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しおりを挟む情報量が多くてパンクし掛かった私に、エルノは私を抱き寄せる。懐かしい金木犀の香り。エルノの姿ではないのに、彼だと確信めいたものがあった。
「僕はね、君がプロポーズを断ったのがショックで、それでもいつか君を迎えたくて《冬森の賢者》の叡智の一欠片を君に預けたんだ。その後で、春の女神の寵愛を受けるなんて知らなかったけれど……今の君は冬と春の加護と寵愛を中途半端に受け取っている。だからキセキが使えない」
「え、は……な」
ぎゅうぎゅうに抱きしめて、私の体を本棚の奥へと押しやる。
「じゃあ、私が聖女としてキセキが使えないのは……」
「僕のせいだよ。辛い思いをさせてごめん。でもこれで、今度こそ僕のところに来てくれるだろう?」
「それは」
「君は聖女になって、でもキセキが使えなくて、君の国では君を使い潰そうとしている。この国の人間は君の叡智に感謝しているけれど、そのうちすぐに利用されて捨てられる。君の居場所は僕が用意してあげるから、ね。一緒に行こう?」
悪意なく言い切った彼は、妖精と精霊の性質を色濃く受け継いでいる。大切な者は囲ってしまえ、奪ってしまえ。押しつける一方的な重愛。ズレた恋愛観。子供の時はそこまで違和感はなかったけれど、今はどれくらい異常なのかわかった。
「エルノ、私は──」
「大丈夫、君は四番目に迎える妻だけれど、一番愛しているのはキャリーだから」
しかも一夫多妻!?
とんでもないことをサラッと言う。
「ムリムリ。一夫一婦じゃないと私は嫌」
「えー、我が儘だな。キャリーは贄じゃないから大丈夫。愛しているのは君だけだから」
「全然大丈夫じゃない」
突き放そうとしたら、アッサリと私を解放してくれた。無理強いを敷く気はならしい。でも諦めたわけじゃないのは何となく雰囲気で分かった。
「強情だな、キャリーは。でもいいよ、僕もこの城で回収する物があってね。今度の満月の夜にパーティーが開かれる。パーティーは王城の《白百合の間》で行われて、硝子張りの天井から月明かりが入ると、白銀の百合が一定時間だけ咲き誇る。その百合がほしいんだ」
「もしかして《真夜中の白百合姫》の一節の──」
「そうだよ」
私が好きなおとぎ話の一つ。
年に一度、それも青い満月の夜に咲き誇る白銀色の白百合。幻想的で、そこでワルツを踊るシーンがとても印象的だった。幼い頃、エルノと真似っこをしてダンスをしたものだ。
「そういえば白銀の百合が咲き誇る条件は、お城のあの場所だけ……。見てみたいな(でも私がパーティーに参加出来るわけもないし)」
「では僕が──」
「おい」
不機嫌な声にビクリとする。
リクハルド様は漆黒の騎士服に黒いファーを首に巻いていて、髪もオールバックにして──いつもと全く違う姿に心臓の音がうるさい。え、な、普段と全然違う! そして不機嫌度もいつもの数十倍だわ! なんで!?
「これは、これは。黒の騎士団長様。市井の視察はよろしいので?」
「……ああ」
リクハルド様が黒の騎士団長様!?
只者ではないって思っていたけれど、まさか騎士の中で黒って確か魔物討伐専門だったはず。そういえば騎士団の皆さん、黒制服を着ていたわ。白の制服が街常駐で、近衛騎士団は青……。実力がなければ入れないって、組織編成に書いてあったような。普段のラフな姿を見慣れているから直視できない……。
「このあとキャロラインと約束がある。何か業務で急いでいるものはあるか?(意訳:俺の女に何の用だ? 邪魔だ、消えろ)」
「いえいえ。急なことはありませんよ。いつものように世間話をしつつ、個人的な、いえ専門的なお話でしたし、いつだってできますので(意訳:なに彼氏ヅラしていんのさ。勝手に囲って、彼女の意思を尊重せずに笑わせる。僕といるほうがキャリーも幸せだと思うなぁ)」
二人とも一見、穏やかに話しているけれど、目が笑ってない! そしてドス黒いオーラが感じるのだけれど!? なんで!?
そしてリクハルド様と約束なんてしたことないけれど! いつも勝手に抱き上げられて付き合わされるか、用があって手伝ってもらうかだ。今にも殺し合いをしそうな雰囲気だわ。これって止めるべき?
「リ、リクハルド様、私との約束ですが──」
「ああ、そうだった。ほらいくぞ」
両手を差し出してきたので、これは抱き上げるからさっさと来いという合図だわ。いそいそと歩み寄るとヒョイっと抱き上げてもらう。
私が歩くのが遅いのと、雪の上を歩く際に膝下まで埋もれてしまうので、最近の移動方法として抱き上げて運んでもらっている。最初は抵抗したけれど米俵のように担ごうとしていたので、不満を言ったところ片手で抱き上げてもらっている。
楽ちんでいいけど、騎士団長を移動用に使うって……変な噂が立ちそう。でもすでにこんな感じだから今さらだわ。そう考えている間に、リクハルド様はティアルさん──エルノに挨拶もせず方向転換してしまった。
なぜリクハルド様が勝ち誇った顔をしているのか、よくわからない。とりあえずエルノに手を振っておいた。
それに気づいたエルノは目を細めて、手を振りかえす。
「キャリー、また」
「はひゃ──!?」
ぐいん、と引っ張られて気づくと、窓から飛び出していた。ここ二階なのですけれど!? 途中で城の壁を蹴って、雪の上に着地した。重力操作でもしたのかのように、体への衝撃は少なかった。にしても心臓に悪い。
「リクハルド様。有事の際にでもないのに窓から飛び出すのはやめて。そもそも窓から外に出るのも危ないわ」
「できるだけ、お前を他の奴らの目に触れさせたくない」
「え……。私なにか変なことした? 最近は周りの目が優しくなったと思ったのに……」
「だからだ」
また不機嫌な声だ。
ここ最近は難しい顔をしていることが多いし、やたら一緒に行動するし、距離も近い。国王様の命令で私の監視を強くしろ、あるいは目を離すなとか言われた?
リクハルド様からしたら、突拍子もないことを言い出す迷惑な奴だって思っているのかも。それでも最初の頃に比べたら「しょうがない」と言いつつも付き合ってくれるし、手伝ってもくれる。荷物なんかも持ってくれて、生活でも掃除や洗濯、料理は交代制と意外と真面目だった。
ぐるぐる考えている間に、リクハルド様も何か思うところがあったのか無言だった。エルノとの再会と十年越しのプロポーズ、様々な出来事の答えを一方的に伝えて……頭がパンクしそう。こういう時は甘い物を食べて落ち着くべきだわ。そうすれば気持ちの整理もできるはず。
「あの男と知り合いだったのか?」
「うん。姿は違うけれど、たぶん幼馴染」
正直に答えたけれど、リクハルド様はますます不機嫌になる。黒の騎士服を着た部下がリクハルド様を視界に捕らえた瞬間、全力で逃げるぐらいだ。まるで手負いの獣並に恐れられているわね。副官のダミアン様まで逃げるのだからよっぽどだわ。
「本当にお前の幼馴染だったのか?」
「間違いないと思う」
「………いいかよく聞け。今、お前のことを《青き乙女》じゃないかという輩が場内に増えている」
「え、この国を救い導いた青い鳥の化身? え、なんで?」
「お前……この数ヵ月の間に、どれだけのことをしたのか、わかるよな?」
「?」
そう問われて思考を巡らせるけれど、キセキのようなことは何一つしていない。精々、この国に元々あった妖精や精霊との交渉術で、冬を越せるよう手伝いをした程度だ。でもそれは私が見出した訳でも何でもなく、かつて先人の偉業をなぞったに過ぎない。
「《冬森の賢者》の叡智の一端を提供したってことしか思い当たらないのだけれど」
「んなわけないだろうが。どう見積もればそうなる!?」
怒鳴らないでほしいわ。ムッと睨み返す。いつになく苛立っているのか、余裕がない。こういう時は星白虎の尾を踏む前に、手は打っていくべきだわ。
「降ろして」
「駄目だ」
「自分で歩けるわ」
「すぐに転ぶくせに」
「なれているわ」
「……意地っ張りな女だな。もう少し頼っても──」
「『用がないなら極力話しかけるな』そう最初に言ったのはリクハルド様でしょう。何に怒っているのか機嫌が悪いのか知りませんが、八つ当たりされたくないので、距離を取りたいので降ろしてください。私は今とっても甘い物が食べたいので」
ざくざく歩いていた足が止まった。雪の上に放り投げるのでは? と思いつき慌てて離れようとしたところ、力強くぎゅうぎゅうに抱き寄せられてまったく体が動かせない。
「リクハルド様! 苦しぃ」
「悪かった……」
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