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第1章
15.【幕間】裏の顔の真意は? ①
しおりを挟む時間は少し遡る――
アヴリルプランタン王国第一王子、ジルベール・ラ・ド・アヴリルプランタンは、驚愕に目を見開いていた。
そして周りにいる、コレット・フォール、ドミニク・ド・ナミュール、マルセル・ド・ロベーヌも同じような表情をしていた。
その視線の先には木を殴りつけている、レティシア・ド・リュシリューの姿。今までに聞いたことがない言葉遣いで叫んでいる、凡そ貴族令嬢からかけ離れた姿だった。
「ああああああんのクッソアマアアアアア‼︎ 絶対に堕とす‼︎ コレット様を痴女扱いしやがってぇぇぇぇぇ‼︎」
男性陣3人は、女性がその様に叫ぶ様を生まれてこの方見たことがなく、ただただ驚くしかない。
そもそも4人がなぜ、一緒に行動しているかというと、男性陣3人は今までに無いほど怒ったレティシアに、別室で落ち着かせようと追おうとした。コレットは、以前から感じていた違和感の正体を突き止めたいと、体が勝手に動いたからである。
しかし、目の前の出来事に体は動きを止めてしまった。
怒り狂っていたレティシアは、今度は自身の額を木に押し付けてさめざめとしている。
感情のジェットコースターに、またこれ以上の驚きはないと思っていた4人はただただ圧倒されるしかない。
「あああああっ…………! わたくしもクズ野郎ですわっ。コレット様にあんな……っ! あああ、あんなに傷ついた顔をさせてしまうなんてっ。コレットさまぁ……おゆるしくださいぃっ」
こんなに感情を表すレティシアを見たことがない。ジルベールから見たレティシアは、いつも貴族らしく凛とした姿勢を崩さない。
例え婚約者である自分にも、一定の距離を保っており、その距離を縮めることなど出来なかったと言うのに。
本当にあれはジルベールが知るレティシアなのかと、疑ってしまった。
暫くすると、レティシアはフラフラと建物の方へ戻っていく。
慌ててバレないようにその辺りの草陰に皆で隠れたが、レティシアは周りを見ていないのか、ジルベール達に気がつく事なく去っていった。
そして暫く静寂が辺りを包んだが、最初に正気を取り戻したのはコレットだった。
「やっぱり、リュシリュー公爵令嬢は、私を守ってくれてるんだ……」
その言葉に、ジルベール達も正気に戻った。
「フォール嬢、やっぱりと言うのは……」
「はい。先日からマルセル様にお話した通りです」
「ああ。フォール嬢がブローニュ伯爵令嬢に絡まれていた時に、マルセルが助ける前にレティシアもその場にいたという話だね」
「そうなんです。そしてその前にも、私はリュシリュー公爵令嬢に助けていただきました」
最近のマルセルとコレットの噂が回り始めた背景は、実はレティシアのことについてだった。
オデットにコレットが怪我をさせられそうになり、マルセルが助けた時、コレットもレティシアが去っていくのを見たのだ。その後イーリスの祝福と同じ様に2人は交流を持つ様になった。
しかし内容は全く違うもの――レティシアの事を知りたいと思ったコレットは、ジルベールの護衛騎士候補であるマルセルに聞いたのだ。
マルセルもレティシアがコレットを気にかけていたのを知っているので、話していたという事だ。
そしてレティシアに食堂で注意を受けた日、ジルベール達がそばにいたのはマルセルから相談を受けており、話を聞くためだった。
つまり、虐めの事を話していなければ、お互いの事よりレティシアの事だったのである。レティシアからしたらとんだ計算ちがいだ。ここに居れば、必死に否定したに違いない。
そして話は、レティシアの望まない方向へと進んでいく。
ジルベールはコレットから話を聞いて、レティシアは、王妃の器に相応しい人物だと改めて思った。誰に対しても公平であろうとするその姿勢。弱き者に寄り添おうとするその慈悲深さ。
10歳で婚約した時から、ジルベールはレティシアの事を好意的に見ていた。
“人形令嬢”という名前が浸透しているせいで誤解されてしまっているのが、目下の悩みだった。
直接そのことを伝えてたが、レティシアもその事を知っていて、それでも対処せずにほったらかしているところが不思議だった。
マルセルの時もそうだが、コレットとの噂が流れ始めた時はちゃんと警告をしていた。噂をほったらかしにするリスクは、レティシアだって知っているはずなのに自分のことになると無頓着……とも違う何かを感じるのだ。
「その人達に私は、空き教室に連れて行かれました。糾弾されていた時に助けてくださったのが、リュシリュー公爵令嬢なのです」
「それは何とも不思議だ。空き教室のある場所は人通りが少なく、授業もないのに令嬢1人で行くようなところではないだろう」
ドミニクも不思議そうにしている。
「レティシア様は、正義感の強いお方です。きっと、最初からコレット嬢を助ける目的だったのだろうと推察していました」
「ああ。だが先ほどのレティシア……。あのように皆の前で怒鳴りつける事も、人知れず感情を吐き出す様も、今まで見たことがなかったな……」
胸の辺りが、何だかモヤモヤする。それはまるで、お気に入りのおもちゃを取られた様な感覚に似ていた。とはいえなぜ、そのような気持ちになるのか、ジルベール自身よく分からない。
ポロリとこぼれたジルベールの言葉に、全員同意を示した。
「そもそも、レティシア嬢の様子を比べると明らかに矛盾してますよね。あのご乱心した様子はコレット嬢を思うが故に感じますが、我々の前ではまるで、コレット嬢に良く思われることを避けているようです。ブローニュ伯爵令嬢とも急に一緒にいるようになったし、今いち行動に一貫性がないと言うか」
ドミニクの言葉に、ジルベールも頷く。
元々オデットがレティシアに絡みにいくのは知っていたが、レティシアは必要最低限関わらない様にしていたのを見ている。
ジルベールも彼女が貴族令嬢らしからぬ振る舞いで近づいてくることが何度もあったので、要注意人物として覚えていた。
それが急に噂話に花を咲かせていたのだ、驚かないわけがない。
「私もそれは思いました。私がいるところでは、厳しい眼差しなのに何処か哀しそうな目をされてらっしゃるので……。私がいないと思っている所で出している感情が、リュシリュー公爵令嬢の本心なのかなと自惚れたりもするのですが……」
コレットも首を傾げながら、言葉を重ねる。
「哀しそうな目をしている?」
「はい。何というか、表情や声音は私を遠ざけようとしている雰囲気をヒシヒシと感じます。でも、その目の奥がどこか哀しげで……それに、時々こちらをじっと見るその目が、あの、慈愛に満ちている気がして……暫くすると元に戻るのですが」
コレットは伊達に特待生な訳ではない。
人間観察が得意というか、その人の感情を読み取るのが得意だった。学園入学前はそれもあり、孤児院では頼られる存在でもあったのだ。
そしてそれが遺憾無く発揮された結果、レティシアの少しの表情の変化も読み取っていた。
いや、この場合、レティシアの方が綻んでいると言うべきか。きっと前世の記憶が戻る前のレティシアでは、コレットは読み取れなかった。それこそ、イーリスの祝福では分かりあう事が出来なかったのが答えだ。
けれど今のレティシアは、以前より格段に表情に出やすくなってしまっているのだ。本人は気がついていないが。
閑話休題。
「レティシア嬢は、昔から抱え込むタイプだったから……。何か考えがあるのかもしれない」
「ですが、わざわざ群衆の前で、あのような姿を晒すでしょうか? 彼女はそう言ったことは絶対にしないと思っていますが」
「そこの理由がわかれば良いんですがねぇ」
うんうんとドミニクとマルセルが、話す傍ら、ジルベールは考え込んでいるのか腕を組んで何も言わない。
少し間が出来、マルセルは恐る恐るというように、まるで自分のこれから言うことは良くない事だとわかっているように話しかけた。
「殿下、その……お言葉なのですが……」
「何だい?」
「レティシア様を教会などにお連れした方が良いのでは……」
「? なぜ教会に?」
「その、今のレティシア様は、もしかしたら何かに取り憑かれているのでは、と思いまして」
「……へぇ?」
「レティシア様があんな意味の分からない行動するとは、信じられません。よもや何かに――」
「マルセル」
その瞬間、ジルベールから冷気が放たれた。いや、ただの錯覚だ。
錯覚であるはずなのに、3人、特にマルセルは一気に心臓が縮み上がった。
ジルベールの表情は笑顔だ。笑顔のはずだ。口角がお手本のように綺麗に上がっている。
けれど紫の瞳は、凍てつくような冷たさだった。
誰かが唾を飲み込む音が、やけに大きく響いた。
「マルセル。君は私の婚約者を侮辱するつもりかい?」
「い、いえ! そんなつもりでは! 申し訳ありません。失言でした」
マルセルは冷や汗をかきながら謝罪する。騎士団長の父にすら届くと言われた男が、純粋に恐怖しているのだ。
ドミニクも、ここまで怒りを露わにしたジルベールは初めて見た。怒りを通り越して殺気だ。良くサボろうとしているドミニクを怒るジルベールは、本気ではなかったという事を知ってしまった。出来れば知りたくなかった事実だ。
そして横を見て、ドミニクは慌ててジルベールに話しかける。
「殿下、その殺気をしまって下さい。令嬢には刺激が強すぎます」
そう言う頃には、コレットは腰が抜けたのか、がくりとくず折れる。
咄嗟にドミニクがその体を支えた。
ジルベールもコレットの状態を理解し、怒りが鎮まった。
「あ、す、すいません」
「私の方こそすまない。フォール嬢、大丈夫かい?」
「は、はい」
「やり過ぎですよ、殿下。コレット嬢、あっちのベンチへ移動しよう」
「あ、歩けます」
「無理しなくていい。どうせ誰も見てないから」
ひょいとコレットを横抱きにする。
ドミニクは見た目に気を遣い、それなりに鍛えているので筋肉が意外とある。
重さを感じさせない動きで、コレットをベンチまで移動させた。
コレットは真っ赤だ。いくら不貞が嫌いだろうと、こんな間近で整った顔を見せられれば、誰でも赤面してしまうだろう。
「はあ。マルセル。今回は許そう。しかし次は……分かっているね?」
「も、もちろんです。コレット嬢もすまない」
「は、はい。やはり貴族の方って凄いんですね。手を出していないのに、相手に勝つことが出来るなんて」
「いえ、殿下が特殊なだけです」
「……」
「本当に反省してます」
少し持ち直してきたのか、そんなことをいうコレットに思わずと言った風に言うマルセル。
無言で睨みつけるジルベールに、慌てて弁明していた。
「……そろそろ授業が始まるな。一旦解散しよう。また放課後、集まれるだろうか? レティシアについて、これからの対応を考えたい。何を思っているのか、どうしたいのか」
「わ、私も知りたいです。あの様な行動をして、何を目的にしているのか」
「そうですね。意味のない事をレティシア嬢はしないでしょうし」
ジルベールの言葉に、コレットとドミニクは二つ返事了承する。マルセルだけは、今は余計なことは言わないように、頷くだけに留めていた。
「じゃあまた放課後に。またフォール嬢が注目を浴びてもよくないから…………いや、その前にフォール嬢は戻れるかい?」
「はい。特待生ですから、あまりサボるわけにはいきませんし、クラスメイトのことは大丈夫です。慣れてますから」
「……無理はしないように。レティシアがああ言った手前、あからさまに手を出してくる輩はいないと思うが」
「……あ」
「どうかしたかい?」
ジルベールの言葉に、ハッとした様子のコレット。
今のジルベールの言葉に違和感を感じたのだ。
けれどそれを説明する前に、予鈴が鳴ってしまう。
「……詳しいことはまた、放課後に話したいです」
「分かった。じゃあ放課後、私のサロンに来て欲しい。あのあたりは人通りも無いし大丈夫だ」
学園の敷地内には、ジルベール専用のサロンがある。それは食堂に行けないジルベールたちに配慮された部屋だ。
許可なく立ち入りを禁じられているため、人が寄りつくことはない。
確かに、注目されやすい現状では良い場所だ。
「分かりました」
そうして4人はそれぞれの教室へと戻っていった。
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