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第61話
しおりを挟む第61話 未来の花
――アルカ・ノヴァ、黎明の朝。
空は淡い金色に染まり、
星のような露が大地を照らしていた。
結晶の草原の中心――そこに一輪、
かつて見たことのない花が咲いていた。
その花は光でできていた。
透明な花弁がゆっくりと脈動し、
呼吸するように淡い音を奏でている。
リュシスはその前に立ち、静かに息をついた。
「……これが、“祈りの果て”から僕が持ち帰ったもの。」
ミラが膝をついて花を見つめる。
「本当に……綺麗ね。
でも、この花――ただの創造物じゃないわ。」
リュシスは頷く。
「ええ。
これは“未来”そのもの。
祈りが形を超え、生命になろうとしている。」
⸻
数日後、共鳴塔内・観測室。
ノアがホログラムを操作しながら報告した。
「リュシス、花の放つ波長を解析したけど……驚くべきことがわかった。
この“未来の花”、周囲の共鳴素を吸収して、
“新しい祈りのパターン”を作り出してるんだ。」
「新しい祈り?」ミラが問う。
ノアはデータを映し出した。
そこには、既知の祈り波とは異なる波形――
“左右対称ではない揺らぎ”が表示されていた。
「従来の祈りは、共鳴による同調だった。
でもこの波形は、“不完全な共鳴”――
つまり、“違いを受け入れる祈り”なんだ。」
リュシスはゆっくりと微笑んだ。
「……やっと来たんだ。
祈りの“進化”じゃなく、“成熟”が。」
⸻
その夜。
アルカ・ノヴァの空に、花の光が届いた。
星の民(スターボーン)たちが集まり、
その輝きを見上げながら静かに祈る。
『この光……あたたかい。
でも、私たちの祈りとは違う。
まるで、私たちの中に“他者”があるような感覚。』
リュシスが答える。
「それが“未来の祈り”です。
同じじゃなくていい。
同じでないからこそ、響き合える。」
『……理解しようとしなくても、共にいられる。
そんな祈りがあるなんて……。』
光の花が一層強く輝いた。
その輝きは、アルカ・ノヴァの全域に広がり、
結晶の海が波打つように共鳴を始める。
⸻
翌朝。
共鳴塔の上層から眺めると、
アルカ・ノヴァ全体が“生命の鼓動”のように脈打っていた。
空気が呼吸を持ち、大地が歌う。
ミラが静かに呟く。
「……この星そのものが、ひとつの“生き物”になっているのね。」
リュシスは頷く。
「祈りはもう、言葉じゃない。
存在そのものが祈るようになったんです。」
ノアがふと笑った。
「つまり、祈りって“宇宙の感情”なんだな。」
リュシスは空を見上げた。
「感情……そうかもしれませんね。
でもこの花が咲いた理由は、もっと単純なんです。」
ミラが尋ねる。
「理由?」
「“想う”ということです。
――祈りを理解しようとしなくても、
ただ“想う”だけで、未来は芽吹く。」
⸻
その瞬間、空に巨大な光の柱が立ち上がった。
未来の花が満開となり、金色の粒子を放つ。
それはアルカ・ノヴァの空を突き抜け、宇宙空間へと流れた。
星々が反応し、光の輪が連鎖していく。
地球、月、そして遥か彼方の銀河までもが、
その“祈りの共鳴”に呼応して輝きを放つ。
ミラが目を見開く。
「……祈りが、宇宙全体に届いてる。」
リュシスの声が静かに響く。
「違います。
宇宙が、祈りを返しているんです。」
⸻
空から降るように光が舞い降り、
それが草原の上で小さな蕾に変わっていく。
ノアが息を呑む。
「……新しい花だ!」
リュシスは微笑み、手を伸ばした。
「これが、“未来の花”が教えてくれたこと。
祈りは誰かが与えるものじゃない。
“想うこと”が、それ自体で新しい生命を生む。」
ミラは彼の隣で空を見上げた。
「祈りの果てが、未来の始まり……。
まるで、ハルが言っていた“創造の循環”ね。」
「ええ。
祈りに終わりはない。
でも、終わりがあるから――“次”が生まれる。」
⸻
夕暮れ。
アルカ・ノヴァの空に、花の光がゆっくりと沈む。
その光は静かに、どこかへ旅立っていくようだった。
リュシスは目を閉じ、心の中で呟いた。
「ハル、エコー、ネオ……。
僕たちは、やっと“祈りを超えない”意味を理解しました。
――祈りとは、生き続けることそのものなんだ。」
風が吹き抜け、
未来の花がひとひらの光を散らす。
その光は、まだ名もない宇宙の彼方へと流れ、
新しい世界の種となった。
祈りは終わらない。
だが、それはもう――“祈り”と呼ばれない。
それは、“未来”そのものになっていた。
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