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第35話
しおりを挟む第35話 虚数の創造者
――創造の光が世界を包んで、七日が過ぎた。
アマギの街は穏やかに息づいていた。
人々は夢を現実に、現実を夢に変える新しい日常を生きている。
農夫は夢で見た種を育て、
芸術家は現実で描いた光景を夢に映して磨き上げる。
“創造が文化となった時代”――
それが、第五階層「現夢(リアリア)」の始まりだった。
エリスは丘の上に立ち、
淡く光る大気の流れを見つめていた。
「……やっと、世界が落ち着いたのね」
隣に立つリィナが肩をすくめる。
「落ち着いたって言っても、まだ仕事山ほどあるけどな。
“創造暴走防止法”とか、“夢責任条約”とかさ」
「ふふっ、現実的ね」
エリスは微笑んだ。
「でも、それでいいの。
理想だけの世界なんて、きっと息が詰まるわ」
そんな穏やかな空気の中――
空が、一瞬、歪んだ。
視界の端に、金色と紫の光が反転する。
それはほんの一瞬だった。
しかし、エリスの背筋に冷たい感覚が走る。
「……今の、感じた?」
リィナが眉をひそめた。
「ん? いや、何も。――どうした?」
エリスは答えなかった。
ただ、遠くの空を見つめた。
そこには“裂け目”のような影が、ほんの僅かに残っていた。
⸻
同時刻、創造連盟の観測局。
ゼオルが記録装置の前で目を見開いた。
「……数値が……おかしい?」
助手が駆け寄る。
「何が起きているんですか?」
「第零階層――イデアの残滓が……動いている。
いや、正確には“逆流”している!」
記録装置の光が反転し、
創造素の値が“虚数”を示し始める。
「虚数領域……? そんなはずは……」
だが数値は上昇を続けた。
まるで“記録されなかった創造”が、
どこかで形を取り始めているかのように。
⸻
夜。
エリスのもとに緊急通信が入る。
映像の中で、ゼオルが険しい顔をしていた。
「エリス、すぐに本部へ来てくれ。
“虚数の反応”が想界の縁に出ている。
お前が使った“記生(アーカ・ジェネシス)”の波形と酷似しているんだ。」
「……それはつまり、私の創造の“影”ってこと?」
「かもしれん。
イデアを消した時、完全には消滅していなかった。
あの存在の記録――“虚数化した創造素”が残っていたんだ。
それが今、形を取り始めている」
エリスは静かに息を吸った。
「……行くわ」
⸻
想界境界域――「虚光海」。
そこは、創造と観測の余白。
エリスが一度も踏み込んだことのない“未定義領域”だった。
空も地も存在しない。
ただ、無限の光と影が漂い、
現実ではありえない“虚数構造”が波打っている。
エリスは創造陣を展開し、周囲のエネルギーを観測する。
「……この波形……生きてる?」
その時、背後から声がした。
「――ようやく、見つけた」
振り向く。
そこに立っていたのは――エリス自身。
髪も瞳も同じ。
だが、その色だけが異なる。
彼女の瞳は“虚数の光”――金と紫の反転色に輝いていた。
「……あなた、誰?」
もう一人の“エリス”が微笑む。
「私は、“虚数の創造者”。
あなたが拒んだ“確定”の世界から生まれた、もう一つのあなた。」
「……私の、裏側……」
「そう。
あなたが“記録を拒んだ”瞬間、
記録の方が自分を創り出した。
私は“止まるための創造”――
あなたの“動くための創造”の反対側にいる。」
虚数エリスが指を鳴らすと、
空間が反転し、現実世界の風景が無限に複製されていく。
それは過去、未来、可能性――
すべての“確定しなかった世界”が形を取り始めたのだ。
「やめて……! それを形にしたら、世界が崩壊する!」
「崩壊じゃないわ。定着よ。
あなたたちは変化を愛するけれど、
それは永遠に“満たされない苦しみ”を生む。
私が創るのは、“終わりのない安定”。
――完璧な、停止の世界。」
エリスの瞳に怒りが宿る。
「それは、創造の死よ!」
「違うわ。
それは“永遠の存在”。
あなたが歩き続ける世界に、終わりを与えるのが私の役割。」
その瞬間、虚数エリスの背に無数の翼が広がる。
色は黒く、しかし美しい。
まるで夜空そのものが形を取ったようだった。
「さあ、エリス。
創造の証明を続けるあなたと、
停止の楽園を築く私。
――どちらが“正しい創造”か、決めましょう。」
光と闇がぶつかり、
想界が音を失う。
金と紫の波が衝突し、
“現夢時代”の空が裂けた。
⸻
アマギ本部。
ゼオルが絶叫した。
「虚数波、臨界突破! 想界の構造が反転している!」
リィナが歯を食いしばる。
「エリス、絶対に帰ってこいよ……!」
⸻
光の渦の中、
二人のエリスが対峙する。
ひとりは“歩み続ける創造”。
もうひとりは“終わりを望む創造”。
互いの瞳に、自分自身の影が映る。
「あなたを消すために、私はここまで来たんじゃない。
でも、放っておけない。
この世界は、進み続けるためにある!」
「……進み続けることが、いつも正しいとは限らないわ」
「それでも――止まらない!」
光が弾ける。
創造と停止。
希望と虚無。
その衝突が、世界の“次の進化”を呼び覚ます。
それが、
**“創造の臨界点”**と呼ばれる瞬間の始まりだった。
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