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いつになく力のない声で呟くので、何もいえなかった。腕の力は弱まったけれど、密着したまま彼の温もりが温か──いや暑い。なんだかポカポカするほど温かいのだ。いつも薄着なのって体質? それとも加護持ちなのかも?
「お前が俺以外の男と楽しそうにしているのを見たらダメだった。そこは俺の定位置だって、お前を独占したいし、傍にいたいし、もっと触れ合いたい」
「ふれ……ええええええ!?」
「……耳元で叫ぶな」
「だ、だって……!」
唐突な告白に困惑してしまう。昨日までは普通に接していたのに、どうして急に異性として意識しているなんて言い出したの?
リクハルド様の中で何が?
「昨日までは……そんな様子なかったじゃないですか?」
「は?」
声が一層低くなった。
今の発言で地雷を踏み抜いた気がする……。失言だったかもだけど、私には少なくとも少し仲が良くなった程度だった。しかしリクハルド様は違ったようで私の頬に触れる。大きくて、骨張っていてマメや皮が厚い。
この手に撫でられるのも増えた気がする。でも男女の触れ合いというより、家族的な兄妹のようなやりとりだと思っていたし、やっぱり「好きだ」とか「愛している」の言葉がないと分からない。ううん、自信がないの。
「だって幼馴染もよく頭を撫でていたし、挨拶は頬にキスするし、ハグもしたわ」
「初耳だが」
「そう?」
「一応聞くが、その幼馴染の性別は……」
「男の子よ」
「そうか……。お前の隙の多さはその男の仕業か」
よくわかないが、もしかして今までアプローチを掛けていた? 急に優しくなったんじゃなくて、実はサインを出していた?
「文化や民族の習慣もあるし、難しいものね」
「いやそれに輪をかけて、お前が鈍いだけだ。幼馴染もさぞ苦労したんだろうな」
「失礼ね。そんなこと……ない。たぶん」
そういえばプロポーズしたとか言っていたけれど、明確な言葉を聞いてないのでやっぱり分かりづらい。そもそも私を好きになる人が存在するはずがないと思っていたから、やっぱり信じるのが難しいのかも。
リクハルド様は深々とため息を溢した後、獣のような鋭く、けれど熱の籠った眼差しを向ける。その色香にドキリとしてしまう。
「そうか。じゃあもう遠慮はいらないな」
「へ」
「放っておけば、お前はフラフラといなくなると分かったんだ。たっぷり愛して俺以外のことが考えられないぐらいに意識させてやる」
「ひゅ!?」
リクハルド様は有言実行する人だ。そんな人からの宣戦布告に身を固くするが、すでに彼の腕の中に囚われている今、できることはない。
密着した温もりが伝染して、私の頬に熱が集中する。獣のような獲物を狙う目をしながらも、頬の触れる指先やキスはどこまでも優しくて甘い。でもそれがほんの序章だと知ったのは、その後だった。
***
「癒される」
「私はモフモフ渡り羊じゃないのだけれど……」
「お前の抱き心地は、落ち着く」
リクハルド様は、私を後ろから抱きしめて肩に顔を埋めて甘えている。本人は癒やされているらしいが、私は困惑と緊張とドギマギで動けずにいた。え、何この状況!?
しかも首筋のキスはくすぐったさと恥ずかしいので、やめていただきたい。そう言おうとしたが耳や頭にキスをしたのち頭に顎を乗せてきた。うん、自由だな。
暖炉がなくてもリクハルド様とくっついているだけで温かい。やっぱり加護持ち?
「……俺は少し厄介な出自で、この黒い髪と赤銅色の目は初代と同じ姿だったが、忌み子として育った。生まれた時から太陽の加護を持って、寒さで死ぬことはないという。黒の騎士団は俺が──作った騎士団で、魔物討伐と聞こえは良いが王侯貴族の中でも扱い困っている連中や燻っている奴らの居場所として作ったものだ。中には平民もいる。お前が魔物の瘴気と毒を取り除いた日から、所帯を持つならお前とが良いとずっと考えていた。キャロライン、俺はお前を手放したくない」
「──っ」
「これでもアプローチをしてきたんだが、お前は相当鈍いことは分かった。だから今日は本気でお前を口説き落とす」
「くど」
「お前が好きだ。幼馴染が今さら出てこようが、お前の全部を俺が奪い尽くす。俺を選べ、キャロライン」
私の髪に触れてキスをするリクハルド様は、そのまま私の首筋や頬にキスをしていく。唐突な告白だけでも衝撃的なのに、これでもかと愛を囁くなんて。
エルノと愛情とはなんとなく違う。熱量? ううん、そうじゃなくて一方的な愛情じゃなくて、私への愛を望んでいるのが伝わってくる。
私を──望んでくれるの?
「私、聖女の力も無いポンコツだよ?」
「それがどうした?」
「《冬森の賢者》の片鱗もいずれなくなるかもしれない」
「俺を受け入れない理由は、それだけか?」
「み、身分差……とか、よそ者……だし、自国になんて言えば」
「問題ないな。面倒なら強権を使ってでも黙らせる」
「──っ、冗談とかじゃなく?」
「この手のことで冗談は言わない」
「他に付き合っている人は──」
「付き合いたいのも、傍にいたいのも、愛しているのもお前だけだ。キャロライン」
ぐるん、と体勢を変えてしまい、私はリクハルド様と向き合う。赤銅色の瞳は不吉なんてとんでもないわ。夕暮れの色、石榴、宝石のように美しい。彼の目元が少しだけ赤い。
もしかして照れているのだと思ったら、泣きそうなほど嬉しくて心臓がバクバクと騒ぐ。
「わ、私も……リクハルド様が、好き」
「もう一度、俺がなんだって?」
意地悪だと思いながらも、破顔するリクハルド様の顔を見たら文句なんて言えなくて……。ただこのまま答えるのは悔しいから、耳元でコソッと「リクハルド様が好き」と呟いた。
「──っ、お前」
ふふん、勝ったと思っていたけれど、それは単に煽り文句でリクハルド様の理性を破壊するには充分な一言だったようだ。
***
大好きな人にプロポーズされて、その日はなかなか寝付けなかった。まさか婚姻前に一線を越えるなんて、この国に来る前なら考えられなかったわ。
聖女が他国に嫁ぐことは珍しくない。結婚したあとキセキの力は多少弱まるけれど、失うことはあまりない。だからこそ一定期間、聖女の役割をこなした後、裕福な王侯貴族たちに嫁ぐ者は多い。その血筋で聖女となる者が生まれたら、他国でも聖女として召し抱える制度はあるけれど……。
私はキセキのない聖女だけれど肩書きだけなら立派なのよね。リクハルド様と一緒になると申告したら、自国はどう判断するのかしら?
お金、かかるわよね。
嬉しさと不安であれこれ考えてしまい、夜風に当たろうと思って部屋を抜け出したのだけれど、幸福の後に待っているのは、全てを壊す絶望だった──。
「ではこれで女神様との賭は──」
「ああ、ボクたちの勝ちだ。この世界に聖女は不要。悪しき風習をボクたちの代で断ち切ることができる」
「最後まで教会には気取られないようにするのだぞ。キャロラインの純潔を奪うまでは気を抜くな」
「もちろんですよ、国王、いえ──兄上」
「──っ」
王弟殿下がリクハルド様?
どうしてあの日、夜の裏庭に向かってしまったのだろう。
どうして国王と彼が密談していたのか。
いっそ聞かなければよかった。そうすれば夢を見ていられたのに──。
ここでも利用されて、面倒事を押し付けられて、その責任を押し付けられるだけなのだわ。この国も聖法国と変わらないのね。今まではその事実をすんなり受け入れて、よくあることで流せていた。
でも、今回は──。
「──っ」
それからどうやって部屋に戻ったのか覚えていなかった。悪い夢だと思いたかったけれど、翌日目が覚めたら、リクハルド様の姿はなかった。
ただ便箋の切れ端に『しばらく戻れない』とだけ書き残してあったのを見て、また泣いた。朝になったら今後の話もしたいと思っていたのに──。
やっぱり昨日見たのは夢じゃなかった?
私に好意を寄せていたのは全部、演技?
一日、二日、三日、リクハルド様は帰ってこなかった。そして一週間が経ち、図書館に向かう途中で見てしまった。
「あ」
金髪で空色の瞳、気品溢れ、白い肌に目鼻立ちが整った美青年の隣には美しいご令嬢がいた。美男美女で絵になっていたし、中庭を散策している姿は物語の挿絵のよう。
リクハルドという青年は、どこにもいない。
最初から居なかったかのようで、黒い騎士団の姿も見なかった。
国がかりで全部騙していたの?
泣きそうになるのを堪えて、図書館に向かって歩いた。あそこなら普段人が出入りしないから、一人になるのにちょうど良い。
一軒家だとリクハルド様の姿を探してしまって、落ち着かないのだ。
「キャリー」
「──エルノ」
「どうする? 今日がパーティー当日だけれど」
「あ」
そういえばそんな話をしていたのを思い出す。何だか酷く懐かしいような感覚だった。
「僕の手を取るなら、大事にするよ」
「四番目の妻として?」
「うん」
エルノは手を差し出す。
私は手を伸ばして、そして──決断した。
「お前が俺以外の男と楽しそうにしているのを見たらダメだった。そこは俺の定位置だって、お前を独占したいし、傍にいたいし、もっと触れ合いたい」
「ふれ……ええええええ!?」
「……耳元で叫ぶな」
「だ、だって……!」
唐突な告白に困惑してしまう。昨日までは普通に接していたのに、どうして急に異性として意識しているなんて言い出したの?
リクハルド様の中で何が?
「昨日までは……そんな様子なかったじゃないですか?」
「は?」
声が一層低くなった。
今の発言で地雷を踏み抜いた気がする……。失言だったかもだけど、私には少なくとも少し仲が良くなった程度だった。しかしリクハルド様は違ったようで私の頬に触れる。大きくて、骨張っていてマメや皮が厚い。
この手に撫でられるのも増えた気がする。でも男女の触れ合いというより、家族的な兄妹のようなやりとりだと思っていたし、やっぱり「好きだ」とか「愛している」の言葉がないと分からない。ううん、自信がないの。
「だって幼馴染もよく頭を撫でていたし、挨拶は頬にキスするし、ハグもしたわ」
「初耳だが」
「そう?」
「一応聞くが、その幼馴染の性別は……」
「男の子よ」
「そうか……。お前の隙の多さはその男の仕業か」
よくわかないが、もしかして今までアプローチを掛けていた? 急に優しくなったんじゃなくて、実はサインを出していた?
「文化や民族の習慣もあるし、難しいものね」
「いやそれに輪をかけて、お前が鈍いだけだ。幼馴染もさぞ苦労したんだろうな」
「失礼ね。そんなこと……ない。たぶん」
そういえばプロポーズしたとか言っていたけれど、明確な言葉を聞いてないのでやっぱり分かりづらい。そもそも私を好きになる人が存在するはずがないと思っていたから、やっぱり信じるのが難しいのかも。
リクハルド様は深々とため息を溢した後、獣のような鋭く、けれど熱の籠った眼差しを向ける。その色香にドキリとしてしまう。
「そうか。じゃあもう遠慮はいらないな」
「へ」
「放っておけば、お前はフラフラといなくなると分かったんだ。たっぷり愛して俺以外のことが考えられないぐらいに意識させてやる」
「ひゅ!?」
リクハルド様は有言実行する人だ。そんな人からの宣戦布告に身を固くするが、すでに彼の腕の中に囚われている今、できることはない。
密着した温もりが伝染して、私の頬に熱が集中する。獣のような獲物を狙う目をしながらも、頬の触れる指先やキスはどこまでも優しくて甘い。でもそれがほんの序章だと知ったのは、その後だった。
***
「癒される」
「私はモフモフ渡り羊じゃないのだけれど……」
「お前の抱き心地は、落ち着く」
リクハルド様は、私を後ろから抱きしめて肩に顔を埋めて甘えている。本人は癒やされているらしいが、私は困惑と緊張とドギマギで動けずにいた。え、何この状況!?
しかも首筋のキスはくすぐったさと恥ずかしいので、やめていただきたい。そう言おうとしたが耳や頭にキスをしたのち頭に顎を乗せてきた。うん、自由だな。
暖炉がなくてもリクハルド様とくっついているだけで温かい。やっぱり加護持ち?
「……俺は少し厄介な出自で、この黒い髪と赤銅色の目は初代と同じ姿だったが、忌み子として育った。生まれた時から太陽の加護を持って、寒さで死ぬことはないという。黒の騎士団は俺が──作った騎士団で、魔物討伐と聞こえは良いが王侯貴族の中でも扱い困っている連中や燻っている奴らの居場所として作ったものだ。中には平民もいる。お前が魔物の瘴気と毒を取り除いた日から、所帯を持つならお前とが良いとずっと考えていた。キャロライン、俺はお前を手放したくない」
「──っ」
「これでもアプローチをしてきたんだが、お前は相当鈍いことは分かった。だから今日は本気でお前を口説き落とす」
「くど」
「お前が好きだ。幼馴染が今さら出てこようが、お前の全部を俺が奪い尽くす。俺を選べ、キャロライン」
私の髪に触れてキスをするリクハルド様は、そのまま私の首筋や頬にキスをしていく。唐突な告白だけでも衝撃的なのに、これでもかと愛を囁くなんて。
エルノと愛情とはなんとなく違う。熱量? ううん、そうじゃなくて一方的な愛情じゃなくて、私への愛を望んでいるのが伝わってくる。
私を──望んでくれるの?
「私、聖女の力も無いポンコツだよ?」
「それがどうした?」
「《冬森の賢者》の片鱗もいずれなくなるかもしれない」
「俺を受け入れない理由は、それだけか?」
「み、身分差……とか、よそ者……だし、自国になんて言えば」
「問題ないな。面倒なら強権を使ってでも黙らせる」
「──っ、冗談とかじゃなく?」
「この手のことで冗談は言わない」
「他に付き合っている人は──」
「付き合いたいのも、傍にいたいのも、愛しているのもお前だけだ。キャロライン」
ぐるん、と体勢を変えてしまい、私はリクハルド様と向き合う。赤銅色の瞳は不吉なんてとんでもないわ。夕暮れの色、石榴、宝石のように美しい。彼の目元が少しだけ赤い。
もしかして照れているのだと思ったら、泣きそうなほど嬉しくて心臓がバクバクと騒ぐ。
「わ、私も……リクハルド様が、好き」
「もう一度、俺がなんだって?」
意地悪だと思いながらも、破顔するリクハルド様の顔を見たら文句なんて言えなくて……。ただこのまま答えるのは悔しいから、耳元でコソッと「リクハルド様が好き」と呟いた。
「──っ、お前」
ふふん、勝ったと思っていたけれど、それは単に煽り文句でリクハルド様の理性を破壊するには充分な一言だったようだ。
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大好きな人にプロポーズされて、その日はなかなか寝付けなかった。まさか婚姻前に一線を越えるなんて、この国に来る前なら考えられなかったわ。
聖女が他国に嫁ぐことは珍しくない。結婚したあとキセキの力は多少弱まるけれど、失うことはあまりない。だからこそ一定期間、聖女の役割をこなした後、裕福な王侯貴族たちに嫁ぐ者は多い。その血筋で聖女となる者が生まれたら、他国でも聖女として召し抱える制度はあるけれど……。
私はキセキのない聖女だけれど肩書きだけなら立派なのよね。リクハルド様と一緒になると申告したら、自国はどう判断するのかしら?
お金、かかるわよね。
嬉しさと不安であれこれ考えてしまい、夜風に当たろうと思って部屋を抜け出したのだけれど、幸福の後に待っているのは、全てを壊す絶望だった──。
「ではこれで女神様との賭は──」
「ああ、ボクたちの勝ちだ。この世界に聖女は不要。悪しき風習をボクたちの代で断ち切ることができる」
「最後まで教会には気取られないようにするのだぞ。キャロラインの純潔を奪うまでは気を抜くな」
「もちろんですよ、国王、いえ──兄上」
「──っ」
王弟殿下がリクハルド様?
どうしてあの日、夜の裏庭に向かってしまったのだろう。
どうして国王と彼が密談していたのか。
いっそ聞かなければよかった。そうすれば夢を見ていられたのに──。
ここでも利用されて、面倒事を押し付けられて、その責任を押し付けられるだけなのだわ。この国も聖法国と変わらないのね。今まではその事実をすんなり受け入れて、よくあることで流せていた。
でも、今回は──。
「──っ」
それからどうやって部屋に戻ったのか覚えていなかった。悪い夢だと思いたかったけれど、翌日目が覚めたら、リクハルド様の姿はなかった。
ただ便箋の切れ端に『しばらく戻れない』とだけ書き残してあったのを見て、また泣いた。朝になったら今後の話もしたいと思っていたのに──。
やっぱり昨日見たのは夢じゃなかった?
私に好意を寄せていたのは全部、演技?
一日、二日、三日、リクハルド様は帰ってこなかった。そして一週間が経ち、図書館に向かう途中で見てしまった。
「あ」
金髪で空色の瞳、気品溢れ、白い肌に目鼻立ちが整った美青年の隣には美しいご令嬢がいた。美男美女で絵になっていたし、中庭を散策している姿は物語の挿絵のよう。
リクハルドという青年は、どこにもいない。
最初から居なかったかのようで、黒い騎士団の姿も見なかった。
国がかりで全部騙していたの?
泣きそうになるのを堪えて、図書館に向かって歩いた。あそこなら普段人が出入りしないから、一人になるのにちょうど良い。
一軒家だとリクハルド様の姿を探してしまって、落ち着かないのだ。
「キャリー」
「──エルノ」
「どうする? 今日がパーティー当日だけれど」
「あ」
そういえばそんな話をしていたのを思い出す。何だか酷く懐かしいような感覚だった。
「僕の手を取るなら、大事にするよ」
「四番目の妻として?」
「うん」
エルノは手を差し出す。
私は手を伸ばして、そして──決断した。
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