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ルーチェが船上で開催されているパーティーに足を踏み入れると、人々の視線はあっと言う間に濃い珊瑚色のドレスを身に纏ったルーチェと、そのそばに陰の様に付き従う黒い燕尾服姿のエリアスに集中した。
一歩踏み出す度に、ひとり、またひとりと視線を向けてくる。
「……やっぱり、見られてますね」
二人はは常に注目される側の人間ではあるが、身分という肩書きがなくてもエリアスは目立ってしまうのだとルーチェは思う。
──まあ、乙女ゲームの攻略対象ですからね。
「見られているのは、ルーチェが綺麗だからだよ」
「また、そういうことを」
「事実を言ってるだけですよ、……『ルーチェお嬢様』」
ぱちりと片目をつぶったエリアスに、ルーチェは心の中でため息をついた。
今夜は無事航海に出て一日目の夜ということで「客室で静かに食事もいいですが、ぜひスイートのお客様にも参加していただきたく」船長直々にそう言われてしまうと、断るのも気が引けて船上パーティーへの出席を決めたのだが、いかんせんエリアスが目立ちすぎているのだ。
かと言って、ルーチェがまた一人でパーティーに参加するとまた虫がよってくると困るから、とエリアスがついてくると言って聞かない。
最終的に「エリアスがルーチェの使用人」という名目で参加することになった。
図らずも、エリアスがのたまった「ルーチェのお世話係になる」の世迷い言が早々に実現してしまったことになる。
「食事をとってきましょうか」
「ええ」
パーティーとは言え、もう社交のための挨拶回りにずっとホールをうろつく必要はない。今夜のルーチェはただ純粋に夕食代わりにパーティーに顔を出しただけなのだ。
「お願いね」
ルーチェは「女主人」の役割を全うするためにわざと横柄な言い方をしてから扇子でぱたぱたと顔を仰ぐなどした。
ぞんざいな物言いをされたにもかかわらず、エリアスの背中はどこか楽しんでいるようにも見える。
「あんなに生き生きとしているエリアス様を見るのは何年ぶりのことか……」
ルーチェはぽつりと呟いた。記憶をたどれば、昔のエリアスはもっと口数が多くて、ルーチェとの距離が近かった気がする。そう、まるで今のように。
「それなら、私達の距離はいつから……」
ルーチェとエリアスは喧嘩をしたことがない。ないからこそ、一足飛びに婚約破棄という結論にいきなり辿り着いてしまったのだが。
「お待たせしました、お嬢様」
「きゃっ」
背後から気配もなくエリアスが現れたので、ルーチェは驚いてしまった。
「は、早いのね」
「お嬢様の好みは全て把握しております」
エリアスはぱちりと片目をつぶった。
「そ……」
「そんなはずはないじゃない」と言いたいところだが、朝食と同じようにエリアスの選択は的確にルーチェの好みを外さない。
──なんでなのよ……。
あんなに私に興味なさそうな素振りをしていたのに……いえ、エリアス様は学業が優秀だから、単純に記憶力がとてもいいのかも。
ルーチェはむりやりそれらしい理由を作り出して自分を納得させることにした。そんなルーチェを、エリアスは楽しそうににこにこと眺めている。
「……しょ、食事をしたらどうですか」
「君を見ているだけで胸がいっぱいで」
「そ、そうですかっ!」
ルーチェは赤くなった顔を隠すために、エリアスから顔を背けてシャンパンのグラスに口をつけた。
食事が進み、やがてワルツの音がホールに響き始めた。贅沢なことに、管弦楽団が船に同乗しているのだった。
周囲の令嬢たちが次々と立ち上がり、優雅に舞い始める。どうやらこのパーティー、中流階級の社交の場になっているようだった。
かと言って、ルーチェはそれに参加するつもりは毛頭ない。
「踊るかい?」
と、隣から差し出された手を、ルーチェは一瞥して首を振った。
「いいえ。……エリアス様も、ダンスはお好きではないでしょう?」
エリアスは舞踏会でルーチェにダンスに誘われるたびに、躊躇うような、なんとも言えない雰囲気を醸し出したものだ。
「自覚がないとは言わせませんよ」
ルーチェの素っ気ない言葉に、エリアスは肩をすくめた。
「君が踊ると、他の男達が注目するのが嫌だった」
「!?」
「でも、僕は君のリードに集中しないといけないから、それを咎めることができなくて」
そんなバカな……とルーチェは思うのだが、エリアスがとにかく真面目な顔で語るものだから、とりあえずはそれが真実だと納得するしかなかった。
「けれど……君が踊りたいなら、いつでも」
「いえ、結構です」
あっさりと断ると、エリアスはとてつもなく──それはもう、目撃したルーチェの胸が痛むほどに、悲しげな顔をして目を伏せた。
ルーチェはぐっと手を握りしめた。
──エリアス様には悪いけれど。踊らないだろうと思って、お気に入りだけど動きにくい靴を履いてきてしまったのよ!
ルーチェはエリアスに釣り合うために、もちろんダンスも猛特訓した。合わない靴でよたよたと踊ることは、たとえ知人が一人もいないこの場でも、プライドが許さないのだ。
「そうか……」
「べ、別に……嫌というわけではないですよ、ご存じでしょうけれど、私はダンスが得意なので。ただ、ちょっと、足が痛いので」
「足が痛い!?」
エリアスがルーチェの予想より大きな声を出したので、ルーチェは思わずビクッとした。
「い、いえ。足が痛くなりそうというか、踊ったら痛くなりそうというか……」
今は別に痛くないんです、と言う前にエリアスは素早く立ち上がった。
「それなら、すぐ部屋に戻ろう」
さらりと返されて、ルーチェはぐっと言葉を詰まらせた。周囲にはエリアスに注目する令嬢たちが何人もいる。このまま残れば、彼に声をかけてくる者もいるはずだ。
「食事もまだですし、踊りたいなら、ここに残っていればお相手には困りませんよ」
軽く言ったつもりだったが、声色が少し嫌みたらしくなったのは自覚した。
エリアスはゆっくりと首を振った。
「君がいないなら、パーティーなんてなんの意味もないよ」
「そ、そうですか。では戻りましょう」
ルーチェはパーティーもそこそこに、エリアスに伴われてスイートルームに戻ることになった。
一歩踏み出す度に、ひとり、またひとりと視線を向けてくる。
「……やっぱり、見られてますね」
二人はは常に注目される側の人間ではあるが、身分という肩書きがなくてもエリアスは目立ってしまうのだとルーチェは思う。
──まあ、乙女ゲームの攻略対象ですからね。
「見られているのは、ルーチェが綺麗だからだよ」
「また、そういうことを」
「事実を言ってるだけですよ、……『ルーチェお嬢様』」
ぱちりと片目をつぶったエリアスに、ルーチェは心の中でため息をついた。
今夜は無事航海に出て一日目の夜ということで「客室で静かに食事もいいですが、ぜひスイートのお客様にも参加していただきたく」船長直々にそう言われてしまうと、断るのも気が引けて船上パーティーへの出席を決めたのだが、いかんせんエリアスが目立ちすぎているのだ。
かと言って、ルーチェがまた一人でパーティーに参加するとまた虫がよってくると困るから、とエリアスがついてくると言って聞かない。
最終的に「エリアスがルーチェの使用人」という名目で参加することになった。
図らずも、エリアスがのたまった「ルーチェのお世話係になる」の世迷い言が早々に実現してしまったことになる。
「食事をとってきましょうか」
「ええ」
パーティーとは言え、もう社交のための挨拶回りにずっとホールをうろつく必要はない。今夜のルーチェはただ純粋に夕食代わりにパーティーに顔を出しただけなのだ。
「お願いね」
ルーチェは「女主人」の役割を全うするためにわざと横柄な言い方をしてから扇子でぱたぱたと顔を仰ぐなどした。
ぞんざいな物言いをされたにもかかわらず、エリアスの背中はどこか楽しんでいるようにも見える。
「あんなに生き生きとしているエリアス様を見るのは何年ぶりのことか……」
ルーチェはぽつりと呟いた。記憶をたどれば、昔のエリアスはもっと口数が多くて、ルーチェとの距離が近かった気がする。そう、まるで今のように。
「それなら、私達の距離はいつから……」
ルーチェとエリアスは喧嘩をしたことがない。ないからこそ、一足飛びに婚約破棄という結論にいきなり辿り着いてしまったのだが。
「お待たせしました、お嬢様」
「きゃっ」
背後から気配もなくエリアスが現れたので、ルーチェは驚いてしまった。
「は、早いのね」
「お嬢様の好みは全て把握しております」
エリアスはぱちりと片目をつぶった。
「そ……」
「そんなはずはないじゃない」と言いたいところだが、朝食と同じようにエリアスの選択は的確にルーチェの好みを外さない。
──なんでなのよ……。
あんなに私に興味なさそうな素振りをしていたのに……いえ、エリアス様は学業が優秀だから、単純に記憶力がとてもいいのかも。
ルーチェはむりやりそれらしい理由を作り出して自分を納得させることにした。そんなルーチェを、エリアスは楽しそうににこにこと眺めている。
「……しょ、食事をしたらどうですか」
「君を見ているだけで胸がいっぱいで」
「そ、そうですかっ!」
ルーチェは赤くなった顔を隠すために、エリアスから顔を背けてシャンパンのグラスに口をつけた。
食事が進み、やがてワルツの音がホールに響き始めた。贅沢なことに、管弦楽団が船に同乗しているのだった。
周囲の令嬢たちが次々と立ち上がり、優雅に舞い始める。どうやらこのパーティー、中流階級の社交の場になっているようだった。
かと言って、ルーチェはそれに参加するつもりは毛頭ない。
「踊るかい?」
と、隣から差し出された手を、ルーチェは一瞥して首を振った。
「いいえ。……エリアス様も、ダンスはお好きではないでしょう?」
エリアスは舞踏会でルーチェにダンスに誘われるたびに、躊躇うような、なんとも言えない雰囲気を醸し出したものだ。
「自覚がないとは言わせませんよ」
ルーチェの素っ気ない言葉に、エリアスは肩をすくめた。
「君が踊ると、他の男達が注目するのが嫌だった」
「!?」
「でも、僕は君のリードに集中しないといけないから、それを咎めることができなくて」
そんなバカな……とルーチェは思うのだが、エリアスがとにかく真面目な顔で語るものだから、とりあえずはそれが真実だと納得するしかなかった。
「けれど……君が踊りたいなら、いつでも」
「いえ、結構です」
あっさりと断ると、エリアスはとてつもなく──それはもう、目撃したルーチェの胸が痛むほどに、悲しげな顔をして目を伏せた。
ルーチェはぐっと手を握りしめた。
──エリアス様には悪いけれど。踊らないだろうと思って、お気に入りだけど動きにくい靴を履いてきてしまったのよ!
ルーチェはエリアスに釣り合うために、もちろんダンスも猛特訓した。合わない靴でよたよたと踊ることは、たとえ知人が一人もいないこの場でも、プライドが許さないのだ。
「そうか……」
「べ、別に……嫌というわけではないですよ、ご存じでしょうけれど、私はダンスが得意なので。ただ、ちょっと、足が痛いので」
「足が痛い!?」
エリアスがルーチェの予想より大きな声を出したので、ルーチェは思わずビクッとした。
「い、いえ。足が痛くなりそうというか、踊ったら痛くなりそうというか……」
今は別に痛くないんです、と言う前にエリアスは素早く立ち上がった。
「それなら、すぐ部屋に戻ろう」
さらりと返されて、ルーチェはぐっと言葉を詰まらせた。周囲にはエリアスに注目する令嬢たちが何人もいる。このまま残れば、彼に声をかけてくる者もいるはずだ。
「食事もまだですし、踊りたいなら、ここに残っていればお相手には困りませんよ」
軽く言ったつもりだったが、声色が少し嫌みたらしくなったのは自覚した。
エリアスはゆっくりと首を振った。
「君がいないなら、パーティーなんてなんの意味もないよ」
「そ、そうですか。では戻りましょう」
ルーチェはパーティーもそこそこに、エリアスに伴われてスイートルームに戻ることになった。
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