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34 入学試験・三次試験②
しおりを挟む文字が読めないティナは “C” と書かれた立て札に行けと言われても分からなかった。
だが主任が黄色い立て札と教えてくれたので、そちらに向かっていた。
「ティナ、こっちだ」
いきなり声をかけられてティナはビックリした。この試験会場に知り合いはいないと思っていたからだ。
黄色い立て札の横で手を振っていたのはハロルドだった。
「試験監督さん……」
ティナは知った顔にホッとし、少し足を速めてそちらに向かう。
(ヤバイぞ、この気配は何だっ)
「おいっ、これは尋常じゃない。そっちに行ったら駄目だっ」
スーとちょうちょは総毛立つような気配を感じる。
勝てない。
絶望するような圧倒的な強さが押し迫って来た。
逃げるしかない。
魔獣のスーと妖精のちょうちょは、プライドが死の前には何の役にも立たないことを知っている。
ティナを連れて逃げる。躊躇うことなく決める。
「あら、どうしたの? どこかに行きたいの」
ティナのズボンの裾をスーが引っ張り、ちょうちょはティナの顔の周りを飛んで、何かを訴えている。
だがペット達の必死の訴えがティナには届かない。
ティナには気にかかっていることがあり、気が急いていたのだ。
せっかくハロルドが声をかけてくれたから聞きたかった。先ほどの係員に言われた、村長から貰った紹介状のことを。
ティナは紹介状を見せさえすれば職に就くことができると思って学園までやって来た。それなのに今は試験を受けている。
そして係員からは、そんな紹介状は何の役にも立たないどころか、偽物だとまで言われてしまった。
仕事に就けるのか心配でたまらない。
ハロルドは試験監督をしているから、ティナの問いに答えてくれるかもしれない。
(駄目だ、ご主人様が分かってくれないっ)
「こうなったら力づくだ。スー触手を出せっ」
ペット達はティナを問答無用で連れて行くことにする。
ここは危険だ。何者かの気配がだんだんと強くなっていく。
「あ、あの……。試験監督さんに、ちょっとお聞きしたいことがあって」
ハロルドの前に行くとティナは思い切って口を開く。
「まあ、試験監督で間違いないけどね。出来ればハロルドと呼んでくれ」
「あ、俺はニックね」
ハロルドの後ろからニックが顔を出す。
この二人は貴族。それも高位貴族だろう。二人共に学園の制服を着ており、煌びやかな所はないが、二人のまとう雰囲気や周りの職員達の態度から分かる。そんな偉い人の名前を、田舎の百姓の娘が呼んでもいいものだろうか?
ティナは戸惑うが、それでも話かけることにする。
「あの、私は村を出る時に村長から紹介じ……きゃあっ!」
いきなりティナは身体が浮き上がり悲鳴を上げる。
スーが触手でティナを抱え上げたのだ。
「え、えええ、何なの?」
「どうしたんだ!? 従魔が主の指示なしに動くなんて」
「おいおい、ご主人様が俺達と話をしているから嫉妬しているのか?」
ティナもだが、ハロルドとニックもスーの行動に困惑している。
「小童ども、逃げずともよい」
地の底から響くような声に、スーとちょうちょは固まる。
声を無視してティナを抱え上げたままダッシュで逃げたいが、逃げようとした瞬間に命が無くなってしまう。そんな絶望的な力を感じる。
スーの動きは止まり、ちょうちょは真っ青な顔で力なくスーの頭の上に落ちてくる。
ギギギギギ。
擬音が聞こえそうな動きでスーはティナを降ろすと、声のした方へと顔を向ける。
そこにいたのはグリフォン。
上半身は鷲、下半身はライオンを持つ、魔獣を超えた存在。伝説の神獣だった。
この世界に鷲やライオンは存在しないし、もちろんスーが知る由もない。ただただその存在に圧倒される。
「ヤバイぜ、あれはヤバイ、グリフォンだ。俺も噂にしか聞いたことはなかったけど、実在するなんて信じられない」
ちょうちょが震えながらスーの頭にしがみ付く。
「そう怯えるな、喰ったりなぞせぬぞ」
グリフォンが冗談めかして言った言葉は、ペット達には通じておらず、硬直したままだ。
「まあ綺麗な魔獣さんね。鳥さん……、鷲さんかしら? 大きいわね」
ティナがグリフォンを見て能天気な声を上げている。
(ご主人様、逃げろ、逃げるんだっ)
「俺の力を全部使ってやる。スーの能力を爆上げしてやるから、ティナは逃げるんだっ」
いくらレベルアップしたスライムと、能力を底上げできる妖精がいようとも、神獣に勝てないことは分かり切っている。
だが、ご主人様だけは逃がしてみせる。ペット達は恐怖に憑りつかれそうになるのを必死で振り払い、グリフォンへと向かっていく。
(ちょうちょ、お前はご主人様を連れて逃げてくれ)
「は!? 何言ってんだ。お前みたいな弱っちいヤツには、俺が加護を授けてやらなきゃ戦えないだろうが。まかせとけっ」
(ご主人様を頼むっ)
「スー……」
スーとちょうちょはティナのペット同士だからなのか、心の奥底が繋がっている。
スーがティナと自分を逃がそうとしているのが分かる。分かってしまう。
そして自分の命を投げ出してでもティナを守ろうとしていることが伝わって来るのだ。
「……分かった。ティナを安全な場所に連れて行ったら、すぐに戻って来るからな!」
ちょうちょはティナの元へと戻って行く。
(いくぜっ!!)
「ほう、我に向かってくるとは面白いな」
スーは渾身の力を込めてグリフォンへと突撃する。
ペシ。
スーの決死の攻撃は、グリフォンの前足の鈎爪で掴まれ終わってしまった。
グリフォンは余裕どころか愉快そうにしている
「まあ、仲が良いのね」
「仲が良いのか?」
「いや、どう見ても違うけど……」
グリフォンに掴まれたまま、ジタバタともがくスーを見て、ティナがホンワカしている。
「私のグリフォンに向かって行く魔獣がいるとは驚きだ」
グリフォンの隣に立つ少年が驚いたように様子を見ていた。
少年はどうみても身分が高い。
一目見ただけで、そうだと分かる程にキラキラしている。ハロルドとニックも上位貴族だからキラキラしているが次元が違う。
眩しすぎて目が潰れそうだ。
「すっ、すみません。どうかお許し下さい。スーさん、戻って来て」
グリフォンの隣に魔獣の主(?)がいることに気づいたティナは、慌ててその場で頭を下げるとスー達に戻るようにと声を上げる。
相手が貴族だと、平民のティナは切り捨てられても文句は言えない。それよりもスーが処分されてしまうことが何よりも怖い。
「いや、同じ受験生同士だ、頭を下げる必要は無い」
「クライブ殿下、いらしていたのですね」
ティナが頭を下げるのを手を上げて制止しているクライブの元へ、ハロルドが駆け寄っていく。
クライブ殿下……。そういえばさっき係員の人が王族の方が試験を受けると言っていたけど、この方かしら?
ティナはあの係員の言葉を思い出す。
王族が目の前にいる。ティナは生きた心地がしない。
(放しやがれっ!)
「放せっ。スーを放せっ!」
「元気だな。我に委縮しないとは、勇猛果敢な奴らだ。愉快愉快」
スーはグリフォンに掴まれた状態のままで暴れ、ちょうちょはティナにグリフォンが向かわないと分かると、すぐに戻り、その小さな身体で殴りかかっている。
「あの、殿下、神獣様の怒りを治めていただけないでしょうか?」
ニックがスーを助けなければと、クライブに神獣を止めてもらえないかと声をかける。
グリフォンに掴まれたままのスーは、今も渾身の力で抵抗しており、そろそろ体力が尽きてしまいそうに見える。
「いや、グリファスは機嫌がいい」
ティナにしろハロルド達にしろ、スー達の言葉は分からない。
スー達の決死の覚悟も伝わってはいない。
だが、クライブだけは理解しているのか、自分の連れた神獣グリファスを見て、楽しそうにしている。
「鷲さん、スーさんを放して下さいな」
(うわぁー。ご主人様逃げろーっ)
「ティナ、なんで来るんだぁっ」
いつの間にかグリファスにティナが近づいて来ていた。ペット達は悲鳴を上げるが、ティナは分かっていない。
「そちは我が怖くはないのか?」
グリファスはちょっと驚いたような視線をティナに向けている。
「スーさんもちょうちょさんも、私と一緒にいてくれるから、他の魔獣さん達と仲良くなることができなくて、鷲さんと遊びたかったんだと思うの。仲良くしてくれてありがとう」
グリファスの問いはティナには届かない。だが、壮大な勘違いをしているのは分かった。
「ククク。そうか、小童どもは我と遊びたかったのか。また遊んでやっても構わんぞ」
グリファスは笑いながらスーを開放する。
「お、憶えていやがれっ」
「後で痛い目みせてやるからなっ」
またもペット達はチンピラになりながら、大急ぎでティナの元へと戻って行く。
その光景をティナ以外の人族は、驚いた目で見ていた。
従魔が自由に行動していることにも驚くが、いつも威風堂々として何ものにも動じない神獣が、笑いこけているのだから。
「え、ええでは殿下もいらっしゃったので、第三次試験を始めます」
試験開始を忘れていたハロルドが、慌てて三次試験のスタートを告げたのだった。
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