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31 入学試験・三次試験前日③
しおりを挟む「名前が付いておる……」
「?」
(?)
長老の呟きのような言葉は、騒いでいたスーとちょうちょにも届いた。
(名前って……。そういえば、ちょうちょの名前は何だ?)
スーは自分の頭上でホバリングしているちょうちょに問いかける。
「俺ら妖精族に個人名は無いな。お前らは親がいて、子どもが生まれた時に名前を付けるんだろう。俺ら妖精は自然に生まれてくるから、名付けるヤツがいないんだよ」
妖精は肉体を持たない魔素の塊のような存在だ。魔素が偶然集まった場所から生まれてくるから親はいない。
魔素の集まりやすい場所は少なく、場所も決まっているために、生まれてきた妖精達は集まって暮らし集落ができている。ただ妖精は家族を形成することがないために個々での生活だ。
「お前のステータスに名前欄ができ “ちょうちょ” と表示されておるぞ」
「ええっ」
(それって、ご主人様が命名したってことか!?)
「まってくれ、俺の名前がちょうちょって……。俺は虫かよ! 俺は承諾なんてしてないぞ。ティナに文句言ってやる」
長老の言葉にちょうちょが驚きよりも怒りをあらわにする。
「命名されたのか……。お前も受け入れたのだろう? ステータスに表示されるとは、そういうことだ」
「受け入れてなんかいないよ。そりゃあティナがそう呼ぶのを放っておいたけどさ」
(ご主人様に呼ばれて返事してたじゃねえか。承諾になっちまってんだよ)
「なんでだよ~。虫なんか嫌だよー」
ちょうちょが泣きべそをかいている。
「名前を呼ばれて返事をしたからといって命名にはならない。命名とはそんなに簡単なものじゃない。ちょうちょよ、お前のジョブが “ティナのペット” になっているは分かっておるか?」
「へっ!?」
(まさか!)
「儂も長いこと生きてきたが、ジョブがペットの妖精を始めて見たぞ」
妖精の特性を求め、人族が言い寄ってきたり、捕らえようとしたりすることは多々有る。友好な関係を人族と築く妖精も中にはいることはいるが非常に稀だ。だが妖精は決して従魔にはならない。もちろんペットにもだ。
「いやいやいや、俺はティナのペットになんかなってないっ。なんで俺がペットなんだよっ。俺は誇り高き妖精なんだ!」
(あり得ない。ちょうちょがご主人様のペットだと? いつの間にそんなことになっていたんだ? おこがましいにも程があるだろう。それに俺と同等だなんて許せない。俺がご主人様の唯一で最愛のペットなんだっ!!)
ちょうちょとスーは叫んでいるが、主張は随分と違う。
「従属の関係は、テイマーから強制的に結ばされるものだ。テイマーから半死半生の目にあわされ、死ぬか従属するかを選ばされる。死にたくないものは己のプライドと人生を捨て従魔となる。それがテイムというものだ。儂ら妖精は肉体を持たない分、テイムをされることはない。ないのだが……、このペットというのはなんなのだ?」
長老は心底不思議がっている。
「ちょうちょが承認していないのに、なぜちょうちょのステータスは変わってしまったのか……。ティナさんのステータスはどうなっておるのだ?」
(そうだ、ご主人様!)
スーは慌てる。ご主人様の足元にいたはずなのに、ご主人様がいなくなっている。
自分のステータスを知ることができると、そのことに気をとられ、ご主人様のことを忘れていた。
なんてことだっ。これでは愛されペット失格だ。
ご主人様を探さなければ。
(ご主人様っ!)
ティナはすぐに見つかった。
というか、ほんの目と鼻の先で、切り株の上に座っていた。
「ありがとう。でも、もう食べきれないわ」
妖精達が両手で果物を抱え、ティナの周りを飛び回っている。
それに座っているティナの膝の上にも、何個もの果物が乗っている。
「これも食べてぇ。食べごろだよぉ」
「こっちを食べてよ、甘酸っぱくて美味しいの」
「ティナはどんな果物が好き? 持ってきてあげる」
妖精は肉体を持たないが、味覚はあるし、食べることを楽しむこともできる。
試験のために迷いの森に入って来る人族が、迷いに迷って疲れ果て、空腹になって果物を食べているのを見たことがあるし、人族が好んで食べる果物も知っている。
(シッシッ、失せろ。ご主人様に取り入ろうとしているんじゃねぇよ。ご主人様に愛されているのは俺だけなんだからな!)
心の狭いスーは、ティナの元へと駆け寄ると、妖精達を蹴散らしている。
「おかしいとは思っていたんだよ。スーの思っていることが、何となく分かるようになってきていたからさ……」
ため息を吐きながら、ちょうちょは地面へと力なく降りる。
スーが妖精喰いを始末しようとした時、その姿をティナに見られたくないとスーが思っているのが分かった。
自分のやることを見て、ティナに嫌われたらどうしようとスーが恐れていることが、ちょうちょに伝わってきたのだ。
だからティナの目隠し役をした。
自分の身体は小さいから、他の妖精達も呼んで、ティナの視界を遮った。
そして、ちょうちょがやっていることを、振り向いてもいないスーは分かっていると確信していた。
「まさか同じペット枠で、兄弟扱いされてないよな。そんな絆いらない……」
ちょうちょは再度ため息を吐く。
スーの感情が伝わって来る分、もしかしたらスーにもちょうちょの思いが伝わっているのかもしれない。
「だが、ティナとは繋がっているとは思えないんだよなぁ」
飼い主であるティナとは繋がりを感じない。
ティナのことは嫌いじゃない。人族だが好意はあると思う。
だがそれだけだ。スーのように、我が身を削ってまでティナを助けようとは思わないし、ティナに愛でてもらいたいとも思わない。
俺が守りたいのは……。
ちょうちょは、自分がペットになってしまっているが、ペットとはどういうものかを知らない。
ご主人様大好きのスーしか知らないのだから、それもしかたがないのだが、ペットにはスーのようなベッタリ甘えた系もいれば、ツンデレ系、シカト系もいる。最悪なことに、ご主人様のことを下僕と思っている女王様タイプも存在するのだ。
ステータスを見る力が弱いちょうちょは、自分のジョブを見ることはできない。
そして、長老もちょうちょのジョブを見ることはできたが、そこまでだった。
長老のステータスを読む力が、もっと強かったなら、スーとちょうちょのジョブの違いが分かったはずだ。
ちょうちょのジョブは “ティナのペット” となってはいるが、スーのジョブとは違っている。
実はちょうちょのジョブは2行あった。
“ティナのペット” と表示された下に、もう1行 “※ 一時預かり” という注釈の一文があったことを、誰も気づいてはいないのだった。
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