おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜

瀬崎由美

文字の大きさ
1 / 47

第一話・オニギリ屋『おにひめ』

しおりを挟む
 大学通りから一本入った市道沿い。学生向けの鉄筋コンクリート造りのマンションが建ち並ぶ中、瓦屋根に焼杉外壁、土壁の塀の和風建築は少しばかり異質さを感じさせる。近所には新しく建て直されてサイディングやモルタル壁の家がほとんどなのに、まるでここだけが百年近く前から時間が止まっているかのような光景だ。

 古びた門を潜り抜け、道路との境界を示すよう玉砂利が敷き詰められた敷地を進み、八神美琴はその古風な屋敷の玄関引き戸へと手を伸ばしかける。

「それではまた、明後日にでも本人を連れて――」

 美琴が触れるよりも早く、中から出て来た人によって開かれた玄関戸は、魔除けの意味合いも込めた杉の木とガラスを組み合わせたもの。先に中の人影に気付いた美琴は、さっと脇に避けて道を譲りつつ、慌ただしく帰っていく客人の顔をすれ違い際に覗き見る。濃いグレーのスーツを着た、少しメタボで垂れ目な男性は額から滴る汗をタオルハンカチで拭いながら、家の中へ向けて何度も頭を下げていった。制服姿の女子高生には目もくれようとしない。
 特にこの男に見覚えは無いが、気に留める必要もない。この家に見慣れぬ客が来ることは珍しくもなんともないのだから。

「あら、美琴。おかえり」
「ただいまー」

 祖母の真知子が客を見送ったついでに出迎えて、家の中から声をかけてくる。真知子は薄縹色 の着物に淡い緑の帯を合わせ、白髪が混じるショートヘアを綺麗に整えて、まるでお茶かお華の先生のような上品な装いだ。72歳という年齢の割にはぴんと伸びた背筋で、美琴より頭一つ小柄なのに貫禄すら漂わせている。

「ちょうど良い、さっきのお客さんが持って来てくれた菓子折りで一緒にお茶にしようか。箱の大きさから、きっとカステラだろうね。ほら、鞄置いて、手を洗っておいで」

 機嫌がよさそうな祖母の言葉へ、「はーい」と素直に返事すると、美琴は玄関を上がり、奥にある自室へと廊下を進んでいく。木造の平屋造りのこの屋敷は八神家の当主である祖母の持ち家だ。先代であったはずの祖父のことは、仏間に飾ってある遺影でしか顔は知らない。美琴が生まれるずっと前に亡くなっているからだ。
 祖父だけじゃない、美琴は自分の両親の顔もいまいちよく覚えてはいない。物心がつくかどうかという幼い頃、旅先で落石に巻き込まれてしまったという二人のことは、アルバムの中の表情でしか思い出せない。

 部屋着に着替え、髪を無造作にシュシュでまとめ終えると、美琴はさっきの客が持って来たという手土産の相伴に預かるべく、居間へと顔を出す。八畳間に置かれた座卓の上には、すでに包装紙を剥かれて蓋を開けられた菓子折りが一箱。中身は祖母の予想は大外れだったようで、十個のマドレーヌが二列に整然と並んでいる。

「あれっ、カステラじゃなかったんだ」
「まあ違ったけど、これはこれで美味しそうだし、ありがたくいただこうか」

 いつの間にか着物の上に白の割烹着を羽織った祖母も居間へ入ってきて、中身の予想が外れたことを誤魔化すよう笑って言う。確かにカステラ二本分が収まっていそうな箱の大きさだったが、それだけで断言してしまうのは無理がある。

 美琴と真知子が向かい合って席に着くと、台所の方からミルクティーの甘い香りが漂ってきた。振り返って見ると、白ブラウスの上にライトグレーのカーディガンを羽織り、黒のロングフレアスカートの裾をふんわりと揺らした二十代にも三十代にも見える年齢不詳な女性が、盆に乗せたティーカップを運んでくるのが目に入る。セミロングの艶のある黒髪に、色の白い肌。遠縁の親戚だと聞かされているツバキは、祖母の仕事と家事を手伝う為に屋敷で同居している。両親のことを思い出せないのと同じくらい、ツバキが一緒に住むようになった当時の記憶も朧気だ。気が付けばずっと三人で暮らしていた。

「こういうバター臭いものには、ストレートティーの方が合うと思うんだけどねぇ……」

 小さく文句を言いながらも、真知子は湯気のたつ紅茶を満足気に微笑んで啜っている。これはストレートティーを出してこられた場合、「ミルクティーの気分だったのに」と、とりあえず難癖つけたがるだけのやつだ。だからツバキの方も、自分の判断は間違ってないとでもいうように平然としている。

「そうそう、明日の日替わりはきんぴらにしてみようかと思ってるんだけど、若い人の好みが分からないから、後で味見してくれるかい?」
「きんぴらって、ごぼうの?」
「ごぼうと人参。今日の牛肉のしぐれ煮は好評だったんだけどねぇ、学生さんにきんぴらはあんまりだろうか?」

 美琴は「私は好きだけどなぁ」と呟きながら、首を横に傾げた。祖母に育てられた身だから、一般的な若者が好む味というのがいまいちよく分からない。嗜好が年寄りくさい自覚はある。

 かつては使用人が使っていたという狭い離れと、前の通りに面したその勝手口を改装して、真知子は敷地の片隅で小さな店を開いている。営業時間は、だいたい昼頃。定休日は土日祝と、あとは店主の都合次第。主な商品はお婆ちゃん特製オニギリだ。
 米どころの契約農家から仕入れた一等米と、こだわりの焼きのり。梅や鮭、おかか、ツナマヨあたりが定番だが、日によって中の具材はいろいろ。高菜や焼たらこがある時もあるが、これもまた真知子の気分次第。

 屋敷のすぐ近所にある大学の学生達から、大きくて食べ応えがあるとオニギリ三個のセットがそこそこ人気がある。四百円という価格もボリュームを考えればコンビニのものより安いとの評判だ。そのセット具材は梅と鮭と、残りもう一つは日替わりで、定番のツナマヨやおかかが入る時もあれば、今日のようにお惣菜系になる時もある。これもまたまた店主次第だ。

 店の名は『おにひめ』。卒業生に”大学通りの鬼姫様”と言えば、「ああ、オニギリ屋の婆ちゃんか」と瞬時に半笑いを浮かべられるくらいには知られている。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました

専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。

使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

同窓会に行ったら、知らない人がとなりに座っていました

菱沼あゆ
キャラ文芸
「同窓会っていうか、クラス会なのに、知らない人が隣にいる……」  クラス会に参加しためぐるは、隣に座ったイケメンにまったく覚えがなく、動揺していた。  だが、みんなは彼と楽しそうに話している。  いや、この人、誰なんですか――っ!?  スランプ中の天才棋士VS元天才パティシエール。 「へえー、同窓会で再会したのがはじまりなの?」 「いや、そこで、初めて出会ったんですよ」 「同窓会なのに……?」

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...