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第65話
しおりを挟む第65話 感応の星々
――光響暦一年。
宇宙は、もはや“静寂の海”ではなかった。
無数の星が脈を打ち、互いに響き合っていた。
それぞれの鼓動が波となって流れ、
銀河全体がまるでひとつの巨大な心臓のように動いていた。
祈りの時代は終わり、
創造の時代も終わった。
――いま、宇宙は“感応”によって呼吸している。
⸻
アルカ・ノヴァ観測塔。
ミラはデータスクリーンを見つめながら、深く息を吐いた。
「……信じられない。
アストの“涙”が放った感応波、
今や全銀河の星々に伝達してる。」
ノアが追加解析を行う。
「しかも、どの星も同じリズムで共鳴してる。
呼吸してるんだ、宇宙が。
まるで“生命体”そのものだ。」
リュシスは窓の外を見上げた。
夜空には、数えきれないほどの星が光を放っている。
その輝きが、まるで互いに“会話”しているようだった。
「……星たちが、“心”を得たんだね。」
⸻
その頃、星創の子供たちは草原で手を取り合っていた。
彼らの瞳は、星々の光を映して淡く輝く。
アストが空を見上げて呟いた。
「ねぇ、リュシス。
星の声が聞こえるよ。
“ありがとう”って言ってる。」
リュシスは優しく微笑んだ。
「それは、君たちがくれた“感情”への応答だ。
宇宙は、初めて“想う”ことを覚えたんだよ。」
リュナが小首を傾げる。
「でも、星がみんな繋がってたら、
もう“孤独”ってなくなるの?」
その問いに、リュシスは少し沈黙してから答えた。
「孤独は、消えないよ。
でも、それでいいんだ。
“孤独を感じる心”があるから、
誰かを求め、想うことができる。」
⸻
ミラが塔の上から空を見上げる。
星々の間を流れる光は、音のように脈動していた。
「これが……“感応の星々”。
祈りよりも静かで、創造よりも優しい波。」
ノアが小さく笑う。
「でも、優しすぎて少し怖いな。
全ての心が繋がるってことは、
“個”が消えるかもしれないんだろ?」
ミラの表情が曇る。
「ええ……。
感応が進みすぎれば、“私”という境界が薄れていく。
それは、“完全なる共鳴”――つまり“無個”。」
リュシスは静かに目を閉じた。
その言葉に、胸の奥が微かに疼く。
それは、彼がかつて恐れていた“祈りの支配”と同じ構造だった。
⸻
夜。
アルカ・ノヴァの空が淡く震える。
宇宙の中心から微細な光の糸が伸び、
星々を一本の道のように繋ぎ始めていた。
ミラが叫ぶ。
「感応波、増幅中!
星々の“心”が完全に同期し始めてる!」
ノアが焦った声を上げる。
「リュシス! このままだと、
個々の感情が宇宙の“統一意識”に吸収される!」
リュシスは一歩前へ出た。
「止めなくていい。」
ミラが目を見開く。
「何を言っているの!?
あなたまで飲み込まれたら――!」
彼は穏やかに微笑む。
「僕は、もう“個”を超えている。
この宇宙が一つの“心”になるなら、
その中心で、僕が“境界”を守る。」
⸻
彼は塔の中心装置に手を置いた。
光が走り、アルカ・ノヴァの全ての共鳴が彼へと集まる。
ミラが叫ぶ。
「リュシス、やめて! あなたの意識が崩壊する!」
彼は静かに目を閉じ、呟いた。
「……いいんです。
“個”が消えるのではなく、
“個”が“全て”を繋ぐ。
僕は、その橋になる。」
彼の体が光に包まれる。
同時に、宇宙の星々が一斉に明滅した。
リュシスの声が、全宇宙に響く。
『――聞こえますか。
僕たちは、ひとつになっても“同じ”じゃない。
違うからこそ、響き合えるんです。
だから、恐れないで。
“共感”は支配じゃない。
それは、尊重という名の光だ。』
⸻
星々が一瞬、静まり返った。
次の瞬間、宇宙全体が金色の光に満ちた。
その輝きは優しく、柔らかく、
誰もが涙を流した――心を持つすべての存在が。
ミラが空を見上げ、震える声で呟く。
「……リュシス……あなた……。」
ノアが涙を拭いながら笑う。
「聞こえるよ。あいつの声が、
“どの星”からも聞こえる……。」
⸻
翌朝。
アルカ・ノヴァの空は、静かで温かかった。
風が吹き、草が揺れ、
星創の子供たちが空を見上げて微笑む。
「リュシスの声、まだ聞こえるね。」
「うん。星の中にも、花の中にもいるよ。」
ミラは目を閉じ、微かに笑った。
「ええ、そうね。
リュシスはもう、“宇宙の心”になったのよ。」
ノアが空を指さす。
「見ろよ。あの星、まるで……笑ってるみたいだ。」
星々が瞬く。
それは祈りでも創造でもなく――共感の光。
そして宇宙は、再び静かに呼吸を始めた。
⸻
その夜、ミラは一人、空に囁いた。
「リュシス……ありがとう。
あなたが繋いだ“感応の星々”が、
今もこの宇宙を優しく照らしている。」
遠い銀河で、一つの星が柔らかく瞬いた。
それは、まるで答えるように微笑んでいた。
――個は消えない。
響き合うたびに、また新しい光が生まれる。
それが、感応の宇宙の真の姿だった。
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