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「え、もうそんな時間!?」
ルーチェはとっさにエリアスを押しのけて、備え付けのバルコニーから夜の海を覗き込んだ。船は夜の海をゆっくりと、しかし確実に王都から遠ざかり始めていた。
「ちょっと……待って……!」
まだ覚悟が決まりきっていたわけではないのに、いや正しく言えば、ルーチェが部屋に戻った時点で出航直前だったのだから、エリアスが部屋に潜んでいると気が付いた瞬間に、大声を出すなりなんなりして騒ぎにして船を止めるべきだったのだ。けれどもう遅い。
慌てて振り返ると、エリアスはと言えば――優雅な手つきで、荷物の箱をかき分けていた。どうやら荷物が多いと思ったのは、エリアスの私物が紛れているからだったらしい。
「エリアス様! 船が!」
「うん」
「……どうしてそんなに冷静なんですか!?」
ルーチェは思わず大きな声を出したが、スイートルームは客室階の最上階に位置しており、騒ぎを聞きつけてやってくる人間はいなかった。
「無事に船が出航したのは喜ぶべき事だ。それとも君は、本当は旅に出たくなかったのか?」
「いいえ、旅には……そうだ! 軍の船が、エリアス様を迎えに来るんですね!?」
王国の騎士団が占有する船ならば、動いている船から王子を回収することは難しくないだろう。だから彼はこんなに余裕なのだ、とルーチェは考えた。
「来ないよ」
エリアスはさらりと言った。
「……え?」
「迎えは来ない。少なくとも、君と僕の旅が終わるまでは」
あまりに当然のことのように言われて、ルーチェは言葉を失った。
「君が行くというのなら、僕も行く。それだけのことさ。幸い部屋はこのとおり、広いわけだしね」
「……ここは、私の部屋です」
「僕、部屋を取っていないんだ。この部屋に住まわせてくれないかな」
「~っ!」
ルーチェは客室の扉を勢いよく開け、廊下に駆け出した。
とにかく、エリアス様をなんとかする。まずは、彼と別室にならなければ……。
ルーチェは息を切らしながら、船のコンシェルジュに駆け込んだ。
「すみません! 空いている部屋はありませんか!?」
受付は申し訳なさそうに首を横に振った。
「恐れ入ります、本航海は多数のご予約をいただいておりまして、一等も二等も、すべて満室です」
「三等でもいいんです! どこか、どこかでいいので!」
「大部屋も、定員いっぱいです」
と言われて、ルーチェは目の前がくらくらした。
「でも。あの……私の部屋に、知人がいるのです。部屋をとらずに船に乗りこんでしまったみたいで……」
船が満室なら、エリアスは密航ということになる。一国の王子が密航とは、いかがなものかとルーチェは思う。
ルーチェの言葉に、コンシェルジュは首をかしげて、困ったように微笑んだ。
「スイートルームの定員は四名でして、乗船料はお部屋代金の中にすでに含まれておりますので……お客様のご友人ということでしたら、お客様のスイートに滞在していただくのがよろしいかと……」
ルーチェは呆然としながら部屋に戻った。他の乗船客に交渉して、部屋を譲ってもらうことも考えたが──船の中とはいえ、王子を放流するのは躊躇われる。
「でも、エリアス様にスイートルームを明け渡して、私が逃げるのも変な話よね!?」
部屋の扉を開けると、やっぱりエリアスはスイートルームの中にいた。
「ずいぶん早いね。もう部屋を探し終えた?」
どうやらエリアスはルーチェが自分を押し込めるための部屋を探しに行ったことに気がついている様子だった。
「……満室だそうです」
「そうだろうね」
エリアスの他人事のような口ぶりに、ルーチェはこめかみを押さえた。
どうやら次の停泊地まで、このスイートルームで二人で過ごす他なさそうだった。
「……エリアス様には次の港で降りていただきます」
「新婚旅行には短すぎやしないかい」
「新婚旅行じゃありません!」
ルーチェはエリアスを置いて、備え付けのバルコニーから外に出た。海は比較的穏やかで月の光を受けて輝いてはいるものの真下は闇で、ルーチェは思わず足が竦んだ。
「ルーチェ、危ないよ」
エリアスがうしろからやってきて、ルーチェの肩に手を回した。
「それは、エリアス様が……」
私の部屋にいるから落ち着かないんですよ、とは言えない。
言葉を探して口をつぐんだその瞬間、エリアスの腕がそっとルーチェの腰に回された。
「……っ」
心臓がドキリと跳ねたのが、自分でも分かった。服越しに感じるエリアスの体温に、ルーチェの全身がむずむずとする。
「な、何を」
「君が波にさらわれてしまいそうだったから、つい……ね」
耳元で囁かれる声は冗談めいているけれど、ルーチェを抱き寄せる腕の力は強い。
「ちょ、ちょっと……離してください……」
頼んでも触れてくれなかったエリアスがこうも無遠慮に接してくると、ルーチェとしては何がなんだか分からなくなる。
「もう少しだけ。君が逃げないと確かめてから」
「も、戻ります。戻りますからっ」
ルーチェは身をよじるようにして、エリアスの腕の中から逃れようとした。
「わかった」
エリアスは素直にそう言ったかと思うと、次の瞬間――
「……きゃっ!?」
ルーチェの体がふわりと宙に浮いて、ルーチェは思わずエリアスの首にしがみついた。
「エリアス様。な、何を……」
「こうした方が安全だ」
エリアスはルーチェを抱き上げたまま、まるで舞踏会のフロアを歩くかのように、ゆったりと室内へと戻っていく。
「ちょっと……! 私、歩けますから……!」
「それはもちろん。ただ、僕がこうしたいだけ」
「僕がこうしたい……!?」
抗議の声にも、エリアスはどこ吹く風だ。
──わからない。エリアス様がわからない。なんで急に、こんなにベタベタしてくるの……!?
ルーチェから見れば、突然接触してきたエリアスの存在はバグかエラーにしか思えない。けれどそれはそれとして、今構ってもらえて嬉しいという感情もルーチェとして生きてきた心の底には確かに存在する。
──い、いや、ダメダメ。私は当て馬の悪役令嬢なんだから……!
ルーチェは室内に運ばれて、そのままソファーにでも降ろされるのだと思った。
けれど、エリアスがルーチェを降ろしたのは、ベッドの上だった。
──ん?
ベッドに横たわったルーチェの上に、エリアスはまるで当然のように覆い被さってきた。
「やっと、二人きりになれたね」
「……えええ~!?」
耳元で囁かれて、ルーチェはますます困惑を強めた。
ルーチェはとっさにエリアスを押しのけて、備え付けのバルコニーから夜の海を覗き込んだ。船は夜の海をゆっくりと、しかし確実に王都から遠ざかり始めていた。
「ちょっと……待って……!」
まだ覚悟が決まりきっていたわけではないのに、いや正しく言えば、ルーチェが部屋に戻った時点で出航直前だったのだから、エリアスが部屋に潜んでいると気が付いた瞬間に、大声を出すなりなんなりして騒ぎにして船を止めるべきだったのだ。けれどもう遅い。
慌てて振り返ると、エリアスはと言えば――優雅な手つきで、荷物の箱をかき分けていた。どうやら荷物が多いと思ったのは、エリアスの私物が紛れているからだったらしい。
「エリアス様! 船が!」
「うん」
「……どうしてそんなに冷静なんですか!?」
ルーチェは思わず大きな声を出したが、スイートルームは客室階の最上階に位置しており、騒ぎを聞きつけてやってくる人間はいなかった。
「無事に船が出航したのは喜ぶべき事だ。それとも君は、本当は旅に出たくなかったのか?」
「いいえ、旅には……そうだ! 軍の船が、エリアス様を迎えに来るんですね!?」
王国の騎士団が占有する船ならば、動いている船から王子を回収することは難しくないだろう。だから彼はこんなに余裕なのだ、とルーチェは考えた。
「来ないよ」
エリアスはさらりと言った。
「……え?」
「迎えは来ない。少なくとも、君と僕の旅が終わるまでは」
あまりに当然のことのように言われて、ルーチェは言葉を失った。
「君が行くというのなら、僕も行く。それだけのことさ。幸い部屋はこのとおり、広いわけだしね」
「……ここは、私の部屋です」
「僕、部屋を取っていないんだ。この部屋に住まわせてくれないかな」
「~っ!」
ルーチェは客室の扉を勢いよく開け、廊下に駆け出した。
とにかく、エリアス様をなんとかする。まずは、彼と別室にならなければ……。
ルーチェは息を切らしながら、船のコンシェルジュに駆け込んだ。
「すみません! 空いている部屋はありませんか!?」
受付は申し訳なさそうに首を横に振った。
「恐れ入ります、本航海は多数のご予約をいただいておりまして、一等も二等も、すべて満室です」
「三等でもいいんです! どこか、どこかでいいので!」
「大部屋も、定員いっぱいです」
と言われて、ルーチェは目の前がくらくらした。
「でも。あの……私の部屋に、知人がいるのです。部屋をとらずに船に乗りこんでしまったみたいで……」
船が満室なら、エリアスは密航ということになる。一国の王子が密航とは、いかがなものかとルーチェは思う。
ルーチェの言葉に、コンシェルジュは首をかしげて、困ったように微笑んだ。
「スイートルームの定員は四名でして、乗船料はお部屋代金の中にすでに含まれておりますので……お客様のご友人ということでしたら、お客様のスイートに滞在していただくのがよろしいかと……」
ルーチェは呆然としながら部屋に戻った。他の乗船客に交渉して、部屋を譲ってもらうことも考えたが──船の中とはいえ、王子を放流するのは躊躇われる。
「でも、エリアス様にスイートルームを明け渡して、私が逃げるのも変な話よね!?」
部屋の扉を開けると、やっぱりエリアスはスイートルームの中にいた。
「ずいぶん早いね。もう部屋を探し終えた?」
どうやらエリアスはルーチェが自分を押し込めるための部屋を探しに行ったことに気がついている様子だった。
「……満室だそうです」
「そうだろうね」
エリアスの他人事のような口ぶりに、ルーチェはこめかみを押さえた。
どうやら次の停泊地まで、このスイートルームで二人で過ごす他なさそうだった。
「……エリアス様には次の港で降りていただきます」
「新婚旅行には短すぎやしないかい」
「新婚旅行じゃありません!」
ルーチェはエリアスを置いて、備え付けのバルコニーから外に出た。海は比較的穏やかで月の光を受けて輝いてはいるものの真下は闇で、ルーチェは思わず足が竦んだ。
「ルーチェ、危ないよ」
エリアスがうしろからやってきて、ルーチェの肩に手を回した。
「それは、エリアス様が……」
私の部屋にいるから落ち着かないんですよ、とは言えない。
言葉を探して口をつぐんだその瞬間、エリアスの腕がそっとルーチェの腰に回された。
「……っ」
心臓がドキリと跳ねたのが、自分でも分かった。服越しに感じるエリアスの体温に、ルーチェの全身がむずむずとする。
「な、何を」
「君が波にさらわれてしまいそうだったから、つい……ね」
耳元で囁かれる声は冗談めいているけれど、ルーチェを抱き寄せる腕の力は強い。
「ちょ、ちょっと……離してください……」
頼んでも触れてくれなかったエリアスがこうも無遠慮に接してくると、ルーチェとしては何がなんだか分からなくなる。
「もう少しだけ。君が逃げないと確かめてから」
「も、戻ります。戻りますからっ」
ルーチェは身をよじるようにして、エリアスの腕の中から逃れようとした。
「わかった」
エリアスは素直にそう言ったかと思うと、次の瞬間――
「……きゃっ!?」
ルーチェの体がふわりと宙に浮いて、ルーチェは思わずエリアスの首にしがみついた。
「エリアス様。な、何を……」
「こうした方が安全だ」
エリアスはルーチェを抱き上げたまま、まるで舞踏会のフロアを歩くかのように、ゆったりと室内へと戻っていく。
「ちょっと……! 私、歩けますから……!」
「それはもちろん。ただ、僕がこうしたいだけ」
「僕がこうしたい……!?」
抗議の声にも、エリアスはどこ吹く風だ。
──わからない。エリアス様がわからない。なんで急に、こんなにベタベタしてくるの……!?
ルーチェから見れば、突然接触してきたエリアスの存在はバグかエラーにしか思えない。けれどそれはそれとして、今構ってもらえて嬉しいという感情もルーチェとして生きてきた心の底には確かに存在する。
──い、いや、ダメダメ。私は当て馬の悪役令嬢なんだから……!
ルーチェは室内に運ばれて、そのままソファーにでも降ろされるのだと思った。
けれど、エリアスがルーチェを降ろしたのは、ベッドの上だった。
──ん?
ベッドに横たわったルーチェの上に、エリアスはまるで当然のように覆い被さってきた。
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