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「……ルーチェじゃないのっ!」
おそるおそる振り返ると、濃いグリーンのドレスに身を包み、帽子についた羽飾りを揺らしながら駆け寄ってくる貴婦人の姿があった。
記憶にある面影よりも少しだけ年を重ねていたが、疑う余地はない。
ルーチェの叔母のライラだ。
「ライラ叔母様……ですよね」
「ええ、そうよ、あなたの叔母ですとも! 家出したって話は聞いていたけど、まさか本当にここまで来るなんて! 理由も事情も後回し。いいから、ちょっとこちらへ来なさい。話を聞かせてもらうわよっ!」
「あ、でも、私……」
強引ともいえる手つきで腕を引かれるルーチェの視界に、子どもたちを連れて戻ってくるエリアスの姿が映った。
エリアスまで見つかってしまえば、話は一気にややこしくなる。ライラはまだ気が付いていないが、エリアスはこちらの異変に気が付いたようだ。ルーチェは片手を上げて小さく振った。来ないで、という合図のつもりだ。
エリアスはルーチェの意図を察したのか、小さく頷いて、そっと植え込みの陰へと身を隠した。
ルーチェはそのまま叔母の馬車へと押し込まれる。
「突然、王子の婚約者をやめて旅に出ますなんて、手紙一通で済ませて……あなた、私がどれだけ心配したと思ってるの? ご両親がどんなに驚いたか分かっているの? 本当にもう、勝手なことばかりして。事件に巻き込まれたらどうするつもりだったの?」
「……ごめんなさい、叔母様。ご心配をおかけしました。愚かだという自覚はあります」
ルーチェが頭を下げると、ライラは「まったく……」とため息をついて、こめかみを押した。
「エドマンズ公爵家からはね、ルーチェが来たら優しくしてあげてって言われてたのよ。だからずっと待っていたのに……いつ来るのかと思ったら、こんなところでのんきに寄り道してるなんて!」
「今日、お手紙を出したばかりだったんです。行き違いになってしまったみたいですね」
そう答えながら、ルーチェは馬車の中でこっそりと安堵の息を吐いた。エドマンズ公爵家――つまり実家からは、放任とはいえ完全に見放されたわけではなかったようだ。
「で? なんで家出なんかしたの? しかも婚約破棄って……あなた、エリアス王子にぞっこんだったはずよね? 殿下の方もあなたのこと随分と気に入っていたと聞いてたけれど」
「……私、向いてないと思ったんです。王子妃という立場には……」
ライラは呆れたように、もう一度さっきと同じ仕草をした。
「まぁ~……そうね。あなたはお転婆だものね……」
これも一族の血かしらと、ライラはため息を止める様子はない。
「あの品行方正なエリアス殿下に釣り合うように努力したけど、疲れてしまったということね」
「まあ、そんな感じです」
実際はもっと話が複雑なのだが、今ライラにその話をしたところで今度は妄想癖があると思われるのがオチだ。
「なら、殿下とは一緒にいないのね」
困ったわあ、とライラは首をぐるりと回した。
「えっ?」
エリアスは表向きは病気療養中のはずではなかったのかと、突然の言葉にルーチェはドキリとする。どうやらライラ叔母様は思ったよりも情報通のようだわ──ルーチェはじっと息を殺して、自分と同じライラのグリーンの瞳を見つめた。
「世間では、エリアス王子は体調を崩して療養中と言われているけれど……それは表向きの発表で、実際には、王子もあなたと同時に姿を消してしまったらしいのよ」
「……え?」
「それも誘拐ではなくて、自発的に出て行った……つまりそっちも家出よね。その件で国王夫妻は大変に心配されていると……私だって未だに信じられないもの。だから、てっきり駆け落ちしたのかと……」
「そんな……ことは……」
はっきり否定することもできず、ルーチェは曖昧に視線を伏せた。自分はお転婆娘で、他にきょうだいがいるから殆ど諦められている。けれど、エリアスは一人っ子だ。
国王夫妻は自分にとても良くしてくれた──その二人から、息子を──そして世継ぎを奪っていいものだろうか?
船から下りて、ライラから故郷の話を聞くことで、ルーチェの心はぐらぐらと揺れた。船の中では現実から隔離されていたけれど、やはりそうはいかないらしい。
──一時の恋心に身を任せることが、はたして本当に正しいのかしら。
「ま、私はもうこの国の人間だし、姪っ子だけでも所在が分かってよかったわ。で、あなたはこれからどうするの?」
「船の……停泊期間までは、そこにいるつもりです」
「それで、どこまで行くつもりよ。ぐるっと回って家に戻るの?」
「戻るつもりは……ないです」
船の乗船チケットは三ヶ月分だが、ここにしばらくとどまるかもしれない、とルーチェはもごもごと口を動かした。
「はっきりしない子ねえ。ま、いいわ。空き部屋は沢山あるしね」
「……ご迷惑じゃないですか?」
「私が迷惑って言ったら、誰があなたの味方なのよ。ここに住むとなったら、もちろん働いてもらいますからね」
方針が決まったら連絡しなさいよ、とライラはルーチェを馬車から降ろしてくれた。
おそるおそる振り返ると、濃いグリーンのドレスに身を包み、帽子についた羽飾りを揺らしながら駆け寄ってくる貴婦人の姿があった。
記憶にある面影よりも少しだけ年を重ねていたが、疑う余地はない。
ルーチェの叔母のライラだ。
「ライラ叔母様……ですよね」
「ええ、そうよ、あなたの叔母ですとも! 家出したって話は聞いていたけど、まさか本当にここまで来るなんて! 理由も事情も後回し。いいから、ちょっとこちらへ来なさい。話を聞かせてもらうわよっ!」
「あ、でも、私……」
強引ともいえる手つきで腕を引かれるルーチェの視界に、子どもたちを連れて戻ってくるエリアスの姿が映った。
エリアスまで見つかってしまえば、話は一気にややこしくなる。ライラはまだ気が付いていないが、エリアスはこちらの異変に気が付いたようだ。ルーチェは片手を上げて小さく振った。来ないで、という合図のつもりだ。
エリアスはルーチェの意図を察したのか、小さく頷いて、そっと植え込みの陰へと身を隠した。
ルーチェはそのまま叔母の馬車へと押し込まれる。
「突然、王子の婚約者をやめて旅に出ますなんて、手紙一通で済ませて……あなた、私がどれだけ心配したと思ってるの? ご両親がどんなに驚いたか分かっているの? 本当にもう、勝手なことばかりして。事件に巻き込まれたらどうするつもりだったの?」
「……ごめんなさい、叔母様。ご心配をおかけしました。愚かだという自覚はあります」
ルーチェが頭を下げると、ライラは「まったく……」とため息をついて、こめかみを押した。
「エドマンズ公爵家からはね、ルーチェが来たら優しくしてあげてって言われてたのよ。だからずっと待っていたのに……いつ来るのかと思ったら、こんなところでのんきに寄り道してるなんて!」
「今日、お手紙を出したばかりだったんです。行き違いになってしまったみたいですね」
そう答えながら、ルーチェは馬車の中でこっそりと安堵の息を吐いた。エドマンズ公爵家――つまり実家からは、放任とはいえ完全に見放されたわけではなかったようだ。
「で? なんで家出なんかしたの? しかも婚約破棄って……あなた、エリアス王子にぞっこんだったはずよね? 殿下の方もあなたのこと随分と気に入っていたと聞いてたけれど」
「……私、向いてないと思ったんです。王子妃という立場には……」
ライラは呆れたように、もう一度さっきと同じ仕草をした。
「まぁ~……そうね。あなたはお転婆だものね……」
これも一族の血かしらと、ライラはため息を止める様子はない。
「あの品行方正なエリアス殿下に釣り合うように努力したけど、疲れてしまったということね」
「まあ、そんな感じです」
実際はもっと話が複雑なのだが、今ライラにその話をしたところで今度は妄想癖があると思われるのがオチだ。
「なら、殿下とは一緒にいないのね」
困ったわあ、とライラは首をぐるりと回した。
「えっ?」
エリアスは表向きは病気療養中のはずではなかったのかと、突然の言葉にルーチェはドキリとする。どうやらライラ叔母様は思ったよりも情報通のようだわ──ルーチェはじっと息を殺して、自分と同じライラのグリーンの瞳を見つめた。
「世間では、エリアス王子は体調を崩して療養中と言われているけれど……それは表向きの発表で、実際には、王子もあなたと同時に姿を消してしまったらしいのよ」
「……え?」
「それも誘拐ではなくて、自発的に出て行った……つまりそっちも家出よね。その件で国王夫妻は大変に心配されていると……私だって未だに信じられないもの。だから、てっきり駆け落ちしたのかと……」
「そんな……ことは……」
はっきり否定することもできず、ルーチェは曖昧に視線を伏せた。自分はお転婆娘で、他にきょうだいがいるから殆ど諦められている。けれど、エリアスは一人っ子だ。
国王夫妻は自分にとても良くしてくれた──その二人から、息子を──そして世継ぎを奪っていいものだろうか?
船から下りて、ライラから故郷の話を聞くことで、ルーチェの心はぐらぐらと揺れた。船の中では現実から隔離されていたけれど、やはりそうはいかないらしい。
──一時の恋心に身を任せることが、はたして本当に正しいのかしら。
「ま、私はもうこの国の人間だし、姪っ子だけでも所在が分かってよかったわ。で、あなたはこれからどうするの?」
「船の……停泊期間までは、そこにいるつもりです」
「それで、どこまで行くつもりよ。ぐるっと回って家に戻るの?」
「戻るつもりは……ないです」
船の乗船チケットは三ヶ月分だが、ここにしばらくとどまるかもしれない、とルーチェはもごもごと口を動かした。
「はっきりしない子ねえ。ま、いいわ。空き部屋は沢山あるしね」
「……ご迷惑じゃないですか?」
「私が迷惑って言ったら、誰があなたの味方なのよ。ここに住むとなったら、もちろん働いてもらいますからね」
方針が決まったら連絡しなさいよ、とライラはルーチェを馬車から降ろしてくれた。
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