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70 井戸の中①
しおりを挟む「スーッ!」
ちょうちょの目の前で、スーは井戸の中へと落ちていった。
後を追うべきか?
いや、スーとは魂の奥底が繋がっているから、何かあれば分かる。井戸の外からの方が動けるだろう。
ちょうちょは、井戸の外で待機することにした。
井戸に落ちていったスーは、意外と冷静だった。
あのナッカとか言うオヤジがスーを井戸に投げ入れることは、薄々分かっていた。
それでも大人しく井戸の中に落とされたのは、自分でも井戸の中に入ろうと思っていたからだ。
井戸の外からじゃあ、何もできないと思ったから。
どうやって井戸から出るか。
世の中、穏便に済まそうと思わなければ、何とかなるものだ。
井戸の周りの魔法陣が邪魔なら、魔法陣の威力が届かない所まで横穴を掘ってもいいし、力業で魔法陣ごと破壊してもいい。詰め所近くまで吹き飛ぶかもしれないが、だれも愛らしいスライムの仕業とは思わないだろう。
ポテン、ポテン。
随分と井戸は深かったが、2バウンドでスーは着地した。
(うわぁ、なんだ、この臭いは)
当たりにはムッとするほどの、生臭い臭いが立ち込めている。息がしにくい。
スーが落ちた場所以外は、日光が届いていないので、周りは真っ暗だ。どのくらい広いのか見当がつかないし、どんな状態なのかも分からない。
足元は湿っている。もう枯れている井戸なのかもしれないが、見える場所には水たまりが数カ所ある。もしかして少し土を掘れば、水が溢れてくるかもしれない。
グルルルル。
右斜め前方から獣の唸り声が聞こえてきた。
暗闇の中にいる。
目視では存在が確認できない。だが、威圧が凄い。
戦ったことのあるシルバーモンキーの母親よりも、随分と強い。
(はっ、こちとら神獣と戦ったことがあるんでね、そんな威圧、へでもねぇぜ)
スーは虚勢を張る。
あの時と違い、今はちょうちょがいない。ちょうちょの加護を受けることができない。
それでもスーは負けるわけにはいかない。
「助けて……」
小さな小さな念話が近くから聞こえてきた。
そちらにチラリと目をやると、真っ暗な闇の中、何かが微かに動いた気配があった。
たぶん土の中。
地面に潜りこみ、難を逃れていたのだろう。
(おう、任せとけ。すぐに助けてやるからな)
スーは一つ頷くと、威圧を放つ相手へと意識を集中する。
グルルルル。
唸り声と威圧は徐々に強くなり、その姿がスーの前に現れた。
(ゴブリン……、なのか?)
皮膚が暗い緑色の人型だ。手には棒のようなものを持っている。
ご主人様よりも小柄で、人族の子どもの大きさしかない。
ボロな布をまとっており、裸というわけではないが、衛生面においていえば、ボロ布は無い方がいいだろう。
スーは森でゴブリンを遠くからだが見たことがある。
一度だけだったが、目の前のゴブリンとは何かが違う。
何が違う?
ボフゥッ!
考えるスーの左脇を火の玉が通り過ぎて行く。
(あっぶねぇ、黒焦げになる所だった)
とっさに身体を捻り、火の玉がぶつかることはなかったが、火傷しそうなほどの熱量を感じた。
ゴブリンは手に持った棒を高く掲げている。
目の前のゴブリンから火の玉は放たれたのだ。
魔法!?
こいつ、ゴブリンメイジだ!
スーはグリファスとの世間話でしか聞いたことがなかったが、ゴブリンはレベルアップすると、進化して形態が変わる。
形態は様々で、ホブゴブリンやゴブリンナイト、目の前にいる魔法を使えるゴブリンメイジ。最終的にはゴブリンキングまでいくらしい。
ただのゴブリンは雑魚キャラでしかないが、進化するとやっかいな相手になる。
井戸に魔法陣が施されていたのは、このゴブリンメイジを出さないようにするためなのだろう。
スーを井戸に投げ入れる時、ナッカは何と言っていた?
『さあ、俺の可愛い従魔の栄養になってくれよ』だった。
ということは、目の前のゴブリンメイジはナッカの従魔ということになる。そしてスーはゴブリンメイジの餌だ。
だが、どうして従魔を井戸に閉じ込めておく必要があるんだ。従魔は主の命令に逆らうことはできないのに。
それにナッカはちょうちょを見ることは出来ていたが、ゴブリンメイジをテイムするほどの魔力持ちとは思えない。
(うおっとぉっ!)
今度はスーの正面に火の玉が飛んできた。
とっさに大きく後ろに飛んで回避する。
(今は色々考えている暇はない)
スーは両脇から触手を出すと、ゴブリンメイジへと叩きつける。
ゴブリンメイジは、スライムが触手を使うなんて思ってもいなかったのだろう。とっさに棒で叩き落とそうとするが間に合わず、触手はゴブリンメイジの足を強打する。
「ぐぎゃぎゃっ!」
ゴブリンメイジは、痛みに声をあげ、棒を振り回す。
ボウッ、ボウッ、ボウッ。
いきなり3つの火の玉が棒の先端から放たれる。
(おわっととっ。ちくしょう、火の玉を放つのが早い。ランダーとは全然違う)
スーは何とか火の玉を躱す。
タイリーが連れていたサラマンダーのランダーは、口から連続で炎を吐いていたが、こんなに素早く吐くことは出来なかった。
そして吐き出す炎は一直線に進んでいた。だが、ゴブリンメイジの炎は、棒の先端から放たれるが、スーへと曲線を描いて迫って来る。
特性と能力の違いなのか、それとも魔獣のレベルの違いか。
残念なことにスーは暗闇で目が利かない。
ゴブリンメイジは、ここに閉じ込められているせいか、暗闇でも普通に行動している。
闇の中に入り込まれたら見えない。いくら気配を感じることが出来るとはいえ分が悪い。
(ゴブリンメイジは炎を飛ばして来るだけか?)
考えながらスーは触手をゴブリンメイジへと叩きつけるが、今度は棒で弾き飛ばされた。
ゴブリンメイジが一気に近づいて来て、棒を振り回す。
動きが拙い。
ただ闇雲に棒を振り回しているようだ。
スーは垂直に飛び上がると、ゴブリンメイジの真上に触手を叩きつけながら落ちて行く。
ジュッ!
(ぐわっ!!)
両の触手がゴブリンメイジに触れた瞬間、余りの熱さに身体を反転させて飛びのく。
ゴブリンメイジの身体が熱い。
炎特化型なのか、身体全身が発熱しているようだ。
暗い緑の身体が熱で光りを放ち出した。
暗闇の中、ゴブリンメイジを見ることはできるようになったが、これでは近づけない。
スーは肉弾戦と触手以外の攻撃手段が無いのだ。
他に攻撃方法は……。身体の中に残っているのは、ワイバーンの骨が少し、それと……。
使えるか?
カーバンクル母の治療に使ったサート草。
小さく刻まれ、カーバンクル母の魔素をタップリ吸っている。
スーは口を作ると、ゴブリンメイジへと吹き付ける。
ゴブリンメイジへと雨のようにサート草が降りそそぐ。
辺りには独特な臭いが漂いだした。だが、元が鼻を覆うような悪臭の中だ。ゴブリンメイジへは、ダメージを与えることはない。
ギギヤッ。
ゴブリンメイジは自分にまとわりつくサート草を棒で払いのける。
サート草の魔素と棒に籠められた魔素が反発して、小さな炎が弾ける。
(駄目だ、ダメージに繋がらない)
ただの目くらましにしかなっていない。
だが、その一瞬をスーは逃さない。
触手がゴブリンメイジに触れることは熱くて出来ないが、身体の中から太く長いワイバーンの骨を出し、触手で持つ。
一気にゴブリンメイジを殴りつける。
ゴツッ、バキッ。
近づけば近づくほど、触手は太く頑丈になる。
スーはゴブリンメイジへと、出来る限り近づき、力の限り殴りつけた。
サート草に気を取られていたゴブリンメイジは、もろに衝撃を受け、後ろへと吹っ飛んだ。
ジュワッ!
水たまりがゴブリンメイジの熱で蒸発する。
ゴブリンメイジの身体の熱が上がったのか光が増していく。
棒の先には、大きな火の玉が現れた。
どうする?
もし、この熱を喰らったら、ひとたまりもない。
スーは骨を構えながら、ジリジリと後ろへと下がって行くのだった。
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