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第29話
しおりを挟む第29話 夢の檻
――世界が、溶けた。
光と闇が混ざり合い、現実の輪郭が崩れていく。
建物が歪み、空が裏返り、重力がねじれる。
音も温度も失われ、代わりに“思考”そのものが空気になって漂っていた。
エリスは気づいた時、
果てのない“白の世界”に立っていた。
「……ここは……?」
目の前には見慣れた街――アマギ。
だが、それは幻。
どこを見ても“懐かしいはずの過去”が、まるで絵のように静止している。
リィナの姿はどこにもなかった。
代わりに、遠くから子どもの笑い声が聞こえる。
ふと振り返ると、そこに小さな少女が立っていた。
金の髪に淡い瞳。
――幼い頃の、自分。
「……エリス?」
少女は首を傾げ、微笑んだ。
「あなたは、“未来の私”?」
エリスは息を呑んだ。
この空間――ここは彼女自身の心の檻だ。
ルゼアが作り出した“無意識の迷宮”。
恐怖と記憶が具現化し、心を閉じ込める場所。
「ルゼア……あなたの仕業ね」
空を見上げ、名を呼ぶ。
空気が震え、遠くから声が返る。
――『ここは、お前たちの“真実”だ。
人は誰しも、夢の中で自分を作り直す。
創造とは、無意識の連鎖――その最奥に私はいる。』
その声は優しく、それでいて絶対的だった。
⸻
エリスは歩き出す。
景色が変わり、過去の断片が次々と現れる。
かつて神々と戦った戦場。
倒れた仲間たち。
蓮が消えた瞬間。
そのすべてが、
まるで“永遠の夢”のように繰り返し映し出されていた。
「こんなもの……見せて何になるの?」
――『自分を理解するためだ。
お前の“創造”は、まだ未完成。
お前は恐れている――“終わり”を。』
「……終わり?」
――『蓮を失ったあの日から、お前は“永遠の創造”を願った。
だが永遠は、停滞だ。
お前が恐れるのは破壊ではなく、“完成”だ。』
エリスは息を詰めた。
その言葉は、図星だった。
自分が創造を続けるのは、
“終わらせたくない”という執着からだったのかもしれない。
「……それでもいい。
私は創り続ける。止まれば、何も守れないから」
――『違う。“守るために創る”のではない。
“存在を確かめるために創る”――
それが、お前たち創造者の傲慢だ。』
その声とともに、空が割れた。
黒い雲の中から、ルゼアの姿が現れる。
白衣は風に揺れ、瞳は蒼く光る。
「……ルゼア……」
「ようやく来たな、創造の女王」
彼は穏やかな笑みを浮かべ、手を差し伸べる。
「この夢を受け入れろ。
お前の“恐れ”を消し、純粋な創造へと導いてやる」
「それは、“私でない世界”を創ることになるわ」
エリスは一歩下がり、瞳を光らせた。
「私は不完全なままでいい。
恐れて、迷って、それでも創りたい――
それが“人間の創造”よ!」
ルゼアの微笑が消える。
周囲の空間が激しく歪み、
現実が波のように崩れ始めた。
「ならば証明してみせろ!」
彼が腕を広げると、世界が暗転した。
⸻
次の瞬間、エリスの前に“蓮”が現れた。
優しい笑顔。
あの日と同じ姿。
「……蓮……?」
涙があふれそうになる。
だが、すぐに気づいた。
この“蓮”は、ルゼアが作った幻。
「……あなたまで使うなんて、最低ね」
幻の蓮が微笑む。
「それでもいいじゃないか。
君の心が望んだなら、僕は本物だ」
「違う。
本物は、私の中にいる。
あなたはただの夢。――もう消えて」
エリスが手をかざすと、
蓮の姿が光に溶けて消えた。
その光が彼女の胸に戻り、再び鼓動が強まる。
エリスの瞳が燃える。
「――夢に屈しない。“現実を創る”!」
光が爆発した。
純白の創造陣が広がり、夢の世界そのものを上書きしていく。
ルゼアが目を見開く。
「この力……これは“共有創造”の極限……!?」
「あなたが夢を使うなら、私は“共鳴”で抗う!」
エリスの声が世界に響く。
「――創造連環、第三解放・光心(コード・ルミエール)!」
彼女の全身から光が溢れ、
白の世界が金と蒼の輝きに包まれた。
夢の檻が崩れ、現実の空が見える。
ルゼアは光の中で立ち尽くし、静かに笑った。
「……なるほど。
お前が“恐れ”を受け入れた時、創造は完成するのか……」
エリスは息を整え、彼を見据えた。
「あなたも人間よ。
夢を作るのが怖いなら、誰かと共に創ればいい」
ルゼアの瞳に、一瞬だけ“人の光”が宿る。
「……その言葉、覚えておこう」
そう言い残し、彼の身体は霧のように消えた。
⸻
静寂。
ヴェルダの街が元の形を取り戻していく。
リィナが瓦礫の向こうから走ってきた。
「エリス! 生きてるか!?」
エリスは微笑み、頷いた。
「ええ。――夢から、戻ってきたわ」
リィナが息を吐く。
「まったく、あんたって奴は……。
けど、よくやったな」
エリスは空を見上げた。
そこには、もう“夢の稲妻”はない。
ただ、美しい朝の光が広がっていた。
「……ルゼア。
あなたはきっと、またどこかで創ってるわね」
胸に手を当て、エリスは呟く。
「――そして私も、また創り続ける」
太陽が昇り、
“夢と現実の境界”が、静かに溶けていった。
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