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5話 エリザ、令息の父親と話す
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(まさかルディオが語っていた幼馴染の、父親が出てくるとは)
エリザは苦々しく考えた。
公爵の名前を出されたら、さすがに話を聞かざるを得ない。
「かなりの女性恐怖症だと医師に診断された。私も、蕁麻疹が出るのを何度も見ているから知っているよ。妻も心配していたな」
彼がティーカップを置いて、そう話した。
「奥様は、いつお亡くなりに……?」
「彼の女性嫌いが始まったあとに、病気でね。あれから私も本腰を入れて、様々な専門分野の人間を治療係として雇ったのだが、どれもあまり効果がなかった」
「……そうですか」
そういうのって、心の問題によるところが大きい気がする。
本人が女性をかなり避けたがっているのは、ルディオから聞いて知っていた。慣れようにもなれるはずがない。
エリザは、真面目な表情を保ちつつ考えてしまう。
(嫁いだという三人の姉のせいもある、という推測も半ばは当たっているのか)
症状が出た時期からすると、母を亡くしたショックが原因ではないようだ。
「私はね、息子が女性嫌いなら仕方がないとも思い始めたんだ。心から愛する相手であれば男でも構わないと思って告げたのだが、逆に泣かれてしまって……最近は、ひどい落ち込みようなんだ」
エリザは、鼻を啜るラドフォード公爵に驚いた。
(え。何? この人、親馬鹿なの? もしかして甘やかしに甘やかしたから、その息子は知恵熱で倒れるくらいヘタレに?)
失礼なことが諸々脳裏を過ぎっていった。
というか、跡取りなのに諦めて同性を勧めたことにも驚きだった。
(とすると、ルディオが結婚させられる説は消えたな)
その幼馴染は、完全にそういった気持ちはない。
その時エリザは、扉が薄らと開いているのに気付いた。
そこからメイド達が、ハンカチを目元にあてて「旦那様、可哀そう」などと言っている。近くにいるセバスチャンが頷いている。
(どうしよう。気を強くもないと意識も目も持っていかれそう)
というわけで、エリザはそちらへ目がいかないよう、とにかく強くラドフォード公爵を見据えなければならなくなった。
「あの、失礼ですが、つまり子息様は男色家ではないということですよね……? 結婚願望はあるから泣いたとか?」
「結婚したいかどうかは分からないんだ。縁談のことを出すたび倒れてしまうから」
なんたる脆弱――じゃなくて、ここは失望する顔は出してはいけない。
「なねほど」
エリザは、無理やり真面目な顔を作って頷いた。
「息子の病気については、海を超えるくらい遠くの異国の者には診てもらったことがなくてね。ぜひ一度、うちの息子に会ってみてはくれないだろうか?」
意識してそうそう、顔面が崩れそうになった。
ラドフォード公爵は、期待が滲む眼差しを向けている。
(やっぱりそうくるか……)
ルディオに紹介された可能性から、なんとなく察してはいた。
エリザは、目頭を丹念に指でほぐしながら切り出す。
「あのですね、公爵様。私は治療関係は専門外ですので、お力にはなれないかと――」
「頼むっ、あとは最強の【赤い魔法使い】である君にだけ可能性が秘められているのだ!」
ラドフォード公爵にテーブル越しに手を握られ、エリザは驚いた。
見つめ返してぎょっとした。彼の涙腺はほぼ決壊しており、訴える声は悲痛の響きを持っている。
「どの治療係もすぐに辞めていってしまった。身分の違いから、対応が困難なために事態したいと早々に申し出る者も続出した」
「で、ですから私は、心の専門家でもなく――」
「ルディオに、対等な友人としてアドバイスをしてくれた君が希望なのだ!」
一心に見つめられて、エリザは天井を見上げた。
(畜生ルディオの野郎っ、どんだけハードルを上げて私を紹介したんだ!)
その間もラドフォード公爵の「一度だけ」「まずは一回」と、子供のような懇願が続いていた。
平民、そのうえ国籍も持たない自分が公爵に頭を下げ続けられるなんて、刑罰ものに違いない。
(魔物の討伐からの活動証明で、魔法使い名が発行されたのも最近だしなぁ……)
そう、勝手に【赤い魔法使い】と発行されていた。
しかし国籍がないにしろ、国内の法律に従うことは義務付けられているはずだ。
「はぁ……分かりましたから、頭を上げてください」
エリザは顔を戻すと、諦めたようにそう告げた。
「試しに一度、子息様にお会いしてみます」
「本当かね!?」
期待感に瞳を輝かせる五十代の中年紳士に覗き込まれ、エリザは最大の引き下がれる位置まで顔をよけた。
なんとなく苦手意識を覚えて手を少し振ってみたが、握られた手は外れてくれなかった。
「あ、の、一度会ってみるだけですからね。私はこの手の専門家ではありませんので、決してっ、決して! 多大な期待をなさらないでください」
「分かっているよ。ありがとう。とにかく一度診察して欲しい」
「はぁ、面談、になると思いますけどね」
ラドフォード公爵は話しを聞いているのかいないのか、始終満足げに「うん、うん」とエリザの手を上下に振って「ありがとう」と言っていた。
それから、公爵家嫡男ジークハルトと顔合わせをする日程が話し合われた。
エリザのことは、噂されている〝赤い魔法使いは男性〟で通すことになった。
(蕁麻疹が出るくらいたから、すぐバレると思うけどな)
速攻で帰ることになるのを予想しながら、屋敷の者達にも全員口を合わせてもらうことが計画立てられた。
そして嫡男とラドフォード公爵のスケジュールから、面会の日時が決まったのだった。
エリザは苦々しく考えた。
公爵の名前を出されたら、さすがに話を聞かざるを得ない。
「かなりの女性恐怖症だと医師に診断された。私も、蕁麻疹が出るのを何度も見ているから知っているよ。妻も心配していたな」
彼がティーカップを置いて、そう話した。
「奥様は、いつお亡くなりに……?」
「彼の女性嫌いが始まったあとに、病気でね。あれから私も本腰を入れて、様々な専門分野の人間を治療係として雇ったのだが、どれもあまり効果がなかった」
「……そうですか」
そういうのって、心の問題によるところが大きい気がする。
本人が女性をかなり避けたがっているのは、ルディオから聞いて知っていた。慣れようにもなれるはずがない。
エリザは、真面目な表情を保ちつつ考えてしまう。
(嫁いだという三人の姉のせいもある、という推測も半ばは当たっているのか)
症状が出た時期からすると、母を亡くしたショックが原因ではないようだ。
「私はね、息子が女性嫌いなら仕方がないとも思い始めたんだ。心から愛する相手であれば男でも構わないと思って告げたのだが、逆に泣かれてしまって……最近は、ひどい落ち込みようなんだ」
エリザは、鼻を啜るラドフォード公爵に驚いた。
(え。何? この人、親馬鹿なの? もしかして甘やかしに甘やかしたから、その息子は知恵熱で倒れるくらいヘタレに?)
失礼なことが諸々脳裏を過ぎっていった。
というか、跡取りなのに諦めて同性を勧めたことにも驚きだった。
(とすると、ルディオが結婚させられる説は消えたな)
その幼馴染は、完全にそういった気持ちはない。
その時エリザは、扉が薄らと開いているのに気付いた。
そこからメイド達が、ハンカチを目元にあてて「旦那様、可哀そう」などと言っている。近くにいるセバスチャンが頷いている。
(どうしよう。気を強くもないと意識も目も持っていかれそう)
というわけで、エリザはそちらへ目がいかないよう、とにかく強くラドフォード公爵を見据えなければならなくなった。
「あの、失礼ですが、つまり子息様は男色家ではないということですよね……? 結婚願望はあるから泣いたとか?」
「結婚したいかどうかは分からないんだ。縁談のことを出すたび倒れてしまうから」
なんたる脆弱――じゃなくて、ここは失望する顔は出してはいけない。
「なねほど」
エリザは、無理やり真面目な顔を作って頷いた。
「息子の病気については、海を超えるくらい遠くの異国の者には診てもらったことがなくてね。ぜひ一度、うちの息子に会ってみてはくれないだろうか?」
意識してそうそう、顔面が崩れそうになった。
ラドフォード公爵は、期待が滲む眼差しを向けている。
(やっぱりそうくるか……)
ルディオに紹介された可能性から、なんとなく察してはいた。
エリザは、目頭を丹念に指でほぐしながら切り出す。
「あのですね、公爵様。私は治療関係は専門外ですので、お力にはなれないかと――」
「頼むっ、あとは最強の【赤い魔法使い】である君にだけ可能性が秘められているのだ!」
ラドフォード公爵にテーブル越しに手を握られ、エリザは驚いた。
見つめ返してぎょっとした。彼の涙腺はほぼ決壊しており、訴える声は悲痛の響きを持っている。
「どの治療係もすぐに辞めていってしまった。身分の違いから、対応が困難なために事態したいと早々に申し出る者も続出した」
「で、ですから私は、心の専門家でもなく――」
「ルディオに、対等な友人としてアドバイスをしてくれた君が希望なのだ!」
一心に見つめられて、エリザは天井を見上げた。
(畜生ルディオの野郎っ、どんだけハードルを上げて私を紹介したんだ!)
その間もラドフォード公爵の「一度だけ」「まずは一回」と、子供のような懇願が続いていた。
平民、そのうえ国籍も持たない自分が公爵に頭を下げ続けられるなんて、刑罰ものに違いない。
(魔物の討伐からの活動証明で、魔法使い名が発行されたのも最近だしなぁ……)
そう、勝手に【赤い魔法使い】と発行されていた。
しかし国籍がないにしろ、国内の法律に従うことは義務付けられているはずだ。
「はぁ……分かりましたから、頭を上げてください」
エリザは顔を戻すと、諦めたようにそう告げた。
「試しに一度、子息様にお会いしてみます」
「本当かね!?」
期待感に瞳を輝かせる五十代の中年紳士に覗き込まれ、エリザは最大の引き下がれる位置まで顔をよけた。
なんとなく苦手意識を覚えて手を少し振ってみたが、握られた手は外れてくれなかった。
「あ、の、一度会ってみるだけですからね。私はこの手の専門家ではありませんので、決してっ、決して! 多大な期待をなさらないでください」
「分かっているよ。ありがとう。とにかく一度診察して欲しい」
「はぁ、面談、になると思いますけどね」
ラドフォード公爵は話しを聞いているのかいないのか、始終満足げに「うん、うん」とエリザの手を上下に振って「ありがとう」と言っていた。
それから、公爵家嫡男ジークハルトと顔合わせをする日程が話し合われた。
エリザのことは、噂されている〝赤い魔法使いは男性〟で通すことになった。
(蕁麻疹が出るくらいたから、すぐバレると思うけどな)
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