから、セドリックは、答えを待っているラビの大きな金色の瞳に視線を戻した。
「……多分、ラビが小さいから、父にはまだ子供に見えている、とか……。えぇと、そういう事じゃないですかね」
言いながら、ぎこちない動きで視線を逃がされた。人と話す時は、目を見て話しなさい、というのが彼の口癖だったから、ラビは不思議に思って見つめていた。
自身の父親について思い返しているのか、顔をそらしたセドリックが「いや、これは二度と来ないチャンスなのでは……」と口にして、何やら一人でぶつぶつ口の中で言い始める。耳を傾けてみるけれど、よく聞こえなかった。
ラビは、一体何を思案しているのか分からなくて、「どうしたの?」と尋ねてみた。けれど返事がなくて、首を傾げてしまう。
「…………なら俺が、試してみてもいいですか?」
すると、唐突に彼がこちらを見て、そう言った。
「試すって、何を?」
「抱き上げてみれば、分かるのではないかと思いまして」
「えぇぇ……。それって、実際に抱っこしてみないと、分からないものなの?」
ラビは、相手が気心知れた幼馴染だった事もあって、恥ずかしさはなかった。もう十七歳なのに、子供みたいに抱っこされるのは嫌だな、と表情に出して続ける。
「だって普通、大人になったらやらないものでしょう?」
「だからこそですよ。ラビの言う『子供扱い』が、もし今のあなたに不必要なものなら、ここにいる大人達のほとんどが指摘してくれます」
抵抗感はないと見て取ったセドリックは、真面目な様子で周囲を手で示した。
先日も実家の飼い猫に邪魔され、その後に出迎えた際にも、優秀な副官がついてきて邪魔された。限界に近かった彼の覚悟を決めた勇士のさまを、ノエルが『そこまでして、お前……』と、憐れみと同情の目で見守っていた。
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