塩対応の婚約者を置いて旅に出たら、捨てたはずの王子がついてきた

のじか

文字の大きさ
23 / 44

23★

しおりを挟む
「す、すみません……!大丈夫ですか? お怪我は……」

 ワインをこぼした若い男が、慌てた様子でルーチェに手を差し伸べてきた。

「だ、大丈夫です」

 赤いシミが広がっていくのを見て、ルーチェは慌てて手で胸元を隠した。肩と鎖骨が大胆に露出したデザインのドレスはこの旅行のために求めたもので、だめになってしまっても惜しくはなかった。

「私もよそ見をしていましたし……」

 ルーチェがこの場を切り上げるために背を背けると、男はなおも食い下がってきて、ルーチェの肌に触れようとしてきた。

「いや、ちゃんと責任を取らせてください。こちらに──」
「必要ない」

 振り返るより早く、エリアスがルーチェを抱き寄せて、その肩に自分の上着をふわりとかけた。

「彼女は僕が連れて帰る」

 有無を言わせぬ強い口調のエリアスからはただならぬ怒気が漂っていて、ルーチェは自分に向けられたものではないと分かってはいても、ついつい体をかたくしてしまう。

 エリアスの氷のような視線にいたたまれなくなったのか、男は口を開きかけたが、結局は何も言わずにその場を去って行った。

「戻ろう、ルーチェ」

 ルーチェの手をそっと取って、エリアスはそのままパーティー会場をあとにした。

 彼のまとう空気がこれまでにないほどにピリピリとしていて、ルーチェは口をはさむことが出来ずに、ただ彼の肩に抱かれたまま、まっすぐにスイートルームへ戻った。


「あの男、君を狙ったんだ」
「えっ」

 吐き捨てるようなエリアスの言葉に、ルーチェは驚いた。てっきり、単なる事故だと思い込んでいた。

「ワイングラスを手に、きょろきょろとよそ見をしていた。女性に声をかけるきっかけを探していたんだろう」
「そうだったんですか……」

 事故を装い、親切そうな仮面をかぶって狙った獲物に牙をむく、というのはたしかによく聞く話ではある。

 自分はどうやら、そういうものに狙われやすい性質なのかもしれないとルーチェは思う。

「今度から気を付けます。着替えますね……せっかくの思い出作りのパーティーで、またトラブルに巻き込んでしまってごめんなさい」

 ルーチェが上着をエリアスに返し、彼に背を向けた次の瞬間、腰を後ろから抱き寄せられる。

「エリアス様っ……!」

 今は転んでもいないし、誰かから助けて貰ったわけでもない。これは明確な意思を持った、エリアスからの抱擁だった。

「……でも、僕にとっては、よかったかもしれない」

 耳元で紡がれる吐息混じりの甘い声がルーチェの体の中にしみこんでいく。振りほどきたくても、後ろから苦しいほどに抱き締められていて、ルーチェは身をよじらせることもできない。

「な、なぜ……」
「君を他の誰にも見せたくない」

 ドレス姿を見たいと言ったのはエリアスだ。それなのに本当は誰にも見せたくないなんて矛盾しているとルーチェは思った。

 ──でも、矛盾しているのは、私もだわ。

 エリアスの誘いに乗りたくてたまらない心と、破滅の未来を回避しなくてはいけないという怖れがずっとルーチェの中でせめぎあっている。

「……は、離してください。エリアス様のお洋服まで……汚れてしまいます」

 ルーチェはなんとか、それだけ言った。

「そんなこと気にする必要もない」

 至近距離で囁かれる声は、落ち着いているくせに妙に甘くて、無理矢理押し込めていたルーチェの感情をかき乱していく。

 エリアスがそっと唇を首筋に落としてきて、ルーチェの肩はびくりと跳ねた。

「……甘い匂いがする」
「それは……さっきのワインの……っ……!」
「ここに、こぼれたんだ。腹が立つよね。君を汚していいのは、僕だけだと思っていたのに」
「んっ……」

 首筋を這う熱い舌の感触に、ルーチェの喉から吐息が漏れた。エリアスの手はしっとりと湿った鎖骨をなぞり、ドレスのふくらみに手をかける。

「あっ」

 豊かな丸みを帯びた胸があらわになって、重力に負けてエリアスの手の中にすっぽりとおさまる。

「綺麗だ」
「や……見ないで……お願いですから……」

 彼女の懇願を無視して、エリアスは指先でそっと丸みの先端に触れた。周りを円を描くように優しく撫でたかと思えば、軽くつまんだり、弾いたりして弄ぶ。

「んんっ……」

 エリアスの指が与えてくる刺激は、自分が日常の生活の中で触れる感触とはまったく違っていた。

 からかうように弄り回されたかと思えば全体を包み込むように優しく揉みしだれて、ルーチェの柔らかな膨らみはエリアスの掌の中で形を変える。

「んあっ……あっ、い、いやがることはしないって、言ったのに……」
「本当にやめてほしいなら、止める。いま、ここで」

 そう言いながらも、エリアスの手はルーチェの下腹部のあたりをなぞった。そこが熱を帯びているのは、ルーチェにもよく分かっていた。

「……っ」
「ルーチェは感じやすいんだね」
「そんな……っ!」

 抵抗しようと思っても、胸を弄られながらスカートの上から太股を撫でられると、全身の力が抜けてしまって、ルーチェはエリアスにもたれかかるように倒れ込んだ。

「あっ……」

 そのままベッドの上で抱きすくめられてしまって、ルーチェはエリアスの腕の中にすっぽりと収まってしまう。

 ルーチェの体にのしかかっているエリアスの体は、重くて、固くて──そして、熱い。

「……エリアス、様っ」

 ルーチェはなんとかエリアスの名前を呼んで、彼が一線を越えようとするのを押しとどめようとした。

「君が僕を捨てるつもりで船に乗り込むと分かった時──僕は君を連れ戻すつもりだった。たとえどんな手を使ってでも……」

 エリアスの声は、熱に浮かされた体とは裏腹に、とても静かだった。

「ど、どんな手段って……」
「絶対に君を離さない。たとえ孕ませてでも……」
「は……」

 ルーチェはエリアスの執着を、甘く見ていたことを思い知った。

「君の愛を失ってしまったのなら、せめて体だけでも取り戻したいと思った。君がもう僕を愛していないとしても、それでもいい。君の心がどこにあっても……僕は……」

 エリアスは言葉を切り、ルーチェの耳元に唇を寄せる。

「……君が欲しいんだ」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています

由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、 悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。 王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。 だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、 冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。 再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。 広場で語られる真実。 そして、無自覚に人を惹きつけてしまう リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。 これは、 悪役令嬢として断罪された少女が、 「誰かの物語の脇役」ではなく、 自分自身の人生を取り戻す物語。 過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、 彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

『悪役令嬢は、二度目の人生で無言を貫く。~処刑回避のために黙っていただけなのに、なぜか冷徹宰相様から「君こそ運命の人だ」と溺愛さています~』

放浪人
恋愛
「もう、余計なことは喋りません(処刑されたくないので!)」 王太子の婚約者エリスは、無実の罪を着せられた際、必死に弁解しようと叫び散らした結果「見苦しい」と断罪され、処刑されてしまった。 死に戻った彼女は悟る。「口は災いの元。二度目の人生は、何があっても口を閉ざして生き延びよう」と。 しかし、断罪の場で恐怖のあまり沈黙を貫いた結果、その姿は「弁解せず耐え忍ぶ高潔な令嬢」として称賛されてしまう。 さらに、人間嫌いの冷徹宰相クラウスに「私の静寂を理解する唯一の女性」と盛大な勘違いをされ、求婚されてしまい……!? 「君の沈黙は、愛の肯定だね?」(違います、怖くて固まっているだけです!) 「この国の危機を、一目で見抜くとは」(ただ臭かったから鼻を押さえただけです!) 怯えて黙っているだけの元悪役令嬢と、彼女の沈黙を「深遠な知性」と解釈して溺愛する最強宰相。 転生ヒロインの妨害も、隣国の陰謀も、全て「無言」で解決(?)していく、すれ違いロマンティック・コメディ! 最後はちゃんと言葉で愛を伝えて、最高のハッピーエンドを迎えます。

悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。

香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。 皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。 さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。 しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。 それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?

「転生したら推しの悪役宰相と婚約してました!?」〜推しが今日も溺愛してきます〜 (旧題:転生したら報われない悪役夫を溺愛することになった件)

透子(とおるこ)
恋愛
読んでいた小説の中で一番好きだった“悪役宰相グラヴィス”。 有能で冷たく見えるけど、本当は一途で優しい――そんな彼が、報われずに処刑された。 「今度こそ、彼を幸せにしてあげたい」 そう願った瞬間、気づけば私は物語の姫ジェニエットに転生していて―― しかも、彼との“政略結婚”が目前!? 婚約から始まる、再構築系・年の差溺愛ラブ。 “報われない推し”が、今度こそ幸せになるお話。

悪役令嬢の身代わりで追放された侍女、北の地で才能を開花させ「氷の公爵」を溶かす

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の罪は、万死に値する!」 公爵令嬢アリアンヌの罪をすべて被せられ、侍女リリアは婚約破棄の茶番劇のスケープゴートにされた。 忠誠を尽くした主人に裏切られ、誰にも信じてもらえず王都を追放される彼女に手を差し伸べたのは、彼女を最も蔑んでいたはずの「氷の公爵」クロードだった。 「君が犯人でないことは、最初から分かっていた」 冷徹な仮面の裏に隠された真実と、予想外の庇護。 彼の領地で、リリアは内に秘めた驚くべき才能を開花させていく。 一方、有能な「影」を失った王太子と悪役令嬢は、自滅の道を転がり落ちていく。 これは、地味な侍女が全てを覆し、世界一の愛を手に入れる、痛快な逆転シンデレラストーリー。

処理中です...