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第六章 三つ巴
第六十七矢 誰が為に
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まだ、尾張国が争乱の時代だった頃。
とある戦で一人の若き将が窮地に陥っていた。
その将は初陣ということもあって、緊張と高揚した気持ちで突っ走ってしまったのだ。
結果、敵兵に囲まれ、無様にも馬から転げ落ち、多方面から槍の矢先を向けられた。
(わしは一体、戦場に何をしに来たのだ…)
もうダメだ。
そう将が死を覚悟した次の瞬間、将を討ち取らんとした敵兵たちは倒されていた。
(…?)
何がどうなっているか分からないで将が見上げると、立派な馬に乗った自身と同い年くらいの青年が手を差し伸べていた。
どうやらこの青年が敵兵を倒してくれたようだった。
「ははは、涙と鼻水で顔が無様なことになっておるぞ。面白い!お前、名は何と言う。」
将はポカーンとした後、慌てて答えた。
「…利昌、前田利昌と申しまする!」
「利昌か…ふむ、良い名だ。ますます気に入ったわ!」
人々が殺し合いを続けるこの戦場で、青年は豪快に笑った。
この青年こそ、後に尾張国の権力者となる織田信秀だった。
戦は信秀の大勝利で終えた。
戦が終わった後、利昌は勝利の余韻よりも信秀のことで頭がいっぱいだった。
自分と同い年くらいでも何故あんなにも違うのか、と。
利昌は焦がれる。
その強さに。
利昌は取り憑かれる。
あらゆる人を惹きつけるその魅力に。
利昌は志す。
いつか彼を支える右腕になろうと。
それから長い時が経ち、現在。
現実はそう甘くなく、利昌は信秀の右腕にはなれなかった。
だが、それでも良かった。
信秀の下で戦えるのならば、利昌は一介の兵でも良かった。
その利昌の前方には岡部親綱が迫ってきていた。
松平軍前線。
「敵将、討ち取ったり!」
本多忠高の死。
その一報は瞬く間に戦場に伝わった。
それは何故か。
一人の織田兵が忠高の首を高らかに掲げたからである。
これは織田軍の策であった。
果敢に攻め込んだ闘将の首を晒すことで、勢いよかった松平軍を牽制あるいは士気を下げさせようと画策していたのだ。
しかし、それは逆に松平軍に火をつける結果となった。
今まで忠高の戦いぶりを松平兵たちはずっと見てきていた。
忠高は松平の未来のために果敢に先陣を切って戦っていた。
そんな忠高の篤い忠義はいつの間にか松平兵の心を掴んでいたのだ。
そんな忠高が討たれた。
怒りと共に、松平兵たちにはある思いが湧いてきていた。
「わしらが、わしらが本多殿の意志を継がねばならぬ…!」
そして、それは松平軍の大将である石川清兼も同じであった。
(忠高…おぬしの忠義、しかと受け取ったぞ…!)
清兼は一筋の涙を流しながら激昂した。
「皆の者、忠高に続け!三河武士の誇りを見せるのだ!」
「おおうっ!!」
松平兵はこれに応え、捨て身覚悟の猛攻で織田兵を倒していく。
松平軍の士気の高さに圧倒された織田軍は、一気に安祥城側の川岸へと押されていったのだった。
一方、今川軍前線でも同様に今川軍が攻勢を強めていた。
正面からは親綱と由比正信が突撃し、側面からは崇孚と安倍元真が攻撃を仕掛ける。
今川軍の磐石の布陣での挟撃に対応しきれなくなった織田軍は徐々に後退していく。
今川軍に比べ兵数が少なかったのもあったが、織田軍にはもう今川軍を押し返すほどの気力が残っていなかった。
それどころか、いつ総崩れを起こしてもおかしくない状況だった。
織田軍の敗走は時間の問題であった。
もはやどんな策を講じようが、この戦況が覆ることはないだろう。
平手政秀は苦渋の決断を下した。
「これまでか、だが…!」
政秀は言葉を詰まらせる。
主君に信頼され、託されたこの戦を勝つことができなかった。
まざまざと自身の無力さを思い知らされた。
ただただ信秀に申し訳なくて、そして不甲斐ない自分に腹が立った。
しかし、今さらもうどうしようもない。
政秀は号令をかけた。
「全軍…撤退せよ!」
ついに織田軍は敗走を始めたのだった。
「待て貴様ら!」
親綱は背を向いて逃げる織田兵に追撃を始めた。崇孚や元真もそれに続く。
だが正信だけは何故か追撃をせず、その場に留まった。
そうして織田兵が一斉に撤退していく中、動かぬ将が一人いた。
口を真一文字に結んだ厳格そうな顔。
そう、利昌であった。
利昌は重々しく口を開く。
「この戦は我らの負けか…」
強面の利昌の顔がいっそう険しくなった。
利昌は悟っていた。
自身が敬愛する主君がもう長くは生きられないことを。
だからこそ、この戦は勝利したかった。
国の将来を憂いている主君を安心させたかった。
しかし、それはもう叶わない。
「このままでは終われぬ…」
そうつぶやくと、利昌はそばにいた側近に指示を出した。
「平手殿に伝えるがよい。殿軍はわしに任せよ、と。」
「はっ!」
利昌の側近は政秀のところへと馬を走らせた。
親綱を筆頭とした今川軍は利昌のもうすぐそこまで来ている。
「ならばせめて、奴らを殿へのはなむけとしようか…!」
利昌はカッと目を見開いた。
そして僅かな手勢と共に、迫り来る今川軍に向かって特攻を仕掛けたのだ。
安祥城付近―
ようやく一向宗の軍勢は低山を下り終えた。
「ぜえ…ぜえ…」
堀越氏延は息を整えて、前方を見やった。
すぐ目の前には立派にそびえ立つ城の姿がある。
氏延はニヤリとほくそ笑む。
「あれが安祥城か…まさにわが城となるにはふさわしい城じゃ。」
一向宗の安祥城攻めが始まろうとしていた。
とある戦で一人の若き将が窮地に陥っていた。
その将は初陣ということもあって、緊張と高揚した気持ちで突っ走ってしまったのだ。
結果、敵兵に囲まれ、無様にも馬から転げ落ち、多方面から槍の矢先を向けられた。
(わしは一体、戦場に何をしに来たのだ…)
もうダメだ。
そう将が死を覚悟した次の瞬間、将を討ち取らんとした敵兵たちは倒されていた。
(…?)
何がどうなっているか分からないで将が見上げると、立派な馬に乗った自身と同い年くらいの青年が手を差し伸べていた。
どうやらこの青年が敵兵を倒してくれたようだった。
「ははは、涙と鼻水で顔が無様なことになっておるぞ。面白い!お前、名は何と言う。」
将はポカーンとした後、慌てて答えた。
「…利昌、前田利昌と申しまする!」
「利昌か…ふむ、良い名だ。ますます気に入ったわ!」
人々が殺し合いを続けるこの戦場で、青年は豪快に笑った。
この青年こそ、後に尾張国の権力者となる織田信秀だった。
戦は信秀の大勝利で終えた。
戦が終わった後、利昌は勝利の余韻よりも信秀のことで頭がいっぱいだった。
自分と同い年くらいでも何故あんなにも違うのか、と。
利昌は焦がれる。
その強さに。
利昌は取り憑かれる。
あらゆる人を惹きつけるその魅力に。
利昌は志す。
いつか彼を支える右腕になろうと。
それから長い時が経ち、現在。
現実はそう甘くなく、利昌は信秀の右腕にはなれなかった。
だが、それでも良かった。
信秀の下で戦えるのならば、利昌は一介の兵でも良かった。
その利昌の前方には岡部親綱が迫ってきていた。
松平軍前線。
「敵将、討ち取ったり!」
本多忠高の死。
その一報は瞬く間に戦場に伝わった。
それは何故か。
一人の織田兵が忠高の首を高らかに掲げたからである。
これは織田軍の策であった。
果敢に攻め込んだ闘将の首を晒すことで、勢いよかった松平軍を牽制あるいは士気を下げさせようと画策していたのだ。
しかし、それは逆に松平軍に火をつける結果となった。
今まで忠高の戦いぶりを松平兵たちはずっと見てきていた。
忠高は松平の未来のために果敢に先陣を切って戦っていた。
そんな忠高の篤い忠義はいつの間にか松平兵の心を掴んでいたのだ。
そんな忠高が討たれた。
怒りと共に、松平兵たちにはある思いが湧いてきていた。
「わしらが、わしらが本多殿の意志を継がねばならぬ…!」
そして、それは松平軍の大将である石川清兼も同じであった。
(忠高…おぬしの忠義、しかと受け取ったぞ…!)
清兼は一筋の涙を流しながら激昂した。
「皆の者、忠高に続け!三河武士の誇りを見せるのだ!」
「おおうっ!!」
松平兵はこれに応え、捨て身覚悟の猛攻で織田兵を倒していく。
松平軍の士気の高さに圧倒された織田軍は、一気に安祥城側の川岸へと押されていったのだった。
一方、今川軍前線でも同様に今川軍が攻勢を強めていた。
正面からは親綱と由比正信が突撃し、側面からは崇孚と安倍元真が攻撃を仕掛ける。
今川軍の磐石の布陣での挟撃に対応しきれなくなった織田軍は徐々に後退していく。
今川軍に比べ兵数が少なかったのもあったが、織田軍にはもう今川軍を押し返すほどの気力が残っていなかった。
それどころか、いつ総崩れを起こしてもおかしくない状況だった。
織田軍の敗走は時間の問題であった。
もはやどんな策を講じようが、この戦況が覆ることはないだろう。
平手政秀は苦渋の決断を下した。
「これまでか、だが…!」
政秀は言葉を詰まらせる。
主君に信頼され、託されたこの戦を勝つことができなかった。
まざまざと自身の無力さを思い知らされた。
ただただ信秀に申し訳なくて、そして不甲斐ない自分に腹が立った。
しかし、今さらもうどうしようもない。
政秀は号令をかけた。
「全軍…撤退せよ!」
ついに織田軍は敗走を始めたのだった。
「待て貴様ら!」
親綱は背を向いて逃げる織田兵に追撃を始めた。崇孚や元真もそれに続く。
だが正信だけは何故か追撃をせず、その場に留まった。
そうして織田兵が一斉に撤退していく中、動かぬ将が一人いた。
口を真一文字に結んだ厳格そうな顔。
そう、利昌であった。
利昌は重々しく口を開く。
「この戦は我らの負けか…」
強面の利昌の顔がいっそう険しくなった。
利昌は悟っていた。
自身が敬愛する主君がもう長くは生きられないことを。
だからこそ、この戦は勝利したかった。
国の将来を憂いている主君を安心させたかった。
しかし、それはもう叶わない。
「このままでは終われぬ…」
そうつぶやくと、利昌はそばにいた側近に指示を出した。
「平手殿に伝えるがよい。殿軍はわしに任せよ、と。」
「はっ!」
利昌の側近は政秀のところへと馬を走らせた。
親綱を筆頭とした今川軍は利昌のもうすぐそこまで来ている。
「ならばせめて、奴らを殿へのはなむけとしようか…!」
利昌はカッと目を見開いた。
そして僅かな手勢と共に、迫り来る今川軍に向かって特攻を仕掛けたのだ。
安祥城付近―
ようやく一向宗の軍勢は低山を下り終えた。
「ぜえ…ぜえ…」
堀越氏延は息を整えて、前方を見やった。
すぐ目の前には立派にそびえ立つ城の姿がある。
氏延はニヤリとほくそ笑む。
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一向宗の安祥城攻めが始まろうとしていた。
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