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第二章 魯坊丸と楽しい仲間達
六十九夜 天文十八年 安祥城の合戦 その3
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〔天文十八年 (一五四九年)八月から九月〕
吉良義安が織田家を支持するようになったのは、天文十六年の『渡河原の戦い』からとなる。
三ツ木城主の松平信孝と親父 (織田信秀)が岡崎城主松平広忠を攻めて、渡河原で戦った戦いからだそうだ。
おそらく、信孝の説得で義安も織田方へ鞍替えしたのであろう。
今川義元は東条の吉良義昭を推し、義昭の命で東三河を制圧し、三河侵攻の野心を露わにした
対抗する為に、親父と組むのが一番だった。
東三河の西郷家とか、今川家の支配を嫌がって親父の支援をもらって反今川に転じる三河衆が増えてきているが、西三河は反織田が今川の支援をもらって対立している。
水野家に代表されるが、織田家と今川家の両家を天秤に掛けて、独立を確保しようと躍起になっている者が多いのだ。
唯我独尊というか、独立自尊というべきか。
とにかく、自我が強く、他者を受け入れない。
良く言えば、他力に頼らず、自らの力で難局を打破しようとする強い精神の持ち主だ。
他人の迷惑は考えないけど・・・・・・・・・。
義安の家臣団も同じであり、今川の支配を嫌った。
だから、織田家を利用した。
八月後半、三河を見張っている望月衆が義安のピンチを知らせてきた。
「太原雪斎が西条諸老宛の手紙を送り、西条方の家臣団に亀裂が走っております」
「外戚の後藤-平大夫の排除でも決まったか?」
「まだ決まっておりませんが、後藤が頑なに今川の要件を拒絶するので、西条重臣に反後藤を唱える者が現れ、それを今川の支援で数を増やしております」
「義安はまだ十四歳 (満13歳)だ。外戚が大きな実権を握るのも当然だ。それに反発する家臣を取り込んだか」
「はい。東条の吉良義昭を認め、今川との和睦を言い出し、後藤を追い詰めております」
「後藤も今川方へ転じそうか?」
「いいえ、吉良庶流の荒川-義広が毅然と反対しております。簡単には覆りません。しかし、西条の家臣団が二ツに割れたのは事実でございます」
「吉良家への支援が無駄に終わったということだな」
「はい。荒川-義広が大殿へ、更なる支援の手紙を送られたようです」
織田家は今川家と和睦したので、今川方の城を攻めるなどの軍事的な支援は難しい。
できるのは、金銭的な支援のみだ。
今川から仕掛けてきた和睦は、織田家の動きを封じるのが目的だったようだ。
太原雪斎は義安を『御屋形様』と讃え、幼い当主を傀儡として操る外戚の排除を訴えた。
今川への不信を抱く反今川派と、義安の安全を一番と考える親今川派に分かれた。
織田家が優勢なら問題なかったのだが、ここに来て『小豆坂の戦い』以降の敗北が利いてきていた。
九月になると、雪斎が電光石火で兵を三河に送り、荒川義広の幡豆郡荒川城を囲んで布陣した。
慌てて親父が軍を集め、援軍の準備に入った。
「雪斎が攻めてきただと?」
「荒川山 (西尾市八ツ面山)に本陣を置き、荒川城を囲んでおります」
「どこから兵を集めたのだ」
「監視の目が甘かったことをお詫びします」
「いや、責めている訳ではない」
荒川城は矢作川に西に位置する要の城である。
俺が知っている矢作川は江戸時代に徳川家康の命で川道が変わり、荒川城の北で大きく西に蛇行するが、今はまだ改修されておらず、矢作川はまっすぐに南に流れている。
荒川城が落ちれば、矢作川という壁を失い、西条城 (西尾城)は丸裸となる。
親父は急いで援軍に向かったが、到着したときは義安が降伏を決めていた。
「大殿は何もできずに引き返すことになりました」
「随分とあっさりと降伏を決めたな」
「荒川城を囲むと同時に西条の今川派が義安に降伏を迫ったようです。今川方は義安の安全を保証し、後藤家や荒川家への処分を一切行わないと約束したそうです」
「それでは攻めた意味がないではないか?」
「条件は一つです。義安が義元の招きに応じて駿河に『御成』されることだそうです」
御成、帝や公方様などの高貴な方が家臣の邸宅を訪れることだ。
義安に西の都と呼ばれる駿河を見て頂きたいという申し出のみが、今川家からの条件であった。
この格安の条件に義安が応じた。
平大夫は反対したが、「義広の命が掛かっておる。また、家臣を疑っては吉良家が立ち行かぬ」と義安は言ったそうだ。
今川の兵に守られて、義安は駿河に出発した。
「人質だな」
「はい。織田家と今川家の紛争に決着が付くまで、色々なことを言って足止めし、西条家の動きを封じるつもりでしょう」
「西条吉良家は今川派の重臣が中心で政を動かし、後藤家や荒川家の力を削ぐか」
「大殿の求心力にも大きな影響があります」
「親父の?」
「大殿は、今回の今川侵攻に何の手立ても打てませんでした。西三河や東尾張の国衆から見れば、大殿が頼りにならないと映った筈です」
なるほど。
和睦一つで、親父の動きを封じ、西条吉良を攻略することで影響力にもケチを付けた。
小豆坂の戦い以降、良い所なしだ。
親父も終わったと思う輩も増える訳か。
俺は定季に信光叔父上宛の手紙を書かせた。
今川家は安祥城を諦めておらず、今年の内にもう一度攻めてくるので、信広兄上に用心を促すようにとの手紙だ。
史実通りに人質交換が進む方が歴史を読み易いが、史実通りに動くとは限らないのでどっちでもよい。
駿河、遠江、東三河は平地が少なく、石高も少ない。
だから、手紙には、三河を今川に譲って尾張の石高を上げる方に尽力すると効率が良いとも書かせた。
そして、三河武士を従わせるのは難しく、厄介ごとを今川家に押し付けてしまえとも。
「こんな感じで宜しいでしょうか」
定季が本来の仕事である右筆として書いた手紙を見せてくれた。
俺が言ったキツい言い方ではなく、やんわりとした文章だった。
それを楓に渡した。
楓の足なら半刻も掛けずに、末森の信光叔父上の部屋まで届けてくれる。
因みに、末森城が今年の夏に完成し、麓の仮屋敷から山の上の本丸屋敷に作業場が移った。
奥屋敷に土田御前をはじめとする側室や弟や妹らも移ったらしい。
また、去年まで城下に何もなかったが、ちらほらと家が建って町ができはじめていた。
戦が終わると稲刈りだ。
熱田、那古野、津島の一部が大豊作と大騒ぎをしている。
俺からすると平年並みだ。
天白川から長根村までの水路は完成しておらず、中根村方面の水田化は先の話だ。
水路と言えば、天白川と平行して走る三本の水路が完成した。
竹林で隠している水車小屋群だ。
今年中に水車が建つと、小麦、米、粟、稗などの穀物と、石灰、硝石などの鉱石を粉砕する過程を水車でできるようになる。
当然、人力で臼を回して粉砕する手間が省ける。
水車が稼働すれば、織田弾正忠家の直轄地と譜代の家臣の領地に配る堆肥に使用する石灰の粉砕も賄える。
来年はすべての堆肥小屋に石灰を配布でき、再来年は織田弾正忠家の家臣すべてが堆肥が使える。
しかし、尾張中に堆肥を配るとなると、水車が足りず、土岐川 (庄内川)にも水車群が必要になる。
俺は土岐川護岸工事の工程表を眺めながら、どこに水車群を置くかを考えた。
加えて、湿地帯の新田を考える。
当然だが最初から水田とする。
石高が上がれば、皆のやる気も上がる。
護岸壁の一部だけでも完成させ、その内側の新田を稼働させたい。
そうすれば、護岸工事を反対する者も減るだろう。
千代女に頼んで、現地の視察などの予定を組んでもらった。
吉良義安が織田家を支持するようになったのは、天文十六年の『渡河原の戦い』からとなる。
三ツ木城主の松平信孝と親父 (織田信秀)が岡崎城主松平広忠を攻めて、渡河原で戦った戦いからだそうだ。
おそらく、信孝の説得で義安も織田方へ鞍替えしたのであろう。
今川義元は東条の吉良義昭を推し、義昭の命で東三河を制圧し、三河侵攻の野心を露わにした
対抗する為に、親父と組むのが一番だった。
東三河の西郷家とか、今川家の支配を嫌がって親父の支援をもらって反今川に転じる三河衆が増えてきているが、西三河は反織田が今川の支援をもらって対立している。
水野家に代表されるが、織田家と今川家の両家を天秤に掛けて、独立を確保しようと躍起になっている者が多いのだ。
唯我独尊というか、独立自尊というべきか。
とにかく、自我が強く、他者を受け入れない。
良く言えば、他力に頼らず、自らの力で難局を打破しようとする強い精神の持ち主だ。
他人の迷惑は考えないけど・・・・・・・・・。
義安の家臣団も同じであり、今川の支配を嫌った。
だから、織田家を利用した。
八月後半、三河を見張っている望月衆が義安のピンチを知らせてきた。
「太原雪斎が西条諸老宛の手紙を送り、西条方の家臣団に亀裂が走っております」
「外戚の後藤-平大夫の排除でも決まったか?」
「まだ決まっておりませんが、後藤が頑なに今川の要件を拒絶するので、西条重臣に反後藤を唱える者が現れ、それを今川の支援で数を増やしております」
「義安はまだ十四歳 (満13歳)だ。外戚が大きな実権を握るのも当然だ。それに反発する家臣を取り込んだか」
「はい。東条の吉良義昭を認め、今川との和睦を言い出し、後藤を追い詰めております」
「後藤も今川方へ転じそうか?」
「いいえ、吉良庶流の荒川-義広が毅然と反対しております。簡単には覆りません。しかし、西条の家臣団が二ツに割れたのは事実でございます」
「吉良家への支援が無駄に終わったということだな」
「はい。荒川-義広が大殿へ、更なる支援の手紙を送られたようです」
織田家は今川家と和睦したので、今川方の城を攻めるなどの軍事的な支援は難しい。
できるのは、金銭的な支援のみだ。
今川から仕掛けてきた和睦は、織田家の動きを封じるのが目的だったようだ。
太原雪斎は義安を『御屋形様』と讃え、幼い当主を傀儡として操る外戚の排除を訴えた。
今川への不信を抱く反今川派と、義安の安全を一番と考える親今川派に分かれた。
織田家が優勢なら問題なかったのだが、ここに来て『小豆坂の戦い』以降の敗北が利いてきていた。
九月になると、雪斎が電光石火で兵を三河に送り、荒川義広の幡豆郡荒川城を囲んで布陣した。
慌てて親父が軍を集め、援軍の準備に入った。
「雪斎が攻めてきただと?」
「荒川山 (西尾市八ツ面山)に本陣を置き、荒川城を囲んでおります」
「どこから兵を集めたのだ」
「監視の目が甘かったことをお詫びします」
「いや、責めている訳ではない」
荒川城は矢作川に西に位置する要の城である。
俺が知っている矢作川は江戸時代に徳川家康の命で川道が変わり、荒川城の北で大きく西に蛇行するが、今はまだ改修されておらず、矢作川はまっすぐに南に流れている。
荒川城が落ちれば、矢作川という壁を失い、西条城 (西尾城)は丸裸となる。
親父は急いで援軍に向かったが、到着したときは義安が降伏を決めていた。
「大殿は何もできずに引き返すことになりました」
「随分とあっさりと降伏を決めたな」
「荒川城を囲むと同時に西条の今川派が義安に降伏を迫ったようです。今川方は義安の安全を保証し、後藤家や荒川家への処分を一切行わないと約束したそうです」
「それでは攻めた意味がないではないか?」
「条件は一つです。義安が義元の招きに応じて駿河に『御成』されることだそうです」
御成、帝や公方様などの高貴な方が家臣の邸宅を訪れることだ。
義安に西の都と呼ばれる駿河を見て頂きたいという申し出のみが、今川家からの条件であった。
この格安の条件に義安が応じた。
平大夫は反対したが、「義広の命が掛かっておる。また、家臣を疑っては吉良家が立ち行かぬ」と義安は言ったそうだ。
今川の兵に守られて、義安は駿河に出発した。
「人質だな」
「はい。織田家と今川家の紛争に決着が付くまで、色々なことを言って足止めし、西条家の動きを封じるつもりでしょう」
「西条吉良家は今川派の重臣が中心で政を動かし、後藤家や荒川家の力を削ぐか」
「大殿の求心力にも大きな影響があります」
「親父の?」
「大殿は、今回の今川侵攻に何の手立ても打てませんでした。西三河や東尾張の国衆から見れば、大殿が頼りにならないと映った筈です」
なるほど。
和睦一つで、親父の動きを封じ、西条吉良を攻略することで影響力にもケチを付けた。
小豆坂の戦い以降、良い所なしだ。
親父も終わったと思う輩も増える訳か。
俺は定季に信光叔父上宛の手紙を書かせた。
今川家は安祥城を諦めておらず、今年の内にもう一度攻めてくるので、信広兄上に用心を促すようにとの手紙だ。
史実通りに人質交換が進む方が歴史を読み易いが、史実通りに動くとは限らないのでどっちでもよい。
駿河、遠江、東三河は平地が少なく、石高も少ない。
だから、手紙には、三河を今川に譲って尾張の石高を上げる方に尽力すると効率が良いとも書かせた。
そして、三河武士を従わせるのは難しく、厄介ごとを今川家に押し付けてしまえとも。
「こんな感じで宜しいでしょうか」
定季が本来の仕事である右筆として書いた手紙を見せてくれた。
俺が言ったキツい言い方ではなく、やんわりとした文章だった。
それを楓に渡した。
楓の足なら半刻も掛けずに、末森の信光叔父上の部屋まで届けてくれる。
因みに、末森城が今年の夏に完成し、麓の仮屋敷から山の上の本丸屋敷に作業場が移った。
奥屋敷に土田御前をはじめとする側室や弟や妹らも移ったらしい。
また、去年まで城下に何もなかったが、ちらほらと家が建って町ができはじめていた。
戦が終わると稲刈りだ。
熱田、那古野、津島の一部が大豊作と大騒ぎをしている。
俺からすると平年並みだ。
天白川から長根村までの水路は完成しておらず、中根村方面の水田化は先の話だ。
水路と言えば、天白川と平行して走る三本の水路が完成した。
竹林で隠している水車小屋群だ。
今年中に水車が建つと、小麦、米、粟、稗などの穀物と、石灰、硝石などの鉱石を粉砕する過程を水車でできるようになる。
当然、人力で臼を回して粉砕する手間が省ける。
水車が稼働すれば、織田弾正忠家の直轄地と譜代の家臣の領地に配る堆肥に使用する石灰の粉砕も賄える。
来年はすべての堆肥小屋に石灰を配布でき、再来年は織田弾正忠家の家臣すべてが堆肥が使える。
しかし、尾張中に堆肥を配るとなると、水車が足りず、土岐川 (庄内川)にも水車群が必要になる。
俺は土岐川護岸工事の工程表を眺めながら、どこに水車群を置くかを考えた。
加えて、湿地帯の新田を考える。
当然だが最初から水田とする。
石高が上がれば、皆のやる気も上がる。
護岸壁の一部だけでも完成させ、その内側の新田を稼働させたい。
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