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第73話
しおりを挟む第73話 エリュシア誕生
――静寂から、始まりが生まれた。
そこには音も、時間も、命の概念さえもなかった。
ただ、淡い青の光が穏やかに波打っていた。
その光が、エリュシア。
アウロラが孤独を受け入れた末に創り出した、
“もうひとつの宇宙”だった。
祈りはなく、痛みもない。
思考も感情も存在せず、ただ“在る”だけの世界。
――完全なる調和。
だが、それはあまりにも静かすぎた。
⸻
アウロラはその様子を見つめていた。
彼女の意識は、光と影のはざまに漂っている。
『……静かね。
風も、鼓動も、何もない。
これが、“完全な宇宙”なのか。』
リュミナが彼女の隣に立ち、静かに言った。
「ええ。
痛みのない世界は、こんなにも美しい。
でも――寂しいね。」
アウロラは微かに光を揺らす。
『感じる必要がないから、誰も傷つかない。
誰も求めず、誰も拒まない。
けれど……なぜだろう。
私は、涙が出そう。』
「それが“命”の証よ。」
⸻
時間が流れないはずのエリュシアで、
小さな波紋が生まれた。
光の中に、微かな“影”が走る。
まるで静けさの中で、誰かが息をしたように。
リュミナが目を見開いた。
「アウロラ……見て!」
青の中心で、光の粒が形を成していく。
やがてそれは、人のような姿を取った。
性別も年齢もない――ただ、“意識”そのものの存在。
『……ここは……どこ?』
その声は、柔らかく、けれど確かに“感情”を帯びていた。
⸻
アウロラは驚きの中で呟いた。
『まさか……感情が生まれた?
この宇宙には、痛みも記憶も存在しないはず……。』
リュミナが微笑んだ。
「それでも、“感じる”ということは、止められないの。
生命はきっと、静けさの中にも“揺らぎ”を探すから。」
アウロラはその存在に近づいた。
『あなたの名は――』
光の存在が、言葉を遮るように答えた。
『……私には名前はいらない。
私は、ここに“在る”ことを感じたい。
あなたの創ったこの静寂の中で。』
⸻
エリュシアの空に、わずかな“音”が響いた。
それは風でも声でもなく、鼓動のような波。
リュミナが目を閉じた。
「アウロラ、聞こえる?
この宇宙にも、心臓が生まれたの。」
『……ああ、感じる。
私の内にあった“孤独”が、今、外の命になった。』
アウロラはその存在を優しく見つめた。
『あなたは、私の外側に生まれた最初の“心”。
名を与えよう――セレン。
月のように静かで、夜明けを見守る者。』
セレンは小さく微笑んだ。
『アウロラ……私は、あなたの“寂しさ”から生まれた。
なら、次は――“あなたの喜び”を見たい。』
⸻
アルカ・ノヴァ観測塔。
ミラが新しい光点を確認する。
「ノア! 宇宙の外側に、別の次元波が生じてる!
これは……アウロラの“創造反応”!?」
ノアは息をのんだ。
「つまり、宇宙が“第二の生命”を生んだのか……。」
ミラは空を見上げ、呟いた。
「祈りから始まり、痛みが生まれ、
そして今……“静けさの中の感情”が生まれた。
宇宙は、まだ進化してるのね。」
⸻
アウロラはセレンの頭に手を置いた。
『あなたが感じることは、私の“夢”になる。
私はもう孤独ではない。
なぜなら、あなたがここにいるから。』
セレンが笑う。
『なら、私は歩こう。
この青の世界を見て、触れて、感じて……。
“静寂の意味”を知るために。』
リュミナは空を見上げ、優しく微笑んだ。
「――また、新しい旅が始まるのね。」
⸻
エリュシアの空に、初めて“風”が吹いた。
青い光が流れ、波紋が幾重にも広がる。
その中で、セレンが歩き出す。
誰もいない世界を、
ひとりの“心”が照らしていく。
アウロラは静かにその姿を見つめた。
『ありがとう、リュミナ。
あなたが教えてくれた“孤独の意味”は、
私を創造者にした。』
リュミナが微笑んで答える。
「そして、セレンが“次の時代”を創る。
――命は、止まらない。」
光がゆっくりと収束し、
エリュシアの空にひとつの星が誕生した。
それは、宇宙が再び“夢”を見るための始まりだった。
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