魯坊人外伝~魯坊丸日記~

牛一/冬星明

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第二章 魯坊丸と楽しい仲間達

六十八夜 後奈良天皇の介入

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〔天文十八年 (一五四九年)六月から七月はじめ〕
親父が公方様に献金によって吉良義安を三河守護にする計画が頓挫した。
去年 (天文十七年)、三好長慶は管領細川晴元に三好政長親子の追討例令を求めたが却下され、晴元を見限って、敵対していた細川氏綱陣営に鞍替えした。
その後、長慶と政長との争いが激化し、今年に入ると摂津の国衆が長慶を味方する事態となってしまった。
摂津守護でもある晴元が国人から見限られたのだ。
三月、政長が居城である摂津榎並えなみ城を失った。
四月初め、晴元は六角-定頼の協力を得て援軍を送ったが、到着間近に江口えぐち城が落城し、六月二十四日に『江口の戦い』で晴元方の敗北が決まった。
七月、管領晴元は長慶が兵を率いて京に攻め上がってくるか戦々恐々としているという。
つまり、幕府は後が無くなり、三河守護などに構っていられない状況へ追い詰められていた。
義安が三河守護となれば、侵攻する今川義元を追い出す大義名分となる。
頭の固い三河衆に公方様の錦の御旗で今川へ叛旗を翻し、現状を打開できると踏んでいたが、その目論みが消えた。

そんな目論みが泡と消えたところに、権中納言の四辻よつつじ-季遠すえとうが親父のいる末森にやっていた。
七月二日、帝 (後奈良天皇)が今川義元より願いを聞いて織田家との和睦の使者として、四辻季遠を送ってきたのだ。
 朝廷の威光を借りていた親父として、これは断れない。 
 織田家と今川家の和睦が決まった。

「やはり今川義元は手強いな」
「ここで朝廷を使って和議を申し出てくるとは考えませんでした」
「俺もだ」
「今川は三河攻略に手間取っているのでしょうか?」
「違うぞ。織田家を油断させる為だ」
「油断ですか?」

 千代女が首を少し捻った。
 朝廷を動かすには、それなりの献金が必要だ。
 千代女が今川家の内情が苦しかったのかと疑問に思ったように、末森の家老や重臣も同じことを考えるだろう。
 それが今川義元の狙いだ。
 春の安祥城を攻めた直後から朝廷に働き掛けをしていたと考えられる。
 織田家を油断させて、不意を突いて、この秋以降に攻める布石だ。
今川義元、蝮殿 (斎藤利政)と同じで芸が細かい。
俺は史実の竹千代と織田信宏の人質交換を知っているから、今川家が安祥城の信広兄上を狙うのを諦めていないと断言できるが、そんな史実を知らない末森の家老らは三河を平定するのに手間取っていると勘違いをする。
親父はどう考えているのだろうか?
怪しいと感じても、織田方に緩む空気をどうすることもできない。
自ら朝廷を使って和睦を為したのに、それを半年も待たずに自ら破るという禁忌を犯す。
帝を戦略の駒としか考えない。
冷徹にして、合理的な戦略家だ。
そう言えば、『今川いまがわ仮名目録かなもくろく』は幕府が持っていた土地争い、売買、貸借、相続など幅広い分野にわたる裁判権が守護に移行したことを示す表明であった。
元々、鎌倉幕府が守護の増長するのを恐れて、『守護不入しゅごふにゅう』という特定の地域、つまり、寺や神社や帝などの荘園への介入を禁止していた。
しかし、それでは一国に何人もの統治者がいることになる。
義元の父である今川いまがわ-氏親うじちかはそれを否定し、幕府の裁定より守護の裁定が優先すると宣言した。
そんな父を持つ義元は、帝も公方様も駿河・遠江・三河を統治する為の駒に過ぎない。
親父のように帝を敬う気持ちなど持ち合わせていない。
 だが、念の為に信光叔父上を通じて罠だと伝えておこう。
 俺の戯言に聞こえるだろうな。
 だが、その直後に千代女が付け加えた。
 
「大殿より、権中納言様を熱田でおもてなししろとの御命令です」
「また、俺か」
「権中納言様が熱田の御見学を望まれたそうです」
「迎賓館は使えるか?」
竣工式しゅんこうしきはまだですが、八割完成しており、調度品を本日中に入れれば、明日の夕刻には使えます」
「千代、悪いが手配してきてくれ」
「畏まりました」
 
 俺の命を受けて千代女が熱田に向かった。
 朝食を終えると、俺は予定通りに城と中根村の視察に出発した。
 昼から明日の仕事を済ませ、明日は午前中に熱田に行かねばならない。
 糞ぉ、どうして俺の予定を狂わせるんだ。
 東の屋敷に向かうと、大きな声で楓が屋敷の荷物を運ばせる指示を出していた。

「その荷物は倉庫に入れておけ」
 
東屋形は小姓のような右筆候補者の勉強小屋を取り壊した後に建てた館である。
教科書作りが終わると、生徒らは教科書を元に理科の実験などを始めた。
間違って火事でも起こされたら大変という理由で、城と中根村の中間の実験小屋の近くに小屋を建てて移転させた。
 跡地に建てた屋敷は三ヵ月前に望月衆の拠点とした…………が、今は撤去に大忙しだ。
楓が俺に気づいて振り返った。

「若様。こちらなら問題ないよ」
「そうか」
「折角の拠点を譲らせて悪かったな」
「私は全然使ってないから問題なし。私の居場所は若様の隣の侍女部屋だし」
「楓ちゃんは自分の荷物を運ぶのが面倒なだけです」
「紅葉、それを言っちゃおしめいよ」
「知りません」

 さくらが情けない声で嘆きながら荷物を抱えて屋敷から出来てきていた。

「私の城が…………」
「さくら、まだ嘆いているのか?」
「だって、私の城が無くなるのですよ」
「まだ言っているのか」
「楓には関係ありません」
「さくらちゃん、諦めよう。もう新しい拠点の築造がはじまっているし。来年には新しい拠点ができますよ」
「若様の書庫が紅葉の部屋のようなものだから、そんなことが言えるのです」
「半分・・・・・・・・・そうですが」
「この訓練場には我々の血と汗が染みついています」
「さくらちゃん。その部屋で何日ほど泊まりましたか。私はこの三ヶ月で片手も使っていませんよ」
「自分の城があるのとないのは違うのです」
「さくらの感傷はどうでもいいけど。明日は黒鍬衆に引き渡しですから、今日中に終わらせないと、千代女様に叱られるぞ」
「楓の意地悪」
 
 俺はさくらに声を掛けるのを止めた。
二ヵ月前に大規模な配置換えを指示し、初期の黒鍬衆は解体された。
すでに、それぞれが鍬衆を率いて各所へ散った。
 黒鍬衆が使っていた拠点は第一鍬衆と第二鍬衆の拠点となり、中根北城の北部の訓練場の建設を指揮する。
 行き場がなくなった新生の黒鍬衆は天白川の護岸工事の実習をさせているが、いつまでも戦闘訓練を中断しておく訳にもいかない。
 そこで望月衆の拠点を千代女から譲ってもらって、黒鍬衆屋敷とした。
 望月衆には、城の南側に新たな屋敷を建設する。
 千代女曰く、この屋敷が遠いので不便だそうだ。
 新しい屋敷は俺の部屋の前の廊下を延長し、城壁を壊して出入りを作る。
 よって、俺の部屋まで一 (現代の三ぷん)と掛からない近さとなる。
 その話の序でに、外郭の外側に外壁を建てる話となった。
 西洋式の巨大なレンガを積んだ外壁で中根南城を強化することが決まった。
 完成した中根南城は、那古野城に負けないほど強固な城になる。
キャメロット城のような石の城壁で囲まれた城が現れると滅茶苦茶に目出つ。
末森城より立派な城になるのは拙いので、外壁にはボロ板を張って安普請に見せることになった。
 念の為に言うが、大曲輪の外側に城壁を建てようと言ったのは俺じゃない。
 こういう派手なことをいうのは俺だと勘違いされるから、敢えて付け加えておく。
 護岸工事などで自信を付けた家臣らの意見だ。

「若様。さくらは無視して次に行きましょう」
「紅葉はいいのか?」
「我々は侍女として、若様のお隣の部屋を頂いております。下の者も別に部屋を頂いており、寝起きに支障はありません」
「訓練場は必要だろう」
「若様の部屋前のお庭で十分です」
「そうか」
「さくらは、はじめてもらった一人部屋に未練があるだけです」
 
 千代女が構わないと言ったが、さくらには悪いことをした。

 翌日の昼、末森から移動してきた四辻季遠を熱田神宮で出迎えた。
 まず、帝の無病息災を祈った健康祈願を行った。
 四辻季遠は今川贔屓の公家であり、今川義元、太原雪斎とも交友があり、漢詩会を催しているそうだ。
 残念ながら、俺に漢詩の才はない。
 夕刻に迎賓館に移ると、皆を呼んで宴を開いた。
 甲斐の国にも度々訪れており、武田家の家督相続では三条西さんじょうにし-実枝さねきと帝の綸旨を届けたとべらべらと聞かれていないのにしゃべってくれた。
 熱田の特級酒の力かも知れない。
 翌朝、駿河の今川義元に和睦がなったことを知らせる為に船に乗って出航した。
 帰りも熱田に寄ると、余計な一言がなければ最高だったのに。
もう一度、接待するのか・・・・・・・・・ぶつぶつ。

あとがき

あまり語られませんが、天文18年7月2日に後奈良天皇の使者として四辻季遠を遣わしたそうです。
今川家から朝廷を使って和睦しながら、冬に安祥城を攻めました。
もしかすると、安祥城の織田信広は今川家と和睦したので油断していたのかも知れませんね。
つまり、春に安祥城を攻め、夏に朝廷の仲介で織田・今川の和睦、冬に安祥城をまた攻めた訳です。
今川義元は芸が細かいです。
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