47 / 47
追加エピソード・地縛霊
しおりを挟む
普段通りの下校時刻。駅前で待つゴンタと合流してから、美琴はスマホ片手に歩いていた。昼に屋敷へ来た依頼人のことを妖狐がうんざり顔で愚痴っているのを、半笑いを浮かべながら相槌を打つ。
「だってさ、何のあやかしの匂いもしないくせに、絶対に何かいるって聞かないんだぜ。思い込みが激し過ぎるだろ」
「視えないもののせいにして納得したいんだよね、きっと」
「婆ちゃんも本当のこと言わずに、お札渡して『これで大丈夫』とか言ってるしさぁ」
何もかもを視えないものの仕業にされるのは、自身もあやかしであるゴンタには面白くないのだろう。気持ちは分からないでもないが、お札を売るのも祓い屋の仕事なのだ。需要があれば供給していかなければならない。
プリプリと怒っている子ぎつねを宥めながら歩いて、学生向けのマンションの前を通る。数年前に建て替えられた三階建ての鉄筋コンクリート造の白い建物は、以前は確か個人経営のクリーニング店だった。その名残りからか、一階のテナントにはコインランドリーが入っている。
その白色のマンションのすぐ手前、道路脇の電柱の横。長い髪を後ろに一つに束ねた女性が、物悲し気にこちらの方を見ていた。けれど美琴達はそれが視界に入っていないかのように、さりげなく横を通り過ぎていく。彼女が物言わないまま、そこにいるのはいつものこと。この地に魂を縛られたまま成仏できない、地縛霊だ。
――あの女の人、成仏させてあげられないのかなぁ……
亡くなった時のままなのだろう、その女性の装いはパーカーにチノパン、スニーカーととてもカジュアルで、見た目は三十代前半くらい。そして、幼い子供向けのキャラクターバッグをしっかりと両手で大事そうに抱えている。直前まで子供と一緒にいて、自分だけが事故にでも合って死んでしまったのだろうか。子供への想いが、彼女をそこから動けなくさせているのかもしれない。
駅へ向かう際、必ず見かけるその女性の霊のことを、美琴は視えるようになってからずっと気になっていた。真知子に相談すれば、彼女のことを救ってあげられるかもしれない。――そう考えていたけれど……
「そこに居たいと思ってる奴は、そっとしといておやり。無理に除霊する方が可哀想なこともあるんだよ」
今日の客が持って来たというバームクーヘンを、真知子はフォークで一口サイズに切り分けて口へ放り込んでから、孫娘へと少し呆れた顔を向けてくる。
「でも、あの人はずっとあそこに居るんだよ……」
「ゴンタの時と違って土地が縛りつけてる訳じゃない。自分の意思で居るんだから放っておけばいい。納得すれば自然に離れていくだろう」
「……そういうものなんだね」
いつも視る悲しい表情に何とかしてあげたいと思っていた美琴は、真知子の言葉には素直に頷くことができない。じゃあ、彼女はどうすれば納得できて、あの場から立ち去ることが出来るのだろうか。それに対して自分は何ができるんだろうか。
毎日のように出会う彼女には声すらかけられない。視えていないフリして、前を素通りして行くだけ。女性の霊はいつも変わらず寂し気な顔で、前の通りをじっと眺めていた。
週末に陽菜達と買い物に行く約束をして、待ち合わせの駅前まで小走りで向かっている時。美琴はいつも通りに彼女の前を通り過ぎるつもりだったが、少し手前で足を止めた。彼女がいる電柱の前で花束を抱えた男子が、その場でしゃがみ込んでいたのだ。制服姿じゃないからはっきりとは分からないが、美琴より少し歳下くらいに見えるから中学生だろうか。持っていた花束を電柱の下に置いて、彼は静かに両手を合わせていた。
そして、美琴が一番驚いたのは、いつもは寂しそうな表情しか見せない彼女が、足下でしゃがみ込んでいる少年のことを、とても優しい顔で微笑んで見ていたのだ。まるで幼い子供の成長を見守っている母親のように。
――あの女の人の、子供……?
すぐに立ち去っていった彼のことを、女性の霊はずっと目で追い続けていた。そして、彼の姿が通りの向こうへ消えてしまうと普段と同じ寂しい表情へと戻る。
今日は彼女の命日だったんだろうか。花束に入っている白百合が風に吹かれて小さく揺れている。女性の霊はあの少年の成長を見守り続ける為に、この場からはまだ離れたくはないのかもしれない。無理に成仏させてしまえば、彼女の魂がどこへ辿り着くのかは分からない。「無理に除霊する方が可哀想なこともあるんだよ」という祖母の言葉の意味が、ようやく理解できた気がした。
いつか彼女が、もう大丈夫だからと息子の成長に安心した時、彼女の姿はこの場から消えていくのだろう。それが少しでも近い将来であればいいのになと、美琴は願わずにいられない。
「だってさ、何のあやかしの匂いもしないくせに、絶対に何かいるって聞かないんだぜ。思い込みが激し過ぎるだろ」
「視えないもののせいにして納得したいんだよね、きっと」
「婆ちゃんも本当のこと言わずに、お札渡して『これで大丈夫』とか言ってるしさぁ」
何もかもを視えないものの仕業にされるのは、自身もあやかしであるゴンタには面白くないのだろう。気持ちは分からないでもないが、お札を売るのも祓い屋の仕事なのだ。需要があれば供給していかなければならない。
プリプリと怒っている子ぎつねを宥めながら歩いて、学生向けのマンションの前を通る。数年前に建て替えられた三階建ての鉄筋コンクリート造の白い建物は、以前は確か個人経営のクリーニング店だった。その名残りからか、一階のテナントにはコインランドリーが入っている。
その白色のマンションのすぐ手前、道路脇の電柱の横。長い髪を後ろに一つに束ねた女性が、物悲し気にこちらの方を見ていた。けれど美琴達はそれが視界に入っていないかのように、さりげなく横を通り過ぎていく。彼女が物言わないまま、そこにいるのはいつものこと。この地に魂を縛られたまま成仏できない、地縛霊だ。
――あの女の人、成仏させてあげられないのかなぁ……
亡くなった時のままなのだろう、その女性の装いはパーカーにチノパン、スニーカーととてもカジュアルで、見た目は三十代前半くらい。そして、幼い子供向けのキャラクターバッグをしっかりと両手で大事そうに抱えている。直前まで子供と一緒にいて、自分だけが事故にでも合って死んでしまったのだろうか。子供への想いが、彼女をそこから動けなくさせているのかもしれない。
駅へ向かう際、必ず見かけるその女性の霊のことを、美琴は視えるようになってからずっと気になっていた。真知子に相談すれば、彼女のことを救ってあげられるかもしれない。――そう考えていたけれど……
「そこに居たいと思ってる奴は、そっとしといておやり。無理に除霊する方が可哀想なこともあるんだよ」
今日の客が持って来たというバームクーヘンを、真知子はフォークで一口サイズに切り分けて口へ放り込んでから、孫娘へと少し呆れた顔を向けてくる。
「でも、あの人はずっとあそこに居るんだよ……」
「ゴンタの時と違って土地が縛りつけてる訳じゃない。自分の意思で居るんだから放っておけばいい。納得すれば自然に離れていくだろう」
「……そういうものなんだね」
いつも視る悲しい表情に何とかしてあげたいと思っていた美琴は、真知子の言葉には素直に頷くことができない。じゃあ、彼女はどうすれば納得できて、あの場から立ち去ることが出来るのだろうか。それに対して自分は何ができるんだろうか。
毎日のように出会う彼女には声すらかけられない。視えていないフリして、前を素通りして行くだけ。女性の霊はいつも変わらず寂し気な顔で、前の通りをじっと眺めていた。
週末に陽菜達と買い物に行く約束をして、待ち合わせの駅前まで小走りで向かっている時。美琴はいつも通りに彼女の前を通り過ぎるつもりだったが、少し手前で足を止めた。彼女がいる電柱の前で花束を抱えた男子が、その場でしゃがみ込んでいたのだ。制服姿じゃないからはっきりとは分からないが、美琴より少し歳下くらいに見えるから中学生だろうか。持っていた花束を電柱の下に置いて、彼は静かに両手を合わせていた。
そして、美琴が一番驚いたのは、いつもは寂しそうな表情しか見せない彼女が、足下でしゃがみ込んでいる少年のことを、とても優しい顔で微笑んで見ていたのだ。まるで幼い子供の成長を見守っている母親のように。
――あの女の人の、子供……?
すぐに立ち去っていった彼のことを、女性の霊はずっと目で追い続けていた。そして、彼の姿が通りの向こうへ消えてしまうと普段と同じ寂しい表情へと戻る。
今日は彼女の命日だったんだろうか。花束に入っている白百合が風に吹かれて小さく揺れている。女性の霊はあの少年の成長を見守り続ける為に、この場からはまだ離れたくはないのかもしれない。無理に成仏させてしまえば、彼女の魂がどこへ辿り着くのかは分からない。「無理に除霊する方が可哀想なこともあるんだよ」という祖母の言葉の意味が、ようやく理解できた気がした。
いつか彼女が、もう大丈夫だからと息子の成長に安心した時、彼女の姿はこの場から消えていくのだろう。それが少しでも近い将来であればいいのになと、美琴は願わずにいられない。
24
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(6件)
あなたにおすすめの小説
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました
専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。
使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」
母に紹介され、なにかの間違いだと思った。
だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。
それだけでもかなりな不安案件なのに。
私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。
「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」
なーんて義父になる人が言い出して。
結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。
前途多難な同居生活。
相変わらず専務はなに考えているかわからない。
……かと思えば。
「兄妹ならするだろ、これくらい」
当たり前のように落とされる、額へのキス。
いったい、どうなってんのー!?
三ツ森涼夏
24歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務
背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。
小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。
たまにその頑張りが空回りすることも?
恋愛、苦手というより、嫌い。
淋しい、をちゃんと言えずにきた人。
×
八雲仁
30歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』専務
背が高く、眼鏡のイケメン。
ただし、いつも無表情。
集中すると周りが見えなくなる。
そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。
小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。
ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!?
*****
千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』
*****
表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101
同窓会に行ったら、知らない人がとなりに座っていました
菱沼あゆ
キャラ文芸
「同窓会っていうか、クラス会なのに、知らない人が隣にいる……」
クラス会に参加しためぐるは、隣に座ったイケメンにまったく覚えがなく、動揺していた。
だが、みんなは彼と楽しそうに話している。
いや、この人、誰なんですか――っ!?
スランプ中の天才棋士VS元天才パティシエール。
「へえー、同窓会で再会したのがはじまりなの?」
「いや、そこで、初めて出会ったんですよ」
「同窓会なのに……?」
【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!
satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。
働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。
早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。
そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。
大丈夫なのかなぁ?
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
読みに来ました!
まだ、1話ですが……
描写が良いですね✨
「部屋着に着替え、無造作にシュシュで髪をまとめ終えると」
そんな事をしないので女の子らしいシーンが色々と入っていて勉強になりました!
文章もセリフも素敵でした(≧▽≦)
「三毛猫はいつだって気まぐれ」も読みたい!
みみっくさん
読みに来ていただいて、ありがとうございます!
私も髪はショートなので暑さが我慢できずに前髪を止めるくらいしかしません
シュシュも今は持ってないかも……笑
「三毛猫はいつだって気まぐれ」は中学生を主人公にしてしまったせいで色気のないお話ですが、是非是非
読みにきました!おばあちゃんのもつ安心感のある雰囲気が素敵です。故郷の祖母が懐かしくなりました。先が気になるので、続きも拝読します!
春日あざみさん
お読みいただき、ありがとうございます!
今回のお話は真知子お婆ちゃんのキャラへ完全に頼りきりです
彼女がいないと、きっと何も進まないという……
春日さんのお婆様も頼もしくて愛らしい方なんですね^^
うちの母方の祖母は控えめで可愛い人でしたが、たまに吐く毒が辛辣で面白かったです
引き続き、お読みいただけると嬉しいです
Xで見かける度とても気になっていた作品だったのでやっと読ませて頂きました!
まだ途中までしか拝見できていないのですが既にとても楽しく読ませてもらってます!!
エビマヨ私も1番と言ってもいいほど好きなので親近感が湧いてしまいました(笑)
なんだかこの世界観が和風ならではの落ち着きもありつつわくわくする部分もあって読んでいてとても面白いです!
キャラ文芸大賞投票させて頂きました!
応援しております!
またすぐに続き読みに来ます(*´ `*)
秋条かなんさん
お読みいただき、感想と応援をありがとうございます!
エビマヨは私も一番好きな具材で、いつかご飯に乗っけてモリモリ食べたいと思ってるのも実は私です^^
月末には完結するつもりですので、是非最後までお付き合いいただけると嬉しいです