海道一の弓取り~昨日なし明日またしらぬ、人はただ今日のうちこそ命なりけれ~

海野 入鹿

文字の大きさ
71 / 107
第六章 三つ巴

第六十六矢 忠義の漢

しおりを挟む
今川軍前線。前田利昌の目には一人の将の姿が捉えられていた。
その将は襲いかかる織田兵をものともせず、ドンドンと利昌との距離を詰めてきていた。
そう、この将こそ今川軍きっての闘将・岡部親綱だった。
義元に忠誠を誓ってから早くも十五年、親綱は今日も戦う。
勝利を今川軍に捧げるために―

「承菊と安倍さんの隊でこの川渡って前線に加勢しに行ってください。」

俺は今川軍が攻勢に出ているこの時に、一気に攻め立てようと指示を出した。
後方で待機させ、体力が万全な崇孚と安倍あんべ元真もとざねらを前線へと送り、疲弊してきているであろう織田軍にトドメを刺そうと画策したのだ。
今川軍の新手が川を渡り始めるのを遠目に見て、平手政秀は反応した。

(困るのう…今、挟撃でもされようものならひとたまりもないわ。)

政秀は二方面からの挟撃を恐れ、ただでさえ今川軍に劣る兵数を割いて佐々さっさ成宗なりむねの隊を今川軍の新手にぶつけた。
が、濁流の影響で織田軍が得意な機動力が失われてかつ兵力の差があまりにも開いていたために、成宗は善戦したがあっという間に潰走してしまった。

「流石に厳しかったか…」

潰走の姿を目の前で見て、政秀はギリッと指を噛んだ。
結局、今川軍の新手は織田軍の側面に突撃して、織田軍は挟撃される形となった。

(このまま行けば勝てそう、だけど…)

まだ勝利したわけではない。俺は再び気を引き締めた。

「丹羽殿ぉぉぉ!!」

松平軍前線では、織田兵がそんな悲鳴を上げていた。その織田兵を本多忠高は蹴散らす。

忠高の頭にあるのはただ一つ。
いち早く松平竹千代を奪還することであった。
その目的を達成するためにも、この戦を何としてでも勝たねばならない。

(早く勝利を収めなければ…)

忠高は前へ前へと織田兵を倒しながら進んでいく。すると、後ろから松平兵が呼びかけてきた。

「本多殿!」
「何じゃ!」

松平兵の呼びかけに応じて、忠高は後ろを振り返る。

(…!!)

そこで忠高はいつの間にか前も後ろも敵兵に囲まれていたことに気づいた。
そう、忠高は勝利への執念が強すぎたゆえに、敵陣の中へと攻め込みすぎたのだ。

「本多殿、いかがいたしましょう。このままでは…」

一筋の汗が松平兵から垂れる。
そんな松平兵に対して、忠高は言い放った。

「ならば今こそ敵大将を我らが討ち、この戦を我らの手で終わらすまでよ!わしについて参れ!」
「はっ!!」

今川軍前線。
激しい攻防が続く中、由比正信は一人の敵将と対峙していた。
その敵将の被るかぶとには特徴的な花のような家紋があった。

それから数時間後の松平軍前線では、忠高が苦戦を強いられていた。

「ちっ、きりがない!」
「本多殿をお守りせよ!」
「わしはよい!織田兵を一人でも多く葬るのだ!」

忠高らは少数ながらも織田兵相手に奮闘していた。しかし、忠高らが葬った数以上の織田兵が忠高らに押し寄せるのだ。
最初は互角に戦っていたものの、徐々に劣勢になっていった。
また敵陣の中で援軍が来るはずもなく、時を経るごとに忠高の手勢は減っていく。
そして、ついに忠高のみとなってしまった。

(これまでか…)

あまりにも絶望的な状況であった。
しかし、忠高は再び槍を強く握る。

(まだじゃ…まだ死ねぬ!竹千代様を取り戻すまでは!)

「うおおおお!!!」

忠高は叫び声を上げながら、織田兵らに襲いかかった。
忠高は次々に織田兵をなぎ倒していく。
しかし、やはりこの状況は忠高に不利すぎた。
馬が倒され、全方位から槍を突き刺される。
それでも、気力で忠高は倒れることなく槍を振るい続けた。
その姿を遠くから見ていたある織田兵は、顔を青ざめさせてつぶやいた。

「鬼じゃ…」

忠高の鎧は返り血と自身の血で覆い尽くされていた。
もう忠高には痛みも感じなかった。
意識も遠のきかけている。
それでも忠高は戦い続けた。
松平の未来のために―

「うわああああ!!」

死を覚悟した一人の織田兵ががむしゃらに忠高に突撃していった。そんな織田兵にも忠高の槍が迫る。しかし、その槍は織田兵の胸の寸前で止まった。

「え…?」

ギュッと目をつぶっていた織田兵が目を開けると、目の前では息絶えてた漢の姿があった。
本多忠高。
その漢は最期まで松平の武士としての誇りを持ち、松平への忠義を貫いたのだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

処理中です...