塩対応の婚約者を置いて旅に出たら、捨てたはずの王子がついてきた

のじか

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 ルーチェは馬車を降りてからまっすぐに庭先へと向かった。

 庭では木陰に座り込んだエリアスがエノコログサを器用に編み、子供たちにうさぎの耳の形をした指輪をこしらえてやっていた。

「……戻り、ました」

 ルーチェが小さく声をかけると、エリアスは顔を上げてほっとしたように微笑んだ。

「おかえり、ルーチェ。お見舞いはもういいの?」

 エリアスはルーチェが戻ってきたことで、ライラが姪っ子をひっ捕まえて送り返すつもりはないと判断したらしい。

「ええ、まぁ……そうですね」

 曖昧な返事を返しながら、ルーチェはエリアスの手元を覗き込んだ。草でできた指輪を求める列の最後の一人がいなくなって、子供たちはわぁとかきゃあとか言いながら走り去ってしまった。

 その様子を二人は黙って見送った。

「エリアス様、一応確認しますけれど……本当に帰るつもりはないのですか?」

 周囲に人気が無くなったの確認してから、ルーチェはそっとエリアスに問いかけた。

「僕は、君がいるところならどこでもかまわない。最初からそうだよ」

 エリアスはブルーの瞳でまっすぐにルーチェを見つめている。

「問題は、君がどうしたいかだよ」

 ルーチェは目を伏せる。

 どこでも構わないということは、エリアスは世継ぎになることに重圧を感じている訳ではない。今まではただ、自分らしくいる事で周りの評価が得られない可能性があるから自分を抑えていただけだ。

 彼が戻れば、きっと周囲の人は良くも悪くもそれまでとは違った態度でエリアスに接して、彼も変わっていくだろう。

 ──そう、まるでゲームのストーリーと同じように。

「エリアス様には将来が……」

 ──私は道を間違えてしまった。間違えた私に王子妃の資格はないだろう。

「君がいないなら、僕の人生に意味はない。どうせ、王位を継ぎたいと望む人間は多くいる。……君の夫になりたい男も沢山いるだろうけど」

 その言葉はふざけているようでいて、どこか切実だった。

 ──エリアス様が、そこまでして私を求めてくれる。身分を捨ててもいいとまで……。でも私は、そんなエリアス様を拒絶してしまった。嫌われるくらいなら、自分から離れてしまった方がましだと思った。そんな私が、彼を連れて行ってしまっていいの?

 ルーチェが不安の渦に囚われているさなか、再び走り寄ってきた子どもたちがエリアスの袖を引っ張った。

「できたよー!」
「ありがとう」

「……できたって、何がですか?」

 きょとんとするルーチェに、エリアスが手招きする。

「魚と草の指輪のお礼だって」
「え?」

 案内された先は、孤児院に併設された小さな礼拝堂だった。

 小さな礼拝堂の扉を開けた瞬間、ルーチェは息を呑んだ。

 柔らかな陽光がステンドグラスを透かして差し込んでいる。赤、青、金……さまざまな色彩が床に模様を描き、部屋の中は淡い虹色の光でいっぱいだった。

「……きれい」

 思わず漏れたそのひと言に、ひとりの少女がそっと近づいてきた。

「これ、かぶってください」

 差し出されたのは白いヴェールだった。誰かの手作業だろう、手編みのレースの縁飾りが温かみを醸し出している。

「……子どもたちがね、僕たちがまだ結婚式をしていないって言ったら、プレゼントしてくれるって言ってくれたんだ」
「け、結婚式、を……」

 もうひとりの子が花壇から摘んできた草花をリボンで束ねて、ルーチェに差し出した。

「はい、ブーケです。お姫さまみたいなお姉さんにぴったりだから」
「あ……ありがとう」

 ルーチェは胸の奥にこみ上げてくるものを抑えながら、微笑んだ。

「ルーチェ」

 エリアスの声に振り返ると、彼は祭壇の前に立っていた。おそるおそる近寄ると、エリアスはジャケットの内ポケットから小さな箱を取り出した。

「これは……君に渡そうと思って、ずっと持っていたんだ。旅に持ってきてよかったよ」

 ぱかりと蓋を開けると、まばゆく輝くダイヤモンドの指輪が現れた。光を受けた石は虹の粒をまとうように輝いている。

「ルーチェ、僕と結婚してくれませんか?」

 エリアスの声はまっすぐで、混じり気のない求愛の言葉だった。

「たとえ君がどこにいても、誰であっても、僕は君を愛する。……違うな。僕の人生には、君が必要なんだ」

 その瞳に嘘はなかった。身分も名誉も、王子という肩書きさえも、すべてを投げ出す覚悟がエリアスにはあるのだ。

 ──でも。

 自分はこんなにも迷っている。迷うということは──これ以上の冒険は、自分にはできない、ということだ。

 エリアスの手の中にある指輪を見つめ、ルーチェは静かに微笑んだ。

「……ありがとうございます、エリアス様。けれど、私は……あなたとは、結婚できません」

 エリアスの瞳が揺れる。けれどルーチェは目をそらさず、まっすぐに彼を見据え、言葉を続けた。

「私たちの旅は、ここまでです」

 ルーチェはブーケをそっと壇の上に置き、ヴェールを取り、エリアスに背を向けた。
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