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第1章
⒍亡命の為の下準備、完了ですわ
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ロチルド商会とは、貴族・平民問わず幅広く事業を展開している。事業内容は他と大きな差があるわけではないが、特徴として慈善事業に力を入れている珍しい商会だ。
売上の一部を孤児院などに寄付し、また身寄りのない子を働き手として雇っている。その待遇も悪いことは決してなく、十分な給金を貰えており福利厚生もしっかりしている。
先ほどの男性もそう言った事情で働いているからこそ、訳ありであろうレティシアを無下に出来なかったのだ。
勿論、そういった行いはリスクを伴う。例えば他の商会がロチルド商会を潰すために、スパイのようなことをさせようとしたことも過去にあった。
あるいはとある下位貴族が、その利益を我が物にしようとしたことも。
しかし、先見の明と言おうか。特にレティシアの目の前にいる彼女は、それがとても鋭かった。そういった裏がある者達を、悉く追い払っているのだ。
そして会長は経営手腕が鋭く、順調に業績を伸ばした。その2人の相性で、ここ数年の業績が鰻上りという訳だ。
そしてセシルはレティシアを見て、レティシアが言っていることが本気であると経験上から悟ったのだろう。
とはいえ、今までの孤児を雇ったりするのと訳が違う。それどころかリュシリュー公爵家にバレれば、下手をすれば商会が潰れてしまうことも考えられる。
慎重に動かざるを得ない状況に、数多の危機を乗り越えてきたセシルも流石に緊張していた。
お茶で喉を潤しながら、レティシアに問う。
「それで、まずはどこから聞きましょうか?」
「わたくしとしてはなんでもお答えしますわ」
「そうでなければ、何も判断できませんもの。……まずは何故亡命しようと?」
「話せば長くなりますが……。質問に質問で返して申し訳ないのですが、わたくし引いてはリュシリュー公爵家の噂は、市井ではどこまで流れていますか?」
「リュシリュー公爵は宰相としても力のある人だと。交渉も強く、他国とも有利に働くように動いている……でしょうか。貴女は……その」
少し言いづらそうにするセシル。理由が分かるレティシアは、気にしないと言わんばかりに頷く。
「殿下の婚約者として能力は申し分ないと。ただ、感情がない人形令嬢……と」
「そうですわよねぇ」
「……今の貴女は感情豊かですね」
「あら、お世辞は大丈夫ですわよ?」
「いえ、本心です……少なくとも、公爵よりは好印象ですね」
「まあ。もしかしてリュシリュー公爵家と縁が無いのはわざとですか?」
「……なんだか嫌な予感がしまして」
「流石副会長ですわ」
どうやら経験からあまり関わらないようにしたらしい。
それは正解で、ゲームの世界のルート次第では、リュシリュー公爵家は裏のルートの取り引きをよくしていた。そこに縁を持とうとすれば、ロチルド商会も巻き添えを食らったことだろう。
この世界ではまだ不正の証拠はないため、確証はないが用心するに越したことはない。
「大体合っていると思いますわ。公爵は、公爵としては立派な人でしょう。わたくしとしては血が繋がっていると思うことすら寒気が走りますが」
「では家族としては……」
「そもそも貴族において家族は道具。平民とは違い、愛情を感じるほうが少ないかもしれませんわ。でもだからって憎まれる理由にもなりませんが」
「……そう、わかりました。無理に話させてごめんなさい」
「無理になんて」
「そういう人ほど無理をしているものです。それで、亡命するために我が商会を使いたいということですね?」
無理やり話題を変えられる。確かに話していて気分がいいものではないが、必要な事ではないだろうか。
特に公爵家の令嬢が亡命したいと思うほどであれば。
それでも、レティシアの気持ちを優先してくれるセシルに、レティシアは改めて信用出来る人だ、と思う。お言葉に甘えて乗ることにする。
レティシアはこくりと頷く。
「はい、亡命用の資金の調達と保管をさせていただきたく存じます」
「貴女の希望は分かりました。しかし、流石に私の一存で決められるものではありません。それに、資金の調達と言っても働きに出てくるのは難しいのではないでしょうか?」
「わたくしも無理を言っているのは承知ですので、問題ありませんわ。確かに準備ができるまでは公爵家からあまり離れられませんわ。今日もこっそり出てきましたので」
こっそり出てきた、のところでセシルは少し顔を強張らせた。
それも無理はない。特にレティシアは公爵家。どんな事でも白を黒にする力は持ってしまっている。
「……それは、大丈夫でしょうか?」
「ロチルド商会に不利にならないように立ち回りますわ。……それに、向こうは気が付かないでしょう。何せ使用人すらも16年もわたくしに興味がないままですもの。今更興味を持ったとて、わたくしがどこで何をしているか知るまで相当の時間がかかりますわ。仮に向こうが何かしら勘付いたとしても、それまでに土台を整えてしまえばいいだけの事ですわ」
「それは……」
「ご安心くださいませ。万が一の場合の保険もしっかりかけておこうと思ってますの。このお話を受けてくださるならば、魔法誓約書を用意して書きますわ。それならば王族すらも跳ね返せる効力を持ってますし」
「……そこまでして、公爵家から離れたいのですね」
「ええ。……あら、わたくしったら、つい話が脱線してしまいましたわ。それで資金調達に話は戻しますが、わたくし、各国の情勢には詳しいので商談が有利に働くような情報提供が可能かと思います。そう言ったことでお役に立ちたいと思いますの」
「成程……確かに未来の王子妃としてそのあたりは得意分野という訳ですね」
「はい。特に貴族関連ではかなりお役に立てると考えておりますわ」
「分かりました。確かにそのお話は魅力的です。このお話、前向きに検討させていただきます」
「感謝いたしますわ。それでは長居してしまった事ですし、わたくしはそろそろ――」
気がつくとそろそろ帰らないといけない時間だ。
もう少し話しておきたいところではあるが、突然押しかけてこれ以上相手の時間を取るのも良くない。
ここは一旦帰り、また次の予定を聞こうとした時だ。
扉をノックする音が聞こえた。副会長が許可すると、一人の男性が入ってきた。
「あら、会長。商談は終わったのですか?」
「ああ。それでここで君が話していると聞いたから、ちょっと外から聞かせてもらった」
「それはお行儀悪いですね」
流石にマナー違反だと副会長は会長と呼ばれた男性を睨みつける。
短く刈り上げた黒髪とガタイの良い体が、とても素敵だ。少し強面ではあるが、商会において舐められるよりは良いかもしれない。
レティシアとしても、説明する手間が省けたのでちょうど良いと考えた。
(それでも、外の気配に気が付かないのはまずいですわね。これが会長だったから良いものの、もしわたくしにとって不利益な相手でしたら問題ですもの)
「無礼を謝罪します。私は会長のクロードです。そしてレティシア様、貴女様の申し出は実に興味深い。是非、我が商会に力を貸してほしい」
明日学園で探知系の魔法がないか探してみようかと考えていると、急にクロードがレティシアに話題を振る。内心驚くレティシアだが、すぐさま仮面を被り微笑んだ。
「まあ、嬉しいですけれど、よろしいのですか?」
「はい、私どもとしても販路が増えるのは歓迎すべき事です。それに私どもは平民。なかなか貴族とのコネクションは難しいところでして、それを踏まえてこちらからもお願いしたく存じます。……それに、副会長も初めからそのつもりだっただろう?」
セシルは頷いて同意を示す。
「ええ。手間が省けてよかったわ。それではレティシア様、次の時に改めて色々確認いたしましょう」
「分かりましたわ。それから会長、わたくしにはそんなに畏まった態度は不要ですわ。副会長と同じようにでも問題ありませんわ」
「それはちょっと、私の心が持ちませんので……。努力はします」
貴族と平民の壁は低くなったとはいえ、やはり雲の上の存在に近いらしい。
特に貴族とも取り引きをしているとなると、それが余計に身分差を感じてしまうのかもしれない。
それに階級の壁は薄くなっただけで、変わらずあるのだ。ここはどうしようもない。
レティシアはそれ以上の無茶は押し通さず、微笑んで言った。
「ではわたくしも親しみを持ってもらうように努力しますわ。次はいつ頃がよろしいでしょうか?」
「そうですね、諸々の準備をしますので、1週間後くらいに」
「分かりましたわ。今日は突然のことにも関わらず対応してくださったこと、感謝しております。これからもどうぞ、よろしくおねがいしますわ」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
クロードと約束を取り付け、副会長にお礼をいい、レティシアは屋敷へと帰った。
誰にもバレることなく部屋へ戻り、夕食やら寝る準備を整えたレティシアは休むことなく机へ向かった。
これからの計画の復習だ。
「よし、こんなに上手くいくとは思いませんでしたわ。とはいえスタートラインに立ったに過ぎませんわ。これからが本番です」
頑張るぞ‼︎ と拳を天井に突き上げるレティシアだった。
◇◇◇
次の日。レティシアは放課後を利用して図書室に来ていた。
早速、探知系の魔法がないか探すためである。
このアヴリルプランタン学園は魔法を学ぶ場として、図書室も魔法系の物が多く用意されている。
基本的に日常生活で使うことが多い魔法は平民も使っており、学ぶというより自然と習得していることが多い。
なので学園で学ぶことは、専門的な魔法が多いのだ。
魔法には大きく分けて4つの種類に分けられる。先ほどの通り、自然と習得することの多い一般魔法、学園で学ぶことが多い上級魔法、身体能力の向上を認める補助魔法、それから攻撃魔法だ。
上級魔法は簡単に言えば、補助魔法、攻撃魔法に属さない魔法のことを指す。そのため、ここだけ異様に範囲が広い。
また、補助魔法及び攻撃魔法は原則騎士団の者以外は使用禁止だ。やり方は割と簡単に学べてしまうが、使用を発見された時は司法によって裁かれてしまう。
そう、この国、王政でありながら別機関として司法機関も存在しているのだ。これも平民との壁が低くなっていることが理由であるが、なんともややこしいことである。
閑話休題。
ともかく、上級魔法は範囲が広いので、とても3年間で全てを網羅できるものではない。学園の授業で学ぶのは、上級魔法の中の特にポピュラーな魔法なのだ。その為、他の魔法は図書館で学ぶことができるようになっている。
そしてこの図書室、室と名前がついているのに、広さがえげつない。図書館に改名した方がいいと思うほどだ。だって1階だけで終わっていない。探すのに苦労する程だ。
「えっと、探知系魔法の場所は……」
一応、目印はあるのでそれに沿って探していく。それにしてもこの図書室、広い。
「この辺にあると思うのだけれど……多過ぎてしらみ潰しになりそうですわ」
そうして探すのに夢中になっているのがいけなかった。
ちょうど死角になっていた棚の角で、急に人が現れたのだ。ぶつかった相手は本を何冊か持っていたらしく、バサバサっとそれなりに大きな音を立てた。
レティシアはかがみ込んで拾うのを手伝う。
「ああっすいません! つい欲張ってしまって! お怪我はありませんか?」
「いえ、問題ありませんわ」
そうしてぶつかった相手と目が合い、レティシアは思わず目を見開いた。
「あ、リュシリュー公爵令嬢っ、本当にすみません。お怪我はありませんか?」
コレットが顔を青ざめさせながら聞いてくる。
焦りのあまり、パーソナルスペースが狭くなっているのか、グイグイ近づいてきているのもあり、状況も忘れコレットを見てしまう。
(ちっ近いですわ! まあ、可愛らしいお顔……っ! けれど少しお肌が荒れていますわね。きっとスキンケアを丁寧にしたらとても綺麗ですわ。出来ればわたくしがもっと磨きたい)
「リュシリュー公爵令嬢?」
「わたくしがより美しく磨きたい……」
「え?」
そこでレティシアは声が漏れていたことに気がつき、慌てて咳払いで誤魔化す。
「なんでもありませんわ。それよりフォールさん、勉強熱心なのは良いことですがあまり何冊も持ち出すと危ないですわ」
「は、はいっ! 気をつけます!」
慌ててコレットは何冊か本を戻し始めた。
その様子を不自然にならないように見守る。
(本当に磨けばどんな宝石にも劣らない輝きを放ちますわ……。この間は距離をとっていたのであまり分かりませんでしたが、焦茶の髪も薄いピンクの瞳も素晴らしいですわ。まつ毛も長くて、どこか品の良い色気を感じます。ああ、でもやはり少し髪がパサついてますわね。平民は基本的にあまり髪を伸ばさないそうですし、ケアが追いついていないのでしょう)
これから攻略対象者とのイベントで少しずつ美しくなっていくコレットを思い出し、にやけそうになる顔を必死に抑えるレティシア。
「え、えっと、リュシリュー公爵令嬢? 私の顔に何かついてますか?」
「……いいえ、何もついていませんわ」
コレットの言葉に、思いの外見過ぎていたことに気がつくレティシアだった。
売上の一部を孤児院などに寄付し、また身寄りのない子を働き手として雇っている。その待遇も悪いことは決してなく、十分な給金を貰えており福利厚生もしっかりしている。
先ほどの男性もそう言った事情で働いているからこそ、訳ありであろうレティシアを無下に出来なかったのだ。
勿論、そういった行いはリスクを伴う。例えば他の商会がロチルド商会を潰すために、スパイのようなことをさせようとしたことも過去にあった。
あるいはとある下位貴族が、その利益を我が物にしようとしたことも。
しかし、先見の明と言おうか。特にレティシアの目の前にいる彼女は、それがとても鋭かった。そういった裏がある者達を、悉く追い払っているのだ。
そして会長は経営手腕が鋭く、順調に業績を伸ばした。その2人の相性で、ここ数年の業績が鰻上りという訳だ。
そしてセシルはレティシアを見て、レティシアが言っていることが本気であると経験上から悟ったのだろう。
とはいえ、今までの孤児を雇ったりするのと訳が違う。それどころかリュシリュー公爵家にバレれば、下手をすれば商会が潰れてしまうことも考えられる。
慎重に動かざるを得ない状況に、数多の危機を乗り越えてきたセシルも流石に緊張していた。
お茶で喉を潤しながら、レティシアに問う。
「それで、まずはどこから聞きましょうか?」
「わたくしとしてはなんでもお答えしますわ」
「そうでなければ、何も判断できませんもの。……まずは何故亡命しようと?」
「話せば長くなりますが……。質問に質問で返して申し訳ないのですが、わたくし引いてはリュシリュー公爵家の噂は、市井ではどこまで流れていますか?」
「リュシリュー公爵は宰相としても力のある人だと。交渉も強く、他国とも有利に働くように動いている……でしょうか。貴女は……その」
少し言いづらそうにするセシル。理由が分かるレティシアは、気にしないと言わんばかりに頷く。
「殿下の婚約者として能力は申し分ないと。ただ、感情がない人形令嬢……と」
「そうですわよねぇ」
「……今の貴女は感情豊かですね」
「あら、お世辞は大丈夫ですわよ?」
「いえ、本心です……少なくとも、公爵よりは好印象ですね」
「まあ。もしかしてリュシリュー公爵家と縁が無いのはわざとですか?」
「……なんだか嫌な予感がしまして」
「流石副会長ですわ」
どうやら経験からあまり関わらないようにしたらしい。
それは正解で、ゲームの世界のルート次第では、リュシリュー公爵家は裏のルートの取り引きをよくしていた。そこに縁を持とうとすれば、ロチルド商会も巻き添えを食らったことだろう。
この世界ではまだ不正の証拠はないため、確証はないが用心するに越したことはない。
「大体合っていると思いますわ。公爵は、公爵としては立派な人でしょう。わたくしとしては血が繋がっていると思うことすら寒気が走りますが」
「では家族としては……」
「そもそも貴族において家族は道具。平民とは違い、愛情を感じるほうが少ないかもしれませんわ。でもだからって憎まれる理由にもなりませんが」
「……そう、わかりました。無理に話させてごめんなさい」
「無理になんて」
「そういう人ほど無理をしているものです。それで、亡命するために我が商会を使いたいということですね?」
無理やり話題を変えられる。確かに話していて気分がいいものではないが、必要な事ではないだろうか。
特に公爵家の令嬢が亡命したいと思うほどであれば。
それでも、レティシアの気持ちを優先してくれるセシルに、レティシアは改めて信用出来る人だ、と思う。お言葉に甘えて乗ることにする。
レティシアはこくりと頷く。
「はい、亡命用の資金の調達と保管をさせていただきたく存じます」
「貴女の希望は分かりました。しかし、流石に私の一存で決められるものではありません。それに、資金の調達と言っても働きに出てくるのは難しいのではないでしょうか?」
「わたくしも無理を言っているのは承知ですので、問題ありませんわ。確かに準備ができるまでは公爵家からあまり離れられませんわ。今日もこっそり出てきましたので」
こっそり出てきた、のところでセシルは少し顔を強張らせた。
それも無理はない。特にレティシアは公爵家。どんな事でも白を黒にする力は持ってしまっている。
「……それは、大丈夫でしょうか?」
「ロチルド商会に不利にならないように立ち回りますわ。……それに、向こうは気が付かないでしょう。何せ使用人すらも16年もわたくしに興味がないままですもの。今更興味を持ったとて、わたくしがどこで何をしているか知るまで相当の時間がかかりますわ。仮に向こうが何かしら勘付いたとしても、それまでに土台を整えてしまえばいいだけの事ですわ」
「それは……」
「ご安心くださいませ。万が一の場合の保険もしっかりかけておこうと思ってますの。このお話を受けてくださるならば、魔法誓約書を用意して書きますわ。それならば王族すらも跳ね返せる効力を持ってますし」
「……そこまでして、公爵家から離れたいのですね」
「ええ。……あら、わたくしったら、つい話が脱線してしまいましたわ。それで資金調達に話は戻しますが、わたくし、各国の情勢には詳しいので商談が有利に働くような情報提供が可能かと思います。そう言ったことでお役に立ちたいと思いますの」
「成程……確かに未来の王子妃としてそのあたりは得意分野という訳ですね」
「はい。特に貴族関連ではかなりお役に立てると考えておりますわ」
「分かりました。確かにそのお話は魅力的です。このお話、前向きに検討させていただきます」
「感謝いたしますわ。それでは長居してしまった事ですし、わたくしはそろそろ――」
気がつくとそろそろ帰らないといけない時間だ。
もう少し話しておきたいところではあるが、突然押しかけてこれ以上相手の時間を取るのも良くない。
ここは一旦帰り、また次の予定を聞こうとした時だ。
扉をノックする音が聞こえた。副会長が許可すると、一人の男性が入ってきた。
「あら、会長。商談は終わったのですか?」
「ああ。それでここで君が話していると聞いたから、ちょっと外から聞かせてもらった」
「それはお行儀悪いですね」
流石にマナー違反だと副会長は会長と呼ばれた男性を睨みつける。
短く刈り上げた黒髪とガタイの良い体が、とても素敵だ。少し強面ではあるが、商会において舐められるよりは良いかもしれない。
レティシアとしても、説明する手間が省けたのでちょうど良いと考えた。
(それでも、外の気配に気が付かないのはまずいですわね。これが会長だったから良いものの、もしわたくしにとって不利益な相手でしたら問題ですもの)
「無礼を謝罪します。私は会長のクロードです。そしてレティシア様、貴女様の申し出は実に興味深い。是非、我が商会に力を貸してほしい」
明日学園で探知系の魔法がないか探してみようかと考えていると、急にクロードがレティシアに話題を振る。内心驚くレティシアだが、すぐさま仮面を被り微笑んだ。
「まあ、嬉しいですけれど、よろしいのですか?」
「はい、私どもとしても販路が増えるのは歓迎すべき事です。それに私どもは平民。なかなか貴族とのコネクションは難しいところでして、それを踏まえてこちらからもお願いしたく存じます。……それに、副会長も初めからそのつもりだっただろう?」
セシルは頷いて同意を示す。
「ええ。手間が省けてよかったわ。それではレティシア様、次の時に改めて色々確認いたしましょう」
「分かりましたわ。それから会長、わたくしにはそんなに畏まった態度は不要ですわ。副会長と同じようにでも問題ありませんわ」
「それはちょっと、私の心が持ちませんので……。努力はします」
貴族と平民の壁は低くなったとはいえ、やはり雲の上の存在に近いらしい。
特に貴族とも取り引きをしているとなると、それが余計に身分差を感じてしまうのかもしれない。
それに階級の壁は薄くなっただけで、変わらずあるのだ。ここはどうしようもない。
レティシアはそれ以上の無茶は押し通さず、微笑んで言った。
「ではわたくしも親しみを持ってもらうように努力しますわ。次はいつ頃がよろしいでしょうか?」
「そうですね、諸々の準備をしますので、1週間後くらいに」
「分かりましたわ。今日は突然のことにも関わらず対応してくださったこと、感謝しております。これからもどうぞ、よろしくおねがいしますわ」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
クロードと約束を取り付け、副会長にお礼をいい、レティシアは屋敷へと帰った。
誰にもバレることなく部屋へ戻り、夕食やら寝る準備を整えたレティシアは休むことなく机へ向かった。
これからの計画の復習だ。
「よし、こんなに上手くいくとは思いませんでしたわ。とはいえスタートラインに立ったに過ぎませんわ。これからが本番です」
頑張るぞ‼︎ と拳を天井に突き上げるレティシアだった。
◇◇◇
次の日。レティシアは放課後を利用して図書室に来ていた。
早速、探知系の魔法がないか探すためである。
このアヴリルプランタン学園は魔法を学ぶ場として、図書室も魔法系の物が多く用意されている。
基本的に日常生活で使うことが多い魔法は平民も使っており、学ぶというより自然と習得していることが多い。
なので学園で学ぶことは、専門的な魔法が多いのだ。
魔法には大きく分けて4つの種類に分けられる。先ほどの通り、自然と習得することの多い一般魔法、学園で学ぶことが多い上級魔法、身体能力の向上を認める補助魔法、それから攻撃魔法だ。
上級魔法は簡単に言えば、補助魔法、攻撃魔法に属さない魔法のことを指す。そのため、ここだけ異様に範囲が広い。
また、補助魔法及び攻撃魔法は原則騎士団の者以外は使用禁止だ。やり方は割と簡単に学べてしまうが、使用を発見された時は司法によって裁かれてしまう。
そう、この国、王政でありながら別機関として司法機関も存在しているのだ。これも平民との壁が低くなっていることが理由であるが、なんともややこしいことである。
閑話休題。
ともかく、上級魔法は範囲が広いので、とても3年間で全てを網羅できるものではない。学園の授業で学ぶのは、上級魔法の中の特にポピュラーな魔法なのだ。その為、他の魔法は図書館で学ぶことができるようになっている。
そしてこの図書室、室と名前がついているのに、広さがえげつない。図書館に改名した方がいいと思うほどだ。だって1階だけで終わっていない。探すのに苦労する程だ。
「えっと、探知系魔法の場所は……」
一応、目印はあるのでそれに沿って探していく。それにしてもこの図書室、広い。
「この辺にあると思うのだけれど……多過ぎてしらみ潰しになりそうですわ」
そうして探すのに夢中になっているのがいけなかった。
ちょうど死角になっていた棚の角で、急に人が現れたのだ。ぶつかった相手は本を何冊か持っていたらしく、バサバサっとそれなりに大きな音を立てた。
レティシアはかがみ込んで拾うのを手伝う。
「ああっすいません! つい欲張ってしまって! お怪我はありませんか?」
「いえ、問題ありませんわ」
そうしてぶつかった相手と目が合い、レティシアは思わず目を見開いた。
「あ、リュシリュー公爵令嬢っ、本当にすみません。お怪我はありませんか?」
コレットが顔を青ざめさせながら聞いてくる。
焦りのあまり、パーソナルスペースが狭くなっているのか、グイグイ近づいてきているのもあり、状況も忘れコレットを見てしまう。
(ちっ近いですわ! まあ、可愛らしいお顔……っ! けれど少しお肌が荒れていますわね。きっとスキンケアを丁寧にしたらとても綺麗ですわ。出来ればわたくしがもっと磨きたい)
「リュシリュー公爵令嬢?」
「わたくしがより美しく磨きたい……」
「え?」
そこでレティシアは声が漏れていたことに気がつき、慌てて咳払いで誤魔化す。
「なんでもありませんわ。それよりフォールさん、勉強熱心なのは良いことですがあまり何冊も持ち出すと危ないですわ」
「は、はいっ! 気をつけます!」
慌ててコレットは何冊か本を戻し始めた。
その様子を不自然にならないように見守る。
(本当に磨けばどんな宝石にも劣らない輝きを放ちますわ……。この間は距離をとっていたのであまり分かりませんでしたが、焦茶の髪も薄いピンクの瞳も素晴らしいですわ。まつ毛も長くて、どこか品の良い色気を感じます。ああ、でもやはり少し髪がパサついてますわね。平民は基本的にあまり髪を伸ばさないそうですし、ケアが追いついていないのでしょう)
これから攻略対象者とのイベントで少しずつ美しくなっていくコレットを思い出し、にやけそうになる顔を必死に抑えるレティシア。
「え、えっと、リュシリュー公爵令嬢? 私の顔に何かついてますか?」
「……いいえ、何もついていませんわ」
コレットの言葉に、思いの外見過ぎていたことに気がつくレティシアだった。
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