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第七章 栄耀栄華
第八十六矢 北条の娘
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善得寺の会談から一ヶ月、北条の姫が俺の嫡男・今川氏真に嫁入りする日がついに来た。
そのため駿府館では、北条の姫を迎え入れる準備で忙しくなっている。
そんな中、駿府館の玄関では俺を筆頭として家族総出でもうすぐ来るであろう北条の姫を待っていた。
そばにいた吉田氏好が俺に言った。
「何も殿がお出迎えになられなくとも…」
「だってこれから家族になるんだし、第一印象は大事でしょ?」
俺はそう返して、斜め後ろにいた氏真を見やった。
(それにしても、蓮嶺も氏真も結婚なんて…数年前までは考えられなかったなあ。)
俺はしみじみと時の流れを感じていた。
その北条の姫もとい早姫を乗せた輿は、すでに善得寺を超えて、駿府館へとだんだん近づいていた。
輿からは雄大な富士の山が見えていた。
(富士の山があんなに大きいなんて…)
相模国にいた時よりも断然大きく見える富士の山に驚きながら、早はワクワク胸を躍らせていた。
元々、結婚をしてみたいと思っていた早にとって、今回の嫁入りは夢が叶ったようなものだった。
それに今川は母の瑞花姫の実家。
なので、駿府館へ行くのは親族の家へと出かけるような気安い感覚だった。
(ああ、氏真様は一体どのようなお方なのかしら…)
早はまだ一度も会ったことのない氏真の姿を想像する。
風の噂では貴公子と呼ばれているそうだが、やはりあの今川義元の嫡男。
きっと父上や兄上にも劣らない筋骨たくましい武人に違いないだろう。
早がそう期待を膨らませていると、輿が止まった。どうやら駿府館に到着したようだ。
早は輿から降りた。
そこで早の目にまず映ったのは、華やかさと質素さが見事に調和された風流な館だった。
「うわぁ…」
今川の歴史が感じられる駿府館に、早は感嘆の声を漏らした。
すると、館の玄関にたくさんの人がいることに気付く。その中に見覚えのある顔が一人。
「兄上!」
早が声を弾ませて、兄上こと北条氏規の元へと向かった。
「おぉ、これはこれは北条の姫様ではありませんか。」
氏規がわざとらしくおどけた態度をとり、早はふくれた。
「それを言うなら、兄上だって北条の若様です。」
「ははは、確かに。」
そんなやり取りをしていると、早は氏規の横にいた大人に目が留まった。
「もしや…貴方様は義元様でございますか?」
「そうだよ。初めましてなのに、よく分かったねー」
「はい!一目見てわかり申した。」
父上とは違い、見たところ戦で負った傷もなく、口調も軽い。
だが、たくましい腕に引き締まった顔。
その体つきはまさしく戦乱の世を駆け抜けてきた武人と物語っていた。
(義元様がいらっしゃるということは…)
「氏真様もこちらに…?」
「うん、俺の斜め後ろにいるよ。」
早が顔を輝かせてその方を見やると、そこには色白で公家のような男の姿があった。
(この方が…氏真様…?)
想像したものとは全く違った氏真の姿に、早はショックを受けた。
そうして、婚儀が始まった。
婚儀は順調に進んでいき、今川の家臣と北条の家臣が互いに酒を飲み交わしていた。
しかし、その中で早の表情は暗い。
一人前の姫として嫁いだとはいえ、まだ幼い子供。
結婚という夢は叶えど、知らない土地での新しい生活は不安しかなかった。
不安のあまり、早は婚儀の最中にも関わらずうつむいて涙目になる。
その時、早に暖かい感覚が触れた。
「え…?」
早が横を見ると、氏真の手が早の手にそっと添えられていた。
「幼くして嫁いだそなたの不安は、私には計り知れぬ。だが、今川に嫁いだからには決して寂しい思いはさせぬから安心いたせ。」
そう言って微笑む氏真の目は信じられないほど澄んでいた。
(綺麗な目…)
早は思わず見取れてしまった。
いつの間にか不安はなくなり、何故か胸の鼓動が早くなっていた。
思い描いていた夫とはだいぶ違った氏真。
だが、氏真の優しさに早は次第に惹かれていくのである。
そのため駿府館では、北条の姫を迎え入れる準備で忙しくなっている。
そんな中、駿府館の玄関では俺を筆頭として家族総出でもうすぐ来るであろう北条の姫を待っていた。
そばにいた吉田氏好が俺に言った。
「何も殿がお出迎えになられなくとも…」
「だってこれから家族になるんだし、第一印象は大事でしょ?」
俺はそう返して、斜め後ろにいた氏真を見やった。
(それにしても、蓮嶺も氏真も結婚なんて…数年前までは考えられなかったなあ。)
俺はしみじみと時の流れを感じていた。
その北条の姫もとい早姫を乗せた輿は、すでに善得寺を超えて、駿府館へとだんだん近づいていた。
輿からは雄大な富士の山が見えていた。
(富士の山があんなに大きいなんて…)
相模国にいた時よりも断然大きく見える富士の山に驚きながら、早はワクワク胸を躍らせていた。
元々、結婚をしてみたいと思っていた早にとって、今回の嫁入りは夢が叶ったようなものだった。
それに今川は母の瑞花姫の実家。
なので、駿府館へ行くのは親族の家へと出かけるような気安い感覚だった。
(ああ、氏真様は一体どのようなお方なのかしら…)
早はまだ一度も会ったことのない氏真の姿を想像する。
風の噂では貴公子と呼ばれているそうだが、やはりあの今川義元の嫡男。
きっと父上や兄上にも劣らない筋骨たくましい武人に違いないだろう。
早がそう期待を膨らませていると、輿が止まった。どうやら駿府館に到着したようだ。
早は輿から降りた。
そこで早の目にまず映ったのは、華やかさと質素さが見事に調和された風流な館だった。
「うわぁ…」
今川の歴史が感じられる駿府館に、早は感嘆の声を漏らした。
すると、館の玄関にたくさんの人がいることに気付く。その中に見覚えのある顔が一人。
「兄上!」
早が声を弾ませて、兄上こと北条氏規の元へと向かった。
「おぉ、これはこれは北条の姫様ではありませんか。」
氏規がわざとらしくおどけた態度をとり、早はふくれた。
「それを言うなら、兄上だって北条の若様です。」
「ははは、確かに。」
そんなやり取りをしていると、早は氏規の横にいた大人に目が留まった。
「もしや…貴方様は義元様でございますか?」
「そうだよ。初めましてなのに、よく分かったねー」
「はい!一目見てわかり申した。」
父上とは違い、見たところ戦で負った傷もなく、口調も軽い。
だが、たくましい腕に引き締まった顔。
その体つきはまさしく戦乱の世を駆け抜けてきた武人と物語っていた。
(義元様がいらっしゃるということは…)
「氏真様もこちらに…?」
「うん、俺の斜め後ろにいるよ。」
早が顔を輝かせてその方を見やると、そこには色白で公家のような男の姿があった。
(この方が…氏真様…?)
想像したものとは全く違った氏真の姿に、早はショックを受けた。
そうして、婚儀が始まった。
婚儀は順調に進んでいき、今川の家臣と北条の家臣が互いに酒を飲み交わしていた。
しかし、その中で早の表情は暗い。
一人前の姫として嫁いだとはいえ、まだ幼い子供。
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不安のあまり、早は婚儀の最中にも関わらずうつむいて涙目になる。
その時、早に暖かい感覚が触れた。
「え…?」
早が横を見ると、氏真の手が早の手にそっと添えられていた。
「幼くして嫁いだそなたの不安は、私には計り知れぬ。だが、今川に嫁いだからには決して寂しい思いはさせぬから安心いたせ。」
そう言って微笑む氏真の目は信じられないほど澄んでいた。
(綺麗な目…)
早は思わず見取れてしまった。
いつの間にか不安はなくなり、何故か胸の鼓動が早くなっていた。
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