塩対応の婚約者を置いて旅に出たら、捨てたはずの王子がついてきた

のじか

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「まったく、もう。自分のことぐらい自分でできるったら……」

 ルーチェはごそごそと、紺地に白の縦縞が入った旅装用のデイドレスに袖を通しながら考え事をする。

 エリアスの思考──行動指針はとりあえず理解できた。

 彼はルーチェを懐柔して、連れ戻そうとしているのだ。そしてその作戦におそらく王家とエドマンズ公爵家も噛んでいる。

 ただの家出娘一人ならともかく、現状だとエリアスとルーチェが駆け落ちをしたか、もっと悪ければルーチェが王子を誘拐したと思われていてもおかしくはない。

「でも、もしそうだとしたら、今ごろこの船は軍に捕獲されているのよ」

 だからこれは合意の上での秘密任務に違いなく、この船には王家の関係者が潜んでいるにちがいないとルーチェはあたりをつけた。

「だから、私は次の港に停泊するまでにエリアス様に諦めていただくってわけ。これでよし」
  
 そう決意したまでは、よかったのだが。

「……う、うそ……ホックに手が……届かない……っ」

 旅装らしく爽やかな紺のドレスは貴族令嬢にしては地味なものだが、身体のラインを美しく見せるために立体的な縫製が施されており、後ろ身頃に細かいフックがあった。

 ルーチェは腕を後ろへまわして、懸命に指を伸ばすが――あと数センチ、届かない。

 ──そういえば、私……身体、硬かったんだ……!

 今までは侍女がいたから、困ることはなかった。けれど今は、助けを呼べる同性はいない。

 この部屋にいるのは……いや、それはさすがに恥ずかしすぎて無理だと、ルーチェは首を振って、まずは自分でなんとかしようとした。

「ぐぬ、ぬぬぬっ……!」

 無理に腕ををまわそうとして、ピキッと筋が鳴った。代わりのドレスは扉の向こうだ。

「仕方ない……」

 ルーチェはやむをえず扉を少し開けて、ほんのわずかに顔を出した。

「……その、エリアス様……」
「何か手伝おうか?」

 既に身支度を終えたエリアスは、優雅に朝のコーヒーをたしなんでいた。

「……すみません、背中のフックが留められなくて」
「もちろん手伝うよ」

 エリアスはすっと立ち上がって、ルーチェに近づいた。

「お願いします……でも、変なことはしないでくださいよね!」
「変なことって、たとえば?」
「そういう返しが変なんですってば!!」

 ルーチェは仕方なく、エリアスにくるりと背を向けた。背中は大きくはだけて、下着が見えている。明るい照明の下で、ルーチェは今無防備だ。おそらくは下着についた小さなリボンまで見えてしまっているだろう。

 ──うう、恥ずかしい……!

「綺麗な背中だね。白くて、なめらかで……まるで彫刻みたいだ」
「ま、まじまじと見て、感想を述べないでください!」
「では、どうやってホックを留めればいい?」
「そ、それは……その、雰囲気で」
「雰囲気ね。分かった」

 そう言って、エリアスの指がルーチェの肌に触れた。

「ひゃっ」

 彼の指は思いの他熱くて、男性が今、自分が初めて晒した箇所に触れていると思うだけで、ルーチェの前身の血が熱くなる。

「肌が赤くなったけれど、大丈夫?」
「だ、大丈夫です! 観察しないで……そうだ、目を伏せてください」
「わかった」

 エリアスは大真面目に答えた。どうやら彼は本当にルーチェの背中を見ていないようで、見当違いの部分に触れ始める。

「んんっ……」

 ついつい甘い声が出てしまって、ルーチェは手で自分の口元を押さえた。

「ここじゃなかった?」

 エリアスの声には揶揄いが混じっているような気さえする。

「あ、合ってます、けど」
「……あと少し。動かないでね」

 そう言われても、耳もとで囁かれた声がくすぐったくて、ルーチェはもじもじとしてしまうのだった。

「はい、終わり」

 全てのホックが留まったのを確認して、ルーチェはほーっとため息をついた。デイドレス一枚着るのに、とんでもなく恥ずかしい思いをしてしまった。今後はこの服は封印しようと思う。

「今日の予定は?」

 エリアスはルーチェの羞恥など気づいていないとでもいうふうに、のんびりと今後の予定について尋ねてくる。

「散歩にでも行こうかと……」
「一人では危ないよ。付いて行こう」
「大丈夫ですっ!」

 ルーチェは付いてこようとするエリアスを振り切って、一人で朝の散歩に出かけることにした。
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