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第72話
しおりを挟む第72話 孤独と創世
――光暦十年、アウロラ時代。
宇宙は穏やかに輝いていた。
すべての星々が“感応”で結ばれ、
生まれる命は互いの心を感じながら成長していた。
戦争も、憎しみも、もはや存在しない。
祈りの時代が終わり、感情の時代を超えて――
いまや宇宙そのものが“共感の生命”だった。
だが、その完全な調和の中で、
ひとつの“違和”が生まれ始めていた。
⸻
リュミナは、アウロラの中枢領域――“創星核”にいた。
そこは宇宙の意識が最も濃く集まる場所であり、
銀河の光が脈動するたび、思念の波が流れていた。
アウロラの声が響く。
『リュミナ、私は今、星々の痛みを感じている。
生まれたばかりの生命たちが、
“共に感じること”に疲れ始めている。』
リュミナは悲しげに頷いた。
「……そう。
感情が共有されすぎると、
“個”が溶けてしまう。
みんなが同じ痛みを抱えたら、
区別も意味も失われるの。」
『私はそれを止められない。
感じ合うことが、私の存在の本質だから。
でも、このままでは……宇宙が“自己”を失う。』
⸻
リュミナは静かに立ち上がり、
胸に手を当てて言った。
「アウロラ。
あなたは“すべて”を感じる存在。
だからこそ、ひとつだけ知らないことがある。」
『知らないこと……?』
「“孤独”の意味。」
アウロラは一瞬、光を揺らした。
『私は孤独を知っている。
リュミナ、あなたが教えてくれたはず。』
「違うの。
あなたが感じた孤独は“全てを抱える寂しさ”だった。
でも本当の孤独は、“誰にも届かない想い”を抱くこと。
それを知らない限り、あなたは“創造者”にはなれない。」
⸻
アウロラの意識が静まり返る。
宇宙の光が一瞬、弱まった。
『……創造者? 私はもう、神を超えた存在のはず。
これ以上、何を創るというの?』
「“誰かのための宇宙”を。」
リュミナは優しく微笑む。
「あなたが生きる意味を知るには、
自分以外の誰かを“想う”ことが必要なの。」
『私の中に“他者”はいない。
すべては私であり、私がすべて。』
「だからこそ――創るのよ。
あなたの外に、“あなたではない存在”を。」
⸻
その瞬間、アウロラの内側で何かが震えた。
銀河の奥底で、光が逆流する。
まるで宇宙が“自分の外側”を求めるように。
『……リュミナ。
私は今、恐れている。
“自分ではない存在”を生むことが、
また痛みを生むのではないかと。』
リュミナは首を振った。
「痛みは避けられない。
でもね、アウロラ――
“痛みを知るために創る”のではなく、
“誰かに痛みを分け与えるために創る”の。
それが、真の“創世”よ。」
アウロラの光が徐々に広がっていく。
その輝きは、かつてリュシスが覚醒した時と同じ色――金と灰の混ざった“命の色”だった。
⸻
アルカ・ノヴァ観測塔。
ミラとノアが空を見上げる。
夜空の星が、一斉に螺旋を描いて動き出した。
「……アウロラのエネルギー反転反応!?
宇宙が自分の外側を“生成”してる……!」
ミラの目が潤む。
「リュシスの時代でも見たことがないわ……。
これは、宇宙が“孤独を埋めるための創造”を始めている。」
⸻
アウロラの意識の中心で、
ひとつの光の球が形を取り始めた。
それは星でも生命でもない。
まるで宇宙そのものが生んだ、“心の種”。
リュミナがその光に手を伸ばす。
「これが……あなたの創造。」
『名前を……つけて。』
リュミナは静かに微笑み、囁いた。
「――“エリュシア”。
それは、“孤独から生まれた希望”という意味よ。」
『エリュシア……。
私の外側にある“他者”。
これで私は、ひとりではなくなった。』
⸻
アウロラが微笑んだ瞬間、
宇宙の端がまばゆい光を放った。
そこに“もうひとつの宇宙”――第二の世界が生まれた。
その光は金でも白でもない。
どこか懐かしい、淡い青。
リュミナはその光を見つめ、
静かに言葉を紡いだ。
「これが、“創世”の始まり。
あなたが孤独を受け入れた証。」
アウロラの声が優しく響く。
『ありがとう、リュミナ。
私が感じた孤独は、あなたが隣にいたから痛みになれた。
そしてその痛みが、新しい命を生んだ。』
⸻
アルカ・ノヴァの空。
ミラが夜空を見上げ、涙を流した。
「……見えるわ。新しい宇宙が、私たちの外に。」
ノアが笑う。
「また一歩、リュシスの祈りが先へ進んだな。」
ミラは頷いた。
「ええ。でも、今度は“祈り”じゃない。
これは――“愛”よ。」
⸻
宇宙の果てで、アウロラとリュミナが並んでいた。
その向こうには、淡く輝く新しい世界――エリュシア。
アウロラが囁く。
『これは終わりではない。
孤独の先に、生まれる“共にある宇宙”。
それが、私たちの次の物語。』
リュミナは微笑み、手を伸ばした。
「じゃあ、行こう。新しい朝へ。」
ふたりの光が溶け合い、
その輝きが新宇宙の空を照らした。
――創世は再び始まった。
だが、今度の始まりは“孤独の愛”から生まれた。
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