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風が吹き抜ける坂道を、ルーチェは小さなトランクを片手に駆けおりていた。荒くなる息は、激しい運動のせいだけではない。
間に合うかどうかはわからない。けれど、行けるところまでは行ってみようと思う。
──エリアス様も、こんな気持ちだったのかしら。
ルーチェは額にべっとりと張り付く前髪を払いながら、そんなことを考える。
ここを逃すともう会えないかもしれない、本当に船にいるのかもわからない、再会したときにどんな言葉をかけられるかわからない──。
彼がどんな気持ちでルーチェを追ってきてくれたのか、自分の気持ちを伝えてくれたのか。
──私って、本当に愚かだ。
こんな自分はたとえ悪役令嬢でなくても、自ら幸福を逃してしまって、永久にハッピーエンドには辿り着けないかもしれない。
けれど、エリアスが何もなくてもルーチェを追いかけてくれたように、今度は自分から彼を追いかけないといけないと、ただ、それだけの使命感にかられている。
人に言われてようやく、ルーチェは凝り固まった自分の考えから抜け出すことができた。
ルーチェの足がもつれだしたころ、ようやく港が見えてきた。二艘の豪華客船は双子のようにそっくりだが、帆を風に靡かせているのが国へと戻る船だろう。
ルーチェはふらつきながらも桟橋までよろよろと走っていった。ちょうど作業員たちが乗船用の通路を撤去しようとしているところで、ルーチェは声を張り上げだ。
「ま……! 待って……ください!」
ルーチェの喉からかすれた声が出た。なんとか腕を振って、必死にアピールする。
「の、乗ります……! 私、乗ります!」
作業員たちが驚いたように振り返り、びっくりしたようにルーチェを見ている。
「お、お嬢さん? 危ないですよ! ちゃんと乗船時間に間に合わせていただかないと……」
「ごめんなさい。でも、お願い、乗せてください!」
「チケットを……」
「いいよ、いいよ。出航が遅れる。お嬢さん、急いで」
ルーチェは頷き、スカートを押さえながら、転がるように船に乗り込んだ。
「ま、間に、あった……」
船の乗船口で汗びっしょりのルーチェが呼吸を整えていると、船が微かに揺れた。
国へと戻る船が──出航したのだ。
「さて」
ルーチェはハンカチで額の汗をぬぐい、コンシェルジュの元に向かった。
「すみません、あの……チケットを買う時間がなくて……空いている部屋はありますか?」
よろよろと姿勢を崩しそうになりながら、ルーチェは懇願するように声を絞り出した。
応対に出たのは、行きの航路でも見かけたコンシェルジュだった。前と変わらぬ無表情で、ルーチェの汗だくの姿を一瞥する。
「……あいにく、スイートルームは満室でして」
コンシェルジュはルーチェの事を覚えているようだった。
「どこでもいいんです。二等でも三等でも……もしそれも無理なら、下働きでもいいので……とにかくこの船に乗せてください。お願いします」
ルーチェは必死だった。立ち姿もままならないほど、心も体も消耗しきっていた。
「チケットはお持ちですか? 往路のチケットでも構いません」
「はい……行きのチケットなら」
差し出したのは別の船のものであることは、もちろんルーチェも承知していた。
コンシェルジュはぴらぴらとチケットを靡かせてから、顎に手をあてて考えこみ、それから台帳を開いた。
「こちらを払い戻し扱いとして、新しいチケットに振り替えます。スイートルームの一段下、セミスイートルームが空いております。バルコニーもございますし、十分かと思われます」
その冷静な声に、ルーチェは深く頭を下げた。
「ありがとうございます……」
「いえ、業務上の調整です。これからも、当社をごひいきにしていただきますようお願い申し上げます」
そう言って、セミスイートルームのキーを差し出した。
「本当に、ありがとうございます」
「船内売店では、日用品は一通り取り揃えております。必要であればご利用ください」
ルーチェは鍵を受け取り、小さく頭を下げてからその場を離れた。
新しいセミスイートに入り、トランクを一回り小さくなったソファーに置いてから、ルーチェはバルコニーに出た。
──さて。これからどうしようかしら……。
美しい緑の島が遠くなっていくのを、ルーチェはじっと眺めていた。
間に合うかどうかはわからない。けれど、行けるところまでは行ってみようと思う。
──エリアス様も、こんな気持ちだったのかしら。
ルーチェは額にべっとりと張り付く前髪を払いながら、そんなことを考える。
ここを逃すともう会えないかもしれない、本当に船にいるのかもわからない、再会したときにどんな言葉をかけられるかわからない──。
彼がどんな気持ちでルーチェを追ってきてくれたのか、自分の気持ちを伝えてくれたのか。
──私って、本当に愚かだ。
こんな自分はたとえ悪役令嬢でなくても、自ら幸福を逃してしまって、永久にハッピーエンドには辿り着けないかもしれない。
けれど、エリアスが何もなくてもルーチェを追いかけてくれたように、今度は自分から彼を追いかけないといけないと、ただ、それだけの使命感にかられている。
人に言われてようやく、ルーチェは凝り固まった自分の考えから抜け出すことができた。
ルーチェの足がもつれだしたころ、ようやく港が見えてきた。二艘の豪華客船は双子のようにそっくりだが、帆を風に靡かせているのが国へと戻る船だろう。
ルーチェはふらつきながらも桟橋までよろよろと走っていった。ちょうど作業員たちが乗船用の通路を撤去しようとしているところで、ルーチェは声を張り上げだ。
「ま……! 待って……ください!」
ルーチェの喉からかすれた声が出た。なんとか腕を振って、必死にアピールする。
「の、乗ります……! 私、乗ります!」
作業員たちが驚いたように振り返り、びっくりしたようにルーチェを見ている。
「お、お嬢さん? 危ないですよ! ちゃんと乗船時間に間に合わせていただかないと……」
「ごめんなさい。でも、お願い、乗せてください!」
「チケットを……」
「いいよ、いいよ。出航が遅れる。お嬢さん、急いで」
ルーチェは頷き、スカートを押さえながら、転がるように船に乗り込んだ。
「ま、間に、あった……」
船の乗船口で汗びっしょりのルーチェが呼吸を整えていると、船が微かに揺れた。
国へと戻る船が──出航したのだ。
「さて」
ルーチェはハンカチで額の汗をぬぐい、コンシェルジュの元に向かった。
「すみません、あの……チケットを買う時間がなくて……空いている部屋はありますか?」
よろよろと姿勢を崩しそうになりながら、ルーチェは懇願するように声を絞り出した。
応対に出たのは、行きの航路でも見かけたコンシェルジュだった。前と変わらぬ無表情で、ルーチェの汗だくの姿を一瞥する。
「……あいにく、スイートルームは満室でして」
コンシェルジュはルーチェの事を覚えているようだった。
「どこでもいいんです。二等でも三等でも……もしそれも無理なら、下働きでもいいので……とにかくこの船に乗せてください。お願いします」
ルーチェは必死だった。立ち姿もままならないほど、心も体も消耗しきっていた。
「チケットはお持ちですか? 往路のチケットでも構いません」
「はい……行きのチケットなら」
差し出したのは別の船のものであることは、もちろんルーチェも承知していた。
コンシェルジュはぴらぴらとチケットを靡かせてから、顎に手をあてて考えこみ、それから台帳を開いた。
「こちらを払い戻し扱いとして、新しいチケットに振り替えます。スイートルームの一段下、セミスイートルームが空いております。バルコニーもございますし、十分かと思われます」
その冷静な声に、ルーチェは深く頭を下げた。
「ありがとうございます……」
「いえ、業務上の調整です。これからも、当社をごひいきにしていただきますようお願い申し上げます」
そう言って、セミスイートルームのキーを差し出した。
「本当に、ありがとうございます」
「船内売店では、日用品は一通り取り揃えております。必要であればご利用ください」
ルーチェは鍵を受け取り、小さく頭を下げてからその場を離れた。
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