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第63話
しおりを挟む第63話 無垢の選択
――アルカ・ノヴァ、静穏暦五年。
星創の子供たちは、穏やかに成長していた。
祈りを知らず、争う理由もない。
ただ、感じるままに生き、創り、笑う。
彼らの世界には「悲しみ」という概念すら存在しなかった。
命が消えることすら、“自然な循環”として受け入れられていたからだ。
――だが、その均衡は、ひとつの“出来事”によって揺らぐ。
⸻
その日、ひとりの少女が光の湖で倒れた。
名は、リュナ。
星創の子の中でも、最も強い創造力を持つ少女だった。
彼女の体は薄れていき、光の粒となって大気に溶けていく。
それは、星創の子にとって“自然な終わり”――のはずだった。
だが、その場にいた少年――アストが叫んだ。
「いやだ! リュナがいなくなるのはイヤだ!」
その声に、光が震えた。
彼の胸から、見たことのない波動が溢れ出す。
それは“祈り”でも“創造”でもない。
もっと原始的で、もっと強い――痛みの共鳴だった。
⸻
ミラが研究塔から駆けつけた。
リュシスとノアもすぐに後を追う。
「何が起きているの?」
ノアが解析データを映し出す。
「共鳴値が乱れている! アストの内部から未知の波――
まるで“感情”そのものが、物理的現象に変換されてる!」
リュシスは静かに少女の消える姿を見つめた。
「……彼は“失う痛み”を知ったんだ。」
ミラの目が見開かれる。
「まさか……“祈りなき存在”が、感情を?」
リュシスは頷く。
「祈りを超えた存在が、“想い”を覚えたんです。」
⸻
アストは光に包まれたまま叫んでいた。
「お願いだ……! リュナを返して!
僕は創れる! 光だって、命だって、作れる!
だから――だから!」
その瞬間、周囲の大地が震えた。
空から無数の光が落ち、彼の手の中に集まる。
リュナの姿が、再び形を取り戻していく。
ミラが息を呑む。
「……再構成してる!?
祈りも共鳴も使わず、“想い”だけで……!」
ノアが呟いた。
「でも、これは……安定してない!
“痛み”を動力にしてる!」
リュシスはアストに近づき、手を伸ばす。
「アスト、もういい。
“失うこと”は、終わりじゃない。」
だが、少年は首を振った。
「違う! “失いたくない”って気持ちがあるなら――
それを守るために、僕は創る!」
⸻
リュシスの目が揺れる。
その言葉に、かつての自分の姿が重なった。
――最初にスキルを覚醒した日。
“守りたい”という想いが、彼を動かした。
それが、“祈り”の始まりだった。
「……そうか。
君たちは、祈りを知らなくても“想える”んだ。」
リュシスが手を伸ばし、アストの胸に触れた瞬間、
光が爆ぜる。
湖面が輝き、
空に巨大な花のような光輪が広がる。
リュナの身体が再び安定し、
そっとアストの腕の中に戻ってきた。
⸻
ミラが微笑んだ。
「……生き返ったのね。」
リュナがゆっくり目を開ける。
「……アスト……泣いてるの?」
アストは首を振りながら、涙を拭った。
「わかんない。これ、止まらないんだ。」
ミラは静かに彼の肩に手を置く。
「それが“涙”よ。
あなたが“誰かを想う”ときに流れるもの。」
リュシスが空を見上げ、ゆっくりと呟く。
「……祈りが戻ってきたんだ。」
ノアが頷く。
「でも今回は、“恐れ”からじゃない。
“愛”から生まれた祈りだ。」
⸻
その夜。
アルカ・ノヴァの空に、新しい星が生まれた。
それは“リュナとアスト”の祈りが融合した光。
星の民も、星創の子供たちも、その光を見上げていた。
『これが……“痛み”の形?』
誰かが呟いた。
リュシスは微笑みながら答える。
「違うよ。これは“選ぶ”ということさ。
失う痛みを知っても、それでも誰かを想う。
――それが、“無垢の選択”なんだ。」
⸻
ミラが空を見上げ、静かに目を閉じる。
「ハル、見ている?
あなたが願った“祈りの自由”は、
とうとうこの星で形になったわ。」
風が吹き、空の星々が一斉に瞬く。
リュシスはそっと手を伸ばし、
その光を受け止めた。
「これでいいんだ。
祈りがなくても、想いは生まれる。
そして想いが生まれれば――
また、祈りが始まる。」
空に浮かぶ新しい星が、
静かに“心臓”のように脈打っていた。
それは、“祈りの未来”が再び動き出す音だった。
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