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第1章
⒌亡命の為の足がかりを作りましょう
「……気のせいかな? さっきのリュシリュー公爵令嬢の姿は……」
今見たものが信じられず、声をかけるタイミングを失ってしまったコレット・フォール。
レティシアのことは、コレットも学園入学に当たって貴族について勉強したので名前と顔だけは知っていた。そして噂でその人となりを何となくイメージしていた。
完璧であるが故に、人間味がない公爵令嬢。噂を鵜呑みにしてはいけないと思っていたが、まさに空き教室にやってきたレティシアは噂の通りだった。
しかし、先ほどの廊下でのレティシアはくるくると表情を変えて、コレットのために動いているということを言っていた。
下位貴族の令嬢達に、大きな声を出すのは端ないと言っていたのに、レティシア自身が割と大きな声を出していた。
それなのに、こちらに距離を取るような態度を敢えて取っていたと取れる発言。
「……やっぱり噂って当てにならないんだな。もっと知りたいけど、あの様子じゃさっきみたいに距離取られちゃうか」
どちらかというと、独り言をぶつぶつ言っていたレティシアの方が素であろう。そう考える方が自然だ。
なにせコレットから見えないようにしているのだから、そこで演技する理由がない。
根はとても優しい人かもしれない。もっと話したいとコレットは思った。
しかし、真っ直ぐに関わろうとしても、レティシアは避けるだろう。それに身分の壁は薄くなっているとはいえ、かたや平民、かたや王族に次ぐ家の長女。流石にはい、貴女のことが知りたいですと言える立場ではない。
「……もし、本当にお優しい方なら何かあったらまた助けてくれるのかな」
淡い期待。空き教室に入ってきて、下位貴族の令嬢と話していた時はこの人は生粋の貴族で味方にはならないと思っていたのに。
たった数分でその評価は逆転した。
レティシアにとっては全く反対の思惑で、コレットはこれからにそっと期待するのだった。
◇◇◇
コレットを虐めた下位貴族の令嬢たちは、間も無く学園から姿を消した。
やはり他の人も目撃していたらしい。あまりにも呆気ない幕引きだった。
しかし、これに喜んでいる暇はない。レティシアは、既に次の手を考えなければならないのだ。
何故なら、物語が進めば次のいじめっ子が現れるのだ。まるでイタチごっこである。
それを止めつつ、コレットと攻略対象者たちが関われるようにしないといけないのだ。
教室で本を読むふりをしつつ、レティシアは考える。
(これから起こるのは……直近ではジルベール殿下とのイベントですわね。なにせ王道ルートですもの。ジルベール殿下とのイベントが何回かあってから、他の攻略対象者とのイベントも始まるのですわ。ああっ……余すことなく全部みたいっ)
ちなみに昨日とは違い、顔にも声にも出していない。側からみれば、読書を楽しむ美しい令嬢だ。
ちゃんと人の目があるとわかっている時は、淑女を面を被れるのだ。油断さえしなければ。
(とはいえ、それは二の次ですわ。わたくしの目標は、コレット様が本当に好きな人と結ばれる事。前世で散々楽しんだのですから、そこは我慢ですわ。……ああでも、演劇も生で見るのと映像で観るのと全然違うのですよね。ううっやっぱりみたい)
内心は使命に燃える理性と、オタクとしての欲望が激戦を繰り広げている。
そんなレティシアをバレないように見ている一人の人物。
(レティシア……やはり何か違うな……何だろう、纏う雰囲気が変わった気がする)
レティシアの婚約者、ジルベールだった。レティシアの前世の記憶が戻った日から会話は出来ていないのだが、何となく、それこそ第六感とも言える所がレティシアに対する違和感を感じていた。
しかし、気のせいとも取れそうなほど小さい違和感だったため、ジルベールは確信が持てないままだった。
最近は必要最低限の会話しかしていないのもあり、雑談するような時間を作ることも難しかった。本当にお互いの事になると、とことん不器用になってしまう。
◇◇◇
数日経ったが、中々イベントが起きない。
レティシアは頭を悩ませていた。
「何故イベントが起きないのかしら。わたくしの知らないところで発生している……? その可能性も無きにしも非ずですが、それにしてはコレット様が何もお変わりないのがおかしいですわ。虐めは無くなったにせよ、もう少し表情が明るくなってもよろしいのに、暗いままですもの」
やはり、自身の変化がよくない方向に向かわせているのか、とレティシアは考える。ちなみに現在いるところは自室なので、なにも気にすることがない。
今の段階はゲームで言うところのチュートリアルだ。普通であればサクサクイベントが進むものだろう。
それに断罪イベントを考えると最短はたしか半年くらいだったはず。ならばここである程度動きがないと、時間が足りない可能性もある。
「……コレット様に何か起きている? わたくしが変化をもたらしたのであれば、また別の変化がある可能性がありますわね。……明日、少しコレット様を観察してみましょうか」
ヒロインであるコレットに何らかしらがあれば、それが障害となっている可能性がある。ストーカーのようになりそうで避けていたが、やってみるしかない、とレティシアは決める。
とりあえず、今この場で出来ることはない。明日の行動が決まったところで、レティシアは別の計画を思案し始めた。
それは亡命した後のための資金調達。自身の宝石などは持っていないため、それを売り払ってなどは出来ない。元々、自身の持ち物はほとんどないに等しいのだ。期待できるものではない。
「というか、貴族の娘に世間体のためにも装飾品をプレゼントしないなんて……。本当にクズですわ。今のところ社交界も積極的に出ているわけではないから良いものの、いつかバレることがわからないのかしら」
たまに出ている社交界は、公爵が適当に装飾品を渡す。しかし、終わればすぐに没収されるため、レティシアの手元には一つもない。推測でしかないが、売られていると思う。何故なら公爵家の家紋が付いた装飾品は着けたことがないし、レティシアの着けた装飾品はそれ以来見たことがないからだ。
そこまでくると、最早本当に血の繋がった家族かと言いたくなるが、レティシアは母親の生き写しのようによく似ていた。それがレティシアが公爵家の人間であることの何よりの証明だった。
逆にそれすらもなかった方が、まだ良かったのではないかとすら思ってしまう。
「というか、愛した妻に瓜二つの娘を憎むなんて、矛盾にも程がありません? お母様は流行病で亡くなったのであって、わたくしのせいではありませんのに」
レティシアには母親の記憶はない。それこそ、前世の記憶で知ってはいるが、実感としてはない。
だからこそ、何処か他人事のように捉えてしまう。確かに寂しさはあるが、元よりない物であれば期待しようもない。
そこまで考えて、レティシアは首を横に振る。
「まあ、これから切り捨てる人たちの事を考えても仕方ありませんわ。とりあえず資金調達は、わたくし名義の口座を作れるかしら? 足が付くのも困りますし、この部屋誰も来ませんし、ここに保管しても良いかしら」
しかし逃げるときに大金を持つのも不安だ。魔法の心得はあれど、実践で使ったことはない。亡命の際に暴漢などに襲われてしまえば、上手く逃げ切れるとは言い切れないので、やはり預け先は欲しい。
「こういう時にわたくしにとって良いところは……ここですわね。ええ、早速行ってみましょう」
立ち上がり、善は急げとばかりに簡素な服(本当に少し裕福な平民が着るような服)に着替え、目立つ髪と瞳を隠すようにフードを被るとバルコニーに向かう。
出入り口には私兵がいるし、その人たちも雇い主であるバンジャマンの味方なので、見つかれば確実に報告されてしまう。
報告されれば何をされるか分からないし、レティシアの計画も崩れてしまう。
それを避けるために、レティシアは窓から飛び降りた。
風魔法を使い、落下の速度を落としフワリと着地する。
レティシアに関心のない彼らは、レティシアの部屋の周りに人を配置していない。
幼い頃は窮屈に感じて、良くこの辺りを散策していたので、抜け道も知っている。
「よし、あちらから出られる抜け道がありますし、行ってみましょうか」
そう言うとレティシアは、難なく公爵邸を抜け出すことに成功した。
脳内の地図を頼りに、目的の場所へ急ぐ。
街中を進んで行くので、人通りの多さに酔いそうだ。レティシアは街に降りたことがない。前世の記憶が無ければ、進むことは出来なかったかもしれない。
地図を読めるとはいえ、実際に街を歩くのは初めてなので、思ったより時間をかけてしまったが無事に辿り着くことが出来た。
その建物の大きさが、その所有者の力の大きさを物語っている。両開きのドアの前に立つ。
一旦深呼吸をすると、レティシアは思い切って目の前の扉を開ける。
「失礼します。ここの商会長にお会いしたいのですが」
「商会長は今いない……って子供じゃないか。何しに来た?」
対応した若い男性は訝しげにレティシアを見ている。
この国の成人は18歳。丁度学園を卒業する歳ではある。しかし、比較的大人っぽく見えるであろうレティシアを子供と言うなんて、ちゃんと見ていると考えて良いだろう。
それはそれとして、男性が訝しげに見るのも当然だ。アポイントメントも無しに訪れているのだから、その様な目で見られてしまうのは仕方ないとレティシアは思う。
「突然申し訳ありません。しかし、私は商会長に実になるお話を持ってきたのです。怪しいとは思いますが、商会長にお会いしたいのです」
「いや、しかし……」
流石にこれでは受け入れてくれない。当然だろう。その具体的な話もしていないのだから。
ホイホイ見ず知らずの人の話を信じるものなどいない。
とはいえ男性も、如何にも訳ありそうなレティシアを門前払いはできないのだろう。困った表情をしている。それもレティシアの計算通りなのだが。
「どうしたのですか?」
奥の方から女性の声が聞こえる。そちらに目を向けると、1人の女性が向かってきていた。
男性は困った表情のまま、女性を見ると少し安心したような表情になった。
「副会長、彼女が突然来たもので」
「あら、そうなの? お嬢さん、何しにここへ?」
男性の言葉に、女性は視線をレティシアに向ける。その目をみて、レティシアは自分に風が吹いてることを悟る。
「突然の無礼、申し訳ありません。このロチルド商会の噂を聞いてやって来ました。お役に立てるような案をお出しすることが出来ると思いますので、お話を聞いていただければと思います」
なるべく貴族の振る舞いをしないように気をつけながら、ペコリと頭を下げた。
そして、真っ直ぐ女性の目を見つめて言う。
女性はこちらをじっと見つめていたが、少し微笑んで言った。
「……良いでしょう。まずは私が聞きます。こちらへ」
「副会長、よろしいので?」
「ええ、まずはお話だけでも聞きましょう。貴方はお茶を用意してくれるかしら?」
「はい」
そう言うとレティシアを応接間へ案内してくれる。
まずは第一段階クリア。しかし、勝負はこれからだ。
レティシアは心の中で気合を入れ直す。
男性がお茶を持ってくると、女性は退室を促し、レティシアと2人きりになった。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私はロチルド商会の副会長、セシルと申します。早速本題に入らせて頂きますが、かのリュシリュー公爵家のご令嬢が、何故我が商会へ?」
「流石にわたくしの事は、ご存知でしたか」
開口一番そう言われたが、レティシアは動じない。むしろ彼女は自分を知っているだろうと思っていた。
「ええ。貴族にも我が商会はコネクションがありますもの。リュシリュー公爵家とはまだありませんが」
「ロチルド商会は貴族、平民関係なく事業を展開しており、さらに近頃は他国にも力をつけていると聞いておりますわ。それも貴女と商会長が、方針を変えてからということも」
「あら、褒めてくださるの?」
「ええ。むしろそれを頼りに来させて頂いたのです」
ロチルド商会。それはここ数年で力を付けてきた、この国で最も力のある商会の一つだ。
その経営方針は他の商会とは異なる視野だったこともあり、注目されている。
「まあ、公爵令嬢である貴女が、まさか身寄りがないなんて言わないですわよね?」
「似たようなものです。簡単に言えば、亡命したいのでここで力を貸していただきたいのです。もちろん、それ相応の対価とロチルド商会の安全を保証しますわ」
「……本気ですか?」
「本気でなければ来ませんわ」
そこまで言って、初めてセシルに動揺の色が浮かぶ。
レティシアを頭のてっぺんからつま先までまじまじと見つめ、そして我に帰ったように咳払いをした。
「コホン、失礼しました。どうやら本気のようですね」
「お分かりいただけたのなら嬉しいですわ」
レティシアは微笑む。
セシルは大きく息を吐いてから、気を取り直すように姿勢を正した。
「流石に公爵令嬢の絡んだこととなれば、商会長と相談します。あと半刻もすれば帰ってくるでしょう。その間に色々お話を聞かせてください」
「勿論ですわ」
よし、第二段階クリア。とレティシアは少しホッとするのだった。
今見たものが信じられず、声をかけるタイミングを失ってしまったコレット・フォール。
レティシアのことは、コレットも学園入学に当たって貴族について勉強したので名前と顔だけは知っていた。そして噂でその人となりを何となくイメージしていた。
完璧であるが故に、人間味がない公爵令嬢。噂を鵜呑みにしてはいけないと思っていたが、まさに空き教室にやってきたレティシアは噂の通りだった。
しかし、先ほどの廊下でのレティシアはくるくると表情を変えて、コレットのために動いているということを言っていた。
下位貴族の令嬢達に、大きな声を出すのは端ないと言っていたのに、レティシア自身が割と大きな声を出していた。
それなのに、こちらに距離を取るような態度を敢えて取っていたと取れる発言。
「……やっぱり噂って当てにならないんだな。もっと知りたいけど、あの様子じゃさっきみたいに距離取られちゃうか」
どちらかというと、独り言をぶつぶつ言っていたレティシアの方が素であろう。そう考える方が自然だ。
なにせコレットから見えないようにしているのだから、そこで演技する理由がない。
根はとても優しい人かもしれない。もっと話したいとコレットは思った。
しかし、真っ直ぐに関わろうとしても、レティシアは避けるだろう。それに身分の壁は薄くなっているとはいえ、かたや平民、かたや王族に次ぐ家の長女。流石にはい、貴女のことが知りたいですと言える立場ではない。
「……もし、本当にお優しい方なら何かあったらまた助けてくれるのかな」
淡い期待。空き教室に入ってきて、下位貴族の令嬢と話していた時はこの人は生粋の貴族で味方にはならないと思っていたのに。
たった数分でその評価は逆転した。
レティシアにとっては全く反対の思惑で、コレットはこれからにそっと期待するのだった。
◇◇◇
コレットを虐めた下位貴族の令嬢たちは、間も無く学園から姿を消した。
やはり他の人も目撃していたらしい。あまりにも呆気ない幕引きだった。
しかし、これに喜んでいる暇はない。レティシアは、既に次の手を考えなければならないのだ。
何故なら、物語が進めば次のいじめっ子が現れるのだ。まるでイタチごっこである。
それを止めつつ、コレットと攻略対象者たちが関われるようにしないといけないのだ。
教室で本を読むふりをしつつ、レティシアは考える。
(これから起こるのは……直近ではジルベール殿下とのイベントですわね。なにせ王道ルートですもの。ジルベール殿下とのイベントが何回かあってから、他の攻略対象者とのイベントも始まるのですわ。ああっ……余すことなく全部みたいっ)
ちなみに昨日とは違い、顔にも声にも出していない。側からみれば、読書を楽しむ美しい令嬢だ。
ちゃんと人の目があるとわかっている時は、淑女を面を被れるのだ。油断さえしなければ。
(とはいえ、それは二の次ですわ。わたくしの目標は、コレット様が本当に好きな人と結ばれる事。前世で散々楽しんだのですから、そこは我慢ですわ。……ああでも、演劇も生で見るのと映像で観るのと全然違うのですよね。ううっやっぱりみたい)
内心は使命に燃える理性と、オタクとしての欲望が激戦を繰り広げている。
そんなレティシアをバレないように見ている一人の人物。
(レティシア……やはり何か違うな……何だろう、纏う雰囲気が変わった気がする)
レティシアの婚約者、ジルベールだった。レティシアの前世の記憶が戻った日から会話は出来ていないのだが、何となく、それこそ第六感とも言える所がレティシアに対する違和感を感じていた。
しかし、気のせいとも取れそうなほど小さい違和感だったため、ジルベールは確信が持てないままだった。
最近は必要最低限の会話しかしていないのもあり、雑談するような時間を作ることも難しかった。本当にお互いの事になると、とことん不器用になってしまう。
◇◇◇
数日経ったが、中々イベントが起きない。
レティシアは頭を悩ませていた。
「何故イベントが起きないのかしら。わたくしの知らないところで発生している……? その可能性も無きにしも非ずですが、それにしてはコレット様が何もお変わりないのがおかしいですわ。虐めは無くなったにせよ、もう少し表情が明るくなってもよろしいのに、暗いままですもの」
やはり、自身の変化がよくない方向に向かわせているのか、とレティシアは考える。ちなみに現在いるところは自室なので、なにも気にすることがない。
今の段階はゲームで言うところのチュートリアルだ。普通であればサクサクイベントが進むものだろう。
それに断罪イベントを考えると最短はたしか半年くらいだったはず。ならばここである程度動きがないと、時間が足りない可能性もある。
「……コレット様に何か起きている? わたくしが変化をもたらしたのであれば、また別の変化がある可能性がありますわね。……明日、少しコレット様を観察してみましょうか」
ヒロインであるコレットに何らかしらがあれば、それが障害となっている可能性がある。ストーカーのようになりそうで避けていたが、やってみるしかない、とレティシアは決める。
とりあえず、今この場で出来ることはない。明日の行動が決まったところで、レティシアは別の計画を思案し始めた。
それは亡命した後のための資金調達。自身の宝石などは持っていないため、それを売り払ってなどは出来ない。元々、自身の持ち物はほとんどないに等しいのだ。期待できるものではない。
「というか、貴族の娘に世間体のためにも装飾品をプレゼントしないなんて……。本当にクズですわ。今のところ社交界も積極的に出ているわけではないから良いものの、いつかバレることがわからないのかしら」
たまに出ている社交界は、公爵が適当に装飾品を渡す。しかし、終わればすぐに没収されるため、レティシアの手元には一つもない。推測でしかないが、売られていると思う。何故なら公爵家の家紋が付いた装飾品は着けたことがないし、レティシアの着けた装飾品はそれ以来見たことがないからだ。
そこまでくると、最早本当に血の繋がった家族かと言いたくなるが、レティシアは母親の生き写しのようによく似ていた。それがレティシアが公爵家の人間であることの何よりの証明だった。
逆にそれすらもなかった方が、まだ良かったのではないかとすら思ってしまう。
「というか、愛した妻に瓜二つの娘を憎むなんて、矛盾にも程がありません? お母様は流行病で亡くなったのであって、わたくしのせいではありませんのに」
レティシアには母親の記憶はない。それこそ、前世の記憶で知ってはいるが、実感としてはない。
だからこそ、何処か他人事のように捉えてしまう。確かに寂しさはあるが、元よりない物であれば期待しようもない。
そこまで考えて、レティシアは首を横に振る。
「まあ、これから切り捨てる人たちの事を考えても仕方ありませんわ。とりあえず資金調達は、わたくし名義の口座を作れるかしら? 足が付くのも困りますし、この部屋誰も来ませんし、ここに保管しても良いかしら」
しかし逃げるときに大金を持つのも不安だ。魔法の心得はあれど、実践で使ったことはない。亡命の際に暴漢などに襲われてしまえば、上手く逃げ切れるとは言い切れないので、やはり預け先は欲しい。
「こういう時にわたくしにとって良いところは……ここですわね。ええ、早速行ってみましょう」
立ち上がり、善は急げとばかりに簡素な服(本当に少し裕福な平民が着るような服)に着替え、目立つ髪と瞳を隠すようにフードを被るとバルコニーに向かう。
出入り口には私兵がいるし、その人たちも雇い主であるバンジャマンの味方なので、見つかれば確実に報告されてしまう。
報告されれば何をされるか分からないし、レティシアの計画も崩れてしまう。
それを避けるために、レティシアは窓から飛び降りた。
風魔法を使い、落下の速度を落としフワリと着地する。
レティシアに関心のない彼らは、レティシアの部屋の周りに人を配置していない。
幼い頃は窮屈に感じて、良くこの辺りを散策していたので、抜け道も知っている。
「よし、あちらから出られる抜け道がありますし、行ってみましょうか」
そう言うとレティシアは、難なく公爵邸を抜け出すことに成功した。
脳内の地図を頼りに、目的の場所へ急ぐ。
街中を進んで行くので、人通りの多さに酔いそうだ。レティシアは街に降りたことがない。前世の記憶が無ければ、進むことは出来なかったかもしれない。
地図を読めるとはいえ、実際に街を歩くのは初めてなので、思ったより時間をかけてしまったが無事に辿り着くことが出来た。
その建物の大きさが、その所有者の力の大きさを物語っている。両開きのドアの前に立つ。
一旦深呼吸をすると、レティシアは思い切って目の前の扉を開ける。
「失礼します。ここの商会長にお会いしたいのですが」
「商会長は今いない……って子供じゃないか。何しに来た?」
対応した若い男性は訝しげにレティシアを見ている。
この国の成人は18歳。丁度学園を卒業する歳ではある。しかし、比較的大人っぽく見えるであろうレティシアを子供と言うなんて、ちゃんと見ていると考えて良いだろう。
それはそれとして、男性が訝しげに見るのも当然だ。アポイントメントも無しに訪れているのだから、その様な目で見られてしまうのは仕方ないとレティシアは思う。
「突然申し訳ありません。しかし、私は商会長に実になるお話を持ってきたのです。怪しいとは思いますが、商会長にお会いしたいのです」
「いや、しかし……」
流石にこれでは受け入れてくれない。当然だろう。その具体的な話もしていないのだから。
ホイホイ見ず知らずの人の話を信じるものなどいない。
とはいえ男性も、如何にも訳ありそうなレティシアを門前払いはできないのだろう。困った表情をしている。それもレティシアの計算通りなのだが。
「どうしたのですか?」
奥の方から女性の声が聞こえる。そちらに目を向けると、1人の女性が向かってきていた。
男性は困った表情のまま、女性を見ると少し安心したような表情になった。
「副会長、彼女が突然来たもので」
「あら、そうなの? お嬢さん、何しにここへ?」
男性の言葉に、女性は視線をレティシアに向ける。その目をみて、レティシアは自分に風が吹いてることを悟る。
「突然の無礼、申し訳ありません。このロチルド商会の噂を聞いてやって来ました。お役に立てるような案をお出しすることが出来ると思いますので、お話を聞いていただければと思います」
なるべく貴族の振る舞いをしないように気をつけながら、ペコリと頭を下げた。
そして、真っ直ぐ女性の目を見つめて言う。
女性はこちらをじっと見つめていたが、少し微笑んで言った。
「……良いでしょう。まずは私が聞きます。こちらへ」
「副会長、よろしいので?」
「ええ、まずはお話だけでも聞きましょう。貴方はお茶を用意してくれるかしら?」
「はい」
そう言うとレティシアを応接間へ案内してくれる。
まずは第一段階クリア。しかし、勝負はこれからだ。
レティシアは心の中で気合を入れ直す。
男性がお茶を持ってくると、女性は退室を促し、レティシアと2人きりになった。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私はロチルド商会の副会長、セシルと申します。早速本題に入らせて頂きますが、かのリュシリュー公爵家のご令嬢が、何故我が商会へ?」
「流石にわたくしの事は、ご存知でしたか」
開口一番そう言われたが、レティシアは動じない。むしろ彼女は自分を知っているだろうと思っていた。
「ええ。貴族にも我が商会はコネクションがありますもの。リュシリュー公爵家とはまだありませんが」
「ロチルド商会は貴族、平民関係なく事業を展開しており、さらに近頃は他国にも力をつけていると聞いておりますわ。それも貴女と商会長が、方針を変えてからということも」
「あら、褒めてくださるの?」
「ええ。むしろそれを頼りに来させて頂いたのです」
ロチルド商会。それはここ数年で力を付けてきた、この国で最も力のある商会の一つだ。
その経営方針は他の商会とは異なる視野だったこともあり、注目されている。
「まあ、公爵令嬢である貴女が、まさか身寄りがないなんて言わないですわよね?」
「似たようなものです。簡単に言えば、亡命したいのでここで力を貸していただきたいのです。もちろん、それ相応の対価とロチルド商会の安全を保証しますわ」
「……本気ですか?」
「本気でなければ来ませんわ」
そこまで言って、初めてセシルに動揺の色が浮かぶ。
レティシアを頭のてっぺんからつま先までまじまじと見つめ、そして我に帰ったように咳払いをした。
「コホン、失礼しました。どうやら本気のようですね」
「お分かりいただけたのなら嬉しいですわ」
レティシアは微笑む。
セシルは大きく息を吐いてから、気を取り直すように姿勢を正した。
「流石に公爵令嬢の絡んだこととなれば、商会長と相談します。あと半刻もすれば帰ってくるでしょう。その間に色々お話を聞かせてください」
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好きでも嫌いでも無かった第二王子との婚約も破棄されて、面倒な王子妃にならなくて済んだと喜ぶアリエッタ。我が侯爵家もお姉様が婿養子を貰って継ぐ事は決まっている。本来なら新たに婚約者を用意されてしまうところだが、傷心の振り(?)をしたら暫くは自由にして良いと許可を貰っちゃった。
それならと侯爵家の事業の手伝いと称して前世で好きだった料理をしたくて、王都で小さな定食屋をオープンしてみたら何故か初日から第一王子が来客? お店も大繁盛で、いつの間にか元婚約者だった第二王子まで来る様になっちゃった。まさかの王家御用達のお店になりそうで、ちょっと困ってます。
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※料理に関しては家庭料理を作るのが好きな素人ですので、厳しい突っ込みはご遠慮いただけると助かります。
そしてイチャラブが甘いです。砂糖吐くというより、砂糖垂れ流しです(笑)
本編は完結しています。時々、番外編を追加更新あり。
「小説家になろう」でも公開しています。